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書庫質疑応答の為の書庫

ここは、疑問や、質問を受けたり、答えたりする書庫です。


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神様を愛し続けるのはどうするの?

神社や教会に礼拝や行く?
毎日祈る?願う?
献金、奉仕を頑張る?

それは人の目による自分の自己顕示欲の満足感や人とのふれあいを求めたりでの自己満足の延長線でしかない。

普段誰も見ていないところで、
何を思い浮かべ、、考えていますか?

自分の願い事が叶うことばかり願っているとか考えているのなら、それは自分のための信仰であって、神様を愛しているとは、言えません。

神様を、お願い叶え機のような扱いでいるのは間違っています。

天のお父さんは、、人の幸せを願われている御方だから、、人が神様の御心に背かないように生きてさえいたら、、自然と必要な願いも叶っていきます。

しつこく願うから願い事が叶うのではなくて、神様に感謝し従うから願いが叶うのです。

ただ、自分に何らかの必要が無いことであれば、どんなに願っても叶わないか、叶ってもそれに失望して気が向かなくなるだけです。

自分に必要な事は、、自分自身の魂もですけど神様も自分の何億倍もご存知です。

神様からの計らいが多くあると、人は運が良いと思い、、少ないと運が悪いと思います。

でも、神様の御心に背かないように生きていたなら、神様からの取り計らいがあるのは当たり前のことになり、願い事をしなくても感謝の日々が送れます。

なんか知らないけどタイミングバッチリだったみたいな事が多く起こる。

一つ良いことが起きたら神様に感謝しましょう。それで終わりにしないで、続けて感謝しましょう。

大概、良いことが起きた、その時は、喜ぶけれど、あとは綺麗に忘れて感謝しないことが多いですから。

神様から与えて頂けた
良いことを覚えて感謝していると、

あれがないこれがないと、不安と不満、愚痴ることから遠ざかれるので、

マイナス思考をしないで済んで、マイナス思考だらけの悪霊さんとつながらないで済みます。

悪霊さんとつながらない事が、自分の運を良くする鍵です。

神様に感謝する事は、神様への感謝の祈りで神様と魂がつながっているということです。

自分の願い事が間に入ると、、自分の欲心があるので神様と、つながっている部分は弱くなります。

想いを尽くして、と聖書に書かれました。

この想いは、神様への何らかの願い事ではなく、私心なく感謝する気持ちや、神様へのラブコールのことです。

簡単に言うと、神様への感謝と神様を慕う気持ち、、愛情です。

神様へのささげものは、愛情があるものでないとダメなのです。

だから自我欲がらみの願い事は、聞かれないし叶いません。

私心のない願い事は、聴かれて叶いやすいです。これは人を思いやる愛情がこもっているからです。

神様へのささげものは、
お金や物ではなく心からの祈りです。

神様への感謝と、
神様や、誰かへの愛情がこもっている清い祈り、心を捧げましょう。

もし、この世で、家族、親族から見捨てられたとしても、神様は、見捨てないで、側にいて下さいます。

人は、自分の命や財産、大切だと思うものに心奪われて、原罪ゆえに、家族や親族でさえも裏切ることをしてしまうけれど、、

神様は、、人が離れなければ、そばに居続けて下さいます。

どんな人でも、神様を慕い求める人は、、独りに見えても独りじゃないです。神様は、、ともに居て下さいます。

人なられたイエス様は、父さま以上という言い方は語弊があるのですが、そう表現するしかないのですが、

イエス様は人になられた神様です。
だから人の持つ複雑な気持ちも肉体の影響する色々なメンタルが原因の肉体の不調などの苦しみも、人となられたことがない父さま以上に理解してくださる。

