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象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)

戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。
私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。
本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。

そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この 間 ( かん ) 私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に 行 ( おこな ) って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える 市井 ( しせい ) の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い 殯 ( もがり ) の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後 喪儀 ( そうぎ ) に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように,憲法の 下 ( もと ) ,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを,切に願っています。

Message from His Majesty The Emperor(August 8, 2016)

A major milestone year marking the 70th anniversary of the end of World War II has passed, and in two years we will be welcoming the 30th year of Heisei.
As I am now more than 80 years old and there are times when I feel various constraints such as in my physical fitness, in the last few years I have started to reflect on my years as the Emperor, and contemplate on my role and my duties as the Emperor in the days to come.
As we are in the midst of a rapidly aging society, I would like to talk to you today about what would be a desirable role of the Emperor in a time when the Emperor, too, becomes advanced in age. While, being in the position of the Emperor, I must refrain from making any specific comments on the existing Imperial system, I would like to tell you what I, as an individual, have been thinking about.

Ever since my accession to the throne, I have carried out the acts of the Emperor in matters of state, and at the same time I have spent my days searching for and contemplating on what is the desirable role of the Emperor, who is designated to be the symbol of the State by the Constitution of Japan. As one who has inherited a long tradition, I have always felt a deep sense of responsibility to protect this tradition. At the same time, in a nation and in a world which are constantly changing, I have continued to think to this day about how the Japanese Imperial Family can put its traditions to good use in the present age and be an active and inherent part of society, responding to the expectations of the people.

It was some years ago, after my two surgeries that I began to feel a decline in my fitness level because of my advancing age, and I started to think about the pending future, how I should conduct myself should it become difficult for me to carry out my heavy duties in the way I have been doing, and what would be best for the country, for the people, and also for the Imperial Family members who will follow after me. I am already 80 years old, and fortunately I am now in good health. However, when I consider that my fitness level is gradually declining, I am worried that it may become difficult for me to carry out my duties as the symbol of the State with my whole being as I have done until now.

I ascended to the throne approximately 28 years ago, and during these years, I have spent my days together with the people of Japan, sharing much of the joys as well as the sorrows that have happened in our country. I have considered that the first and foremost duty of the Emperor is to pray for peace and happiness of all the people. At the same time, I also believe that in some cases it is essential to stand by the people, listen to their voices, and be close to them in their thoughts. In order to carry out the duties of the Emperor as the symbol of the State and as a symbol of the unity of the people, the Emperor needs to seek from the people their understanding on the role of the symbol of the State. I think that likewise, there is need for the Emperor to have a deep awareness of his own role as the Emperor, deep understanding of the people, and willingness to nurture within himself the awareness of being with the people. In this regard, I have felt that my travels to various places throughout Japan, in particular, to remote places and islands, are important acts of the Emperor as the symbol of the State and I have carried them out in that spirit. In my travels throughout the country, which I have made together with the Empress, including the time when I was Crown Prince, I was made aware that wherever I went there were thousands of citizens who love their local community and with quiet dedication continue to support their community. With this awareness I was able to carry out the most important duties of the Emperor, to always think of the people and pray for the people, with deep respect and love for the people. That, I feel, has been a great blessing.

In coping with the aging of the Emperor, I think it is not possible to continue reducing perpetually the Emperor’s acts in matters of state and his duties as the symbol of the State. A Regency may be established to act in the place of the Emperor when the Emperor cannot fulfill his duties for reasons such as he is not yet of age or he is seriously ill. Even in such cases, however, it does not change the fact that the Emperor continues to be the Emperor till the end of his life, even though he is unable to fully carry out his duties as the Emperor.
When the Emperor has ill health and his condition becomes serious, I am concerned that, as we have seen in the past, society comes to a standstill and people’s lives are impacted in various ways. The practice in the Imperial Family has been that the death of the Emperor called for events of heavy mourning, continuing every day for two months, followed by funeral events which continue for one year. These various events occur simultaneously with events related to the new era, placing a very heavy strain on those involved in the events, in particular, the family left behind. It occurs to me from time to time to wonder whether it is possible to prevent such a situation.

As I said in the beginning, under the Constitution, the Emperor does not have powers related to government. Even under such circumstances, it is my hope that by thoroughly reflecting on our country’s long history of emperors, the Imperial Family can continue to be with the people at all times and can work together with the people to build the future of our country, and that the duties of the Emperor as the symbol of the State can continue steadily without a break. With this earnest wish, I have decided to make my thoughts known.
I sincerely hope for your understanding.

