ここから本文です

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]


アメリカ軍をおののかせたという、、
幻の、、ホワイト・ゼロ・ファイターのお話、。
 
戦争も終盤、日本の劣勢が明らかになった頃の話、、
アメリカ軍の中で、ある1つの大きな噂が立ったという、。
それが、、ホワイト・ゼロ・ファイターの噂、、。

アメリカ軍の艦隊が太平洋中ほどのウエーク島近郊海域を航行中、、
アメリカ空母のレーダーに多数の機影が映った。

「これは、きっと日本軍に違いない」と考えたアメリカ軍は、
すぐに護衛空母から戦闘機を発艦。また、偵察機に爆弾を積んで複数出した。

近くに日本の空母艦隊があると想定したためである。
ところが、、いくら探しても日本の艦隊は見えない。

また、機影が映った辺りにも、日本の戦闘機はおろか、
何もそれらしいものは見当たらなかった。

空母司令部は、発艦させた航空機に戻るように命じた、。
その時、偵察機から第一報が入った、、。
「敵ゼロファイター多数発見、襲ってきます。」
その偵察機は、その後、交信が途絶えた、、。

アメリカ軍の戦闘機は、、すぐに現場に急行。
近くに日本の空母艦隊がいるものとして
爆撃機や雷撃機も多数発艦させた。

しかし、その戦況は思わしくない。

味方の航空機が次々と落とされてゆく、。
帰還したパイロットに聞くと

「敵の日本軍のゼロ戦機は、
いつもと違い、真っ白で日の丸も白かった。
今まで何も見えなかったところから、、突然現れ、
気がつくと仲間の戦闘機が数機墜とされてる。

そのゼロ戦機は、いくら撃っても弾が当たらない。
いや、弾が当たっているけれどまったくきかない。
自分のすぐ横を、ゼロ戦機が通ったが、窓ガラスは割れていたし、
ウイングにも多数の銃痕が残っていた。
普通なら、あんな状態では空を飛行できない、。

でもゼロ戦機に乗っていた奴は、、
戦闘機の中で、にっこり笑っているんだ。

そんな白いゼロ戦が何機も襲ってきた。
撃とうとして、味方を撃ってしまう奴も出てくる。
白いゼロ戦、あれはやばい。」

結局、爆撃機なども多くが帰還せず、
そして日本軍の空母も見つけることはできなかった。

これらの証言は、当時のレーダーの性能の低さなどが理由となり、
一切、取り上げられることなく、訓練中の事故として、、
空母機などの損失は計上処理されたという。

けれども、アメリカ軍隊の兵士の間では、、

「ホワイト・ゼロ・ファイターには手を出さず、
十字を切って帰還すること。」

ということが暗黙の了解とされていた、、。



日本軍の基地があったラバウル(フィリピンあたり)で、、、
ある日、警戒サイレンが鳴った。敵機来襲の警報、、である。
 
ところが、敵機はラバウルまで来ずに、
途中の山の上で急に戦闘をし始めた。

基地にいる人々にとっては山があるために、
味方の軍機はまったく見えなかった。
他の基地の所属の日本軍機が応戦し戦っていると思っていた。

「ほかの基地に負けていられない、。」と、
海軍航空隊が、すぐに戦闘機を出した、、。

ところが、ラバウルの戦闘機が着く頃には、
敵機のほとんどは撃ち落とされ、
残っていた敵機も戻っていった後であった。

日本軍は、ほとんど何もせずに基地に戻ってきた。

数時間後、別の編隊が現れ、敵の襲来かと思われたが、
今度のは日の丸を付けた飛行機であった。
「彼らが敵を追い払ってくれたのだろう」と考えた基地の人たちは、
手に旗を持ってそれを迎えた。

