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書庫マグダラのマリア聖書論



この書庫は聖書の深(裏?)読み系の記事です。

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新約聖書中で、バプテスマのヨハネが、
なぜイエス様の洗礼を思いとどまらせようとしたのか。 

イエス様に、ヨハネより上であると
明確な権威付けをしたいがために、、
そのように書かれたのでしょうか?

聖書は、ありのままを記載したはずです。

マタイ福音書
3:13 そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。
3:14 ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」
3:15 しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。
3:16 イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。
3:17 そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。

過去記事で、これは婚姻の為の洗礼であると書いてあります。
イスラエルでは婚姻の儀式の一環として洗礼、
儀式的禊ぎをしたのですね。

わざわざイエス様がガリラヤから
ヨハネのもとへ出向いています。

イエス様の婚姻相手は、
ヨハネの近しい親族であったから、。
ヨハネに、婚姻の許可と言うか、
同意を得るためにヨハネの元に行ったのです。

イエス様は、別記事で書いてあるように
肉体的にはザカリアの子です。

ヨハネの異母兄弟であったので、
イエス様にとっても近しい親族となるわけで、

だから、ヨハネは、イエス様に
婚姻の認証の儀式の洗礼をすることを
ためらって、とどめようとしたのでした。

半分は同じ父の遺伝子を肉体的には持つから
異常のある子が生まれるかもしれない。
とヨハネは思ったのでしょう。

でも、イエス様に限っては、
その心配は要らなかった。
イエス様の肉体の器は、受胎の時に
聖霊が清めています。

イエス様の肉的な代理父である
祭司ザカリアの持っていた原罪の印は、
聖霊がザカリアを満たし、

彼によってイエス様を受胎させる時に
清めて、無原罪の状態にしているので、
ザカリアの持っていた原罪の因子は、
イエス様の聖性に何も影響出来ないのです。

イエス様は神様御自身ですから
聖霊による清めがなくても神様です。

ザカリアの原罪の因子を聖霊で清めなくても、
もともと無原罪の御方です。

何によって神様を清める必要性がありましょう。
イエス様は完全無欠な御方ですから
清めなど要らないのです。

ただ、サタンが、罪の因子がイエス様の、
肉体にあるままだと肉体に原罪の印があるし
神様の御子だと認めないと、屁理屈をいうので
サタンが讒訴出来ないように、

祭司ザカリアの持っていた原罪の印を、
イエス様の宿る肉体から聖霊が清めて
消したのです。

ルカ福音書から
天使ガブリエルがマリアに言ったこと、
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。
すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。
あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。 
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。 
彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」
天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。
神にできないことは何一つない。」
は 

受胎告知は、既にザカリアによって
受胎していた御母マリアへの祝福と、、、
生まれた後の命名の指示だったのです。

御母マリアは、ヨセフと婚約中であったので
男(ヨセフ)を夫として、まだ知らない。と
天使に答えて、天使は、聖霊によって身ごもると答えました。

聖霊が覆うの表現は、聖霊に満たされた
祭司ザカリアに覆われて、、という意味で
つまりは普通の男女の営みによって
懐妊が成ったけれども、、

その受胎は、通常の懐妊ではなく
神様の、聖霊による関与があったことで、、
神様御自身の御意志によっての懐妊であると、
天使は御母マリアに言ったのです。

神様の御意志で、救い主となるイエス様を、
あなたは宿しているので、おめでとう。
という御母マリアへの祝福と受胎告知でした。

受胎する前なら、
主は、あなたと共におられる。
恵みをいただくであろう。です。

すでに主(イエス様)が、共におられて(受胎して)、
恵みをいただいた状態なので過去形。
過去形ということは、受胎告知されたときは
すでに受胎済みということ。

他のこれから起きることは未来完了になって、〜言われる。〜呼ばれるとなっていますね。

このように、神様はイエス様の肉体ごと清めて
アダムとエバのころのように
遺伝子に何の傷もない、

また罪の因子もない状態になされているので、
従姉妹や異母姉妹など、
近親に近い同士での婚姻でも
遺伝子的な問題も起きない状態であったと、
私は思っています、。

イエス様は「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」と仰いました。

我々、とイエス様がヨハネに仰っています。
顔見知り、知人程度では、そうは言いません。
同じ仲間であったことがなければ、。

イエス様の時代はユダヤ教は三大教派、
ファリサイ派、サドカイ派、エッセネ派の
3つの派に分かれていました。

聖書にはエッセネ派のことは、
良くも悪くもかかれてませんので、
イエス様をはじめとする弟子たちも
エッセネ派寄りだったのではないかと
思っています。

エッセネ派は、
3つの派の中で、、最も
メシア出現を待ち望んでいました、。

またエッセネ派は医療に長けて居ました。
エッセネ(Essenes)という名は、
医師を意味する古代シリア語に
由来しているそうです。

イエス様は、医者よ、自分自身を治せの
ことわざ、、を用いましたね。

ヨハネは、ヨハネ教団を作っていて、
ヨハネ教団は禁欲質素を信条とする
エッセネ派でした。

イエス様はヨハネと異母兄弟ですから、
当然、そことも深い関わりがあったのです。

エッセネ派は、数人の祭司と
信徒とで共同体を作り
共同生活をしていました。

エッセネ派は結婚と財産私有に関し、
これを厳格に禁止する祭司的な共同体と、
一部分これを認容する、
緩やかな共同体とがあったのですが今、
通常は、婚姻を奨励しなかった。

多分、イエス様は、教団の中枢部、
祭司的な厳しい方の指導者の側に、、
属していたのではないかと、、

それでイエス様は、30になる前に
葡萄酒の奇跡の時の、、ヨハナと
婚姻するために、そこから離れたわけです。

葡萄酒を用意するのは花婿の役目です。
本来はイエス様の結婚式の予定が、
他の人、ヘロデの家令クザが、花婿になった。

ダビデの時、サウルは、長女メラブを妻に与える約束をして居ながら、与えなかったことが再現されたのでした。

イエス様の第一の妻候補になっていた女性ヨハナは、イエス様の異母兄ヨハネの妹です。

祭司ザカリアにエリザベト以外に妻があったことは書かれていませんが、、
バプテスマのヨハネは、家督を継がずに荒れ野にいて預言者となりましたし、エリザベトが、ヨハネに付き添って共に荒れ野に行ったのであれば、

跡取りを生んで貰うのでなければ、
身の回りの世話をして貰うために、、
後妻を迎えてもおかしくないです。

エゼキエル書
44:22 彼らは、寡婦や離婚された女を妻にめとってはならない。イスラエルの家の血筋を引く処女をめとらねばならない。しかし、祭司の妻で寡婦になった者は、めとってもよい。

ヨハナの母は祭司ザカリアの後妻であり親族で、、
ベタニアのマルタ、マリア、ラザロの母、、。
ザカリアの子、、ではなく
ヨハナの母の連れ子の可能性が高い。

それでもザカリアの義理の息子、娘となるので
ヨハネやイエス様と兄妹になるわけで、。

バプテスマのヨハネが、誰と結婚して
シモン・ペトロをもうけたのか。
気になっています。
大穴で、マルタかなーと。

マルタがイエス様の異母兄ヨハネの嫁なら
イエス様の義理の姉になるので、
マルタが、イエス様にやや命令的に〜して下さい。とか、何とも思われないのですか!とか言ってもおかしくないですし、。

イエス様とヨハナとの婚姻が
かなわなかったときは別の形、、
マグダラのマリア(ベタニアのマリア)がいたけれど、それも婚約までで結婚式まで完了出来なかった。

イエス様は、そうなる可能性を知っていた上で、
葡萄酒を用意していたので御母マリアは、
イエス様に葡萄酒のことを相談した。

と、水が葡萄酒に変わった訳ではないという主旨ではありますが、私は、イエス様が、水を葡萄酒に変えれなかったとは思っていません。
念のため。

イエス様は、婚姻をして
神様の祝福された血筋を持つ御子を
もうける必要がありました。

不幸にして、マグダラのマリアと婚約だけで
婚姻は完了できないまま、
御子も残せないままとなりました、、。

それでイエス様は、
御自身を信じ繋がる人に、
御自身の肉の身体、の霊的象徴としてパン、
御自身の肉の血筋、の霊的象徴として
葡萄酒を、お定めになった。

洗礼は、
羊水に入り直し生まれ直したとする
象徴儀式。

イエス様はイエス様の救いを信じた人、
これから信じる人すべての人類に
永遠の命を与えるために、、

肉体的な命だけではなく
御自身の神様としての命をも、
すべてを捨てて、死んで蘇り、、

霊的に死んだ人が、イエス様に繋がることで
蘇れる道を、すべての命と、
人としての喜びも、、
すべての幸せも捨てて、備えて下さいました。

辛くて悲しい選択でした。
十字架刑は、見せしめの刑ですから
最も辛い死に方です。

でも、メシアとしての使命は、絶対に成し遂げる。
独りきりでも、どんな犠牲を払ってでも、、
イエス様の決意は堅く強いものでした。

御自身が、人のように霊肉共に死んで
蘇ることで、人に御自身の永遠の命を
与えるしか道が残らなかった。

人が不信したせいで。
婚姻によって無原罪の御子をもうけて、
一人の罪人から罪の因子がすべての人に
広がったのと、逆、清い血筋の御子から
婚姻によって無原罪の子孫繁栄を、
というのは出来なくなったから。