辛い時、誰にもいえずに何度も泣いた事も、胃の痛み、胸の痛み、身体の痛みで苦しんでる事も、全部、わかって下さる神様、。

私も、たくさん泣きましたし苦しみました。何のために人から裏切られたか、納得行かなかったし、裏切る理由なんて理解したくもなかった。

裏切られて、人を正当な理由付けとともに憎悪して、、呪って憎んで恨んで、気持ちの点でいえば、体は生きてるままだけど、心は地獄世界のまっただ中でした。

罪の想いでまみれてました。
その愚かな状態まで落ちなければ、私は、自分の罪について鈍感なままだったでしょう。

自分で言い訳不能な位、やりたい放題恨んで憎みましたから、この位みんなしてる、当たり前でしょう、、と言えるレベルではなかった。

目つきや、人相がまるで変わる位です。
その写真だけ、あれば、今とは別人レベルです。

私の心の中には、その醜いおぞましい姿が、焼き付いてますけどね。
冷や水かぶった位にゾッとした鬼女状態でした。

鏡で見て、、それは、人とは思えなかった。

クリスチャンでも、神様の御心に背く思いを持って生きれば、リアルタイムで地獄世界へと心は落ちていきます。

この状態で、肉体を失えば、自分の生きている間の心の世界と同調出来る世界しか住めないので、俗にいう地獄世界へ行きます。

霊界は大きな一つの世界です。
本来は全てが天国世界となるはずが、原罪が人に入ったせいで霊界に地獄世界が形作られてしまいました。

地獄は神様はお造りになられてません。
サタンとサタンと共に堕落し罪人となった人が形作ったものです。

神様の光や愛の波動に触れて苦しい罪に穢れたままの霊たちは地獄世界にいて神様の御前から隠れるしかないのです。

神様に背いているのを暴かれてしまうのが恐ろしく、苦しく、また頑ななので自分の罪を認めたくないからです。

生きている間に、罪を悟って悔い改めなければ、、肉体の死後は、色々と悔い改めづらい状況下にあるので、かなりの長い期間、地獄世界に居続ける羽目になります。

生きている間だけです。
自分の罪について考え思い直す時間がちゃんと持てるのは、、。

生きている間に、悔い改めなければ聖霊の護りはありません。
自分が悪魔の実を選び食べて罪の想いを持つこと、行うこと、を選んでいるのだから。

そのままであるとどんどん聖霊は離れ去ってしまいます。
代わりに、悪霊や悪魔がきて、お前は間違えてない、、と罪の道へさらに誘惑します。

罪だよ、と、気づきを与えて下さっても、罪を悟って悔い改めなければ、聖霊は遠くからみてるだけーです。

洗礼を受けても聖餐を受けても、自分が悪魔の実を食べて罪から離れなければ、聖霊は犯した罪を赦せないままです。

クリスチャンになっても何かの信仰があっても、悪魔の実を食べているうちは悪魔の木につながって、悪魔の実を食べているのです。

イエス様の与える命の実は、御言葉であり、御聖霊でもあります。
イエス様は、御言葉であるパンを食べなさいと仰いましたが、

言い替えると神様の御命令が、御言葉なのですから、聖書の規定、神様が与えた人の生きるための規範、10の戒め、、

1わたしのほかに神があってはならない。
(悪魔の木につながらない。悪魔の実を食べない。永遠の命の与え主であるイエス様に繋がることが大切。)

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
(軽々しく神様に誓って約束事をして破らない。)

主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
(神様のことを1週間に1度は、家族みんなで思い起こして感謝する。)

4あなたの父母を敬え。
(両親がいてこそ、自分がある。親と先祖を敬うことが大切。)

5殺してはならない。
(怒りに心を任せてはいけない。人を殺して罪を犯せば、自分が人から殺されるか、肉体の死後、そういう苦しい体験を同じようにさせられる。忍耐力と自制心を育てることが大切。
)

6姦淫してはならない。
(与えられて結婚している者同士、互いに夫婦で居れることに満足し感謝しなさい。夫婦どちらも不倫はダメということ。独りで苦労するよりも2人で苦労すれば育児の負担は半減している。パートナーに望みを高く持ちすぎると、うまく行かない。忍耐力、思いやる気持ちは、互いに育てないといけない。)

7盗んではならない。
(自分が労働して得るのではなく、騙してかすめ取ったり、脅して奪うことはしたらいけない。自分が人から奪い取ったものの対価の倍の償いをしなければならなくなる。肉体の死後であっても何らかを償わされる。人の財産を欲しがって盗んではいけない。)

8隣人に関して偽証してはならない。
(裁判で証人になるとき、、人に聞かれたとき、嘘の証言をして人を陥れてはいけない。陥れた人が苦しんだ同じ苦しみを自分が、生きている間や、肉体の死後に受けないで済むように。正しい心を維持する事が大切。)

9隣人の妻(夫)を欲してはならない。
(欲望の想いで人の妻(夫)を見たなら、いつか手を触れることになるし、心の中では触れているので、欲望の想いを抱いて見るだけでも思うだけでも罪となる。不倫したいなーと思っただけでも、天の法では、違反行為、。肉欲に関しては、特に忍耐力を養うことが大切。)

10隣人の財産を欲してはならない。
(人をうらやみ、ねためば、いさかいのもと、言わなくて良いことを口走って陥れようとしたり、だまして財産を奪おうとしたり、重い罪を犯してしまわないように自制心を養うことが大切。)


当たり前のことでしょう?
これを守るように努力すれば神様に従っていて、イエス様に繋がることになります。

神様を愛してやまないイエス様に繋がることは、神様を愛していることに繋がります。神様を愛しているなら、イエス様に繋がり10の戒めに従って、悪の木から離れることです。

マリア


下の方にまとめがあるので、長い文を読むのが面倒くさい場合は、下へスクロールして移動されて下さい。

前記事の続きみたいな話題になりますが、現代では、家族の経済的な大黒柱が、夫もしくは男性ではないことも、ありますね。

妻の方が稼ぎが良かったり、女性でも経営者や、芸能人で人気者とか、一芸に秀でてて天性の才と、努力で成功した女性とか、、あと、寝る間も惜しまず働くとか、、。

昔、私は共稼ぎ時、社員としての給与は、元夫とほぼ同じ位の稼ぎでしたけど他にバイトや内職もしてたから、そういうの入れたら、ぶっちゃけ、私の方が稼いでました。

内職と言っても、手動プレス機械を家まで運んで、それを使っての内職なので、1時間最低でも1000円にはなったので、多ければ月に15万位になった。少ない時でも6万円、それプラス社員としての手取り25万近くの給与、まぁ残業代込みでしたけど、。