航空機は、羽を左右に揺らして友軍機であることを示すと、
そのまま着陸態勢に入った。

しかし、滑走路に滑り込んだ瞬間、
それらの飛行機は、、轟音と風を残して消えてしまった。
十数基の航空機が着陸したかのような轟音と風が出たが、
機影はまったくなかったのだという、、。

手旗を振っていた兵たちは、その飛行機の尾翼の印から
「先日墜落した飛行機」であることをすぐに理解した。

ラバウルの基地の人たちは、、
涙を流しながら、ずっと旗を振っていたという。
翌日、ラバウルの基地の人たちが、、
全員で、彼らに向けて手を合わせ黙祷したのは言うまでもない。

アメリカ軍は、ラバウル基地上空で、
すでに戦死した英霊たちと戦っていた、。

ラバウルは、、この英霊のゼロ戦、
ホワイト・ゼロ・ファイターに守られているという伝説があり、
そのために、終戦まで無傷で残ったといわれている。

記事参照元http://news.ameba.jp/20130729-572/

ラバウル小唄
作詞:若杉雄三郎
作曲:島口駒夫

1
さらば ラバウルよ また来るまでは
しばし 別れの 涙がにじむ
恋し懷し あの島 見れば
ヤシの 葉かげに 十字星

2
船は 出てゆく 港の沖へ
いとし あの娘の 打ちふるハンカチ
声をしのんで こころで泣いて
両手 合わせて ありがとう

3
波の しぶきで 眠れぬ夜は
語り あかそよ デッキの上で
星が またたく あの星 みれば
くわえ 煙草も ほろにがい

4
赤い 夕陽が 波間に沈む
果ては いずぞ 水平線よ
今日も はるばる 南洋航路
男 船乗り かもめ鳥


これと似た話で、、キスカ島撤退作戦の話があったそう、、

1943年 7月23日、
アメリカ軍のカタリナ飛行艇がアッツ島南西200海里の地点で、
7隻の船をレーダー捕捉し、
艦隊司令長官トーマス・C・キンケイド中将は、
日本艦隊とみて直ちに迎撃作戦に移った。

しかし、当時、この海域には日本艦船は存在しておらず、
これは全くの事実誤認であった、。

7月26日、
濃霧の中、戦艦ミシシッピーのレーダーが、
15海里の地点にエコーを捕捉。
艦隊各艦からも同様の報告を得た、
キンケイドは直ちにレーダー射撃を開始させたが、
約40分後に反応は消失。

しかし、不思議なことに、
重巡サンフランシスコのレーダーには、
この戦いの最初から最後まで全く反応がなかった。

これは、現在ではレーダーの虚像による誤反応を、
日本艦隊と見間違えたという説が一般的であり、
勿論、日本軍にも、全く損害は出ておらず、
一方的にアメリカ軍が無駄弾を、ばら撒いただけであった。

アメリカ軍がそこにいるはずのない幻の日本海軍の艦隊に、、
一所懸命攻撃してたおかげで、全員撤退できたとか、
日本軍が無傷で済んだ、というお話、、、。

日本の英霊たちは、、死んでからも、
同じ日本の同胞、、仲間を、国を、守ろうとして、、
くれていたんですね、。

あなた方のおかげで、今の平和があります、。
ありがとうございます、。

もう、戦争は、終わっています、。
どうか、、日本に戻ってきて、安らいで下さい、。


マグダラのマリア



https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00465026_side.gif
PVアクセスランキング にほんブログ村
日本ブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)


私、若い時、子供嫌いだったんですけどね、。
うるさいし、、自分勝手だし、、で、。
ところが、、自分の子を産んで、、育てていく内に逆転して、。

子供って、可愛いねぇ、、って笑って思えるようになったし、、
自分の子は手放しで、、特に、、、かわいい、。

まぁ、育児する中で、、色々あったんですけどね、。

私の場合は、子供を産むときも、、産みの苦しみがなくて、、
腰が痛いとか全然なくて、、
それは子宮が収縮して縮まないので、そうだったらしくて、
先生が、赤ちゃん産んだ後、お腹を押して子宮を縮めるのですけど、
その方が産むより痛かった、。