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つまり、生きている間に譲位しないと、
天皇である自分が崩御した場合、葬儀があることで、
国中が喪に服し、、ある意味ごたつくのは、気持ちがすすまないから、。
ということの模様、。


でも、神道の神主の総代である天皇は、、大祭司と同じ、。
聖書では、大祭司職は、、終身職、。
神様が選び、神様が与えた責務、。

それを自ら放棄することを選べば、、どうなるか、。
それは、天意に背くことになるんだけども、。

はぁ。。
なんだか、、日本が、、
滅びに向かって行ってるような気がする、。
もし、次の選ばれし民族に、、摂理の受け渡しが行われたら、、
神様の加護を失った日本は、、大きく衰退するしかなくなる、。

父さま、、どうぞ、日本を憐れんで下さい、。
日本の國民を、置き去らないで下さい、。

報道をみて、、みな、何も違和感を感じないのだろうか、。
譲位しなければ、、
天皇は、崩御のあとでも、天皇と呼ばれる、。

譲位したら、、天皇ではなくなるのだから、、
親王になるんだけど、、、。
それに、、今の皇太子が、天皇になれば、
次の皇太子は、不在状態となる、。

皇位継承権を持つ者がいても、嫡出子の男子でなければ
皇太子にはなれない、。


マリア


植松容疑者の衆議院議長公邸宛て手紙の全文 障害者抹殺作戦を犯行予告
■ 2016/7/26 15:52  最終更新■
イメージ 1■ 2016/7/26 15:52  最終更新■
Facebookに投稿されていた植松容疑者の顔写真の画像神奈川県相模原市緑区千木良の障害者施設「津久井やまゆり園」で45人を殺傷した連続殺人・殺人未遂事件で、逮捕された元職員の植松聖容疑者(26)が、衆議院議長公邸に「障害者が安楽死できる世界を」とする手紙を渡していたことがわかりました。
発表によると植松容疑者は今年2月14日、東京都千代田区永田町にある衆議院議長公邸を訪れ、手紙を渡そうとしたということです。
しかし受付で手紙を受け取ってもらうことはできず、翌2月15日になって再度訪れたとのこと。そこで座り込みを行ったことなどもあり、警備にあたっていた警察官が衆議院事務局に確認したうえで、しかたなく手紙を受け取っていました。
渡した手紙はA4サイズのリポート用紙複数枚(合計で10枚にもわたるという情報もあり)で、手書きで書かれていたといいます。
そのなかには犯行予告ともとれる内容が含まれていたことなどから、管轄する警視庁麹町署はその日のうちに、神奈川県警津久井署に情報提供していました。
以下、植松容疑者が衆議院議長公邸に渡した手紙のうち3枚の全文です。

植松容疑者が書いた手紙(全文)

以下は1枚目の内容。
衆議院議長大島理森様(1枚目)
この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
フリーメイソンからなる●●●●が作られた●●●●●●●●を勉強させて頂きました。戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。
今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。
私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。
以下は2枚目。
植松聖の実態
私は大量殺人をしたいという狂気に満ちた発想で今回の作戦を、提案を上げる訳ではありません。全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意を持って行動しました。
今までの人生設計では、大学で取得した小学校教諭免許と現在勤務している障害者施設での経験を生かし、特別支援学校の教員を目指していました。それまでは運送業で働きながら●●●●●●が叔父である立派な先生の元で3年間修行させて頂きました。
9月車で事故に遭い目に後遺障害が残り、300万円程頂ける予定です。そのお金で●●●●の株を購入する予定でした。●●●●はフリーメイソンだと考え(●●●●にも記載)今後も更なる発展を信じております。
外見はとても大切なことに気づき、容姿に自信が無い為、美容整形を行います。進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージ
それらを実現しております。私はUFOを2回見たことがあります。未来人なのかも知れません。
本当は後2つお願いがございます。今回の話とは別件ですが、耳を傾けて頂ければ幸いです。何卒宜しくお願い致します。
医療大麻の導入
精神薬を服用する人は確実に頭がマイナス思考になり、人生に絶望しております。心を壊す毒に頼らずに、地球の奇跡が生んだ大麻の力は必要不可欠だと考えます。何卒宜しくお願い致します。私は信頼できる仲間とカジノの建設、過すことを目的として歩いています。
日本には既に多くの賭事が存在しています。パチンコは人生を蝕みます。街を歩けば違法な賭事も数多くあります。裏の事情が有り、脅されているのかも知れません。それらは皆様の熱意で決行することができます。恐い人達には国が新しいシノギの模索、提供することで協調できればと考えました。日本軍の設立。刺青を認め、簡単な筆記試験にする。
出過ぎた発言をしてしまし、本当に申し訳ありません。今回の革命で日本国が生まれ変わればと考えております。

以下は3枚目。
作戦内容
職員の少ない夜勤に決行致します。
重複障害者が多く在籍している2つの園【津久井やまゆり、●●●●)を標的とします。
見守り職員は結束バンドで身動き、外部との連絡をとれなくします。職員は絶対に傷つけず、速やかに作戦を実行します。
2つの園260名を抹殺した後は自首します。
作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。
逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。
新しい名前(●●●●)、本籍、運転免許証等の生活に必要な書類、美容整形による一般社会への擬態。
金銭的支援5億円。
これらを確約して頂ければと考えております。
ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。
日本国と世界平和の為に何卒よろしくお願い致します。
想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。
植松聖(うえまつ さとし)
イメージ 2















イメージ 3








イメージ 4画像出典:直撃LIVE グッディ!