私の女友達に、元夫の気持ちが行ってると気づくまでは、私が働くことの不満もなかった。

稼げれば、早く家を建てた後での借金が返せるし、貯金が出来て余裕がある方が良かったから。

今にして思うことは、
全部が全部、パーフェクトで良いということはほとんど無いということ。

浮気するけど稼いではくるか、
浮気もしないで稼いでくるけど口うるさいとかの性格に難ありか。

浮気するし稼いでこないけど、性格か顔が良いか、浮気もするけど稼いできて家族を大事にしてくれるか、。

全部ダメってのもあるだろうし、、。

浮気もしない、性格も穏やかで稼ぎも良くて家族を大事にする。パーフェクトな良人(おっと)って少ないでしょう。

どこか欠けてるとか、足らない。
それが当たり前。

相手に完璧を求めて、こうであるべきという条件づけをして文句言って、怒鳴ろうが切れようが努力出来ない人には出来ない。

聖書の規定に従うなら、
いくら妻たる自分が夫よりも稼げていて養う側の立場であっても、夫が居るなら自分が1歩退いて、夫を立てねばならず、、、。

それってある意味、自分が馬鹿にならないと出来ませんよね、、。
夫に稼ぎがないと、自分ばかりが苦労してるって、普通は思いやすいです。

浮気されたこととかであれば、それは妻に対して不当な扱いであるし、、結婚した以上は夫婦共に自分だけの身体では無いのですから、

浮気した夫に異議申し立て、場合によっては慰謝料、別居、離婚の提案などをするのは、夫が結婚不破の原因者であるので妻は罪に問われないと思いますが、

妻が正式に離婚する前に夫への当てつけで浮気をし返したりして意趣返ししまうと、妻も罪になりますね。

浮気は、妊娠中が、一番多いようだから、そういう時こそ、夫に浮気したいと思わせないだけの努力を、妻はしないといけないのでしょうね、。

イスラエルの族長アブラハムは、妻サラが子を産まなくても彼女と離婚せずにいました。

現代であれば、子供を産めない嫁は要らないと、嫁をいびって追い出すのは少ないでしょうが、

旧家などで、跡継ぎが、すぐにでも欲しい場合、親族が追い出す方向で圧力をかける場合もあるでしょう。

アブラハムは自分の跡継ぎを定めたあとは、自分が生きている間に、跡継ぎ以外の子供たちは子を得て一家族として自立させてから、家から出しました。

無駄な権力争いや財産争いを避けるためにです。
当時は長い旅をして移住先まで移動しなければならないので、子供の子供、つまりアブラハムの孫が生まれて10才ころ、長旅が出来る年齢までは、アブラハムは一族を養っていました。

そういう昔の族長の妻たる女性は、普段から、離婚されないように、、お料理や会話力、統率力などを身につけて、族長の妻で居続けるための努力もして来たのでしょうね。

だって、それなりの年齢と容姿であるはずなのに、サラは周りから美しいと誉められて他国の王に召されるだけの男性の目を惹きつけるだけの魅力を持ってたわけですからね、。

何の努力もなしに族長の妻で居続けることは出来なかったのでしょう。

族長は、一族を守るという立場で責任も重く、財産を増やす、今でいう財テクもできないといけませんし、、一族を守るだけではなく、一族の人間や、奴隷とかの人間の管理も出来ないといけません。

今は核家族化が進んで、自分の家庭と親族との交流だけで済むことが多いですが、田舎の方は、一族同士の交流を重視します。

ヤコブの妻ラケルは、、恋なすびの代償としてレアのところに夫ヤコブを行かせました。

ラケルがそう言ってヤコブを、その時は
行かせたわけですから、族長ヤコブのことをラケルは、妻として管理してたのですね。

夫の浮気は、妻の責任ですよ。と、言われたことがあります。
自分の夫を働かせるのも妻の役割、
浮気させないのも妻の役割であると、。

夫を管理出来る妻、、とは、どういう妻なのでしょうね。

妻だからと我慢して、夫の言いなりになるのではなく、、嫌なの。とかしたらダメ!とか、こうして欲しいの。とか、自分の意志をきちんと夫に強く言えて、

それでいて、女性らしさにも長けてて、、
夫をたてて甘えたりも出来る、、いわば、飴と鞭の戦略性が、あったのではないかと、、思っています。

サラもラケルも、自分の夫に、あなたのせいよ!と、くってかかってますからね。
言いたいことはハッキリ夫に言う女性であったわけです。

で、夫が、そんなキツい態度の彼女の願いや言うことを聞く以上、彼女たちは、女性として、美しく魅力的だったと言うこと。

美人でキツい性格の女性でも、見栄えはいまいちで優しい性格の女性でも、、、
そのどちらであっても、何らかの女性らしいその人にしかない魅力と夫の管理能力とを兼ね備えていない場合、男は、家庭を顧みなくなって家庭がダメになるのかも、、。

😊まとめ

女がガミガミと、きついだけと逃げるだろうし、優しいと図に乗るだろうし、、両方もあり得る。

言葉は悪いですけど、妻は1歩も2歩も下がって夫を立てて、持ち上げるところは持ち上げて賢く夫を手玉に取って管理する。と、うまくいく、という事でしょうか、(笑)

まぁ愛情は見た目だけではなく、心と心が通い合い、魂と魂が結びつくほどの想いを持つもの同士で、結びつくことが出来たら最上の喜びでしょうけれどね。

ある夫婦の恋愛指南の本に、夫を自分の王のように大事に扱い尊敬し、妻がへりくだって夫に仕えるなら、夫も自分の妻を女王のように大事に大切にして貰え、平和な家庭が築けると、書いてあったのを思い出しました。

夫婦の間で一番重要なことは容姿ではないのですね。伴侶である相手への思いやり、感謝、伴侶として尊敬とか、愛する気持ち、。

働かないような夫だと、実行するのは難しさが倍増しますけどね。

私の亡き母は、働かない私の父を選んだ自分が悪い。自分さえ我慢すればと、自分が働き、家族を支え養いました。

働かないというか働いても、家にお金を入れなかった。そのうち、胃潰瘍で死ぬとこまで行って、体力が落ちて働けない状態になっていった訳ですが。

母が働いてしまったから、父は母に依存してしまったのでしょうね。

私の父母は再婚同士ですが、一目惚れ同士で結婚したので、互いに愛してて好きだったのでしょう。

そういう気持ちがなければ、子供が居ても我慢なんて出来ないですから、父が亡くなったとき、母の落胆は大きかった。

糖尿病で病んでいようが、痩せこけていようが、生きて、そばにいて欲しかったのでしょうね。

父は、母に俺はお前より先に死にたい。遺されるのは嫌だと、よく言っていました。

妻が先に夫への愛情を惜しみなく与えることが、夫婦の間では大切なのかもです。
それをしていたら、東京見返り美人のフレーズではないですが、色々起きても

良い女だったと、反省して振り向いて貰える時があるかもしれません。
そうであれば、もう一度やり直すという選択も可能ですね。

イスラエルの家長、族長になった人の妻は、夫の管理が上手な美人、だったと言うことが結論なのですが、、。

蛇足で、容姿がイマイチだったレアは、正妻が葬られるマクペラの洞窟に葬られ、美しかった方のラケルは、そこに葬られませんでした。

信仰が違っていたという理由と、ちょっと負けん気や我が強すぎて、、自分やレアと同じ墓には葬りたくなかったのかもしれない。

レアの我慢強く控えめな穏やかな優しさの方がヤコブは心安らげたのかもです。

レアとラケルの父である族長ラバンが、自分の娘の性格がわからないわけはないです。

ラケルをすんなりヤコブの妻としたら、容姿の良くないレアは結婚出来ない可能性が大きいし、ラケルを娶ったらヤコブはレアを娶ることはしない。

だから長幼の序を理由にして
先に姉のレアを与えてから妹のラケルをも与えた、、。

レアは大人しい控えめな性格でも容姿がイマイチだから、ヤコブの第一の妻にするしか嫁のいき手がないかもしれないし、同時に2人嫁に出しても、ラケルと対等でいれないし、ヤコブに断られて突っ返されるので、