生まれた後も、、全然夜泣きもされずに、お腹すいたと泣いた後、
おっぱいやミルクあげたら、、すぐ、グ〜〜と、寝てくれて、、。
ミルクの選り好みもなく、なんでも飲んでくれたし、、

お腹が空かない限りは、、
掃除機を、横でかけても起きないで寝てる、、という、
凄〜〜〜〜く親孝行な子供たちで、、
息子も娘も、二人共、、楽ちんな赤ちゃんでした、。

他に人にそれ言うと、、うそでしょ??
すぐ起きちゃうし、ミルク気に入らないと飲まないし、
掃除機なんてかけようものなら大泣きされるって、。
夜泣きも凄いし、、。と、相当大変なご様子でした、。

なので、新米のママが、、子供生まれたらなるとかいう、、
育児ノイローゼとは無縁でしたね、。

掃除機でも起きなかったのは、
お腹に子供がいる時、機械音やら、
色々、騒音だらけの職場にいたからでしょう、。

その騒音に比べたら、、
掃除機なんて、、うるさくないですから、。

親の私が、騒音なれしてて、ストレスゼロだったし、、
うるさいな、、とか思ってイライラして無かったから、
お腹の子供に影響してなかったんでしょうね、。

もしかして、、今と同じでおデブだったから、、
お腹のお肉のお陰で音が遮断されてたとか、、。苦笑、。
なんにせよ、神経質になって、妊娠期間を過ごさなかった、。
ということだけは、、言えます、。


生まれてきた子は、、掃除機の音でも起きない、、という
いい根性した子たちでした、。

イライラしないで、妊娠期間を過ごすことが、
お母さんがしないといけない一番最初の育児、、です、。

この辺りで、すでにイライラして過ごしてしまうと、、
赤ちゃんも神経質っぽくなって生まれてきちゃいます、。

育児、最初は驚くことばかりでした、。
女の子でも男の子でも、、気をつけないと、、
うんちが空を飛んでくる時があって、、
必死で避けましたけど、、1回か2回ありました、。

おしっこ噴水は、、数えきれないくらいあって、、
家で、おむつを取り替える時は、、
防水のマットの上で、替えてました、。

外の時は、、確実にした、、ということを確かめてから、、
大急ぎで替えたりして、、いました、。

抱っこしてたら、
頭なでて、、頬ずりしてキスしちゃつてました、。
おんぶしているときは、それ出来ませんので、、
腰が痛いのですけど、、抱っこのほうが好きでしたね、。
触れ合えたので、。

二人共、、ほとんど病気らしい病気もせず、、大きくなって、。
まぁ、、よく生きてた、、
と思う様なことは沢山あったのですけどね、。

タクシーの前に平気で飛び出すし、
後ろ向きながら前を見ないで走りだすし、、
大きくなってからも、
車道のど真ん中、ふらふらしながら自転車こいでたし、。

段差乗り上げそこねて、すっ転んで、車道側に転んだり、、
サンダルで、立ち漕ぎしようとして足踏み外して、
バランス崩して、電柱に激突したり、、。

普通、やるか??と大人が思うこと、、
平気でやるのが、、、子供です、。

今は20と15で、、、感慨深いものがあります、。
よくぞ生きてたっ、、、。

二人しか産んでないから、、どっちか死んだら困る、。
一人っ子状態は、、良くない、。って、
ずっと心配して、、そう思って、、ヒヤヒヤものでした、、。

やっと、息子、スピード出して自転車を、かっとばすのは、、
しなくなりました、。

娘は、自分の自転車のペダルが、、
壊れたのを直すのが面倒になって、結局歩きなので、安心、、。

子供が嫌いだった、、私が、今は、二児の母してるんですから、。
人生何が起こるかわかんないです、。

娘も、息子も、子供が嫌いと言っています、。
でも、、息子、病院行った時に、
よそのお母さんが子供怒鳴りつけているのを見付けて、、
その子の事を心配していたりします、。

