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キリスト教の三位一体は、
別位格とすると三神一体となり、神道の三柱合祀に通じます。

神道の三神一体は、
天地創造の神様への信仰の仕方としては
間違いではないです。

仮の、神霊が宿るための御神体はありますが、
仏教のような画像とか立像を作って
拝んではいないからです。

神道の御神体は、あくまで仮の宿りなので
御神体は神様そのものではないと理解した上で
人の手でなされていない大いなる御存在に対して
畏怖の思いを持って礼拝しています。

キリスト教の三位一体の三神は
一体でもあるけれど、同時に
三神の状態での存在もしている。

天上から、雷のように、
これは私の子、これに聴け。との天からの父様の御声、
鳩のように下った御聖霊、
地上においでのイエス様、の三者。

神道の三神一体は、
クリスチャンに分かりやすく言うと、
この天地創造の神様とイエス様と
聖霊を別々に分けて祀って礼拝しているような感じです。

でも合祀なので、三柱の神様を祀ってあっても、
それはお一人の神様でもあるのね。
みいつの神様と同じ感覚的思考なわけです。

神道のもとは北イスラエルの
唯一神信仰と
秦氏とネストリウス派クリスチャンの
イエス様への信仰が融合したものです。

もともと土着の日本人と結婚して
日本に帰化していた北イスラエルの民は、
後から来たネストリウス派クリスチャンや秦氏が、
自分たちと同じ同郷の者、
イスラエルの民であることを理解して、。

後から来た優れた文化と技術を持っていた
秦氏やネストリウス派クリスチャンに
日本神話でいうところの国譲りをしたのです。

日本神話『古事記』のタケミカズチと
タケミナカタの力くらべが
相撲の由来だと言われていますが、国の支配権をかけて、
代表者同士が相撲のような力比べで戦ったのでしょう、。
イスラエルと同じやり方で、、。

サムエル記 下
2:14 アブネルはヨアブに申し入れた。「若者を立てて、我々の前で勝負させてはどうか。」「よかろう」とヨアブは言った。

イスラエルの時は剣で殺し合ったけど、
イエス様は剣で殺し合うのは
ペトロを止めてお止めになったから、
日本では相撲みたいな力比べで勝敗を決めたのかもしれない。

部下か自分の子が力比べで負けたとは言え、
自分たちが生み出した出雲の神、
国津神を天津神と同等に扱うことを条件に譲った、。

だから神社は、一柱ではなく三柱合祀が多い。
五や七柱の場合もあるけれど。それは珍しい。

こうして日本に来た
秦氏とネストリウス派クリスチャンが、
イエス様のことを、、
天照大神とかイナリという名前でだけど祀って、
日本の守り神として民間に浸透させてた。

秦氏は応神天皇の283年頃渡来とされてます。
大避神社(おおさけ)この「避」という字は昔は門構えの中にあり、本来は大闢神社。
『闢』という字は「びゃく」と発音し
大闢(だいびゃく)これは中国語でダビデ王のこと。

秦氏はイエス様と同じユダ族だったのかもね。
日本には神殿(神社)があってイスラエルの神殿、幕屋としての機能を保持していたから、、
霊験あらたかな神威ある大いなる神としてイエス様を奉じた、。

幕屋の中の構造は聖所、至聖所、拝殿、洗盤。
神社は、奥殿、本殿、拝殿、手水場。
伊勢神宮は、20年おきに式年遷宮してるよね。
それってすごいお金の無駄でしょー。

全然建物は痛んでないのに、
莫大な費用をかけてわざわざ建て直しする。

幕屋は移動式神殿で、聖書の規定では
20年が祭司の努める期間では最長だからというのと

サムエル記 上
7:2 主の箱がキルヤト・エアリムに安置された日から時が過ぎ、二十年を経た。イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた。

20年の安置期間があった。
この時代はイスラエル人は信仰深くて
神様を慕い求めてた。
その時代の事も再現したいと思ったのかも。
他にヤコブが21年目に、おじラパンのところから
立ち去ったから、21年目に建て直しとか。