内容に一貫性がなく支離滅裂な内容になっているものの、標的を名指ししたうえで具体的な犯行計画が記載されていることなどから、国民からは「どうにかして防ぐことはできなかったのか」といった悔やむ声が多数みられました。
また、手紙には植松聖容疑者の名前や住所などの連絡先も記載されていたという
ことです。

記事引用先
その他
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まず、、彼は、、スピの世界に依存しすぎ、。
他のところをみると、、
神からお告げがあった、、、と、ほかの人に、、
非現実的なことを言っている、。

この言葉が出てくる心理状態は、、
自分は神に選ばれた者であると思ってるということ、。

ほんとにそうであるなら、、
善悪を正しく見極めることが出来なければならない、。

十誡の、第6誡が、人を殺してはいけない、、、。
4つ目までが、神さまを礼拝しなさいという教えで、。
5つ目が、父母を敬いなさい、。

自分の父母を殺す人は、人道的に、、論外なので、、
父母を敬いなさいが先で、、
人を殺すなかれ、、が第6誡になっています、。

自分の父母もふくめて、、人を殺すなかれ、です、、。
十誡、これを守る思考なくして、神様の代理人となれるわけがない、。

障害者が、動物のように扱われていて、
殺してあげることが、この世の苦界から、解放してあげることになる。

死んだら、健常者と同じ、平等な死者となり、差別されずに済む。
幸せにしてあげれる、、と考えたのかもしれない。

必ずしも優生思想によって、、
障害者は生きてはいけないという思考のみで考えたことではないようだけれど。

少なくても、彼が見た障害者という判定を受けた人達が、幸せには見えなかったのでしょうね。

家族に愛されて大切にされているようには見え無くて、
まるで犬や猫のように3度の食事と、排泄の世話を受けて、
ただ目的も無く惰性で生きてるようにしか見えなかったのかもしれませんが。

で、介護する人側は、感謝されるわけでもなく、
日々疲れ切った表情で、家族の身代わりに介護している実態、、

そういうのをみて、、意思疎通が出来ないなら、人ではないのだから、
殺してあげた方が、障害を持っている本人も、
周りも楽なんじゃないか、、と考えたのかもしれないけど、。

でも、どんな理由、思考が根底にあろうとも、
人殺しは、重罪。
赦されるときまでの道のりは遠い、。

罪の重さに気づいたら、生きていれるだろうか、。
気が狂いたい。殺されたい。と切望するにちがいない。

肉体的に障害者でも、、
霊的に見たら、健常者以上に霊性が高い場合が多い、。

肉的な目で見ているから、正しく判断できない、。
怪我や病気で、障害を持ったからといって、、
家族を見捨てたり、放置して面倒を見ないことは、
天の法に大きく違反する、。

人をあやめておいて、、この世的に心神喪失で、無罪になろうと、
天の法では無罪にはなりはしない、。
必ず、その血を流した罪を償わなければならない、。

大麻で得た幻覚を信じたせいで、、、おかしくなって、、
そんな基本的なこともわからないのか、。
憐れです、。

自分の願望、、欲心に振り回されて、、
お前は正しい、。すでに確約されている、、。
迷わず実行せよ、。と、囁いた、、
自分の中の身勝手な自分自身、、
自分の中のサタンの声なき声に、聞き従った末路、、。

身勝手な自分の思考を選んだのは、ほかならぬ自分自身。
それを、相当に反省するまでは、罪はゆるされないでしょう、。

マグダラのマリア

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生活保護を食い物“貧困ビジネス”が行政と癒着? 生活困窮者には申請拒否の一方で詐欺集団の受給申請はすぐ認可

林グンマ生活保護
2016.07.19

アベノミクスの勇ましい掛け声の一方で、ますます悪化する格差貧困。それに付随するように生活保護受給者を食い物にする貧困ビジネスも大きくクローズアップされるようになっている。

弱者の弱みに付け入りそのわずかな生活保護費を搾取しようと蠢くという卑劣なイメージの貧困ビジネス。だがその実態は決して善悪では図れない魑魅魍魎の世界のようだ。
 自らが“生活保護受給者“であり“搾取される側”として貧困ビジネスの実態を体験したライター・長田龍亮氏による『潜入 生活保護の闇現場』(ナックルズ選書)には、意外な貧困ビジネスの裏側、そして多くの矛盾が描かれている。


 2013年、海外と日本を行き来する放浪生活をしていた33歳の働き盛りの長田氏は、「個室寮完備」「3食付」「日払い相談可」という好条件の土木作業員の募集広告を見つけ、さいたま市内に面接に出向いた。しかし連れて行かれたのは土木作業の事務所でもなんでもなく、数十人ほどが住む2階建てのプレハブの2畳ほどの個室だった。


そして長田氏はここに住めば仕事はないが3食は保証する、だから生活保護を受けないかという摩訶不思議な打診をされる。

 このプレハブこそ、貧困ビジネスを展開する宿泊所「ユニティー出発」の「東西堀荘」という寮だ。この思わぬ展開に長田氏はライターとしての興味もありそのまま住むことを決意するが、そこで貧困ビジネスの知られざる数々の実態を体験していく。まずは働けるのに働くなという厳命を受けたことだ。