娘も、、学校行事の時での手伝いで、子供を世話する係になって、、
え〜〜〜〜?まじ?死ぬ、、と言っていたけれど、、

当日は、笑顔振りまいて、、
お姉ちゃんが、、、○○してあげるね、。とか、
これ、ここにこうやってくれる?
わぁ、偉いね。できたね、。すごいね〜〜。とか、、

きちんと子供目線で、しゃがんで話をしたりしたらしくて、、
私、ちゃんと出来てた、、天才、。とか言ってて、、、

思わず、それ聞いて、、吹き出してしまった、。
どっかでみたような、、、、と思ったんです、。

私も似たような行動してました、。
子供は、、嫌い、。って言いながら、、
教会学校とかで、子供たちに、
話しかけたり、遊んであげたりしてたので、。

思いっきり、、言動不一致、、してました、。
娘がしていることを聞いた時、、、、
お前もか、、って感じで、、おかしくなっちゃいました、。

親子って、、似た行動とるものなんですね、。
私は、子供が欲しいから結婚したかったんです、。

結果的に失敗したけれど、
子供産んでみて、、結婚して良かったと思ったし、、
自分の子供って、ほんと可愛いと思います、。

子供と一緒に自分も、育っている感じです、。
子供が居なかったら、、分からない体験もあるし、。
子供がいるから、、出来ること、しようと思うこともあります、。

明日、、シーパラへ行こうと思っています、。
私、一人だったら、、子供いなかったら、、お金かかるし、
そういうところへは行きません、。

私の子供の頃は、どこか出かけさせて貰えることなんて、
何年かに一度、ごくたまにしかなかった、。
田舎から親戚の誰かが来たときとか、。

いまは、 
田舎の親戚も、、歳を重ねて、ほとんど残っていませんけど、。
私の従兄弟が、数人、青森と東京と千葉にいます、。

普段、会わないし、連絡もしないですけど、、。
青森の従兄弟が、、唯一の女の従兄弟です、。
メールとかしてます、。


息子も、娘も、、とても喜んでくれてて、、
明日を楽しみにしています、。

私は、、乗り物で酔うと、帰れなくなりそうで、、恐いので、、
大人しめ、、のものでないと乗れません、。
乗ろうと言われないと分かれば、私の分は、、
水族館だけのフリーパスにするつもりですけど、。

子供、二人は乗り物平気なので、、
好きなだけ乗って貰えるよう、
水族館も行けるよう、ワンデーパスにします。

楽しみにしてくれているので、、
行く予定を組んで良かったと思います、。

単純なので、、子供の喜ぶ顔が見れるだけで、、嬉しい、。
子供嫌いだったんですけどね、、変われば変わるものです、。

きっと、、自分が親になってみて、、
神様の親としての気持ちが、、
これと同じなんだ、、と、、わかってきて、、

子供に対して私が持つ愛情の完全版が、、、
神様が人に持つ愛情なんだと、理解できてきたからでしょう、。

子供を抱きしめたくなる気持ち、、
なでたり、、世話を焼いたり、、、、
その一つ一つの気持ちが、、
神様が、、人に対して思うものとおんなじ、。

そうわかってくると、、
神様に、頭なでて貰いたいなぁ、、と、
私がさびしくなって、、そう思った時、、
抱きしめたり、頭撫でてきて貰えてるイメージが、、
ふうっと湧いてきて、
寂しい心が落ち着いて、ホッとしたりする、。

