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書庫日ユ同祖論

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日ユ同祖の記事、。

アッシリア滅亡後は解放され自由になったはずの、
イスラエル10氏族、、消えたままです、。
どこへ???となるのが普通で、。

遺伝子による検証
    http://blog.livedoor.jp/yaguchi16/archives/53029197.html

今の多くの白人系ユダヤ人ではなく、
オリエンタル・ユダヤ人が、日本人の祖先で あると思っています。

日本とユダヤの生活様式が酷似していること、、
日本人とユダヤ人だけが、体を洗ってからお風呂に入ります。

わさび(聖書で言う苦菜)を食べます、。
穢れを払うために、塩をまく風習がある。

イスラエルの過越祭は全部で7日間と規定されていて、
日本の正月の期間と同じ。

祭儀の酷似、、。
アーク(聖櫃)と日本の神輿が似ている、。
伊勢神宮がエルサレム神殿に似ている、。
伊勢神宮の灯籠にダビデの紋章である六芒星が描かれていること。

山伏の法螺貝がユダヤ人が祭りの際に用いるショーファー(角笛)に似ている。

鳥居、、ヘブライ語で門を意味する言葉は、トリイ
出エジプト記にある、玄関口の二本の柱と鴨居に羊の血を塗った故事が、鳥居の発祥の由来。
さい銭箱も、、イスラエルと日本にしか存在しない。

古代ソロモン神殿の前には、
ダビデの象徴であるライオンの像が安置されていた、。

日本の神社にも、、狛犬(獅子)が安置されているし、
お正月には、獅子舞があります。
これは、、ダビデが神様の御前で踊った故事に倣っている神事。

レビ族は、みな白い服装、、そで口には「リンネ」と呼ばれる房が付いていた。イスラエルのラビである人が、初めて日本の宮司の服装を見たとき、自分の国の神官の服装と同じだと感動したそうです。

ヘブライ語学者の左近博士が三種の神器のひとつである「八咫の鏡」の文字を解読するために宮中に呼ばれ、
  「わたしは“わたしはある”という者である」と読めたと話したそうです、。

私はある、、は父さま自身のことを指す言葉です、。

    聖書的な漢字
    http://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/38876886.html

    後、ヘブライ語とカタカナの形の酷似、
    民謡をヘブライ語で読むと、
    http://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/40586386.html

    君が代、、へブライ語だと、(記事の下の部分を参照ください)
    http://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/39442348.html

    私が書いた、イスラエル関連の記事へのリンクです。
    http://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sk=0&sv=%A5%A4%A5%B9%A5%E9%A5%A8%A5%EB&p=2

一神教のユダヤ教に対して日本神道は、多神教であるから違うものである?

    ユダヤ教の聖典は現代の旧約聖書です、。

 創世記
1:26 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

3:22 主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」

11:7 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」


    我々、と複数形です、。

 父、子、聖霊、、の三位一体の神様ですから、
 複数でもある、、、のですけれども、、。

人間いろんな個性がある人がいますよね、。
何百億、何千億もの人、、人間の数の分の人格、。
有史始まっていらいの、全部の人間の数、合わせたら、、
どれだけ多いのでしょうね、。

それだけの数の霊を、人に個性という形で、、
違う霊を与えることができる神様は、、
間違いなく、無限の霊と神性をお持ちであるお方、。

すべてを生み出された神様は、
すべての霊質、神性を宿しておいでであるので、
すべての被造物の御親であり、すべてのものの霊の命を有するお方です、。

その色々な霊の命の働き、神性を、
日の神、水の神、土の神、穀物の神、
という表現をし理解しやすくしたものが、日本神道であると思っています、。

人が理解しやすいように、○○の神様、と
名付けたほうが、人は祈りやすいし、親しみを持ちます、。
   

日本神道では、だいたい、、、3柱の神様を一緒にしてまつります、。
なぜ、一柱で、まつらないのでしょうね?