「ユニティー出発の寮では就職活動をすることが禁止されているのだという。これはかなり重要な規則のようで、後日、ここを訪れた職員から『仕事を探すならここを出てもらう事になるよ』と念を押された」

 その理由はもちろん貧困ビジネスが成り立つ仕組みにあった。入居者は毎月の生活保護費を全てユニティーに回収され、その中から施設利用料を徴収(ピンハネ)されるという形式だった。その上で渡されるのは毎日500円の“小遣い”だけ。その差額の10数万円がユニティーの収益となる。しかしそれは“割に合わない”ものだった。


「家賃と食事内容があきらかに徴収されている料金とは割に合わない。家賃4万円だが、2畳ほどのスペースしかなく、食費は4万円取られているがレトルト食品など粗末なものでしかない。その上光熱費と共益費を取られて計10万円が毎月徴収されている。これって高すぎでしょ?」

ユニティーでは多い時には400人ほどの入居者がいたというからかなりの収益だ。そのため仕事を見つけ生活保護から自立されるのはユニティーにとって大損害。もちろん80、90代という高齢者もいるが、30、40代の働き盛りの生活保護受給者も同様の扱いだったという。

「(粗末だが)3食昼寝と小遣い付きの生活を経験してしまうと、徐々に働く意欲は奪われる。もう何年もユニティーの寮で生活して、仕事を探す事もなく、来る日も来る日も小遣いをもらって無意味な1日を過ごしている人を見ると、ある種の病気のようにも見えてしまい、私はこのような人達のことを「ユニティー病」と名付けた」


 しかしそれこそが貧困ビジネスの狙いだ。劣悪な環境とは思えるが部屋にはエアコンとテレビが完備され、食事も質素ながら3食保証される。そして「仕事を見つけるなら出て行け」といわれれば、そもそも経済的窮地に陥っていた入居者に抗する手だてはない。さらに、ユニティーでは長田氏のような“求人”を待つだけでなく“接触”的な勧誘さえしていた。

「『貧困ビジネス』と呼ばれる業者は、入居者から徴収する生活保護費は財源であるので、いかにして入居者を多く集めるかが商売のカギとなる。最も広く行われている人集めの手法は、ホームレスの勧誘だ。ホームレスが多く集まる公園へ出向いて声をかけたり、中には炊き出しを開催して集まってくるホームレスに『毎日これ食いたくないですか?』などという甘い言葉をかけることもある」


 まさに貧困ビジネス業者による“人さらい”とでもいうべきものだが、それほどに貧困ビジネスは旨味があるということだろう。

 だがこうした貧困ビジネス以上に問題なのは行政の対応だ。そもそも生活保護に関しては、本当に貧困に喘ぐ人たちにまで行政が難癖をつけて受給させない“水際作戦”を展開している。しかし30代で十分働ける状況にあった長田氏の申請はすんなり通ってしまった。


ユニティーの和合秀典社長は事前に長田氏に対し「100%受かるよ」と太鼓判まで押していたというが、それに関し興味深いエピソードが記されている。


 それはユニティーが貧困ビジネスをスタートさせた2000年の頃のことだった。
「その頃は、役所の対応が今とはまったく違い、戸田市市役所の福祉課へホームレスを連れて行っても、なかなか申請を受け付けてもらえなかったという。

そこで和合氏が打って出た手段は、同和問題を利用することだった」

 なかなか生活保護の申請が受け付けられないことに業を煮やした社長の和合氏だが、暴力団関係者を通じてB連合という同和団体のN氏と知り合うことになったという。そして和合社長とN氏が共同で実行したのが行政機関への仰天の嫌がらせだった。

「新品の洋服・下着・くつ下を購入して、新宿歌舞伎町に向かい、1万円を渡して、ホームレスから洋服を交換した。
臭いが足りなかったので、大久保で、臭豆腐と言う腐敗した中国の食材とクサヤ・釣りえさのオキアミを入れて、腐敗させて戸田市福祉課向かった(略)効果はてき面、N氏の圧力と共に、その日、生活保護が認められるようになった」


 貧困ビジネスを成功させるため同和団体を名乗る人物と一緒に嫌がらせを行い、行政に圧力をかけた和合社長。その作戦は大成功をおさめ、味をしめた和合社長はその後自ら同和団体の支部長を名乗り、名刺を作った上で何カ所もの役所に乗り込んだ。その名刺は役所では“印籠”のごとく効果的で、以降ユニティー入居者の生活保護申請は難なく通るようになったという。


 こうした行政の対応やユニティーのピンハネについて疑問を持った長田氏は福祉課の担当者に直撃するも「私共に言われても困ります。問題があるなら警察に相談してください」「保護費を支給した後、それがどうなるのか、そこは私共の責任ではない」という逃げ腰の姿勢だったという。

 長田氏はこれを「まさか、癒着があるのだろうか?」と記しているが、それだけではない。実はユニティーのような貧困ビジネスは行政にとっても渡りに船という事情があったからだ。