神様の与えて下さる御愛が、、、リアルな実感として心に伝わる、。
頭での理解、空想ではなく、、実感として、、受けとれる、。

肉の父親からも、、母親からも、
抱きしめられた記憶もなく、、可愛がられたという感覚も、
あまり体験した覚えがない、。

肉の父母から、与えて貰えなかったけれど、、
育児体験を通して、、

父さまからなでてもらえたとか抱きしめて貰えているという、
実感を得られて、、私の幼い頃からの、、
寂しかった心が、どんどん癒やされていく、。

俗にいう、、
一種のセルフヒーリングなのしょうけど、。

幼い頃からの、、古傷、、ささくれてしまってた心の傷は、、
生きている間に、、きちんと癒やさないとね、、。

見ないふりをしても、、勝手に治るものではないから、。
愛が不足して、傷ついた傷は、、愛で治すしかない、。


明日は、、写真、一杯撮ってきます、。
水族館、が楽しみ、。

あと、、
ここの食べ放題、、いくよ〜〜♪って話したら、、

娘と息子、、
何気に、ばーさんが、、一番乗り気じゃね、。
とか言われてしまいました、。

ふ〜んだ、、どうせ私は精神年齢は、、お子ちゃまです、。
いいんだも〜〜〜ん、。
と内心、、少々いじけてた、、私でした、。

イルカのショー見れたらいいなぁ、。
まずは、、娘が早起きしてくれないと話にならないので、、

明日は、、ご飯作ったら、
私は気合を入れて、叩き起こし部隊になります☆

早く、明日にならないかな〜〜☆

マリア


https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00465026_side.gif
PVアクセスランキング にほんブログ村
日本ブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)


2015年07月20日(月)
THEME:デボーションシェアリング
怒りは、神様の標準から、私たちを遠く引き離すからです。
‭‭ヤコブの手紙1:20 リビングバイブル

日暮れまで怒っていてはなりません。とも、みことばにあるように、怒りというものは冷静さを欠くばかりではなく、正常な判断すらできなくなる。
妻への怒りを収める事ができなくなった夫がラスベガスに行き破産してしまった、、、なんて話を本で読んだ。
我々が怒りに支配されて喜ぶのは反対勢力の悪魔たちである。
その感情に揺さぶりをかけ、そうだそうだ!ゆるしちゃならん!と誘いこみ、ついには仕返ししてやれ!ということになる。
全く神の意志の逆方向へと誘い込む。

私たちは忘れてはならない。
赦されたものとして赦していく人生に責任があるということを。
これは命令でありそれが出来なければ自分も赦されない。
もし、私に赦されなかった人は赦される経験がないばかりに、赦せない人になってしまう。
赦しとは責任あるものなのだ。

赦すけど、愛せなくなった!なんて夫婦には最悪な場合があってはならない。
良く聞く先輩牧師たちは夫婦喧嘩の時の一番のメンターはイエス様だと。
愛する愛をください。私には愛する愛が足りません!とひたすら祈り、元どおり!いや、それ以上の愛を持って友に生きていると。
怒りは、そのような祈りすら忘れさせてしまう。喧嘩のたびにこのような祈りの中で主に助けられ教えられ謙虚にさせられる。

主よ。今日も、明日もとこしえまでも、あなたとこのような親しい交わりができますように!アーメン

------------------

あらゆる努力をして! 今週の祝大:2ペテロ1章

2015年08月03日(月)
THEME:デボーションシェアリング
信仰の成長には「へりくだり」である。
預言の成就には「従順」である。つまり預言をもらって、それが志と合い、みことばも与えられたら、その預言の成就に向けて努力するのである。

あらゆる努力をして」と2ペテロの手紙にある。
努力は絶対に必要である。
世の中の人に対してクリスチャンは努力しません。なんて言ったらどうでしょう?