天地開闢の際、高天原に造化の三神が、
独神(ひとりがみ 男女の性別が無い神)として成って、
そのまま身を隠したからといわれています。

身を隠す、、という言葉は、天皇が崩御した時に使う言葉と同じです、。
天皇が亡くなると、崩御、もしくはお隠れになった、と言います。

神道の天地創造の神様は、隠れた神、
つまりは死んだ神という意味になります。
縁起悪いでしょ?
天地創造の神様が死んだっていう意味の言葉ですから、。

それを、原始キリスト教が起源だとするなら、
イエスさまは死んでよみがえられた神様、
死んだままではなく、よみがえっておいでなのだから、
死んだ神様でも、つじつまが合うわけです、。

  
また、、神道では、神様を数える時に、、
一柱、二柱、三柱、、と数えます、。
柱、という字は、、木と主という二つの字があわさっていますよね、。

木に架けられた主なる神様というのは、
イエスさまのことを意味しているのですね、。

柱という字一つで、イエスさまのこと、
天地創造の神様のことを指しているわけです、。


神道と、イエスさま、、似ている部分多いでしょう?

ユダヤ教は一神教ですけれど、
それは、人の考えで分類しただけで、

実際は、父なる神様は、父子、聖霊なる、
三つのペルソナ(位階)をおもちですし、
多くの霊性を宿しておられることから、

単一、、という単純な霊性、神性ではないので、、
数多くの霊性、神性がおありである、
つまりは多神性を有する、と考えられます、。

マグダラのマリア

蘇民将来

イメージ 1

伊勢・志摩の地を歩くと、家の軒先に『蘇民将来子孫家門戸☆(そみんしょうらいしそんけもんと)五芒星』と書いた御札が玄関に貼られたり、しめ縄にー年中吊り下がっています。

お正月になると、しめ縄と蘇民将来札は新調されます。

蘇民将来伝説とは
根の国(根の国は死者の住まう国、牛頭天王の場合では、北海の地にに住んでいた牛頭天王が南の海の龍王の娘を娶ろうとして、南海の国へ旅に出掛けたことになっています。)に行こうとしての旅の途中の武塔神(むとうしん、又は武塔天神、むとうてんしん、又は牛頭天王とも言われています。)が暴風雨にあい一夜の宿をとろうと探したところ、二軒の家の前を通りかかった。

ー軒の家はみるからに貧乏で、ー軒の家は屋敷にはたくさんの倉が建ち裕福そうだった。
そこで貧しい者のもとへ行き、余計な負担をかけることもあるまいと、武塔神は裕福な兄巨旦(こたん)将来の家を選び、ー夜の宿を乞いに行った。(兄と弟が逆転している伝承もあります。)

ところが裕福だった兄巨旦将来は旅人(武塔神)の貧しいなりを見てー夜の宿を貸すことを拒否した。

武塔神は、巨旦に拒否されて、今度は弟蘇民(そみん)将来のもとへー夜の宿を乞いに行った。

貧乏だった弟蘇民将来は喜んでー夜の宿を貸すことを快諾し、出来うる限りのものを以て武塔神をもてなした。

翌日そこから旅立って、後日、七年後、八年目に根の国から八柱の子神を率いて、蘇民のもとへ再訪した武塔神は、兄巨旦に報復しようとする。

その時に弟蘇民に武塔神は尋ねた。
『お前の子孫の内、兄巨旦将来の家にいる者は誰かいるか?』と

そこで蘇民が
『私の娘の頗梨采女(はりさいじょ)が兄巨旦の妻となっています。』と答えると、
『お前の娘の腰に茅の輪(ちのわ)を護符として付けさせよ。』と武塔神は言った。

蘇民が、その通りにすると、武塔神は、腰に茅の輪を付けた蘇民の娘を除いて、巨旦一家を全滅させ、蘇民に、
『私は素戔嗚尊(すさのおのみこと)である。
蘇民将来の子孫であると言って、お前の家族一同は茅の輪を造り、それを護符として腰から吊り下げよ。そうすれば疫や病から免れることが出来、また必ず良きことがあろう。』と蘇民に教えた。

これは正月に神社で行なわれる、茅の輪を八の字にくぐって回るとその一年間無病息災であると言われる茅の輪神事と呼ばれるものの由来です。
近畿地方を中心に備後風土記をはじめ各地に同様の伝承があります。