某教えで、似たこと言ったりしてるけどね。
本物ならば、絶対に自分が再臨主だと
名乗りはしないし、イエス様がなさらなかったこと、献金や奉仕の強制、人を奴隷のように
扱い、見下すこともしたりしない。

聖書を分かったつもりで再臨主だと名乗って、
今は死んだから神様扱いされてるけど、
大嘘ついてたし、贅沢しまくり、
愛人も好き放題作ってたし、、。

情状酌量ゼロ、で、最下層の地獄に
一気に沈んでいったでしょうね。
自分の魂に、こびりつかせた罪の重さで、。

霊界は、ごまかしきかない。
どんな言い訳も通らない。
嘘はすべて露わになる。

イエス様はヨハネの再来と言われました。
ヨハネの斬首を境に、民衆の前に
ヨハネと同じ言葉を以て宣教し、現れたから。

ヘロデは、「わたしが首を切ったあのヨハネがよみがえったのだ」と言ったし。

このような記述から、
イエス様よりもヨハネの方が有名人とか
権威があったと、考える人もいるようだけれど。

洗礼者ヨハネを救世主と仰ぐ
マンダ教とかいう教えがあるらしいし。

マタイ福音書
14:12 それから、ヨハネの弟子たちが来て、遺体を引き取って葬り、イエスのところに行って報告した。
14:13 イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。

ヨハネの弟子たちはヨハネを埋葬した後で
イエス様にヨハネを埋葬したことを報告しにいっています。

ザカリア家の家長であった
イエス様の異母兄(系図的には従兄弟)であるヨハネが亡くなったから、異母弟であるイエス様のもとにヨハネの弟子たちは知らせに行ったのです。

これもイエス様が、ヨハネ教団にいたのと、、
バプテスマのヨハネと親しい関係であったという事の証拠の聖句になります。

私の方こそイエス様に洗礼をしていただくべき、、のくだりはヨハネの権威を横取りさせるための、あとからの付け足しではありません。

異母兄ヨハネ亡き後は、
ザカリア家の家長はイエス様がなるはずでした。

指導者モーセを兄アロンが補佐したように
ヨハネは異母弟であるけれど、
メシアでもあるイエス様を助ける使命があったのです。

そのために、自分はエリヤであると
言わなければならなかった。
メシアの先触れとして現れるのがエリヤだから。

でも、ヨハネは、
自分は荒野で呼ばわる声だと答えて
自分はエリヤではないと、
自分の使命を果たさなかったから、
獄死する事になった。

もし彼が、自分はエリヤであると答えていたら
彼は獄死する事はなく、エリヤの後で現れた
イエス様をメシアであると人々も信じれた。

ヨハネが、エリヤの霊に満ちて
エリヤと同じ使命を持っていたのは、
ガブリエルのザカリアへの受胎告知の時に
告げられていた。

ルカ福音書
3:16 そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。

ヨハネは、聖霊に満たされた時、
メシアは、自分の後から現れて、
聖霊と火(御言葉)とで洗礼を授けると
預言していたけれど、

ヨハネは、聖霊が離れたら、、
イエス様がメシアであるとわからず
そう信じれなかった。

自分の異母弟が、、と、まさか。と
思ってしまって。
奇跡をみても、聞いても、そうとわからず。

なので、、イエス様は、

マルコ福音書
6:4 イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。

と、仰っていました。

故郷でも、親族も、
イエス様をメシア、神様の御子、と
敬うことはなかったから。

身内が、、メシアとは信じれなかった。

メシア出現を切実に願っていながら
いざ目の前に現れたら、信じない。
分からない。

不思議なものです。
待ち望んできたメシアが目の前にいるのに、、。
なぜか、分からなかった?

聖書を暗記するほど読んでても
メシアが出現すると思ってなかったから、
まさか、有り得ない、と打ち消してた。

たくさんの奇跡をみても、、。

だから、見ないで素直に信じる人は
幸いです。

主なる神様は、すでに
あなたと共にあります、、。

用事をして書いては眠ってで、
書きあげるまで丸1日かかってしまいました、。
大掃除疲れが、、
今頃、出てきているのかも。

寒いので、皆様ご自愛くださいませ。

著作権は放棄していません。

マグダラのマリア




御母マリアとエリザベト再考察 改訂版
の修正補遺記事です。

副題ザカリアが口が利けなくなったこと。

流れとしては、、↓このような感じ
少し前回のタイムテーブルとは
若干変更点があります。

ザカリアは、祭司の香をたく努めに
くじで当たって聖所に入り託宣を受けます。、

香をたき現れた天使ガブリエルから
ヨハネの受胎告知を受けます。

ザカリアは、天使が現れたことに
戸惑い驚いて
アブラハムが御使いに答えた時のように、
「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」とガブリエルに答えました。
その時、ザカリアは急に口が利けなくなります。

エリザベトは、、天使の告知通りに
バプテスマのヨハネを受胎しました。

でもエリザベト本人は初めての経験で、
閉経近く生理も不順であったため
自分が懐妊したことを知らないままです、。

ザカリア家は跡継ぎがなく
断絶しそうなわけで、、、
どうしても子供が必要な状況下でした。

年老いている自分の代わりに代理妻、側女を
とエリザベトが考えても不思議ではないです。

年老いたナオミの代わりに嫁のルツが、
レビレート婚姻によって、ボアズによって
ナオミの子として、オベドを産んでいます。

本来はナオミが、
夫エリメレクの兄弟と
レビレート婚姻によって
子をなさないといけないのですが、
年齢的に難しいので嫁のルツが、
ナオミの代理で妻となったわけです。

でも、ボアズは、ナオミから対価を払って
買い戻しをしてるのでオベドは、
ボアズの子とされました。

アブラハムの妻サラも、年老いていたし
自分に子が、出来なかったので、、
若い女奴隷のハガルを、
夫に側女として与えてでも、、
跡継ぎの子を得ようとしています。

イスラエルでは、
夫の子孫、跡継ぎを成すのは、
正妻の義務でした。

たとえ側女の子でも正妻が認めてさえいれば
族長と正妻の子、跡継ぎとして
育てられました。

日本では借り腹と言いました。
現代でも代理母、代理出産がありますね。
今は、精子と卵子は父母のものを
人工的に受精させ、受精卵を使う場合が多いですが、。

大昔は、そういう科学的な技術もないし
ごく普通の男女の営みによって
子を成すしかないです。

そうなると、、
身近な自分の親族から
相手を選びはしますが、、、
そういった願いを、、2つ返事で
聞いてくれるのは、そうは居ない。

だってそうでしょう?
愛してる人とならともかく、、。

御母マリアの場合であれば、。
伯母エリザベトの旦那さん、それまで養父であった
ザカリアの、、側女になって子を
産んで欲しい、。と、、

エリザベトから言われたわけだから、、
普通、2つ返事でハイとは言えない。

それまで、一緒に暮らしてきて
お養父さんだった人の側女になる?
どうしても?なぜ?と
マリアが疑問に思うのは当然で、、。

エリザベトから、、多分、泣きながら
どうしても自分に子が生まれない。
誰かに跡継ぎを作ってもらわないと
ザカリア家が断絶しそうだから、。
伯母である自分の代わりに助けると思って
子を産んで欲しいと深い事情を言われ、、

それを聞いて自分でよければ、と
マリアは、エリザベトの真剣な願いを
聞き入れて養父ザカリアの、
代理妻となることを承諾、、。

このようにしてエリザベトは
幼い時、3歳の時から、
我が子のようにして共に暮らしていたし、
気だてがよく優しい養女であるマリアに
白羽の矢を立てて、、

夫ザカリアに代理妻として
与えることを決め、夫ザカリアに
養女マリアの所に入るようにと、
口が利けないので口頭と筆談で相談をしたわけです、。

御母マリアによって生まれてきた子でも、、
正妻が選び認め与えたのなら、
ソロレート婚と同じように、生まれてきた子は、
正妻エリザベトの子として育てられます。

初産でそれはかわいそうでは、、
と誰かから、エリザベトが言われたとしたら、
エリザベトは、マリアが
懐妊しやすいようにと、自分は父方の
自分の実家に戻り、身を隠します。

エリザベト妊娠したから身を隠してたわけじゃないです。妊娠出来ないでいることが彼女の恥だったわけですから。エリザベトが妊娠出来てたなら身を隠す必要はゼロです。

エリザベト、身を隠す、妊娠1か月め
エリザベト、身を隠す、妊娠2か月め
エリザベト、身を隠す、妊娠3か月め 

ザカリアは、心正しい人であるので
エリザベトの受胎告知をガブリエルから受けて
聞いていたし、、
多分、すぐに養女であったマリアを
代理妻としてはいないと思います。