レアをなんとかして、嫁がせようと一計をこうじたラバンは、レアの方が可愛かったのかもしれない。

そうであれば、美人のラケルが目も弱く容姿がイマイチのレアを目の敵のようにしていたのも理由付け出来ます。

親のラバンがそうであればヤコブも、と思うし、レアの方が先に子を産んでいるから焦るのも当然。

創世記
31:24 その夜夢の中で神は、アラム人ラバンのもとに来て言われた。「ヤコブを一切非難せぬよう、よく心に留めておきなさい。」
31:29 わたしはお前たちをひどい目に遭わせることもできるが、夕べ、お前たちの父の神が、『ヤコブを一切非難せぬよう、よく心に留めておきなさい』とわたしにお告げになった。

ラバン、意地悪いと思われがちだけど、族長として立つ以上は、人を見る目、管理する能力はあったでしょうし、、イスラエルの神様を信じ敬う心はラバンにもあったのです。

なかったなら、夢で神様ご自身がラバンに語ることもないし、お告げがあっても従いません。

ウーマンリプ、。

ウーマンリプ、男女平等、女性解放の運動。
有能な女性が、男性の上に立つ、場合、優位な場合があったりします。

例えば、女性が経営者で、自分の夫より多く稼げてたりした場合、。

こういう場合、妻たる女性は、夫を見下すことが多くなるように思うので、うまくいかなくなりやすいですしね。

喧嘩になったら、売り言葉に買い言葉で、私は、あなたに養って貰ってない!って言われたら、夫、立つ瀬が無いですし。

男性は労働しやすい体力と筋力と、女性のように感情的にならないで冷静に分析する脳力が備わっているのですが。

最近の男性で、女性化しているのか、。
すぐ感情的になるわ、我慢強くないわ、後先考えないわ、、などの謎行動にでる弱い男性に成り下がっている人もいて。

今が、昭和初期の軍隊のような規律の厳しい世であれば、目を付けられて、しごかれて死んじゃうのではないかと、。

女性は、いつの世でも、したたかに生き残って行きます。
自分と子を守るために、子どもが死なないで済むのなら、と、

時には法に触れるギリギリのことでも、人を殺める以外は何でもして、きた女性が多かった、。

身を削るような想いをして、。
でも、それは生きるために。
人はそれと知れば、そういう女性を軽蔑し、けなすでしょう、。

まっとうな仕事をして、稼げる人は、そうするでしょうけど。そうしたくても出来ない人は、蛇の道でも、我慢して歩いて行きます。

生きるためと、自分自身に言い聞かせて。

江戸時代は、芸奴にまわしをさせて、相撲を取らせる座敷相撲をしていたそうな。

当時の芸奴は、パトロンを持つのが普通で、気に入られれば後妻になれたり、お妾さんになれたりした。

ある意味、自分の心を殺して心染まない相手でも受け入れるしか、弱い女が生き抜く術がなかった時代。

地位は低かったかもしれない。
でも、我慢強さと、生き抜こうとする強かさは、現代の女性を、はるかに越えていたように思う、、。

人間で罪を犯さないでいる人は1人も居ない。人であって、それが出来得るのは、、イエスの御霊と共に在る再臨主のみ。

1000年の間、、イエス様の御霊と共に人知れず、この世を観続け統治される。

普通の人は肉的輪廻転生はしない。
再臨主は、どこかで一旦、イエス様のように死ぬ。

そうしないとイエス様の天に引き上げられた肉体と御霊と一つになって命を引き継げないから。
再臨主となる御方は、その道を選ばなければ、普通の人生で終わる。

再臨主となることを選ぶと、、その責任は重い、、。
だから自己選択の自由があって、再臨主として生きることを選ばないことも出来る。

再臨主たる御方だけではなく、信仰の道は、自分で選ぶ道なのね、。

神様に命令されてるから、逆らうとヤバそうだからと、しぶしぶ従ってたならば半人前。

自分から望んで従うことです。
間違いをしてしまってたら、普通は神様は怖い。
神様が怖いと思って当たり前。

神様が、全然、怖いと思わなくなったら、悪いことを悪いとは認識してないわけだから、神様に従おうなんて、欠片も思ってない証拠。

ドジったと気づいた時に、神様!ごめんなさい!と、ビビって慌てて謝るくらいで、ちょうどいい。

妻となった女性が夫に従うのも、人が神様に従うのも基本的には同じこと、自分から、努力して従おうとするべきです、。

目に見える夫を正当な理由もなく見下す女性は、神様をも存在して居ないと、馬鹿にして見下すでしょうし、そういう思考であれば祝福もすくないでしょう。

ただ、最近は、男気が薄い男性の方が多いのか、、家族や子供を守ろうとしない夫もいる、、。

でも、世界中で見たなら、日本の男性の多くは家族のために我慢強く会社で働く気持ちがある人の割合の方が多いから、、日本は社会的にも経済的にも国が繁栄出来ている。

自分主義で、他者を労る気持ちが少ない国は、貧困層が多く経済的に繁栄出来ていない。

国家が他国や自国民から搾り取ること、自分達官僚の利益しか考えることが出来ないから、その国民も国家と同じことをする。

脅して言うことを聞けば、どこまでも搾取し続けようとする。
感情的で、すぐ暴力的になり我慢をしない。
もしかして、日本人との対比であると忍耐力ほぼゼロ?に近いかもしれない。