蘇民祭と呼ばれ、
五穀豊穰、家内安全を祈願する祭りで祭神は蘇民将来です。

始めの頃は泥柳の木を六角錐形に切り出し、木の各面に二字ずつ、「大福」「長者」「蘇民」「将来」「子孫」「人也」と記したもので、これを蘇民将来符といいます。

簡略化したものは泥柳の木札に蘇民将来子孫人也(この人は蘇民将来の子孫なり)と書いて、携行したり、家の門戸に貼り付けていたようですが、後には紙や他の木札に蘇民将来子孫と書いたものを家の玄関先に貼りつけたり、吊り下げて魔除け、疫病除けとしています。

六芒星はダビデの星と呼ばれ、五芒星に対して大宇宙を意味し、五芒星と呼応するものです。

ところで、蘇民将来の話。
出エジプト記の中の過越の故事に酷似していませんか??
神の加護の約束を受けた者が、その印、証しとなるものを軒先に吊るすことですから。

また腰に証しの徴をつけるということは、聖書的に言えば特別な意味があります。それまで書くと長くなるので、次の機会に。

聖書で八の数は救いが完了した事を示す数です。(ノアの家族は全部で八人でした。)不完全な部分がある時、また1(最初)からやり直すのです。

蘇民将来の名前には秘密があります。
この民が将来蘇るという言霊が込めてあるのです。

蘇るを蘓ると記しているところもあります。くさかんむり+禾+魚で蘇の別体、読みは同じで、よみがえるです。
伊勢の伊勢の字は元は伊蘓と表記され、伊蘓の国宮として倭姫が造営した遺跡を磯神社としていました。

今の磯神社は三重県伊勢市磯町にあります。でも、この磯神社は以前は、違うところにあったものだそうです。

磯. 式内社・郷社磯神社:宮川下流左岸、伊勢市磯町にある。垂仁天皇御世25年創建と伝えられている。
皇家斎宮巫女倭姫が御巡幸し伊蘓宮(いそのみや)・磯宮(いそみや)と名づけ定めた地で元伊勢とされていますが、伊勢神宮の配下百二十五社に所属する神社ではないそうです。伊蘓の名は、磯の訛ったものとする説があります。

磯神社の祭神
天照皇大神 アマテラスオオカミ 太陽神。
豐受姫神 トヨウケヒメノカミ 天照皇大神の食事係り。
木花佐久夜姫神 コノハナサクヤヒメガミ。
宇都志國玉神 ウツシクニダマノカミ 大國主神オオクニヌシの別名、素戔嗚尊が、この名を娘の須勢理比売スセリヒメを正妻にすることと共に与えた。
菊里姫神 白山のキクリヒメガミ ククリヒメともいう。天照皇大神の乳母。
大山津見神 オオヤマツミノカミ 木花佐久夜姫神の父神。

[此れを伊蘇宮、亦磯宮と稱す。 然して皇大神は宇治郷内宮に御鎮座ありし後も、その行宮の遺跡を磯神社と唱へて延喜式神名帳官社の列に入れらるる。]

日本語で伊蘓の伊はイタリア、つまりはローマを意味しますね。

イタリアの蘓った神様は??さてそれはどなたでしょう?蘓るためには死んで墓にー度入らなければなりません。

ちなみに伊勢の最高神は太陽神天照皇大神。
皇室と神道の最高守護神です。

この神が岩戸に隠れてしまった時、世界中から光が消え闇に包まれてしまい、困った神々は、榊の木にかけた鏡に、この神の姿が映るようにし男神から女神へと陰と陽を反転させ本来の男神として力を時がくるまで封じ、伊勢の地に閉じこめた。

再び鏡を用いて太陽神天照皇大神が男神として目覚めるまで。

伊勢神宮では天照皇大神は通例女神であるはずなのに用意する衣類調度品類は男性用なのだとか…。

神道では二柱の神を祀る場合、夫婦で祀るので仕えている豐受姫神は女神、ならば天照皇大神が男神でもおかしくないのですが…謎ですね。


マグダラのマリア

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