「ユニティーのような施設は、ケースワーカーの業務を簡略化させる一面がある。やはり、個別にアパートに住んでいるより、一つの施設でまとまってくれると業務が楽になるのだ。『ユニティーさんのおかげでうちの業務がかなり楽になってますよ!』とケースワーカーからお礼を言われたという職員もいるぐらいだ」


 同和を利用した嫌がらせ、行政の事なかれ主義、そして業務簡略化という様々な面で、行政と貧困ビジネスに“癒着に似た共存関係”があると指摘される。当然、こうした行政の怠慢は貧困ビジネスに搾取される入居者を増加させるものだが、しかし“アパートに住み自立するより搾取されても寮にいたい”という入居者の切なる事情も存在する。


「アパートへ移ったら孤独になることは間違いないが、ここにいれば寮の中に仲の良い酒飲み仲間がいる(略)。もうひとつの利点として、ユニティーにいる高齢者や持病がある者は、寮で生活しれば、すぐ助けを求められることだ(略)。他に行き場もなければ身寄りもないので、致し方なく、ここを選んでいるに違いない」


 長田氏はその後ユニティーを相手取った訴訟にも関わっていくが、政府の貧困への根本的無対応、行政の怠慢と狭間が生んだ貧困ビジネスという“必要悪”。そんな言葉さえ思い浮かんでしまうのが、現在の貧困問題の実像だ。様々な社会の矛盾が集約された貧困ビジネスの現場。安倍政権が打ち出す“国家総動員法”といわれる「1億総活躍」の影で、こうした人々は今後も打ち捨てられていくのだろうか。
林グンマ



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昼間、、眠りすぎたのか、目が覚めてしまいました、。
ネットみてたら、、、、貧困ビジネスの記事があって、。

ホームレスも、生活保護を受けて自立出来たほうが良いけど、。
住む所がなければ、生活保護は申請できないし、、
貧困ビジネスが、上前をはねて、、
500円と三食の御飯の代償に、、働く自由も、やる気も、、、
色々な気力や自由を奪う、、。

必要悪なんだろうけど、。
友達も出来て、助けても貰えて、孤独にはならないで済むけど、。
働くなら、、出てって、、、自立させるのが目的ではなく、
金銭の搾取が目的だからなぁ、。
なんか、、やるせなさを感じる、。
この貧困ビジネス、、なくなれば、無くなったで、
明日は、、死んでるかもしれない人が、、路地裏にあふれるわけで、。

国が、、ホームレスを自立させる支援活動をすればいい話なんだけど、。
行政の人は、そういう末端の人と関わりにはなりたがらない、。
お役所仕事だけしてる、。
本当に生活保護を受けないと死ぬかもしれない人でも、
貧困ビジネスを通してでもなければ、生活保護は受けれない、。

もし、幸運に恵まれて、貧困ビジネスの場所から離れて、、
他の場所に居をかまえれたとしても、、
貧困ビジネスと関わりがなくなれば、
行政は、生活保護の受給資格を差し止めるだろう、。

分かってて、、そうしてるんだもの、。
暗黙の了解なのでしょう、、。
そこが、、ホームレスの面倒を一括してみて、
食事と住居と、病院の世話もしているという事実がある以上は、。

老人ホームの、職員が入居者を虐待して暴行を加えるような状態よりは、
マシ、、人道的に扱われている、という判断なんだろう、。

マリア

<生前退位意向>陛下のお仕事 「公務負担、一身で背負い」

毎日新聞 7月14日(木)22時12分配信

 皇居内での伝統行事や外国要人との面会、各種式典への出席−−。「生前退位」の意向を示されたことが明らかになった天皇陛下が、日ごろこなしている「仕事」は多岐にわたる。外国への親善訪問や被災地の視察など皇居外の活動が注目されがちだが、実はデスクワークも多い。陛下を間近で見ている宮内庁幹部が「少しでも休みを確保しようとスケジュールをやりくりしているが、難しい」とこぼすほど多忙な日々だ。

【写真特集】天皇皇后両陛下 これまでの歩み

 天皇の仕事はまず、憲法に定められた国事行為がある。「内閣の助言と承認」により行われ、内閣総理大臣や最高裁長官の任命、法律や条約の公布、国会召集、衆議院の解散、栄典などの授与−−などだ。陛下の仕事ぶりは形式的な流れ作業では決してなく、改正した法律の公布に必要な署名をする際には熟読の上で何がどう変わるのかを質問するなど、丁寧に臨んでいるという。

 通常、火曜と金曜に行われる閣議の後は、内閣から届く書類を決裁する。こちらも細かく目を通して署名するのが常。ご静養中も行われており、1年間での署名は約1000件に上る。

 こうした国事行為の他、「国民の象徴」という立場の公務も数多い。例えば、新年の一般参賀、園遊会、全国戦没者追悼式や国民体育大会などの各式典出席や、国賓の歓迎行事、外国親善訪問などだ。式典などで述べる「お言葉」は、自ら推敲(すいこう)する。