荷物を受け渡す時に手が当たったと、飛行機のアテンダントに文句をいって、何度も謝ったにもかかわらず、その後、通路をサービスに回ってきた彼女のことをいきなり殴りつけて、緊急着陸するために空港に戻るという警察沙汰の大騒ぎを起こした某国人男性。

日本人であれば、謝罪してるしと、そこでゆるす。
それ以前に、手が当たった、爪が当たった程度で、腹を立てて殴りつけたりしないですね、。

ぶち切れる度合いが、そもそも日本人と比べて低すぎる。
日本人の男性は、それに比べたら、ダメなほうでも、暴力的な場合でなければ、まだまともな範囲に入る、。

多くの国々があり、日本に産まれたいと思う魂は多いでしょう。

希望通りに、日本に産まれれても、、恵まれない環境下に産まれることもあるし、、色々。

この前、息子と娘が、子供は親を選べないと言ってきた。苦笑。

産まれる前に、ある程度のこうなる可能性があるみたいなものはあって、それを人が遂行するか、選択しないかで、枝分かれして自分の行いに応じた報いに行き着く。

人生の最終目的地までの路線図みたいなものはあっても、途中下車したり、寝たり、、サボったり、逆戻りしたり、、で最終目的地が、予定と大幅に違ったりなんかする、ことも稀にあるみたいな。

大体は、自分の魂の人生設計図通りに行くのが普通だそうだけど。

何をどう選ぶか、一瞬一瞬の選択の積み重ねが、最終的な結果を、大きく変える。

自分主義と言うのは、子供のこと考えているようで考えてないし、愛しているようで愛してない。

子供を愛していたら、子供は自然と自分から子供なりに親を助けたりしようとしてくれる。親が子にしたように子も、同じことをする。

不思議ね。
亡き母は、私の好物を覚えてて、銀ムツの魚のあらの煮付けをよく作ってくれたり、サンマの塩焼きの時、内臓苦くて苦手だったから尻尾の方を、言わないでも、そっちをくれて、、。

私も、似たことをしている。
自分が食べたいものではなくて息子の好物や、娘の好物をなるだけ食べさせてあげたいと思ってる自分。

野菜が、やっと安くなってきて、ホッ。
娘は、野菜が6割ご飯にないとダメです。野菜大好きっ子。

息子は、逆で野菜嫌い。
やっとダイエットの為に野菜食べたり野菜ジュースを飲むようになってきて良いことです。

自分が食べたい、は、ほぼ我慢、、
家族の誰かの為に、、お金は使うことが多い。

息子が、通勤用でスニーカーが欲しいって、今日、靴を見に行く予定。
なかったら、ネット通販で買うつもり。

2日早く言ってくれたら、夏用の半袖ポロシャツ買った時に一緒に買ってきたのに、。

最近、しずくは、ゲージフリーにしてて、二階とお風呂場以外は家の中の移動が自由状態です。
階段と廊下、脱衣場、台所と仏間は、お出入り自由。開けっぱなし。

トイレと水飲み場は台所とゲージ内の2カ所に設置。

そろそろゲージ要らなそうだし、ゲージ片付けようかとも思うけど、お坊さんがくる法事や、お客さんがくる時は、しずくがゲージを必要にするかもしれないし、。

半分サイズの小さい四角の二段ゲージにして、ベットとトイレだけ入れようかな。出入り自由にして。

そしたら、キャットタワーを、半分からフルサイズに組み立て直して部屋に置けるけど。

しずく、大あくび中。
イメージ 1

ボケた写真だけど。
イメージ 2

息子の使ってる毛布の上で、息子が居ないときは、我が物顔で、ドーンと寝ております。

押し入れのマットの上とか、毛布の上、階段の途中、廊下、色々なところで寝てます。

階段で寝るのは、尻尾を踏んじゃう可能性があるので止めて欲しいなぁ。

夜中に家の中で運動会するのは、猫だからしょうがないわね。運動不足しないように、と、ゲージ解放したけど、4.7キロになって痩せてきていい感じです。

膀胱炎になって、飲み水飲む場所を増やして、尿路ケア用のロイヤルカナンの餌とダイエット用のローカロリーの餌を混ぜてあげたら、痩せたし膀胱炎も改善し治って元気いっぱい。

お水は、なくならないように、止まってしまったりしないように、、2ヶ所に常時、飲み水をしっかりとキープ。

水分補給をさぼるとおしっこが濃くなって膀胱炎になるらしくて、少しでも水ほしいと思ったら、すぐに水があるところに行けるようにしました。

娘と息子、しずく、私の家族が、健康でいてくれると、私は、安心していれます。

息子、新しい職場にも慣れてきて、実習時に買ったポロシャツと、チノパンとで、通勤してて、スーツ着ないで済んでるようで、上着は暑いから電車内は地獄と、言ってたけど、身軽でよくなり、大喜びしています。

私は、スーツ姿の方がかっこいいと思うんですが、大汗かきまくるので、1日ポロシャツ1枚、下着1枚では足らずに着替えも持参で行ってて、帰ったあとも下着とポロシャツは着替えるから、枚数がポロシャツや下着が4枚だと足らない。

それで急いで下着も洗って追加、ポロシャツも買いに行ったのですけどね。
まぁ元気なので良いことです。


マタイ福音書
7:17 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18 良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。
7:19 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
7:20 このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」
7:21 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
7:22 かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」

ーーーーーー
良い木は、イエス様のことですね。

イエス様に心と魂とで繋がっている者は
良い実、愛のある行い、
神様の御心に添うことを、、
しようと心がけて努力する。

それは、聖霊とも繋がっているから
聖霊を冒涜しないように、、と、
悪から離れ神様の御心を行おうと
努力しようとするから、。

ただ単に身体だけ洗礼を受け、
心で神様とイエス様の御存在を
口先だけでしか信じてない人は、、
聖霊も居ないが如くに
侮って、人に隠れて罪ある行いをし、
悪から離れようとはしない。

権威を好み、人の上に立ちたがる。
人前では謙遜ぶるが、本心からではない。
聖霊を侮り冒涜し続けていることの、
恐ろしさを知らない。

聖霊を冒涜している間の期間の犯した罪は、
何一つ赦され無いのだと、それ分かってる?
だってそうでしょう?