神社で決められてる数字は、
すべて聖書に関係していることは間違いない。

それに霊験あらたかじゃなきゃ
そんな壊れてもいないのに
建物の建て直しなんて国をあげてやらない。

寂れて自然崩壊してさようならーになる。
伊勢神宮は太陽神、世の光としてのイエス様の神社。
景教、ネストリウス派クリスチャンが建てた。

ちなみにインドではイエス様のことをイッサと呼んでた。
イサ、イセ、伊勢、似てるよねー。

マタイ

15:24 イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。


失われた羊が何族か、、とは書かれてないけれど、、
イスラエルの家の、、失われた羊って、
普通はエフライム10氏族のことをさすのよね、。
少なくても、血筋はイスラエル人でないといけない、。
でもユダは、、失われた10氏族には入ってないのよ、。

ヨハネ
10:14 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。
10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。
10:16 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊も
いる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。

ここの羊も、イスラエル人の他の囲いに居る羊のこと、。
ほかの羊もいる、。で、その時点でこの地上世界に居る存在なわけだから、、。

その時点ではキリスト教は確立してないし、教会もまだ無い。

北イスラエル失われた10氏族は、
シルクロード通って来たから、、日本に来る途中でも、
彼らは土着の民と婚姻する者もいくらかはいて、
自分たちの技術や知恵、信仰の置きみやげはしてきてる筈ね。

科学的な証拠として、東アジアでは、日本人だけではなく、
チベット人も、イスラエル10氏族の血が流れてると
遺伝子鑑定でYAP+遺伝子と言う遺伝子を持っている、
ユダヤ人と同じ祖先が居たと、認められて居るのよ、。

イエス様の時代には、一部とは言え、北イスラエルは、、
日本に帰化して住み着いてたのでしょうね、。
何度も北イスラエルの仲間が次々と分散していたものが
日本に渡来はしてるのだろうけど、。

稲荷神社は、十字架にかけられたイエス様を
メシアとして信仰する秦氏が建てた。
秦氏がユダ族なら当然です。
自分たちの血筋から神の子が生まれたとなればねぇ。
同族であれば、家族同様な感覚でいたわけだし。
信仰深くもなる。

第2のイスラエルである日本を、、
イエス様は約束通りに守って下さってる、、。

聖書中の、、他の囲いの羊、、は日本人と、
広義的には土着の民だったものが、
寄留の民、北イスラエルを受け入れて、
彼らと婚姻により北イスラエルの文化、教え、を受け入れ
北イスラエルと同化していったたち、、。

日本がすでに神様のものでなかったら
終戦の時、天皇家は滅ぼされて当然。
世界で敗戦国の将がたどる道は死か亡命。

ところが天皇家も滅びず、
世界最高位のエンペラー。
日本経済もウルトラCレベルで返り咲いて
今や押しも押されぬ経済大国。
神様の守護がなければ絶対あり得ない。

日本は見た目は敗戦国とされたけど、
結果的には国体としてはダメージゼロ。

沢山の英霊の犠牲は出たけど、
彼らは自分の国を守るために戦った。
誇り高い日本民族、大和の民、神の民として
武士道精神で正しいと思うことを貫き通した。

日本人は武士階級ではなくても、
学校で軍隊教育をしたから
武士道精神は民間人にもあった。
それに日本人てね、頭良いのよね。

良い物をさらに良いものに改良してしまう天才。
だからユダヤ人と同じで戦略にも長けてた。
イスラエルも戦上手、頭脳明晰なのよ。

生後30日目(場所によっては男児31日目、
女児32日目)に赤ちゃんを
神社(神殿)に初詣でをさせる慣習や、
13歳で元服(成人) という儀式があるのも
世界的に見ても日本とイスラエルだけ。

御神輿もイスラエルの契約の箱と同じような作り。
金箔が貼られた契約の箱の上部には
2つのケルビムの金色の像が羽を広げて向かいあっている。

日本の神輿も金で覆われていて、
神輿の上には鳳凰(ほうおう)と言われる霊鳥が作られている。

契約の箱の下部には2本の棒が貫通しており、
移動するときには、レビ族が肩にかつぎ、
鐘や太鼓をならしてはやし立てた。

このかつぐための2本の棒は絶対に、
契約の箱から抜いてはならなかったように、
神輿の棒も抜かれることはない。
祭りが終わった後も棒を差し込んだまま保管庫で保管されている。