 加えて、文化芸術やスポーツ振興のためのコンサートや美術展鑑賞、スポーツ観戦も頻繁だ。各所から寄せられる「ぜひ陛下に来ていただきたい」という願い出を可能な限り受け入れている。早朝や深夜に及ぶこともある宮中祭祀(さいし)は年末年始を中心に毎月さまざまな行事がある。土日祝日も関係なく、スケジュールびっしりというのが実態だ。

 陛下の公務は昭和天皇が70歳代だったころに比べて格段に増えている。国交を樹立した国の増加に伴い、外国賓客らの接遇が倍増し、外国へ赴任する大使の面会などは5倍近くに。地方訪問も2倍以上に増えた。大災害の被災地お見舞いなど、平成になってから新たに積極的に取り組んでいることもある。

 昨年1年間を振り返ると、海外や東京都内・地方訪問は約75回あった。静養をのぞき、国内は15県29市11町を訪問。国事行為を含め、外国賓客や各界功労者、青年海外協力隊などとの面会は約270回に上った。

 陛下は仕事を丁寧にこなすために健康管理を怠らず、規則正しい生活や適度な運動を心がけている。ある宮内庁幹部は「他の誰も代わることのできないことばかり。一身で背負っておられる」と思いやった。【山田奈緒】

最終更新:7月14日(木)23時11分


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天皇の仕事は、、激務で、、大変、。
天皇は、象徴とされていますが、
事実上、陛下は日本の国民(くにたみ)に敬われる王の立場であるとともに、
神道の祭司の頂点、、大祭司にあたるのです、、。

神道の母体であるユダヤ教では、大祭司は世襲制です、。
世襲制ということは、、崩御されるまでは、、、ということです、。
それは、皇室の人間なら、知っていて当たり前のことです、。

大祭司は亡くなってからの継承が基本、、。

命が危ない昔ならともかく、今の時代になって?しかも今更?
と生前退位の報道、、をネットニュースで読んで、疑問に思ってました。

天皇が不例のときは、、摂政を置く、、というのが今までの通例です、。
有名な聖徳太子も、昭和天皇も皇太子時代に、
摂政になったんじゃなかったかな?

代拝が認められない祭儀が多いので、、
年齢が年齢でもあり、天皇から生前退位の意向があったと
N○K 局がスクープ報道しても、、
疑問に思わない人も居たのでしょうけど、。

そりゃあね、。
本当ならば、退位されて、ゆっくりされたほうが、
良いと人は思うでしょうけど、。

でもね、それが、ただのデマで、、、
天皇陛下自身は、、神様に誠心誠意お仕えし、国の安泰、
国民の幸福を祈り願う生き方自体に、生きがいを感じていたら?

生きがいを取り上げられたら、逆に、、。
定年まで働きまくって、
がっくりして具合悪くなったという人が昔いたみたいに、。
なってしまうかもです、。

ちなみに、、英国のエリザベス女王は4月21日が満90歳の誕生日。
在位は64年を超え、歴代国王の最長記録を更新中。

父親(ジョージ5世)が急死し、25歳で女王となったエリザベスは
「英国民のために自分の生涯をささげます」と誓った。
生涯、、なので、、生きている間に退位するのは、
自分の任務を途中で放棄することなので、、ありえない。

女王と同じことを、天皇陛下が思ってないと、誰が言えるのでしょう?
ご本人の口から、正式な表明、公式な文書での公示がない限り、
眉唾だと思っておいたほうがよいです、。

宮内庁の山本信一郎次長は、
天皇陛下が生前退位の意向を示されたとされたとする報道について
「報道があったことは承知しているが、そのような事実は一切ない」と
即刻、否定しています、。

かつて平安時代には生前退位が慣例でした、。

でもそれは、命を狙われたからで、、
皇太子に天皇の地位を譲り、政治的に実権を握る政治体制をとって、、
「院政」を行っていました、。
つまりは、形だけの生前退位でした、。

みな、天皇となった人の多くは、終身するまでは、、
天皇で居ることを望んでいた人が多かったという
過去の事実があります、。

彼らは、、上皇と天皇と別れて争ったりしましたが
権力の保持だけで、それをしていたでしょうか、。
神様に仕える神官、神様から祝福を受ける人でいたい、
という部分があったのではないか、、と思います、。

宮内庁は「報道された事実は一切ない」と
朝○新聞などに述べていたそうですが、
なぜ、、N○K に対して、それを言わなかったのか?
なぜ、すぐに宮内庁が報道を否定する記者会見をしたのか、。

突っ込みどころ満載です、。

天皇は、、国の「安定と継続性」のシンボルで、、
国民から愛されているわけですから、御健勝でないといけないわけで、、
お隠れになること以外での譲位は、、
国民が不安になるだけではないでしょうか、。

陛下は、ずっと「日本国と日本国民統合の象徴」として過ごされてきました。
誰と会うのでも何を話すのでも、、気を使って話されてきておいででした、。
なのに、、側仕えしているからといって、、
未来のことにしても、世界中に影響するようなことを、漏らすでしょうか?
あり得ないのでは??