エリザベトの懐妊がないと確実に思われる頃
2ヶ月後半をすぎころまでは、
マリアを代理妻としかったことでしょう。

ザカリア、天使から受胎告知を受けて
すぐ口がきけなくなって、エリザベトはすぐに
5ヶ月身を隠しているから、
ザカリアから受胎告知のことは聞いてないと思うのです。

ザカリアも、エリザベトに希望を持たせて、
ダメなら余計に辛いと思ってエリザベトに
ヨハネの受胎告知のことは言えなかったのではないかと推測できるから。

もし、ザカリアがヨハネの受胎告知のことを
エリザベトに言っていたなら、
エリザベトは、少なくとも家からは出て行かない。

エリザベトがマリアを側女にすることを
反対していたらマリアは側女にはなれない、。
逆でないと側女になれない。

ザカリアが、ガブリエルから
エリザベトの懐妊告知をされてからあと、
普通なら、懐妊がわかりそうな
2ヶ月後半が過ぎても里帰りしたエリザベトから
懐妊したとの連絡がないので、。

エリザベトは妊娠してないとあきらめて、
ザカリアは、養女マリアのもとへ入って代理妻、側女とする、。

エリザベト、身を隠す、妊娠4か月め 
エリザベト、身を隠す、妊娠5か月め (御母マリア懐妊) 

5か月間が終わって、
エリサベトは自分の妊娠に、
胎動があってやっと気付き、
ザカリアに急いで使いを送ることになります。

ザカリアから、それなら家に戻ってきなさいと
返事が来て、、、赤ちゃんの安全のために
安定期の6ヶ月になってからザカリア家に
戻ることにしたとすると、、

安定期の6ヶ月の時には、ザカリアの家に
エリザベトが戻っているわけで、、。

ザカリアは、エリザベトの懐妊を知って
急いでマリアとの婚姻関係を解消。
マリア、ザカリア家から、
自分の父ヨアキムのところ実家へ帰る。
  (御母マリア妊娠1か月以内、マリアも、まだ懐妊に気づいて居ない。) 

ザカリアは、マリアが懐妊しているかもしれないので、急いで神様にお伺いを立て、
養女マリアの花婿候補となるべき、ダビデの子孫をイスラエル中から集める。

マリアは、ユダ族ヨアキムの1人娘で、
ダビデの嗣業(しぎょう)を受け継ぐ者なのでユダ族として嫁ぐ場合、父方と同じユダ族でダビデの子孫の血筋の者としか結婚出来ない決まりです。

ちなみに御母マリアが
アロンの血筋として嫁ぐ場合は、
ヨアキムのダビデの嗣業(しぎょう)を放棄して
レビ人として嫁がないといけなかった。

ザカリア、ヨセフに花婿候補として
名乗りをあげるよう説得する、。
花婿候補たちに1本ずつ杖を神殿に納めさせる。
杖の奇跡で、ヨセフが御母マリアの花婿に選ばれる、。

ヨセフと御母マリア婚約。

エリザベト、妊娠6か月め。
エリザベト、ザカリアのもとに帰る。

マリア、受胎告知をガブリエルから受ける。
マリアは、受胎告知を受け、
自分がザカリアの子を
懐妊しているということに気づく。

ザカリアとの婚姻解消後、、
御母マリアは、ザカリアのもとから一度、
父ヨアキムのところ、実家に戻っているので
未婚状態に戻ったとみなされます。

それだからザカリアは、
自分の代理妻だった妻の下げ渡しではなく
自分の養女の乙女マリアとして、
ヨセフと正式に婚約させれたのですから。

マリアは婚約者ヨセフがいる状態なので、
ヨセフを傷つけないためにも、
「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」とガブリエルに答えています、。

御母マリアはガブリエルの言葉で、自分だけではなくエリザベトも懐妊していることを知って、それを確認するためにザカリア家に急いで行きます。

マリア、エリザベトと会って挨拶する。 

聖書の記者は、
エリザベトが6ヶ月の時に
受胎告知を受けてすぐ
エリザベトのところへ行き、、挨拶して帰らず
3ヶ月滞在したと記録しました。

素直に聖書を読めば、御母マリアは、、
まだ胎児にもならない状態のはずであるのに
「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。」と、エリザベトから言われています。

胎内の御子さま、、とのエリザベトの言葉から、
単に受精卵が着床しているというのではなく、
すでに胎児状態となっていることがわかるのですね、。

つまりはマリアが1ヶ月以上の受胎状態であるということです、。

御母マリアがザカリアの子を、
宿してなかったというならば、、
エリザベトが6ヶ月のころに、
マリアはヨセフと婚約もしているので、

マリアのお腹の子は、、絶対に
ヨセフの子でなければおかしいのです。

でも、それだからといっても
婚約して1ヶ月以内に懐妊して
胎児状態まで赤ちゃんが育つか?
と言えば無理です。

いくら神様でも、自然の法則があるので
人の生理機能、、受胎期間を、
1,2ヶ月も延ばしたり縮めたりはしません。

改訂版の方に書いたように、、
呪いの水の判定は、
マリアのお腹の子はヨセフの子ではなく、
マリアも姦淫をしていない。となっています。

神様のお答えですから嘘ではないです。
ヨセフは、マリアに触れてないので
勿論、ヨセフの子ではなく、。

御母マリアも、自分の懐妊の可能性がある
と思っても、ザカリアから、、
婚姻は解消されて父ヨアキムのもとに戻り
未婚状態に戻ってからヨセフと婚約しており、

御使いによって、受胎告知の時に

ルカ福音書
1:35 天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
と言われているので、

ザカリアの子とは言わずに、、
聖霊によって宿ったと言うようにと
指示されたようなものだから、、

言いつけを守って、代理妻をしてた時の
ザカリアの子です。とは言わない。
ヨセフにもそう言い通し続けていたでしょう。

実際、マリア自身、身に覚えはあっても
懐妊していることまでわからないままで
ヨセフと婚約し、。

その後、すぐにガブリエルから
自分の子が、メシアとして生まれること、
イエスと名付けるように、と
受胎告知を受けているので、、。

もしかしたら養父のザカリアの子、
でも、神様から聖霊によってと言われた。
神様の御言葉を優先にしなくてはいけない、。
というような感覚だったかなと。

ま、嘘じゃないです。
肉体、肉の器はザカリアの子でも
その魂は神様であるイエス様が人となるべく
マリアの身に宿ったのだから。

なのでヨセフもマリアも無罪です。

ザカリアとの婚姻解消せずに、、
ヨアキムのもとに戻らず
未婚状態にリセットしてなかったら
有罪になった?

いや、神様はそうならないように
御母マリアの命掛けの信仰ゆえに
守るために助けを送ったと思います。

改訂版の方に書いたように
父ヨアキムの元に未婚状態でいながら
妊娠してるのが発覚すると。

石打ち刑で殺されるか、
火あぶりでした。
火あぶりって、骨が消えるまで焼くもので
存在抹消、埋葬すら出来ない厳しいもの。

ザカリアのもとにいれば、、マリアが
もし懐妊してても罪に問われることはない。
マリアが婚姻解消をされた理由はエリザベトが
家に戻って来るからとだけ聞いていたのかもしれない。

だから、ガブリエルの自分への受胎告知で、
エリザベトも懐妊していて6ヶ月目であることを
知って驚いて本当なのか確かめに行った。

マリアは、婚姻解消されても不平を言わず、
神様が、ザカリアを通して
くじで婚約者として指名されたヨセフと
婚約しました。

もし懐妊してたら、
婚約期間中での姦淫をしたと、言われて
殺されるかもしれないのに。
ザカリアのもとから離れたら、
あとは命掛けだらけ、、、。

話を戻して
御母マリアはヨセフとの婚約以前には、
幼い頃3歳からザカリアの家に、養女として、
もとから住んで居たので、わざわざ
エリザベトのもとへ出向く必要性もないのです。
そこに養女として住んでいたのだから。

養父であったザカリアのもとからマリアを
未婚状態にもどすために父ヨアキムのもとに
マリアを帰してからなら、それは可能です。

エリザベトの妊娠期間、約3か月から
6ヶ月になる前、エリザベトが、
懐妊に気づいた5ヶ月後半くらいまでの、

約3ヶ月の間、エリザベトの代理妻として
ザカリアのもとにいて、
実家へ帰ったということになります。

よしんば、エリザベトが御母マリアを
ザカリアの側女にしていなかったとしても、

ザカリアの家から呼ばれるか、、
マリアが自分が何かを疑問に思って、
エリザベトに会いに行くのでなければ、

マリアがわざわざザカリアの家まで行って
3ヶ月も居候しないといけなかった理由や、
それを聖書に記録する理由が何もないです。
マリアの挨拶とエリザベトの応答マリアの賛美、あと家に帰った。で十分でしょう?

マリアがザカリアの家に3ヶ月も
滞在してたことをわざわざ書き残さないといけなかった理由、どう転んでも無いでしょ?