聖霊を冒涜しといて、口先だけ
ごめんなさいといってたら、
そう口で言った分の罪だけは、
赦されるとでも?

全部赦されないです。きっぱり。
悔い改めて心から血を流して
罪の赦しを乞うまでは、。

洗礼を受けただけでは良い木である
イエス様には心や魂は繋がれない。
心から罪の苦しみからの救いを求めた時に、
心や魂が繋がる。

それがないなら身体だけが繋がってる。
それも、イエス様の定められた
聖餐のパンと葡萄酒を両方受けた場合ね。

葡萄酒は、イエス様との契約の証だから
最低、一生に一度は飲まなければ
契約は不完全。

本人の信仰心の熱意に寄るけど、
ほぼ契約は無効になるのではないかしら。
サタンは、そう言う不完全な契約が
増えた方が、、喜ぶ。救われる人が減るから。

カトリックの教会の信徒で
パン(ホスチア)だけしか
拝領してないなら、イエス様とは
半分だけしか繋がっておらず
不完全な繋がり方です、、。

霊的儀式は未完了。

聖餐のパンと葡萄酒は、、
一生に一度でも受ければ、儀式は完了。

無原罪のイエス様に、身体だけは繋がって
無原罪になったと、霊的に見なされる。

霊的儀式完了以降に、生まれて来る
クリスチャンの子は、
無原罪とされた子ら、、。

無原罪のイエス様に身体が繋がって
肉体の原罪の印が消えたとみなされて、
無原罪の子供が与えて頂ける。

肉的な血筋、実際の婚姻ではなく
霊的儀式だから、身体の原罪の印は
本当は、、消えてはいないのだけど、
イエス様に繋がったゆえに消えたことにみなす。

聖餐は無原罪のイエス様に
自分の身体が繋がるための儀式。

水をかける、沈めるのは、羊水の代わりで
肉体が、イエス様に繋がって生まれ直すことの
霊的象徴儀式。
だから水のかけ方とか、沈め方はどうでもよい。

象徴儀式なんだから、、
聖霊と父さまが霊的に儀式を
生きてる人の身体を借りて行ってる。

人間は肉体的に2000年前のイエス様と
時間を遡って誰も婚姻出来ないし、
出来でも、男性は除外されてしまうから、。

男女誰でもイエス様に繋がれるように、と
イエス様は、ご自身の疑似的肉体としての
パンと葡萄酒の聖餐と生まれ直しの象徴儀式
洗礼を制定なさった。

イエス様は子孫を残せなかったから、。
霊的儀式によって、
イエス様の血筋に繋がったとみなすことしか
出来なかったのでした、。

イエス様に子孫が生まれていたら、
無原罪のイエス様から生まれたであろう
無原罪の御子と、他の人が婚姻し、
無原罪のイエス様の神様の血筋ゆえに、
伴侶も清いと見なされて、無原罪の
人が増え続けていたでしょう。

某教えでも、似たこと言ってるけど
一夫多妻状態で、愛人だらけじゃねー。
イエス様の聖餐の儀式の
プロセスを自分に都合よく
書きかえ利用したとしか思えません。

アダムに、一人の妻エバが与えられたように
イエス様の妻も、永遠に
婚約者マグダラのマリアただ一人。

再臨主も、、妻とする女性、
新しいエバとなる人は、、ただ一人だけ。
イエス様の時と同じように。

いくら現代が離婚多くても、
再臨主なる御方は、、、
絶対に何人も妻を、
とっかえひっかえしたりしない。

イエス様がなさってないことするわけない。

ある人は、イエス様を、、
イエス様の養父のヨセフの子とは呼ばずに、
マリアの子と呼んでいました。

それは、イエス様が
ヨセフの子ではないことを、
知っている人が、、多く居た、。
と言うことです。

普段は、何も言わなくても、、
何かイエス様に関してことが起きたとき、、
今で言うと、私生児、、父親がいない
不貞を働いた女性の子だから、、、と、
イエス様は、、人からさげすまれていた、
ということがみて取れます。

日常茶飯事のように、男性側の都合で
モラルのない扱いをされたり、
女性側が、堕落したり、が多かった。
呪いの水なんてものが存在しないと
歯止めが利かない状況だったのかもです。


バレなきゃ良い。
バレたら、高額な贈り物で
なだめてしまえ。みたいな。
だから、イエス様は離婚について
厳しく仰いました。

イエス様御自身が仰って
いらしたように、正当な理由もなく
夫側の事情で一方的に妻を離縁するのは
姦淫罪です。

高いお金払って同意の上で
愛人を作るのも、立派に姦淫罪成立。

罪を犯した時点で、本物の再臨主ならば、
サタンに敗北したことになるので
イエス様の御霊を汚して、
共に居れなくなるし、イエス様の顔に
泥を塗る行為だから、問答無用で、
父なる神様から打たれて地上から強制退去。

再臨主も、イエス様と同じく
無原罪の状態を維持し続けないと
アウトなので、再臨主として、
罪を犯さないように生きることって
簡単なことでは無いんですけどねー。

姦淫罪なんて、最もやらかしたら
だめな罪でしょうよ。
実らす実が、愛ある行いの実でなく
自我欲が絡んでる行いの実なら、悪い木である
サタンに繋がっています。

豪華絢爛な衣装、住まい、持ち物があっても
悪い実しか実らせていなければ、
サタンに繋がっている!

