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転載 神父の質の低下

神父の質の低下、、すごいね、。
昔は生臭坊主という言葉があったけど、、なまぐさ神父、。
どうする、、カトリック、。

身内の信徒さえ、そう思う人が出てる、。
堕落したまま、隠して隠蔽したままで良いのか?
自分から膿を出して、改革しなさいよ、。

しかし、堕落しきって、罪の温床にどっぷり使ってるから、
聞くかねぇ、。法王命令だとて、シカトするんじゃないの、。
なんせ、神様の御命令、イエス様の御命令に背いてるのだし、、
それ以下の人の命令なんぞ、処罰でもなきゃ聞くまいよ、。

引用はじめーーーーーー

記事引用元

教会について / 2009-02-06 23:55:47

主の福音

 神父の質の低下は今に始まったことではありません。信仰生活が長ければ長いほど私たちは「なまぐさ神父」に出会います。例えば献金をネコババする神父だったり、平気で愛人とデートを重ねる神父であったり。
 なぜこのような神父が存在するのかというと神父はまず首になることがないからです。例えば教会内で何か問題が起こるとします。正義感にあふれた信者はまず神父に直談判をし、それでもだめならば司教に訴えに行きます。横浜教区ならば梅村司教ですが、得てして司教というのは神父を守るのです。過去のカトリック藤が丘教会の例でいうと訴えてきた信者たちを恫喝に近い対応で迎え、挙げ句の果てに「信仰心がない。黙想しなさい」と教会の信徒活動を無期限で停止しました。このことからわかるように司教に訴えても無駄なのです。同じ穴のムジナ、叩けばホコリの出る身なのかも知れませんが、とにかく神父を保護しようとします。
 今回のセクハラ事件ですが、実は日本のカトリックの組織の中には「子どもと女性の権利擁護デスク」なるセクシャルハラスメントの窓口がちゃんとあります。ありますが機能しませんでした。このことは日本のカトリック教会には自浄作用がないことを端的に表しているのではないか、と思います。
 しかし嘆いてばかりいても仕方がありません。行動できる人は行動し(同じ問題が起こらないように講習会を行う。etc)、祈れる人は一緒に祈りましょう。


アビラの聖テレジアによる「司祭の為の祈り」

おお、イエス、永遠なる誉れ高い司祭よ、あなたの司祭達をあなたの聖なるみ心の避難所にお守り下さい。
あなたの神聖な御体に毎日触れる彼らの聖別された手を清らかなまま保って下さい。
あなたの貴い御血で赤く染まる彼らの唇を純潔のまま保って下さい。
栄養ある聖職者という崇高なしるしを持っている彼らの心を純潔に保ち、世俗的にならないようにお守り下さい。
彼らがあなたへの愛と忠実をもっと強める事ができるようにし、この世の悪習から守って下さい。
パンとぶどう酒を変化させる力と共に、心を変化させる力を彼らにお与え下さい。
彼らの仕事を豊かに実らせる御恵みをお与え下さい。
彼らがいつか永遠の生命(いのち)の王冠を得る事ができますように。
アーメン。


「今回の事件」

 大阪府茨木市のカトリック大阪大司教区茨木教会の神父が信者の母子にセクハラ行為をしたとされる事件で、府警茨木署は5日、同市駅前3、同教会神父の井上博嗣容疑者(74)を母親(43)に対する強制わいせつ容疑で逮捕した。井上容疑者は「キスをしたことは間違いないが、わいせつ目的ではなかった」と供述しているという。

 発表によると、井上容疑者は昨年10月下旬〜12月下旬の間、約70回にわたり、居住する同教会敷地内の司祭館(神父の居住棟)1階の台所付近で、「愛してます」とささやきながら母親を抱き寄せ、無理やりキスを繰り返した疑い。母親は同教会で食事の支度や掃除などのアルバイトをしており、ほぼ毎日司祭館に出入りしていたが、抱きつかれるたびに「やめてください」と抵抗していたという。

 井上容疑者が、娘の小学生の女児や別の女性信者に対しても同様の行為をしていたという証言もあり、同署は余罪を追及する。

 井上容疑者は、2002年から茨木、高槻(大阪府高槻市)両教会で布教を担当。英知大(現・聖トマス大、兵庫県尼崎市)学長や神戸海星女子学院大(神戸市)の非常勤講師なども務めた。

 大阪大司教区の松浦悟郎補佐司教は大阪市中央区の同大司教区で記者会見し、「関係者におわびしたい。今後このようなことが起きないよう全力を尽くして取り組む」と謝罪した。

 茨木教会はこの日、門が閉ざされたままで、出入りする信者らの姿はなかった。近くの女性信者(86)は「住む場所のない人の世話をするなど、多くの人を助けてこられた。あの神父さんに限ってそんなことは絶対ないはず」と驚いていた。
(2009年2月5日 読売新聞)
ーーーーーー
引用終わり、。

海外だけじゃなかった、。
日本のカトリックまで、10年前にはすでに汚染されてる、。

はぁ、、、。
お父さん、がっくりしてるよね、。
悲しんでるよね、。
お父さん、どんなにか、お辛いでしょう、。

長い時をかけて、、信仰の先達たちが、、
兄姉が、、命をかけて、思いを尽くして、神様に従い、、。
人に仕えて、積み上げてきたものを、、台無しにして、。
恥を知れ、。

隠してどうするのよ!!あほんだら!!
人にバレなきゃいいのか!!生きてる間、バレなきゃ良いのか!
だから、、信仰あっても地獄に行く羽目になるのよ!!!