努力を努力と思わないほどに私は働いて神学校で学びましたし、現在も努力している。
この努力に聖霊なる神は強く働いてくれることを私は知っている。
体験してるから。
聖霊なる神が与えらて努力がいらなくなるのではなく、努力を努力とわからないほどに集中できるということだ。
それはまさに「目的を知る人生」 「使命に生きる」 からだ。

信仰には徳を。
徳とは「人柄」であり「他者の利益を望む人」である。

徳には知識を。
熱心なだけではよくない。あるいは
弁明する準備をしていなさい。と、みことばにある。

知識には自制を。
自制を一番効かせなければならないのは「舌」である。ヤコブ書の通りである。
災いの元であると昔からいう。また、人を殺すこともできる。

自制には忍耐を。
忍耐とはヤコブ書にあるように「試練」の時にこそ使う。
試練は神からくる。だから試練は乗り越えるためのものである。
そうすれば何一つかけたところのない完全なものとなれる!と、みことばにある。
忍耐はどのように?
ヘブル11:1
信仰は望んでいる事柄を保証し目に見えないものを確信するもの。

忍耐には敬虔を。
敬虔とは「らしい振る舞い」であると同時に「仕える心」である。

経験には兄弟愛を。
兄弟愛とは赦す心、いけ入れる心。

兄弟愛には愛を。
完全な愛は人間にはない。だから完全な愛を神に求めるのだ。
もう愛せない!そんな時こそ祈るのだ。
「神様、愛する愛をください」と。
十字架で最大の犠牲を払って愛してくださったキリスト様が答えてくださいます。


あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。


----------------

今週の祝大:ヨハネ12章「祝福された人生」

2015年08月10日(月)
THEME:デボーションシェアリング
しかし、それにもかかわらず、指導者たちにもイエスを信じるものがたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白しなかった。会堂から追放されないためであった。
彼らは、神からの栄誉よりも、人からの栄誉を愛したからである。
(ヨハネ12:42〜43)


主イエスを信じることにおいて現在の我々日本人は法律にも触れず安全である。
主イエスを信じることにおいて家庭内で孤立してしまうケースは地方に行けば顕著かもしれない。
自己保身のために主を告白できないのは、神からの栄誉よりも、人からの栄誉を愛したからである。と、同じかも知れない。

当時、会堂から追放されることは「村八分」になるということだ。
あのヨハネ4章のスカルの女のようになるということだ。
この会堂からの追放を恐れてヨハネ9章の盲目の人の親は「あれに聞いてください」といった。

神からの栄誉を選びとった我々は安全圏ながらも「神の家族」である。
会堂からの追放もいとわずに村八分になってまでも信仰を選び取ったものは、神からの栄誉を受けるだけではない。9章で主イエスが、盲目の人を捜し出したように主イエスが探し出すほどに愛してくださる。

人生の様々な所で神と世の中の天秤があるが「神」を選択して行く人生を祝福された人生と言う。

神を2番目に大切にすることを「偶像」という。


牧師 進藤 龍也
[罪人の友]ザアカイの家 
http://zkaihouse.jimdo.com
[罪人の友]主イエス・キリスト教会 
http://tsumitomojesus.wix.com/tsumitomo-honbu

進藤龍也牧師のヤクザな日記(ブログ)
http://ameblo.jp/1st-geocities-churchl/

【罪人の友】ザアカイの家へようこそ♪
http://blog.goo.ne.jp/tumitomo2011
youtubeのページ 
http://www.youtube.com/user/churchljc
ザアカイ youtube 
https://www.youtube.com/channel/UCbT-X6_lqmzmqLgdHQJAKKw




https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00465026_side.gif
PVアクセスランキング にほんブログ村
日本ブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)


信仰を、持っていると思ってても、、
大丈夫、、と、油断してると、、、
足元から、、、ガラガラガラ、、、みたいな、。

私も、ついこの前、、
ハタと気づいて、、
お金、富に仕えようとしているのと同じだわ、、
と気付かされて、、

信仰者らしくないです、。富に仕えようとしてました、、
ごめんなさい、、と謝って、、慌てて、Uターン、。

自分の気持ちに素直になるのはいいんだけど、、、
その奥の奥を、光で照らされたら、、
すっとこどっこいだった、、という顛末、、。
情けない、。

神様の導きにお任せします、、と
自分の想いを神様に一旦、捧げることで、、
心の中に起こっていた、モヤモヤしたものが消えたので、、
神様を第一にするって、大事なんだな、、と
今更ながらにまた想いました、。