父さまの御前で、恥ずかしくないのだろうか?
いや、引き出された時、
死ぬほど恥ずかしいと思います。

だって裸にされたごとくに、
自分の悪行も罪も、何もかも、
すべてが、ガラス張りのように、
周りの人すべてに、また天使にまでも
バレバレであることが分かるから。

火で灼かれるような苦痛で、
神様の御前から逃げ出しますわー。

生きている間に、
まめに、罪を犯したことを白状して
罪が赦されているのといないのとでは、
雲泥の差となるでしょうよ。

父さまの光が恐ろしくて、灼かれて苦痛で
地獄世界へと自分から落ちて下っていく。

この世で高貴な身分でも、、
神様である父さまの御前で
何の役に立つでしょうか?

良い実は、良い行いの意味だけではなく
無原罪の子供を意味していて
イエス様に繋がることでしか
無原罪の子孫は生まれて来ないことを意味しています。

どれだけ信仰心があって
神様を敬い、先祖を大事にしても
イエス様抜きに無原罪の子孫は
生まれて来ません。

えー!だって今の信仰捨てたくない!
イエス様も魅力的だけど、
今信じてる神様も、
大好きだから捨てたくない。
という声が聞こえて来そうです。

にこにこ。

大丈夫ですよー。
今信じてる信仰も捨てたくないなら、
捨てないままでも良いのです。

ただし現時点でのキリスト教会の
神父、牧師の中には、目くじら立てて、
そんなのだめって言う頭が固まってる
御方も居るかもしれませんけど、。

ですが、天地創造の父さまは、
そんなちっぽけなことで
拒否したりしません。

今、信じてる信仰も、
大事にしてるままで大丈夫です。
私が父さまから与えられた
マグダラのマリアの名にかけて、
また父さまとイエス様の御名にかけて
絶対的に大丈夫!と、断言致します。

私個人は、ミックス信仰の方が、思考が
キリスト教的に偏らないから逆に奨励します。
私自身、ミックス信仰です。

私は日本人式に
神社も、お寺も、教会も必要なら
どこでも行きます。
メインは、天地創造の神様とイエス様(天照大御神と、稲荷神社は同列)、。

後は、全部サブで天使のような
神様側の神霊という認識ですけどね。

もしミックス信仰して
ダメダメとか異端とか、
人から言われても気にしない。気にしない。

父さまが、それをダメ出ししてるのなら、
私は、ここに居ない。
またマグダラのマリアと名乗って居ない。

私が大丈夫で、、、他の人が
ダメ出しされるわけないでしょう?
私が大丈夫なんです。
祝福も多く受けています。

もし、私が間違ってサタンの木に繋がるような
信仰の仕方をして、それのせいで肉体の死後、
多くの人を迷わせて間違わせていたということが判明したら、、

我が子に憑依という、霊界で許されないこと、
やったらいけない力業を使ってでも
ここのサイトは消滅させます、。

地獄いくのでも、了承しますし、
私が、地獄で苦しんで良いから
私のせいで信仰のあり方を間違わせた人は
地獄へ行くのは赦して差し上げて下さい。と、
神様に土下座して、お願いもします。

でも絶対的に大丈夫という自信があります。

子供のころから本当の神様を、
私の神様を探してきて、
色んな宗教、カルトも、足突っ込んできて

求道中入れて17歳から教会も行ってて、
足掛け36年、父さまとイエス様の
追っかけしてますれば、。

信仰生活長いので、それなりに
信仰体験もしてますから。
有り得ないことも起きたし、
父さまには沢山助けて頂いていますし。

この記事書くのもなんとなく夢で、
見たような文面、。

今日はしばらくぶりの下書き無しでの、
行き当たりばったり記事です。
思ったまま出てくるまま書きました。

最近、コメント吹っ飛ぶの
無くなったから、記事も大丈夫かなーと思って。

5時間とか時間かけて書いた記事が
綺麗さっぱり飛んでいくと、
かなり凹みますんで。

一旦保存してある下書き記事に書くと
追記しても、パソコンは、
何かの拍子(主に自家停電)で
接続外れて、更新されちゃうと
書いてた途中のが消えるし

スマホの場合も、
保存してある状態にリセットされちゃって
追加で書いたものがパァになるし、

スマホでテキストアプリで書いてて、
保存する前に、再起動されたら、
これも、書いたもの全部消えるので

スマホ使ってると、
記事消えるリスクは多くて、、苦笑。

普通に新記事として書くのが、
保存されてるので楽なのです。

わからない部分ございましたら、
ご質問をどうぞ。
分かる範囲ですが、お答え致します。

マグダラのマリア


神様を信じることは

神様を信じることは、、
信頼して、、愛し求めることです。

罪を犯した時、隠れたり逃げたら?
神様から離れています。
罪に気づいた時こそ、神様を求めて祈らないと、、

悪霊がきて、甘い言葉でささやいて、
神様の光、御愛、御心から
遠ざけようと仕向けます。

だって自分の罪を一番知ってるのは自分です。
神様に白状して謝罪するのは辛いことですから、。
口先で、謝るだけなら簡単です。

でも苦しんで泣きながら祈って謝罪するのって
かなりしんどいのです。
自分で自分を罪がありますって、
断罪して神様にそう告白するわけですから、

罪を犯せば悪い報いがあるのが当然で、
罰を受けるのが当たり前です。

だから、罪を犯した時、
人はなかなか自分の罪を認めたくはないのです、。
罪を犯せば悪い報いがあるのを知っているから、神様に罪を犯したことを隠そうとするのです。

アダムとエバも、
自分のせいではなく他のせいにして
罪を逃れたくて言い逃れようとしました。
アダムは神様とエバのせいにして、
エバは蛇のせいにして、、、
蛇は、、?