獅子はユダ族の紋章であり、
一角獣は北イスラエル王国の王族であるヨセフ族の紋章。
京都御所の清涼殿にある天皇の座の前には、
獅子と一角獣の像があったとか、、。
ヨセフ族は失われた10氏族の一つ。

日本は、すでに神様とイエス様の国、、、
宗教と意識せずに神社も、お寺も、教会にも、
普通に自由に行けばいいのでは?

日本人にとっては、、
八百万(ヤーよろずで、万軍の主ヤー(ヤハウェ))の神々は
全部が一柱的感覚で、どの神様も日本を守る神なのよね。
全部が良いわけで、これがダメってのがない。

鬼神、悪神でさえ神として祀って、
悪さをしないようにとなだめて手駒にすり替える。
最恐の敵は味方にできれば最強の味方にもなる。
あれこれ拒否らない和の心が一番最強なわけだ、、。

この和の教えは、どう考えても
敵を見たら殺していいと教えていた時代に、
隣人愛を教え実践されたイエス様が出処でしょ?
他に、人間の手本になるだけ、のことした人いないもの、。

みんな自分さえ良ければ、で、バレないように、、
隠れて騙して、殺して奪って、の暗黒時代、。

今みたいに、指紋鑑定もないし、DNA鑑定もないし、
強盗して、埋めたり隠したりして証拠隠滅したら、
完全犯罪が成立してた時代だからね、。

イエス様以降だよ、、やっと、人道的なことに目覚めて、
人同士大切にしあわないと、、となって
精神性が高くなってきたのは、。
イエス様に繋がる人が増えたから、だね、。

ただね、、誤解がないように言っとくけど、
日本の神道だけあれば良くて、、キリスト教が要らない
というわけじゃないのよ、。

両方揃って、最強のイスラエルになるのよ、。
だって、原罪の赦しだけは、、イエス様の御名によって、
洗礼を受け聖餐を受けないと与えられないのだから、。

神道では、原罪に関しての概念はなくて、
罪は祓い清めるもの、洗い流して、禊(みそぎ)をして清める、、、
イスラエルと同じ思考だから、、。

それだと、全部が清めたとみなされてるわけではないのね。
祓った時点の自分がやらかしたことに関してだけ、
原罪は赦されてないまま、。

原罪の清めだけは、、
無垢なイエス様の身体である聖餐を、、
一度で良いので、受ける必要がある、。
一度受けたら、、その救いの効力は、永遠、。
永遠に原罪とはおさらば出来ます。

もしくは、クリスチャンから生まれてくるか、。
でも生まれ方なんて生まれてからとか
生まれる前に選べないでしょ〜〜〜。

原罪と言うのは、人の心の奥底に潜む醜い部分、
いつもは綺麗事に隠れて表には出てこない、。

ごくたまに、人への悪意むき出しの人が居るけどね、。
そういう人は、罪を重ねて
魂の周りが罪で覆われて真っ黒なんだろうね、。

良い生き方、正しい生き方を努力してたら、
魂は清くなって、輝くようになるし高次の存在、、、
御使いとかと心がつながりやすくなるし、
目に見えなくても助けて貰えるようになるし運も良くなる。

無駄な努力ってのはないのよ、。
神社は、イスラエルの幕屋だから、残し続ける方がいい、。
キリスト教会は、お金儲けの堕落の方向には行かないように自戒すべき。

そうでないと分裂の後、イエス様十字架にかけて
神様に背いて决定打が出てイスラエルが滅びたみたいに
キリスト教会が、滅びるよ、。

役目が終わったものとして、、切られる、。
だから常に悔い改めて、行いを顧みないと、いけないです。

来るべき方に、裸で居るのを見られて、
なんと言い訳するのでしょうか、。

父さま、、
あなたは今もこれからも
生きておられます、。


マリア

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