神様に哀れんでいただけない、。
自分の罪を認めず、悪事を重ねて、、
神様とイエス様を踏んづけて、、、、ふんぞり返っているんじゃ、、
赦されるわけがない、。

信仰は持ってても信仰心があるとは言い難い、。

私もカトリックの修道女になりたいと思った時期がありました。
プロテスタントの牧師が、とんでもないと思ったから、。

そしたらカトリックのほうが、、現状、
世界レベルで、、
はるかに、
とんでもない状態で、、。
私は、プロテスタントで、良かったと大真面目に思っています。

なんで、ここまで、腐敗し堕落したの?カトリック、、、。

聖餐が、、パン(ホスチア)だけで、葡萄酒の配餐がないから、
霊的にみたらパンと血の契約は半分しか完了してない、、

守護も、やはり儀式が完璧ではなく劣るからだろうか、、、。
信仰心ある人にしか、聖霊は働けなくなってる、。

カトリック、聖餐をパンと葡萄酒両方の配餐にして、
風紀も改めて厳しくしないと、、組織ごと滅びるかもね、、。
今度は、神様に責任取らされるだろうから、。

せっかく宗教改革して、神様が、腐敗を正そうとされたのに、、
プロテスタントを最初は異端分子として排除しようとしたけど
言ってることが正しく、支持者が増えて、、勢力が増えたから、、

しかたがないから存在を認め、取り込もうとしただけで、、
クリスチャンだとは認めてないまま、、、。
認めてたら
相互陪餐するよね?

彼らはプロテスタントをクリスチャンだと思ってないのよ、。
残念なことに、。

そういう状態だもの、、信徒だって、
自分は伝統あるカトリックの洗礼受けてて聖餐も受けてる、。
お前らは、まだ500年かそこらの歴史しか無いだろーってなるのは
当たり前です、。

イエス様が、何のために朝と昼と、、三時と五時と、、
いろいろな時間に人を、呼びかけ雇って
救った金持ちのたとえ話をしたのか、、わかってない、。

長い時間働いても、短い時間働いても、信仰の質が同じなら同じなの。
期間、長さじゃなく、、信仰の質、深さが問題なのよ、。

いくら伝統が長くても、、
腐敗して不祥事起こしまくってるようなら、
神様が信仰あり、と認めるとは到底想い難い、。

早急に、葡萄酒も配餐すべき、。
人数分の葡萄酒が、どうしても確保出来なきゃ、、
プロテスタントみたいに、
ぶどうジュースに代替えしたらいいでしょ、。

ぶどうから作られた赤い色の葡萄液が入っていたら、
聖餐は、象徴儀式だから、駄目とはならない、。

頭使いなさいよ、、カトリック、。
イエス様が定められた儀式規定省くよりマシだから、。
葡萄酒か葡萄液の配餐するようになれば、、
今より、不祥事起こしまくりの、どアホなクリスチャンは減っていくと思うよ、。

生まれながら、イエス様の血筋につながる神父が、
信徒から生まれてこれるわけだから、、
今はね、イエス様の血筋につながって生まれてくる神父はあまり居ない、、。

親がイエス様の血につながる葡萄酒の配餐受けてないカトリックの信徒の場合のほうが高いでしょ、。

そうなると、一代限りで結婚しない神父は、、
悪魔のささやきに牧師より負けやすいのよ、。
愛し愛される対象がないから、心寂しくて、孤独だから、
一時の快楽や、喜びを求めて、堕ちていく、。

原罪は、、悪魔となった天使と人とが、犯した性的罪だから、、
堕落も性的罪から起こる、、。

カトリック、、の不祥事、性的虐待、性奴隷とか、性にまつわるものがダントツでしょ、、それ原罪の因子に引きずられての堕落だから、。

少なくても独身制も、やめるのね、。
これ以上堕落を招きたくないなら、。

マタイ
19:12 結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることのできる人は受け入れなさい。」


生まれついて、結婚できないように生まれついた人は、、
特別な立場にある人のことだけど、、、
少なくても通常の男女なら、、それは当てはまらない。
聖職者、神父でも、、結婚できないように生まれついた者ではないよ、。

神父は、せいぜい、
人から結婚できないようにされた者、でしょ、。
結婚できないように生まれついた者、ではない、。

人から、、組織から、、ね、。
組織が認めたら、結婚できるでしょ、。
実際、助祭までは妻帯認めてる。

だから、牧師は妻帯してるし伴侶も子供もいる、。
妻帯したら駄目なら、、神様は祝福しないわけだから、
彼らにあとを継ぐような子供は生まれてこない、。

天の国のために結婚しない者とは、
新生輪廻してきて、霊と霊をあわせて結婚したら、
あとは、新生輪廻してくる必要性がなく、

天の門をくぐれる霊の人たちが、
今生では結婚しない予定の人と共にいることがあり、、、
それは、こちらに留まって人を救うためで、、

天の門をくぐって、御国にいけば、いいだけなのに、、。
自ら望んで先に、、では無く、イエス様が御国に戻る時に、、
最後の最後に救われる特別な道を選んだ人たちのこと、。

神様のために働くことを願って、生まれてくる人と、
その人に合わさって居る神様側の神霊たち、、。
今は、、彼らの気持ちが、わかる、。

イエス様は、こっちと地獄においでなのよ、。
人を救うために、。

天の国には、、イエス様は、、おいでにならない、。
私も、少しでもイエス様の近く、、お側にいたいから、、
たぶん、天の門はくぐらない、ことを望む、と思う、、。


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