創世記
3:1 主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
3:2 女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。
3:3 でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
3:4 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。
3:5 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」
3:6 女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。
3:7 二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
3:8 その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、
3:9 主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」
3:10 彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」
3:11 神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」
3:12 アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」
3:13 主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」
3:14 主なる神は、蛇に向かって言われた。「このようなことをしたお前は/あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で/呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。
3:15 お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に/わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き/お前は彼のかかとを砕く。」
3:16 神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。お前は男を求め/彼はお前を支配する。」
3:17 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
3:18 お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。
3:19 お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」

蛇は、この時は、
人と違って言い返してないです。
サタンといえど、
神様から正式に裁かれる時は言い返して居ない。

というか神様に正式に命じられたら、
嫌とは言い返せない。
だからサタンは隠れて背いた。

天使は神様の子ではないから、
正当な理由もないのに背く権威も権限もない。

蛇は、言わずと知れたサタンです。
サタンは、元天使で霊的存在です。
自分が神様に心の内で不信しても消えていないし、霊的存在が厳密に言えば死ぬとは思ってない。

サタンや天使などの霊的存在にとっての死は、
霊的に汚れる=霊的死というより、
存在死、消えること=永遠の滅び。

堕落して汚れて霊的に死んでも、
存在死しなければ見た目が、醜くかわっただけ。
霊本人は見た目が醜く変わったことに
気づいてない。

サタンは、人の子が肉の命を持つゆえに
神様の子として優遇されていると思っていた。
それはそうです。
霊的存在には自分の肉体がないのですから。

肉体があることがうらやましく、
たとえ罪を犯したとしても霊の存在が、
消えるわけではないし。
肉体の命があるんだから文句無いだろう。
みたいな、、。

人間が、この世で生きてる間の
肉体的な命に彼は大きな価値を見いだしていて、
人だけが神様の子として
神様の御霊を魂として与えられている。
肉体の命も持っている。

天使のような力もないのに、、
人間だけ特別扱いされててズルい。と
人がうらやましくてしょうがなかった。

だから何とかして罪を犯させ堕落させて、
人間が無能だと神様に証明したかった。
サタンは、霊的存在だから永遠に存在する。

神様はサタンである知恵の木の実を食べたら(霊的に)死ぬとアダムに仰っていた。

サタンは、神様が食べたら死ぬと
仰っていたと答えたエバに、、
木の実を食べても(肉体的には)死なないと
言い返した、。

ひとりの時のエバを、サタンは狙った。

エバはアダムより後から
アダムの助け手として創造されたから
神様との繋がりは、、
アダムより弱かったのでしょう。

エバの方が誘惑しやすかったから
サタンは、エバを狙った。

父さまの裁く御言葉は
愛あるゆえに、赦す前提があっての
裁きです。

サタンは悔い改めてはいないけれど、
言い返すことなく
罪だということだけは認めました。

人も、まずは罪だと認めること、
次に、悔い改めること、となっていく。

罪だと知らない、分からないなら、
悔い改めようがないです。

アダムの霊的な死とは
神様から離れることでした。

神様との霊的な親子のつながりを、、
神様から死ぬと言われていても、
死んでも良いとして、
神様との繋がりを拒絶し自ら切ったことです。

イエス様は神様から一時
見捨てられたような状況に置かれました。  

それは神様から一旦離れたのと同じ状況です。

神様から離れる事=霊的な死なので、、
その3日後にイエス様が、復活されたことが
霊的復活=神様との霊的繋がりが修復できた事を意味していて、。

アダムとエバが自ら断ち切ってしまった
神様との親子の繋がりが、
イエス様により完全修復されたのでした。

だから恐れることなく、、
父なる神様に、、アダムやエバのように
人のせいにしたり罪を、
隠そうとするのではなく、、

父さまは、裁かれる御方ではありますが、
へりくだって
罪のゆるしを請い願う者には
赦しを与えて下さる御方ですから。

正直に、なにも隠さないで自分の間違い、、
犯した罪を言い表し赦しを願いましょうね。

そうしようとすると悪魔サタンが、
そっと色々心の内に囁いてきます。

そのくらい、みんなしてるよ。大丈夫。
故意じゃないから仕方がないよ。
気づかなかったから、悪くないよ。
下手に神様に言うと罰当たるよ。
誰も見てないから平気だよ。大丈夫。

人が神様に正直に話し繋がろうとするのを
甘い誘惑で色々と邪魔して来ます。

退けるには、、
神様に、嘘つきたくない。
神様に、ごめんなさいしたい。
神様に、言わなきゃ、。
神様に、どうしたらいいの?って祈らなきゃ。

神様に、、自分の想いを向けて、
神様に、自分から繋がろうと願って下さい。

それだけで、サタンは邪魔するのは
面倒くさくなって、
あなたから逃げていきますよ。

心がね、、大事。

サタンも神様を求めている人を、
邪魔するより求めてない人の方が
乗っ取り易いから狙います。

でも、どんなに信仰歴長くたって
油断すれば、罪を犯させて、
神様から離れさせようとするから、

毎日、神様に想いを向けて、、
自分から神様に繋がることが大事です。

信仰長くなると信じてるだけで安心して
自分から繋がろうとするのを忘れて
眠りこけるのよー。

神様の呼びかけで、起きれるうちは、、
良い乙女、、起きれなくなったら?
愚かな乙女になってしまいます。
要注意、、です。

書き掛けてた記事だったけど
思った以上に時間がかかって
書いてる途中で、数行書いては、
疲れて眠ってしまったりしたけど、
今日中にアップ出来て良かった。

父さま、ありがとうございます!
生きるも死ぬも、何が起きても、、
委細、あなたの御心の通りに、、。

私は、、あなたの仕え女、、。

あなたのおそばに居られるだけで、
離れないで済むだけで、もう十分。

気づかずに離れようとしてたなら
あなたがお持ちの鉄の杖で
打たれてでも良いから、、
叩き起こされる方が私は、良いのです。

父さまから離れる位なら、存在しなくていい。
私は、そんなことするなら永遠に滅びたい。

マリア

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