マリアが3ヶ月だけ、、なぜか
ザカリアの家に居候したって書かれた理由。

だってもとからザカリアのところに
3歳から預けられて養父だったし、。
そこにヨセフと婚約するまでいたんだから、
よほどの用がなきゃ、おかしい。

ヨセフとの婚約期間ならなおさら
実家にいて身を慎んでいないといけない期間だし、

身を隠す前のエリザベトから呼ばれ
エリザベトのもとへ行き
ザカリアの側女になって
欲しいという話を聞きにいって
挨拶したか、、、

エリザベトが3ヶ月ころ、3ヶ月間、
代理妻をした期間に入る時に
実家のエリザベトのもとへ
挨拶に行ったか、のが一度、、

エリザベトの妊娠を確認するので
エリザベトに会いに行ってのが一度、

聖書の記者は、その両方、全部を一緒くたにして、6ヶ月の時の会っての挨拶に滞在期間のことも統合して、一つの出来事にして書いたのではないかと。

エリザベトが妊娠に気づかない期間が
5ヶ月、、と長過ぎたのよね。
そうじゃなければ、エリザベトは
もう少し早く妊娠に気づいて
御母マリアを代理妻にさせなくて済んだはずだから、。

エリザベト、妊娠7か月め 
エリザベト、妊娠8か月め
エリザベト、妊娠9か月め 
エリザベト、妊娠10か月め 月が満ちて 
バプテスマのヨハネを産む。
エリザベト、の出産を親族が喜ぶ。 
(御母マリア妊娠4か月) 
ヨセフ、御母マリアの懐妊を知る、。
天使からお告げを受ける。

バプテスマのヨハネ 生後2カ月 
律法学者のアンナスにヨセフと御母マリア訴えられる。
 祭司に呪いの水を飲まされる。無実であるとして釈放される。

(御母マリア妊娠6か月)
              
住民登録のためにヨセフと御母マリアはベツレヘムへ旅立つ。

バプテスマのヨハネ 生後6か月
(御母マリア妊娠10か月) 

イエス様、御降誕。
ヨセフ 御母マリアと幼子イエス様を連れてエジプトへ。

タイムテーブルの修正加筆は、
こんな感じです。

ザカリア、記事冒頭で書いたとおり
不信したので口が利けなくなりました。

不信というか、
天使の出現にびっくりして、
硬直、思考停止みたいになったような感じで
不信までは行かないレベル。

アブラハムと、サラの時も、
笑った、と御使いに追求はされたけど
罰は下ってない。

天使は、神様に、
この人に罪ありとは訴えないです。

訴えるのはサタンで、サタンの訴えが通ると、
罰という形で、罪の報いを受けます。

普通は猶予期間があって、
即時、罰が下るということはないです。

それなのにザカリアには、即時、
口が利けなくなるという罰が下ってる。

罰は訴えるものサタンの訴えが通らないと
起きないので、

善の天使ガブリエルが動いた時に、
サタンも、ザカリアのそばにいて、
ザカリアの行動を監視してたと言うこと。

で、小さな不信であったけど、
サタンは、それまで他に何も罪ありと
ザカリアを訴えれる要素がなかったので、。

ここぞと、ばかりにザカリアを罪あり!処罰せよ!と神様に訴えてたのでした。

それでサタンの訴えは一応は正しいので、
じゃ、罰を与えてザカリアの口を利けなくするから、それで良いでしょう。と言うことで、

ガブリエルが、時が来るまで
口が利けなくなる、とザカリアに言いました。

ザカリアの口が利けなくなったことに
サタンの関与があったことは、
聖書は省略しています。

ザカリアが、口を利けたままなら、
エルサレムの聖所に集まった大勢の人の前で、
ヨハネが生まれることを話したでしょうし

そうなるとエルサレムの都中で、噂になって
ヨハネも、イエスさまも
生まれる前から権力者たちから疎まれ、
エリザベトやマリアごと、
殺される危険度がアップしてたでしょうね。

ヨハネとイエス様を守ることになったなら
罰とは言えないけど。
ザカリアからしたら神様からの軽い罰だと思ってたかもです。

サタンは、ザカリアを罪ありと訴えたことで
ヨハネとイエスさまを守る為に
神様に使われちゃったということに、、、

あとで、このことに気づいたでしょうから
サタンは歯ぎしりして悔しがったでしょう。

自分が神様の摂理を守る為に、
使われたわけだから。
サタンにしたら大恥、大ドジですからー。

だから、とあるサイト様では、
こんな大恥が、、バレたらかなわん。
嫌だとばかりに、関連記事を、
操作ミスもしてないのに
何度も消したりして邪魔をしたそうで、。

私は、霊力的に低いから
邪魔したくても、
私に霊力ないから影響出来ないでしょwww
(内心、ざまぁ、おっと、いけませんわ、。失礼。お気の毒様、早く負けを認めて父さまに帰順しなさいよー。無駄な努力してるしアホねぇ。と思った人、、。)

うふふ、霊力、鈍の方で良かった。
でもね、この記事、続きを書き始めると
額頭痛が、頭ズキズキするので、これみてて
ウガウガイライラはしてるのかなぁ。(苦笑)

ゲストブックの方に明示してありますが
ここで書いている聖書に関するものは
著作権は放棄しておりません。

引用などをする場合は一言、
内緒コメントでも良いので、お伝え下さい。

マグダラのマリア




メリークリスマス☆
クリスマスなので、
御母マリアと、エリザベトのことを、
考えてみました。

過去記事の改訂版です。
エリザベトが、身ごもって身を隠した期間5ヶ月って、なんで?どこで?どうして?とか、気になりましてー。
そこをメインに新しく思考して書いてみた内容です。

まず、御母マリア、、
もしメシアの御母が罪を犯していたなら、、
サタンは神様に、こう言うでしょう。

『神様、あなたがモーセに与えた律法を、メシアの母マリアは守っていない。
律法によると不義密通は死罪で、罪を犯しての不義の子を誰がメシア、神の子だと認めるのですか?天使たちも、人も認めないでしょう?』と。

しかし人の法に照らして
合法では無いように見えても、神様の法では合法であった事は間違いありません。

さて当時は婚約イコールすでに結婚しているとみなされました。
許嫁としての期間の間は、本来は同居はおろか話さえ出来ない、。

御母マリアがヨセフと婚約中、
懐妊したことが分かったすぐあとのこと、、、、

(マタイによる福音書 1:20〜
から)
ヨセフは、正しい人であったので、
マリアのことを表ざたにするのを望まず、
ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、

主の天使が夢に現れて言った。

「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを(家に)迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

ヨセフは眠りから覚めると、
主の天使が命じたとおり、妻マリアを(妻として家に)迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。
そして、その子をイエスと名付けた。

とありますので、。
ヨセフは、とてもまじめな信仰者だったのですね、。

ヨセフに夢の中でとはいえ
天使が現れれたのは、創世記で、アダムとエバに、天使だったサタンが現れて騙して堕落させたので、

それと逆のこと
選ばれた信仰深い人に天使を遣わし、神様の言葉を告げて、その人が信仰をたてるか否か、、を試みられる訳です。

ヨセフは信仰深く正しい人だと聖書は証しています。

アダムは堕落後カインとアベル、2人の兄弟の父となりました。イエス様と、ヨハネは共に祭司ザカリアの子で、異母兄弟です。

ヤコブとエサウ、、モーセにアロン、
2人の兄弟のことが聖書中で書かれています。
これは摂理を兄弟で進めたのでした。

だからイエス様の時も、2人の兄弟で行うようにと、ヨハネとイエス様は、異母兄弟として生まれてきていたのでした。

ヨセフはイエス様の養父となるべく選ばれたので、、ヨハネの父、祭司ザカリアやイエス様の御母マリアの時と同じように天使が現れて、神様の御言葉を告げました。

ヤコブ原福音書によると、
この、、、御母マリアの婚約期間中、。
他にこのようなことが起きています、。

正式にヨセフと結婚していないにも関わらず、
すでにマリアが妊娠している事に律法学者のアンナスが気付き、ヨセフが、密かにマリアと床入りをして、律法違反をしたと考え、、

ヨセフとマリアの二人を、、
律法を破って同衾し罪を犯した、、と
祭司に訴えました。

祭司は、、なぜ、こんなことをした、、と二人を問いただし、

ヨセフもマリアも、、
自分は潔白であり、何も罪を犯してはいないと祭司に答えました。

普通は、呪いの水を飲ます。と
祭司に告げられると水を飲まされる前に自白します。

神様を畏れ敬っていたので、もうこれ以上
嘘をつき通せない。と観念するのです。

ヨセフとマリアの二人は、自分から罪を犯すようなことはしていないので、
そう言われても自分は潔白だと、
祭司に答えます。

祭司は、主の呪いの水(民数記5:11-31)を、
二人に飲ませました、。
でも、、何も変化が起きなかった、。
だから、祭司は無罪として、彼らを解放するしかなかったわけです、。

少なくとも、この時、御母マリアの宿していた子、、つまりイエス様は、、御母マリアの
婚約者ヨセフの子ではないということは、、
公然の秘密として立証され
てしまいました、。