自分が、正しい思いでしているのか、していないのか、、
神様だけがご存知なんですもの、。

すっごく、的確な御言葉が頭と心の中に浮かびました、。

あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。

ドキッとしました、。
いや、ドキッと言うのかなぁ、。
なんか、気分的に言うと、、
平らな石が頭の上から落っこちてきたみたいな、、
ゴン☆あ、いたっ、、という感じでした、。

考えても居ない御言葉が、いきなり思い浮かぶんだもの、、
しかも、その通りです、。としか答えれない感じで、、
どっち選ぶ??となって、。

その通りです、、って答えるしかないでしょ、。
こういう時に、、いい逆らっても無駄なことくらい、、
嫌と言うほど体験してるし、。

くだらないプライドを振りかざして、、違う、、と言い張ると、、
ろくなことがないのよねぇ、。

御言葉が示す方へ、、
光に照らし出され導かれる方へ、、行きます、。
口では、、お金に仕えるのは良くない、。と言いながら、、
お金に仕えようとしてるんだから、、
どうしようもないです、。

30年も信仰生活してきて、、何やってるんだろう、、私、。
神様ごめんなさい、、、と思いながら、凹みます、。
全然進歩がないのよねぇ、。
間違ってばかり、、

ほんと、、つくづく思います、。
長く信仰生活してても、、間違わないで済むわけではなくて、、
間違っていることに、早めに、、気づきやすくなるというだけで、、
基本的に、、やることは、、変わってないんだってこと、。

どんなに沢山、教会行ってても、、御言葉聞いてても、、
間違うことをなくすことは出来ないのよね、。

間違っても、、気づいて、、Uターンしたら、、
赦して頂けるけど、。
何度同じことやるんでしょう、、、私は、、。
はぁ、。

イエス様が、、
呆れてしまって見捨てるようなお方でなくて良かった、。
神様がお父さんで良かった、。
人間のお父さん相手なら、勘当されてそうなくらい、、
間違ってます、、私、。

神様から、、教えられたこと、。
偽物の愛ではなくて、、
本当の愛があるかどうかが大切なこと、。
家族に対して、、、隣人に対して、。

慈悲深い想いや思いやる行動を出来れているか、、。
これ、当面の私の課題、、。

なかなかね、、、喜びを持って行えれてない部分が、
まだまだあります、。

偽善者だ、、と、自分で思うことばっかり、。
そんなこと心で感じながら、身体は動くんだから、、
わけわかんない、。

ほんと霊(心)と身体が、、不一致状態なんですけどね、。
行い的に見て、悪い方に不一致しているわけじゃないし、
神様に喜んで欲しいから、という気持ちもあるから、
それで、、そうなっているのなら、、直しようがないものね、。

不一致状態でも、いいか、、と、、思ってはきたけれど、。
このわけの分からない、不一致状態は、、
実は、かなり続いています、。

なんで、こんな相反する思いと行動とるんだか、。
精神科に行って、、これ話したら、、
分裂症ですね、。とか言われそう、。

自分の中のマイナスの気持ち、
面倒くさいとか、嫌だなぁとかの、思い、。も、、
神様に従いたい、、というプラスの思いも、、
同時に存在するから、、こうなるのよねぇ、。