退位しなくても、、激務を減らす方法として、
皇太子による摂政をおくことがみとめられているのですから、、。

N○Kに関して、。


N○K職員の平均給与は年1200万円、
諸手当込みでなんと1800万円。 政令指定都市の市長とほぼ同水準だって、。

で、受信料の徴収員は、一ヶ月一件契約取ると15万プラス歩合、。

とりあえず、どんな手を使ってもいいから契約してきたら、
15万払ってやるぞってこと?
1件もとれなかったから無収入?

契約取れなくても最低賃金は払う、
契約取った人はそれプラズ歩合とかなら、
わかるけどね、。 

だから、大声で名前呼んだり、
ドアを叩いて脅したりする徴収員がいるのね、。

あほくさ、。良い放送作るためじゃなく、懐肥やすために集金してるんか?
衛星放送の受信料、どうやって払うのやめようかな。

N○Kなんてというか、、テレビのニュース番組とか自体、見てないしな、。
パソコンで、ネットで、情報修習は事足りてしまう、。
ヤクザのような契約のやり方を奨励してるんじゃ、。
契約者をお客とは思ってないよねぇ、。
もし、そうだと、、平気で騙すし、踏んづけるかもねぇ。

ある人は犬○Kって言ってた、、さて?どこの国の犬なんでしょうか?
少なくても、反日組織でしょうね、。
日本人を同胞と思うなら、、強引にお金集めることを奨励しないもん、。


マリア



ローマ法王、中絶女性に「許し」を 神父らに呼びかけ

アテネ=山尾有紀恵
2015年9月2日01時54分

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 ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は1日、今年12月に始まるカトリックの重要行事「いつくしみの特別聖年」に向けた書簡の中で、カトリックが禁止する妊娠中絶を悔い改めようとする女性信者らに対し、「許し」を与える裁量を神父らに認めると表明した。
 
法王は、「心に傷を持つ多くの女性に会ってきた」として、中絶を決断した女性はそれ以外に選択肢がないと追い詰められ、苦しんでいると指摘。中絶は罪であるとのカトリックの立場を改めて示しながらも、「神の許しは、悔い改める者を否定しない」として、神父らに対し、自らの考えに理解を求めた。
 
聖年は、神に罪の許しを請う通年行事で、原則として25年ごとにある。今回の特別聖年は、教会の近代化を目指した第2バチカン公会議の終了から半世紀を記念し、法王が呼びかけた。
 
法王はこれまでにも、中絶や同性愛について、「教会は、心狭い取り決めにこだわるべきではない」などと述べ、カトリックが禁止の立場をとる事柄について、柔軟な姿勢を示している。(アテネ=山尾有紀恵)


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今まででも、、心から悔いてて、涙を流す信徒には、
ゆるしは与えられてきてると思う、。
中絶や同性愛について、、、
それらは、、心狭い取り決めではないと思うよ、。

中絶は、、聖書に明確に書かれていない、。
それは、子を産むことは、当たり前のことだから、
産まない場合が、書かれていないというだけで、。

知恵の書
12:5 無慈悲にも子を殺す者、/血をすすり人肉や内臓を食べる宴を開く者、/踊り狂う秘密の教団に入門し、


自分の子を殺すものは無慈悲だと書いてある、。
意図しての中絶は、、人殺しに相応する、、。

生活が苦しく、、産んであげれないというなら、避妊すれば良かった、。
避妊もせずに、、出来たから、邪魔だからといって
殺すのは無慈悲でしか無い、。

自分自身が、この世で生きているのは、、
親が生かしてくれたから、ではないのか?
なぜ、自分が生かされているのに、、
自分の子は平気で殺そうとするのか?
自分の子だから、、自分の好きにして、良いとでも言うのだろうか、。

その子の生命は、、
神様から贈られたプレゼントだというのに、。

子をうとんで、望んで中絶をした人でもないなら、、
生きている人として子を産んであげれなかったことは辛い、
と思う、。

私自身、、子を一人、2003年、、13年前、に流産しています、。
3人目の赤ちゃんを四ヶ月で奇形の疑いありの判断を受け、
流産して多量出血し、中絶の処置を受けたことがあるけれど、
とても悲しかった、。

女医さんから、、
流産です、。残りを処置します。
最も、この世で冷たい言葉に思えた、。

意図してではない、。私が思い悩みすぎたため、、
私の子が私のストレスによる負荷に耐え切れなかったのでしょう、。

生きた状態で産めなかったこと、、泣いて謝ったけど、。
私の優ちゃんが、生き返るわけじゃない、。

たった一度しか、自分の肉体には入れないというのに、。
そのたった一度のチャンスを詰んでしまったのは、、
母である私のせい、。

そう思うと、、止めどなく涙がこぼれてきてた。
産んであげたかった、、。逝くとき、、苦しくなかった、、。
無理矢理にだされたんだもの、。痛かったでしょう、、、。
ごめんね、、。ごめんね、、、と何度も謝った、。