当然、イエス様は、御母マリアと他の誰かとの子、、、と言うことになります、。

それでイエス様は、幼い頃から
マリアの子、父無し子、私生児だと、陰口を叩かれ人からさげすまれていたのでした。

イエス様は、神様の御子でも、
人であった時は、決して楽してたわけでも、
苦しみがなかったわけでもないのです。
今で言うなら一文無しのホームレス状態でした。

何一つきらびやかなもの、富、権力など持って居なかった。いえ、持とうともされてなかった。

現代の祭司の立場、神父牧師は、、どうであろうか??信徒から搾り取って当然、牧者は敬われて当然、信徒を使役して当然、、と思考行動している山羊牧者が多くいる。

モーセの座について威張り腐っていたファリサイ人等と同じことをして権威主義に陥っている。そんなことしてると猶予期間が過ぎたら滅びるのに、、。

話を戻して、、
神様が定めた御母マリアの夫はヨセフです。

もし御母マリアが、自分の考えから罪を犯していたら、子が与えられはしなかったでしょう。

民数記
8:25 五十歳に達した者は務めから身をひかねばならない。二度とそれに従事してはならない。


祭司ザカリア、、
もう数年したら50歳で定年という位の年齢です、。もうすぐ祭司職から引退しないといけない。

余りにも長い間、跡継ぎがないままであったので、、祭司ザカリアは、障害があるのではないか?体のどこかが、機能不全ではないのか、、

妻も年老いて、もう子が望めないことも
分かるだろうに、、と
人々から思われていたことでしょう。

聖書に、、
だれでも、障害のある者、
主に燃やしてささげる献げ物の務めをしたり
聖所に近づいてはならない。
と言う規定があるので、。

ザカリアに祭司職を辞して欲しい、、
というような声は多々あったと想われます、。

このままザカリアが亡くなって、跡継ぎの男の子が生まれなければ、ザカリア家は断絶です、。

そこで、どうしても跡継ぎが必要と考えて、
ザカリアは、
神様に妻
エリサベトに子を授けて下さるようにと必死に祈ります、。

すると
主の天使ガブリエルがザカリアに現れ、

あなたの妻
エリサベトは男の子を産む。
その子をヨハネと名付けなさい。
と言いますが、、、

ザカリアも、エリザベト(
エリサベト)自身も
アブラハムと、その妻サラの時のように
もう年老いているから妊娠の見込みはないだろうと考えていました、。

それで、ザカリアは
「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」と答え、

ザカリアは、事が成就するまで口がきけなくなります、。

ルカ福音書
1:39 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
1:40 そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。

ここの家に入った、、は、通常の家に行っての意味ではなくて、嫁入り婿入りという言葉と同じ意味での暗喩でした。

ザカリア家にいって御母マリアが親族のエリザベトに挨拶しただけのように書かれてますけど。

ルカ福音書
1:42 声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
1:43 わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。

受胎告知のすぐ後に行った先がザカリア家で、
御母マリアの受胎を、聞き知って喜んだのが
懐妊後6ヶ月のエリザベトだというのですが。

挨拶しに行っただけなら3ヶ月滞在する必要はないし、その時エリザベトは6ヶ月だったならもうすぐエリザベトに赤ちゃんが生まれる9ヶ月頃に御母マリアは自宅に戻ることになるので、不自然この上なしです。

エリザベトが身を隠したのと、
御母マリアが、ザカリア家に代理妻、側女として嫁入りしたのが、もし同時期、同時進行であれば、以下のような仮説が考えれます。

自分にはもう子が生まれそうもないと、
エリザベトが思い込んでいて、
生理も元から不順であったら、、
自分の懐妊にもなかなか気付けない、
そんな状態であったら、。

祭司ザカリアの正妻であるエリザベトは
夫と共に、自分の夫ザカリアの代理妻、側女としてマリアを選びます。

祭司ザカリアは、大祭司アロンの血筋であって
妻とするものはアロンの血筋であって処女でないといけなかった。
ユダでもダメ、ただのレビでもダメなのです。
アロンの血筋を持つ者でないと、。

マリアは若く、健康でアロンの血筋を持つ者で
処女でもあった。
エリザベトは、ザカリアの跡継ぎを産んで貰うために御母マリアを3ヵ月の間、家に迎え入れたわけです。

エリザベトは、ザカリアの正妻です。

御母マリアが、彼女の身代わりに
子を産むためにザカリアの仮の妻となる場合、
側女のような立場です、。

御母マリアによる子でも、、
正妻が選び認め与えたのなら、
ソロレート婚と同じように、、
生まれてきた子は、正妻エリザベト
子として育てられます。

初産でそれはかわいそうでは、、
と誰かから、エリザベトが言われたとしたら、マリアを迎える準備をして、マリアが家に入る前から身を隠したと思うのです。

聖書に、エリザベトが身を隠した理由や、いつ頃からいつ頃までどこへ?とか詳しくは書かれていません。

書けない理由で身を隠していたからであると思われます。

マリアは、美しく穢れもなく、従順でしたから、叔母エリザベトの切実な願いに背くことはしなかったでしょう。

エリザベトのように一度も妊娠した経験がなく、年を重ねている女性がいたとして、、つわりも強くなかったならば懐妊に、なかなか気づけないことがあります、。

年を重ねていると、いくら妊娠していても、
沢山食べることは出来ません、。
必然的に胎児の育ち方も通常より、ゆっくりになります。
つわりも酷くないでしょう、。

年齢的に、つわりが軽く、生理も不順となっていて、2.3カ月おきとかであった場合、
赤ちゃんが、かなり大きくなるまで、胎動を感じるまでは懐妊がわからなかった可能性が高いです、。

そうなると、閉経近い状態のエリザベト
が、、懐妊に気づけるのは、早くて胎動が始まる5月後半ころになるのではないでしょうか、。

胎動、私の場合、、、
16週目以降、初めての時は19週頃〜20週頃だったかな、、遅めでした。
私、娘の時より息子の時の方が早く胎動がわかりました、。

なので自己体験上、遅いと、20週以降、、6月めに入るか入らないか位まで胎動がわからない場合もあると思います、。

エリザベトが、ガブリエルから懐妊告知をされてからあとで、普通なら、懐妊がわかりそうな2月過ぎても懐妊したとエリザベトが言わなかったので、、

ザカリアも、エリザベトはやはり懐妊していなかった、、とあきらめて、エリザベトが勧めた乙女マリアを代理妻として受け入れることにして、

エリザベトも、マリアが妊娠しやすいように配慮してマリアともあわずに実家に戻ったと思われます。

エリザベトが、懐妊6
ヶ月に入るころ、、
マリアに天使ガブリエルから、
受胎告知があったとされています、。

受胎告知、これが、、
天使からの言葉ではなく、
聖霊に満たされた時のエリザベトの言葉であったなら、、。

「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。」

エリサベトの言葉に、、
(御母マリアの)
胎内のお子さまも祝福されて、、、
とあるので、。この時、すでに御母マリアは懐妊していたことになります、。

女性の懐妊がわかるのは、早くて、1月後、通常3月後です。
それも、つわりがあってとか、
順調だった生理が1月、こなくなって、わかることです、。

マリアは、3月ほど、、
エリサベトのところに滞在していたのですよね、。

御母マリアを迎えて3ヶ月、御母マリアは、当時14歳前後だったでしょうし、まだ毎月、順当に生理が来てなかった場合、
3ヶ月の期間があっても、まだ懐妊が、不確定の場合もあります。

その頃、エリザベトが、懐妊5ヶ月になり
胎動を感じて、自分の懐妊がわかって、、
ザカリア家に戻ってきた、、時の
マリアとエリザベトの二人がザカリア家で会っての会話であったなら、、エリザベトが、懐妊して6ヶ月目頃、、御母マリアは懐妊してるかも、、の時期であり、、つじつまが合います。