どっちも、、
私自身の思いだから、、消せないし、。
どちらか、片方を退けるしかない、。

自分では、、100%従いたいと思ってて、、
身体は動くのに、、めんどくさいな、、とか大変とか、
つぶやく自分が居て、、

そういう両方の気持ちを見ながら、、、
私、死にきれてない、、と思う、。
まだまだ、、自分に死んでない、。頑固者、、

いつになったら、、
自分に死んで、、自他の区別が、消えるやら、。

信仰を持っていると思ってても、完全に降伏してるつもりでも、、
なかなか、自分に死ねてない、と思うことばかり、。
神様に、、全部、明け渡しが出来ていない、。

いつになったら、、、出来るんだろう、。
  いつになったら、、、、、。

後、何年信仰生活を続けたら、、出来る??
出来ないままに終わるのかなぁ、。

この思いさえも、、
自分で、、自分が納得出来るだけの状態に、、
なりたいという一つの、、
欲の思いというだけなんだろうけども、、。

今よりも、、全然、まともではない信仰生活ズッコケの時に、
救われているから、。
救いの喜びが消えることはないけど、、30年信仰生活してて、、
まだ、床あたりにいる と感じるのは、、情けなくなります、。

私的に、、長くなればなるほど、、、
だめじゃん、、と思うようなことが増えてしまって、。
これでいいとはちっとも思えない、。

すでに救われているから、、救われてない、、というような
不安もないし、、救われた喜びはあるし、、、、
人としての人生で見たら、幸せだし、、満足しています、。

でも、信仰者としては、、
これでいいという満足感は、全然ないです、。

年々、、、これは無くなっていく気がする、。
だめじゃん、というとこばかり、目につく、、。

いいのかなぁ、。
こんな足らないと思うような信仰生活で、、、。

、、、、今ここで、ブツブツ言っててもね、、、
私の信仰状況、、変わんないし、、、。

神様と、イエスさまから、、
ダメだよって言われたら、そのとき、考えます、、、。
あはっ、。

結局、私、、脳天気なのかなぁ、。苦笑、。


マリア


https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00465026_side.gif
PVアクセスランキング にほんブログ村
日本ブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)



無教会状態の人って、二通りいると思うんですよね、。
教会内の色々なことで蹴躓いて、
そこの教会自体に通うことが苦痛になったり、
経済的な理由とかで、教会には行きたいけど、、
行けない状態の人、。

もう一つは、、教会自体を必要とか行きたいとか、、まるで、、
思わなくなっちゃった状態の人、。

教会を必要としなくなっても、、自分で神様と対話し、
自分と神様とでの信仰を維持出来てて、、
たまには、教会へいくとか、、、、
そうなら、、、まだましだけど、。

気持ち的に、棄教してしまっている場合だと、、、、、
教会に戻れるようになるまで、、すごく大変かも、。

一旦棄教しても、、必要だと思ってたら、、
たとえ、ほんの数日だって、
棄教したままではいられません、。(私やりました)

無理、、落ち着かなくて、、そわそわして、、不安で不安で、、
神様とイエス様居ないと無理〜〜〜って、
即効Uターンしましたもの、。

教会内で、、
見たくないもの見て、、気づいて、、立ち去って、、
他の教会へ行くにも、、トラウマになってて、、
二の足を踏んでしまう人も、、いると思うのですけどね、。

私の場合は、母教会の方で、移籍を認めてくれなくて、、
とてもゴタゴタしたんです、。

でも、今の教会である、移籍先の教会の牧師先生が、、
教籍簿の移動も、、しないでも、
すごく穏便に移籍を認めて下さったので、

受洗証明書をみせただけで、、
転会式して終わりで、、済んだのでラッキーでしたけど、。
教会から教会へ移籍するときは、、色々ありますね、。

今も、、受洗しています。という証明などがあれば、
他教会からの転入会者を、受け入れてるのでしょうか、。

一部のプロテスタントと、カトリックでは、
幼児洗礼も含めて、、洗礼を受けていても、
そこの会派での洗礼を受け直さないと、
転入会を認めない場合もあるようですけど、。

今は、、どうなっているのかしら、。

マリア



https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00465026_side.gif
PVアクセスランキング にほんブログ村
日本ブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)





全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事