名前を、優ちゃん、と名付けるまで、10年もかかった、。
生きている子以上に、失った子のことは、、不憫に思う、。

望んでいたわけではない中絶は、、とても悲しい、。
昨日まで一緒に居たのに、、今日は居ない、、のだから、。
誰に言われなくたって、、、産めなかった自分を責めた、。
夢であればいいのに、。と何度思ったか、。

子供が産まれてないから、産まれて、すぐ逝ってしまったから、
思い出が無いから悲しくないでしょ、、と言われたりした、。
慰めてくれたつもりなんだろうけど、逆に辛くなった、。

でも、、優ちゃんが、心配な顔をしながら、、
じっと見てきて、、ママのせいじゃないよ、泣かないで、、
という思いが伝わってきて、。

失った自分の子に泣かないで、笑って、、と、、
慰め、、励まされてしまった、。
子供は、、母親が悲しい顔をしてるのは嫌なのね、。

私が、抱きしめて慰めて赦しを請わないといけなかったのに、
私の優ちゃんは、、、私に、、逆のことをしてくれました、。
私が、嘆いて、自分を責めて心から血を流していたから、、
それを感じ取って、、愛してゆるしてくれたんです。

もし、私が心に何の痛みもなく、苦しみもなく、。
ただ、疎ましいとだけ思って、中絶をしていたら、、
赦されたり癒やされたとは思えません。

優ちゃんだけではなく、父さまからも、
痛い目をみさせられていたことでしょうね、。

スウェデンボルグなどを初め、、霊能がある人が出合った、、
霊界の人たちというのは、、霊界の高い世界に住む霊の人たち、、、
人類初期の、、現代よりもはるかに、原罪の汚れを知らない人々、、。

霊界は心の世界。
霊界は、、自分の心がそのまま、反映する世界。
ある特定の教えを信じないなら地獄に落ちるなどというのは真っ赤な大ウソ。

正しくは、、見えざる大いなる存在に対して、
感謝する信仰心を持たないなら、地獄に行く、、と
いうのが、、正しい、。

無神論、、無信仰で自分勝手に生きれば、、地獄へいくのが普通、。

生まれて来れず、、すぐに霊界に旅だった子らは、、天使のように、
清いまま、神様の元へ戻った清らかな魂、。
ただ、、、人としての経験が殆ど無く薄いので、
人の奥深い心までは理解が出来ない、。

産むことを望んでいても、何らかの肉体的な原因、事情などができ、
産むことを願いながらも、産めれなかった場合などは、、
肉親を、慕い愛すること、ゆるすことは、
もともとの霊の本質が善であるため、出来る子もいるけれど、、、、

親から、疎まれ憎まれ中絶された子は、、
親を憎んで、恨んで祟るという場合もある、。

同性愛は、子を生み出す行為ではないのだから、
父さまが、罪である、としている、。
中絶は無慈悲な行為であり、人殺しです、。

合法のような思考を持たせてはいけない、。
倫理観、道徳心を低めるような指導をしてはいけない、。

知らず知らず、、霊的に堕落することになるから、、
聖書の御言葉に人道的観念からにしても、
父さまに、言い逆らうことになるので、やめましょう、。

同性愛も、中絶も罪です。
悔い改めなければ赦されない大罪です、。
悔いていれば、、強く心痛んで苦しんでたならば、、
父さまご自身とイエス様は、、
ほったらかしたりせずに、安らぎと赦しをお与えになる、。

思い悩んで苦しんでた私のことを、、
父さまも、イエス様も、優ちゃんまでも、
ほっとかなかったもの、、、。


だからね、、あえてきつい言い方をしますけれど、、
人風情がわざわざ罪人に赦しを与えずとも、よいのです、。
もともと、罪をゆるす権威は、誰のものなのか?
よく考えましょう、。

悔いた羊に、赦しは与えられるものであって、
人が免罪符のように、、乱発すればいいというものではないです、。
人には、その人が本心から悔い改めているのかどうかまでは、
わからないのだから、。

免罪符を用いて、お金を集めたのが、かつてのカトリック、。
現代では、、似たような、、赦しの権威を用いて、
人心を集めようとしているのでしょうか?

どうぞ、、信仰による、私の家族よ、。愛する友よ、。兄弟よ、。
父に言い逆らわないで下さい、。
聖書に御言葉に正しく立って下さい、。

過去のカトリックは、、
そうする努力をし続けてきたではありませんか、。
今になって、、御言葉に言い逆らい堕落の道を選ぶのですか?

御父よ、、どうぞ、、憐れんで下さい、。
霊の目を開かせ気づかせてて下さい、。


優ちゃん、。
ずっと忘れないからね、。あなたは、大切な我が子、。

ママの心の中に、あなたのおねえちゃんと、
おにいちゃんの中にも、、、あなたは、今も共に生きている、、。

しずく、、という甘えん坊の弟分が出来たよ、。
ベルは、妹分、、かな、。ベルも甘えん坊よ、。
みんな、、あなたの家族、だからね。

マグダラのマリア


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