アブラハムのサラが夫アブラハムに自分の女奴隷を側女として与えた故事があります、。

イスラエルでは跡継ぎを与えるために、
レビレート婚、ソロレート婚の制度もあります、。

跡継ぎをもうけるため、正妻が納得しているなら、今で言う妻を複数持つことは許されていたのです。

御母マリアは、、姦淫の罪を犯しては居ません。正妻が代理妻、側女がいてもいいと、認めて居たなら、正妻の他に側女を持っても、それは罪とはされない、。

また、祭司が側女、もしくは、、
妻を二人持ってはいけないと言う規定もありません。

それが行われたのが、
ヨセフとの婚約前のことであるなら、なおのこと姦淫にはならない。

エリザベトが懐妊していると分かったすぐ後で、ザカリアは、急いで御母マリアを実家に返すことにして、

自分の子を宿しているかもしれないから、誰に与えるかを神様に祈って、
くじで当たった自分の親族であるヨセフとマリアを婚約させた、、。

しかし、そのあとで御母マリアもザカリアによって懐妊していたことが分かったのなら、罪はないです。

ザカリアは、エリザベトが懐妊していたならと、御母マリアとの臨時的な婚姻関係を、
解消して実家に返し、自分の養女としてヨセフに嫁がせたのでしょうから、。

御母マリアも、伯母エリザベトの幸せを考えて、くじで当たったヨセフの婚約者となることを承知し、実家に戻ったのでしょう、。

もしかしたら懐妊しているかもしれなかったので、、御母マリアを、そのまま未婚状態にしておくことはできませんでした、。

誰かと早急に婚姻させる必要がありました。

父の家にいて結婚もしていないのに妊娠したら
石打ち刑で殺されるからです。
御母マリアは、ユダの血筋以外にアロンの血筋もある女性でしたから、

場合によっては火あぶりで殺されるところでした。祭司の娘で、淫らなことをすれば焼き殺せとの規定があるからです。

ザカリアは、どうしたらよいでしょうか、、
と神様にお伺いをたて、
ダビデの子孫である男子をすべて集めました。

その中から、神様に杖の奇跡で選ばれた者に、
ザカリアの養い子である御母マリアを、
妻として与える、、とイスラエル中に告知しました。

ザカリアは、、、
マリアの花婿候補として名乗りを上げることを
拒んでいたヨセフを説得し、名乗りを上げさせました、。

自分の親族であるヨセフなら、

彼は、幼いころから、忍耐深く、温厚、、
きっと、わかってくれる、、
とザカリアは、思っていて、。

神様も、、
そのザカリアの想い、、願いに応え、、
ヨセフの供えた杖に、アーモンドの花を咲かせ、御母マリアの夫に、、ヨセフを指名しました、。

こうしてザカリアは無事に、自分の親族である、、ヨセフと御母マリアとを婚約させたのでした、。

イザヤ
7:14 それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。

マタイ

1:23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。

処女のまま嬰児が生まれるとは書いていない。

処女が産むと言う事は、、メシアはその女性の最初の子、長男、長子としてメシアは産まれてくると言う事を意味していた、。

祭司ザカリアが、、
イエス様の代理父だと言うと、、

何も知らないままだと、、
『祭司ザカリアがイエス様の父なら、祭司ザカリアも御母マリアもモーセの律法を守っていない。
モーセの律法によると不義は死罪ではないですか、罪を犯しての不義の子を誰がメシア、神の子だと認めるのです?』と詰問されたら普通は何も答える事ができない。 

神様の霊が働いたから無罪と答えるでしょうが、、。人を納得させることはできない。

それで、、祭司ザカリアがイエス様の父であると、キリスト教会は認めたくても認める事が出来ないし、処女であるマリアから生まれたと、、言い張り続けるしかないのかもしれない、。

しかし、それでは、、
イエス様の母となるマリアが伯母であるエリザベトの所へなぜ行ったのか?は謎のままです。

天使が、、ザカリア家に行くようにと命じてもいないのに。
どういうわけか御母マリアはエリザベトのところへ、大急ぎで出かけて行った、、、。

祭司ザカリアの元へ行って欲しい、と、
身を隠す前のエリザベトが、人を使わして、
御母マリアに、そう告げてあったのかもしれない、。

まとめると、、
御母マリアが天使から、、
受胎告知を受けたのは、ヨセフとの婚約前です。

御母マリアは
「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」
と答えていますから、。

ヨセフと婚約した後であったなら、
夫のある身と同じと見なされるので、そんな未婚女性のようなことは言わない。

よって、、御母マリアは処女のまま、、
清らかな身の状態で、
祭司ザカリアの元へ行ったことになる。

身を隠したエリザベトから、
ザカリアのもとへ行くようにと使いが来て、

ザカリアの下へ代理妻として
御母マリアはお嫁入り、、
ユダの子を生んだ嫁タマルのように、、。

祭司が触れられる女性は、
アロンの血筋の処女でなければなりません、。

その後、祭司ザカリアの元で3ヶ月の滞在中に、
エリザベトが、懐妊していたことがわかり、エリザベトがザカリア家にもどり、。

御母マリアは、実家にもどり、
懐妊しているかもしれないから、、
祭司ザカリアの斡旋と、、
杖の奇跡によってザカリアの
親族ヨセフと御母マリアは婚約、、。

御母マリアがザカリアの家から
自分の実家へ戻って来て婚約したあと、、
まだ婚約期間中であるのに、、、
マリアが懐妊している事をヨセフは知って、 

祭司ザカリアの元で滞在中に、、
御母マリアが懐妊していたのなら、


御母マリアの相手は、
人であるなら、祭司ザカリアしかしない、。


ヨセフにマリアの婚約者候補になるようにと、
説き伏せたのは祭司ザカリアです。

何の理由もなく、うら若い14歳の乙女マリアの婚約者に、老人の男やもめがなる、、というのはとても不自然です。
父親が娘と結婚する位の歳の差があるのですから、。

普通は若い初婚の女性には初婚の男性が選ばれるものですし、
普通、女性の親もそう望み、
老齢の男やもめに嫁ぐと言ったら断固反対します。

自分の娘が、夫に早くに先立たれ、
寡婦となって苦労する事は分かるからです。

反対されることが目に視えているのに、
老齢の男やもめが、何の理由もなく、
マリアの婚約者に自ら立候補する筈がありません。


御母マリアの夫になるように後押ししたのは、、祭司ザカリアなのです、、。

ヨセフがマリアの懐妊を知った時、、
自分が祭司ザカリアに、
執拗に立候補するように説き伏せられ、、
説得された理由は、この事の為だった、、と

マリアに言わないまでも、
ヨセフ自身は気づいた事でしょう。
だから、こっそりと婚約を解消し、
祭司ザカリアの元へマリアを戻そうとしたのです。

でも、、
それは神様の御意志ではなかった、、。

御母マリアが、ヨセフではなく、
祭司ザカリアに、代理妻ではなくて正式に嫁ぐ場合なら、、
レビの婚姻の規定により彼女はレビ人として、
ザカリアに嫁がなければならず、、。

それは御母マリアの父ヨアキムの、、
ダビデの嗣業を放棄することとなるので、
産まれて来るイエス様はダビデの子孫ではなくレビ、、つまりアロンの子孫となってしまいます。

となると、、メシアは、、
ダビデの子孫から産まれるとの預言は、、
果たされない事になります。

だから、、御母マリアは、、
ダビデの嗣業を継ぐ者ユダ族として、
ユダ族ヨセフと正式な結婚をして
イエス様を産む必要がありました。

上記を加えての新しいタイムテーブルは、
このような流れではと考えています。


ザカリア、ヨハネ受胎告知を受ける。

エリザベト、バプテスマのヨハネ懐妊、
本人は知らない、。
エリザベト、乙女マリアを選び、夫ザカリアに与えることを決める、。
エリザベト実家に戻り身を隠す。
エリザベト、身を隠す、妊娠1か月め
エリザベト、身を隠す、妊娠2か月め
エリザベト、身を隠す、妊娠3か月め 
聖句でみると御母マリアは夫がないと、天使に答えているので、遅くても、ここらあたりで受胎告知されてないといけない。
約3ヶ月のズレがある。

ザカリア、里帰りしたエリザベトがやはり妊娠してないとあきらめて、マリアを代理妻、側女とする、。
エリザベト、身を隠す、妊娠4か月め 
エリザベト、身を隠す、妊娠5か月め 
(御母マリア懐妊) 

5か月間が終わって、エリサベト自分の妊娠に気付き、ザカリア家に戻る。
エリザベト、妊娠6か月め 
(聖句によるとここらで御母マリア受胎告知)
エリザベト、御母マリアと会って挨拶する。 
御母マリア、ここまでで、ザカリアの家に全部で、3か月滞在
このとき、ザカリア、マリアとの婚姻関係を解消。

御母マリア自分の実家へ帰る。  (御母マリア妊娠1か月) 

ザカリア、御母マリアの花婿候補、ダビデの子孫を集める。
ザカリア、ヨセフを花婿候補に名乗りをあげるよう説得する、。
花婿候補たちに1本ずつ杖を神殿に納めさせる。
杖の奇跡で、ヨセフが、御母マリアの花婿に選ばれる、。

ヨセフと御母マリア婚約
ヨセフと御母マリア婚約期間
エリザベト、妊娠7か月め 
エリザベト、妊娠8か月め
エリザベト、妊娠9か月め 
エリザベト、
妊娠10か月 
バプテスマのヨハネを産む。

エリザベト、
の出産を親族が喜ぶ。 

(御母マリア妊娠4か月) 
ヨセフ、御母マリアの懐妊を知る、天使からお告げを受ける。

ヨセフと御母マリア婚約期間

バプテスマのヨハネ 生後2カ月 
律法学者のアンナスにヨセフと御母マリア訴えられる。
 祭司に呪いの水を飲まされる。無実であるとして釈放される。

(御母マリア妊娠6か月) 

ヨセフと御母マリア婚約期間
                              
住民登録のためにヨセフと御母マリアはベツレヘムへ旅立つ。

バプテスマのヨハネ 生後6か月
(御母マリア妊娠10か月) 

イエス様、御降誕。
ヨセフ 御母マリアと幼子イエス様を連れてエジプトへ。

ヨセフと御母マリア婚約期間
*婚約期間を1年間と仮定したならここで満了*
*婚約期間満了後ヨセフと御母マリア結婚*

バプテスマのヨハネ 生後2歳以下。 
ヘロデ王、2歳以下の男の子を皆殺しにする。


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イエス様、わたしの主よ。
救い主イエス様、、、。

罪に苦しむ私を
苦しみの底から引き上げ
永遠の安息の中に導き入れて下さった。

救う価値など何もないのに、。

価値がない者を、
それだからといって
切り捨て見捨てることをなさらない、。

何も救うに値する価値がないから、
あなたを信じていることでさえも
あなたから選ばれたとか、
自分がイエス様を選んですごいとも、
何も奢ることなど出来ません。

行いで救われたのなら、
心の清さで救われたのなら、まだ
誇りようがありました。

私には誇れるものは何もない。
父さまとイエス様からの
一方的な救いと恵み。

憐れみゆえの救い、、。
ただただ感謝するしかない、。

時々、生きることが辛いな、、と思うとき、
お父さん、、と話しかけては、安心する。
私の心の精神安定剤は
父さまとイエス様なのよね。

見た目の状況が良くなくても
ぐっすり短時間で寝れるのは、
お父さん、、とイエス様に話しかけていれてるから、、。

時折、断片的に見た夢の通りになって、
予知夢を見たり、たまにあると、
夢見ても回避出来ないのって
これって決定事項だったのかなーと、
思い返してみたり、。

未来がわからないから色々不安にもなるし、
どうしようと思い悩むことも多々ある。
一つ一つ目の前のしないといけないことから
やってはいても、色々追いつかない。

大丈夫ですか?って
父さまに言ってること多くて、、
こんな不信仰で、いいのかなー。
大丈夫って思えるだけ
自分自身にも自信持てないし。
どうしようと試行錯誤していきてるし、。

そんなでも、いつ死んでも悔いはない。
執着ないから、お金も物も、生きてる間だけ
生きるために必要というだけで、
お金や物があろうが無かろうが、
生き方変わらんもん、今と同じだから。

宝くじで2億当たっても、
今と同じように生きてると思う。
豪遊しないし、必要以上の贅沢とかもしない。

お金の有る無しで、
いちいち振り回されて生きたくないから、。
あってもなくても私は変わらない。

イエス様は、私よりすごくて、
どん底貧乏で文無しだったのよね。
何も余分なものを持ってなかった。

極貧貧乏。
神様なんだから、どこでも好きなところに
生まれれて裕福な家に生まれることも
可能だったでしょうに、、。

わざわざ最も貧しい生活をされた。

人の苦しみ、悲しみを知る実在した神様だから
人は、、この御方なら、
自分の辛さも苦しみも分かって下さるって思える。

同じ経験をしたことがあれば、
分かり合えると思うから、、、、。

イエス様は現代で言えば
ホームレスと同じ貧乏暮らしをしてた。
枕するところも無いというのは、実家がないというのと同じこと。

ヨセフとマリアのもとへ戻った後は
満足に食べることも出来ずにいた、。

成人してからだとて、
きらびやかな衣服も柔らかい履き物も、
フカフカのパンも無く、一枚しかない衣服。
一枚しかない上着、、。

だから、バプテスマのヨハネは、
イエス様がメシアだと信じれなくて、
自分はエリヤではないと、
イエス様の証人となることを拒否したし、、。

来るべき方は貴方ですか?と
弟子を遣わしてイエス様に聞いたりした。

自分の異母弟が、メシアだとは到底信じれなかった。(肉の父は祭司ザカリア、肉の母は御母マリアとの子だから異母弟)

イエス様には、肉の父母がいたのです。
それを明確にしなかったのは、
イエス様が普通の生まれ方をしてたら、
原罪があるままで、清くないと考えたからでしょう。

でも、イエス様は、人となって十字架にかかって
神様になったわけじゃないのですね。

人として生まれてくる前から
神様として自存されてたのだから、
処女マリアから生まれていようがいまいが
元から天地創造の神様なので、
生まれながら御霊は神様そのものだから清いのです。

ただ、肉の器も清めないとサタンが、
入れ物の肉体が清くないから
神様の御子とは認めれない!と、
屁理屈こねるから、聖霊を満たして
入れ物であるイエス様の肉体を清めたのです。

イエス様の御霊を聖霊は清めたのではない。
イエス様は神様御自身だから
聖霊で清めなくても清いのは当たり前。

だからイエス様が処女から生まれて無くても、
イエス様御自身は清いのです。
原語では、virginではなくyoung womanになってるし、
若い女性から最初の男の子として生まれる。

祭司の規定で処女を娶るという規定があるのは
アロンの血筋だけだから
ユダとアロンの血を引く者がメシアだという意味。

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イエス様は十字架にかかってなくても
かかってても、最初から御子なる神様なので清いのです。

イエス様はメシアです。
人の罪を赦すために人の世に来られました。
人は自分自身では自分の罪を赦せないです。

誰かから赦して欲しいと思ったって
神様が赦したのでなければ赦されたと
安堵することは出来ないのです。

イエス様は裁く権威をお持ちでありながら
メシアとして生まれたゆえに
人の罪を裁かず、すべてをお赦しになりました。

サタンは、それを知っていたので
人をそそのかし扇動して
イエス様に酷い仕打ちをしました。

鞭で打たせ十字架にかけて、、
甚だしい苦痛があるから、
赦すことなど出来やしない。
人を呪い憎み、それを許した神をも呪うだろう、と
サタンは、たかをくくっていました。

だから、イエス様を十字架にかけたことで、
自分の勝利だと思ったでしょう。
イエス様は、そんなサタンの企みもすべてご存知でした。

酷い仕打ちを受けることも、
イエス様が、もし願えば
天から天使の軍勢を呼びよせることも出来たでしょう。

呼び寄せるまでもなく、
天使たちは、十字架の周りで、
サタンにやめろ!と怒鳴っていた。
人にはそれが見えなかっただけ。

イエス様は、天使たちにも
父さまにも助けを求めることもせず、
されるがまま、、。

イザヤ
53:7 苦役を課せられて、かがみ込み/彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった。

聖書の御言葉のとおりになさった。

何も神様につぶやかない、
愚痴も何も言わないことはイエス様の状況下で、
どれだけの精神力が必要だったことか、。

痛みと苦しみ、飢え渇き、呼吸困難、。
気をゆるめたら途絶えてしまいそうな意識。
すべてが終わるまでは死ねない、気絶も出来ない。
弱り切った身体と気持ちを賛美して
奮い立たせて、耐え続けた、、。

イエス様が罪がないと証する者が現れるまで、、、。
ピラトと二人の強盗、、が口に出して言った、
罪がない、つまりは神の子だと。

イエス様の十字架上の
わたしの神よ、わたしの神よ
なぜわたしをお見捨てになるのか。は、
詩編22からのものです。

ダビデが霊に満ちて、
カインに殺されたアベルの心の叫びをうたったもの。

アベルは、カインに殺されるとき、
苦しみのあまり神様を恨み、つぶやいてしまったのでした。

サタンは、人が肉体を打つと弱いことを
その時に理解したのでした。
だから、ヨブの時も、肉体を打ったら
つぶやくと神様に言い返したし、
イエス様の時は最も苦痛を感じる方法で
殺そうとしたのです。

イエス様が神様と人を恨み憎むように、、。

アベルは、神様を恨み呪うようなことを言ったから
天にあげられるのではなく、土、つまり地に留まり、
昼も夜も眠りにつくことが許されなかったのです。

創世記
4:10 主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。

詩編
22:2 わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。

22:3 わたしの神よ/昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。

でもイエス様は、赦し切ったのです。
肉体の甚だしい痛みを凌駕出来たのは、
神様と人への愛ゆえです。

さすがのサタンも、驚いたのでした。
無垢に限りなく近かったアベルは、
石で撃ち殺されるとき、神様を恨みつぶやいたから、

イエス様は鞭打ちと十字架とで、
身体中ボロボロです。
息もまともに出来ないくらいになっても、
恨まないで赦したのですから、
それは驚異的出来事だったのです。

イエス様に罪がないことはサタンが一番分かっています。

イエス様には何の落ち度もない
それでも黙ってされるがままになって、恨みもしなかった。

神様に見捨てられてるような状況でも
不信しないで、逆に神様を賛美し続け慕い続けたのですから、。

サタンは、そのイエス様の完全愛に負けたのです。
自分は不信して神様に背いたから、言い逃れれない、、。

イエス様の十字架は、
完全愛によってのサタンへの勝利。
イエス様が人を赦しきるという
偉業を成して完成させたもの。

神様だから、簡単に出来たわけじゃないの。
叩かれたら痛いし怪我しても痛い。
罪人扱いされて罵られたら心も痛い。

多くの肉体的、精神的苦痛に命がけで耐えて下さったから、。
イエス様の命と引き換えの救い、、。
軽くない。

私にはこの大きな救いを受け取る価値がない。
でも、イエス様の憐れみで与えて頂けた、。

心が潰れ息が出来がたくなるほどの苦痛があったから、、憐れんで下さった。

自分馬鹿だなーっていっぱい泣いたし、
イエス様にすごく申し訳ない気持ちでいっぱいで、
救って下さいとは言えなかった、。
ほんとに苦しかった。

自分の中にあんな悪そのものの、
おぞましいものがあるなんて、
認めがたいことだったけど。
事実だから、どうしようもない。

今は、その悪の自分も私で、
それも含めて救われてるから、
私は私らしく生きれてる。
いいかっこしなくても、背伸びしなくても、
無理しなくてもいい。

ありのままの私で、いれる。

ただただ救って下さった神様と
イエス様に従うこと、それだけを考え求め願う。

あの苦しみは、もうごめんだから、。
神様に従い続けたいと願う。
100%できなくても良いのよ、。
従い続けたいと願う気持ちが一番大事なの。

すぐに100%できないのは父さまは、
ご存じだもの。100%に近づける努力をし続ければ良い。
100%出来たのはイエス様だけ。

だから、イエス様に繋がってないと、
努力して100%でやらないといけなくなるけど、
それって不可能に近い。

イエス様が神様に100%従いきって下さったから
イエス様につながる人は不完全でも100%出来たと
イエス様ゆえに見なして頂けてる。

まことにもって申し訳ないの一言です。

マグダラのマリア
イエス様がお好きな神様と天使たちは、、、。

イエス様の十字架のとき、、、
二日前ですか、、なんとなくイエス様の十字架の時、
天使たちは黙って見てたんだろうか?と夢の中で考えてて、、

目が覚めて起きたとき、天使たち、、、??
黙ってなかったと思うけど、どうなんだろ?
と漠然と思ってました。

神様は、、
心が張り裂けそうな辛い想いで、イエス様を見つめ、。

きっと、、天使たちは、、イエス様の周りに集まって、、
ユダの中のサタンに向かって、、他の人々にも向かって、
やめて!!と、、、必死に叫んでた、、、。

自分たちの声が、、届かなくても、、そうするしかないくらい、。
天使たちは、、イエス様のことを何とかして助けたかった、と想うから。

ユダの中のサタンは、、その天使たちの叫びを全部聞いて居たはず、。
周りにいた人々も、、肉の耳では聞こえてなくても、、
霊の耳では聞こえていたはず、。

天使たちは、泣いたり叫んだり、
イエス様が大好きなマリアたちの心と同じように感じて、、
行動してたのです。

マリアたちは、どんなに辛くても
黙ってみていることしか出来なかったけど、。
天使たちからしたら、、愛している主人が苦しむのなんて、
ましてや死ぬことなんて、絶対に嫌だった、。

父さまだって本音でいえば、、嫌だったと思う。
人を救うためでなかったら、
イエス様が殺されるままにするのを見過ごすなんていうのは、
絶対にあり得ないことだもの。

人の私でさえイエス様の十字架は
理不尽だったと思える。
天使たちからしたら、もっとそう思うし。

自分のすべての生命を掛けてでも人を原罪から救い出すことは、、
イエス様の御意志だから、天使たちは止めることは出来ないから、、
天使は悪魔と人に向かって、止めて!と言うしかないもんね。

悪魔はイエス様が苦しさのあまりに
神様と人を呪うと思ってただろうから、
天使たちに、ほら、イエスは神様を呪ったから
神の子の資格を失った。と言い返せると思ってたんだろうけど

イエス様は、地(土の中)に落ちたアベルと同じこと、
神様につぶやいて呪うようなことはなさらなくて、
サタンは宛てが外れた。

アベルが、、神様につぶやき呪うような言葉を、
言っていなかったのなら、、
アベルが、地に置かれ、地にとどまることはないのです、。

正しい人であれば、天にあげられて居なければならない、。
生きている間、正しい人であっても、
死ぬ時に、なんで私を見捨てたんですか!と神様を呪えば、、
天にはいけない、。

アベルがつぶやいたであろう言葉は、、ダビデの言葉、。
詩篇
22:2 わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。

アベルは、、一番最初に神様が、
贖いの祭儀をさせるために選ばれた、いわば最初の祭司。

大祭司であるイエス様は、
十字架上で、このアベルの言葉を仰っていた、。

地の底にいるアベルに、、向かって、、
ごらん、、理不尽な死を受け入れたのは、お前だけじゃないよ、、
と、彼の魂を癒やすための言葉に、、。

ユダ書1:9の、、
モーセの遺体の引き取りの聖句で、悪魔と天使ミカエルが言い争って
天使は、、モーセの殺人の罪を言ってきた悪魔に対して
何も言い返せなかった、、モーセの遺体も天へ持ち帰れなかった、。

だけどイエス様については、、
サタンは、、神様にもイエス様にも天使にも、何も言う事ができなかった。
イエス様は罪なき御方であると、サタンでも認めざるをえなかったから、。

イエスは、、まさしく神様の子だったと、、
人の口を介してサタンは
告白していた、、。

モーセの遺体の聖句の時とイエス様の時のサタンの言った
発言は対。

モーセは殺人の罪があったから、それをサタンはモーセには罪あり、、
と讒訴して、天使は、、天へ遺体を持ち帰れなかった、。
イエス様の時は、、、サタンはイエス様に罪ありとは言えなかったので、、
イエス様のお墓には、代わりに天使がいて、イエス様の遺体を天へ運んだ、。

サタンは、一言も、、何も言えなかった、。

あの悪魔でさえ、びっくりしたことだったわけです、。
人間なら、肉体を打たれたら、甚だしい痛み、、苦痛がある、。
殺されかけて死にそうでも、それでも相手を憐れんで
完全愛を持って赦すこと、、。

肉体を持つ以上、出来ないはずのことを、イエス様がなさったから、。

だからこそ、サタンは神様とイエス様だけでなく天使たちに向かっても、
イエス様には罪がないと、人の口を通して自分の敗北を認めた。


前記事でも書いたけど、自分の家族が濡れ衣で殺されそうなら、
必死に無罪の証拠探すし、弁護士も頼む。黙って黙認しない。
死んでも、殺されても平気っていうのは、、他人事。

イエス様は、家族じゃなくて、、赤の他人なの?
自分がイエス様に繋がったら、霊の家族でしょう?
どうして、自分の身代りになったことに、心が痛まないの?
どうして???

イエス様を十字架に追いやったのが、、
自分のせいだと、、分かってないから、、だよね、。

自分のせい、、、、それは、辛く悲しいけど、事実、。
実際、私も気を抜けば、、自分さえ良ければ、、の自分勝手思考が、
ひょいと顔を出したりする、。

慌てて、今のナシ、、って、思考の訂正かけるわけだけど、。
ほんとよ、。人間、基本は自分さえ良ければで考えやすい、。
いかに、神様の御心に添いたいと、神様に心繋いでないと、、
すぐにサタン側の思考に傾く、。

人が神様に対して信仰を立て続けるって
本当に難しいことだと思いますよ。

教会行けばいい、クリスチャンであればいい、
そんな単純なことじゃないなーって。

生き方が神様の御心にどれだけ沿っているかが大事。
100%でなくても良いから一生懸命、、
自分の家族や人を愛することを努力するってことだから、、。

教会行くだけ、洗礼受けただけで満足してたら、、、
信仰立ててるかは怪しいもの。

それだけじゃ、、私がやらかしたみたいに
ただの自己満足してるってだけかもしれないしね。
イエス様は、完全愛を、この世に顕現されたから、、
愛による勝利者であって、、サタンも負けを認めたの、。

イエス様の弟子だというなら、、
愛の顕現者となるべく、努力しましょう。
本当の意味でクリスチャンであるというなら、、
そうあれるように努力すべきです、。

師であるイエス様の御足の跡を追うべきでしょう?

クリスチャンでないからと、人を見下した発言をしたり、
異教徒はサタンだ、地獄行きだと、、と
罵るのは、、真逆の行動ではありませんか?

そういうことを、し続けていては、、聖霊はくだらないし、、
霊的な新生もできない、。
イエス様の十字架は、、神様側からすれば理不尽なことだった、。
人側に救いを与えるがために、、だもの、。
当たり前のことじゃないの、。

土下座して、跪いて受け取るのが当たり前なくらい、、。
赦されるに値しない者を、憐れみ故に赦しを与えてくださったのだから、。
2000年前、イエス様は、、裁く権威をお持ちなのに裁かなかった、。
それは、、罪を赦すメシアとしておいでになったから、、。

大祭司であるイエス様が、罪あり、と人を裁いてしまえば、、
人の罪が永遠にゆるされないままになってしまう、。
イエス様ご自身が罪ありと、人類を裁いてしまったら、、
人類の罪の身代りにはなれないでしょ、。
イエス様が、裁かなかったからこそ、、赦せるのだから、。

でも、、再臨の時は、、赦す権威とだけではなく
裁く権威もお持ちのまま、再臨主イエス様は、、おいでになるからね、、。
天の王子、皇太子として、。

でも、、、そっと、、こっそり、、、とね、。
人に再臨主の存在を知られる必要性はないので、、公にはしない、。
だから、再臨主に、気付ける人は、、幸い、見つけた人も幸い、。

いつどこで、、は、
自分で求め見つけようと願い探すしかないですが、。
何度も求め、叩き続ける人は幸い、です。
  


マリア

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