Maiko's attic diary in The US

まいづー、ついにUSAへ。 ただいま日本語教師インターン中

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    今回の人物は、閉幕したばかりのウインブルドン男子テニスで、初優勝したイギリス人選手、Andy Murrayです。実は、以前から、この人物を紹介したかったのですが、今回のウインブルドンを制したという事で、満を持しての登場となります。
 
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  2013年7月7日、ウインブルドンテニス選手権最終日、多くの観客が、Murray選手に注目していました。
対戦相手は、世界ランキング1位のジョコビッチ(セルビア)。試合時間は約三時間に及び、第三セットでは、実に4回のファイナルチャンスを経て、Murrayは優勝しました。この快挙は、ウインブルドンテニス大会が始まって以来(1877年)、77年ぶりのイギリス代表選手の優勝という事になります。7月7日の77年ぶりの優勝。この7が四つ続く、縁起のよさに、私も思わず感激してしまいました。
 イギリスの各紙は、競って、Murray選手の吉報を伝えています。
 そこで、今回の主人公であるAndy Murray選手について触れましょう。
 昨年、イギリスに渡って以来、彼の活躍が、マスコミ等でクローズアップされ始め、私もいつの間にか彼を応援するようになっていました。
 昨年2012年のウインブルドンでは、Murray選手をHomeのテレビを通して応援していました。この時のライバルはスイスのRoger Federer。この年も、76年ぶりの優勝を狙いましたが、惜しくも敗れてしまいました。
 そんなMurray選手は、スコットランド出身。そう言えば、昨年の選手権も今年も、会場には、ユニオンジャックに負けず、スコットランドの旗があふれていましたよ。
 Murray選手は3才の頃から、母親の手ほどきを受け、テニスを始めたという事です。
 ウインブルドン選手権でのデビューは2005年。これ以降、四大大会では、ベスト4以内に入るほどの実力を付け始めました。
 昨年のウインブルドンでは、惜しくも準優勝でしたが、この年のロンドンオリンピック男子シングルスにて優勝(こちらも実に104年ぶり)、また全米オープンでも、優勝を果たしています。
 そして、こちらも一年越しにはなりましたが、しかし、たったの一年で、イギリス国民待望のウインブルドン大会での優勝を果たしました。
 この時には、Murray選手の母親、恋人、キャメロン首相も応援に駆けつけていました。
 彼が優勝を決めたとき、多くのイギリス国民が歓喜に沸きました。
 77年ぶりにイギリス人として優勝したAndy Murray選手。ウインブルドンのウォールにも名前が刻まれました。これ以降、イギリスの偉大なる人物として、名前が語り継がれていくのでしょう。そして、ウインブルドン以降の大会においても、注目されることは、間違いないでしょう。
   16回目の人物は、ブリジット・ジョーンズです。ご存知だとは思いますが、彼女は架空の人物です。
 ヘレン・フィールディングという女流作家が生み出した女性です。
 2001年に映画化され、日本でも話題になりましたね。
 今回、たまたま住み込み先のFlatのラウンジに、こちらのDVDが置いてあり、また、ロンドンが舞台で、リアルなイギリスの日常を描写していると、旅行の本にも書かれていたので、初めて見ました。
 実際にその通りでした。私は基本的に、ファンタジー映画が好きなのですが、ロンドンでのクリスマスの光景から、始まるこの映画に見入ってしまいました。
 というのも、まさにわたしが、この一年間経験してきた、リアルなイギリスの生活シーンが描かれていたからです。
 例えば、冒頭で、両親と共にクリスマスを過ごすブリジットが、クリスマスクラッカーの中に入っているクラウンをかぶって祝ったり、後にブリジットと結ばれる男性のマークが、トナカイ柄のセーターを着ているところとか、まさしくわたしが、去年、経験したクリスマスの風景と重なります。
 また、ブリジットが独身の30台女性というのも親近感を感じます。(私も30代なので…)そして、小さなFlatに住んでいるところ、買い物は、格安スーパーマーケットとして有名なTESCOを利用しているところとか。
 そんなブリジットの物語は、クリスマスから始めた日記の形式でスタートします。
 映画の中で、ブリジットは一回転職をします。一社目の会社は出版社で、二社目は、テレビ局。一社目の会社の上司と後に入社したテレビ局の同僚マークと三角関係になりますが、最終的には、マークと落ち着きます。
 ここで作者のヘレンについて調べてみると、オックスフォード大学卒業、後、BBCに入社とありました。
 ブリジットのテレビ局勤務も、彼女のこんな経歴が生かされているのかも知れません。
 そんなブリジット・ジョーンズの日記ですが、今年2013年に3作目の続編が出版され、それに合わせて、映画も公開されるそうです。
 「ロード・オブ・ザ・リング」と同じように、「ブリジット」ブームも再来しそうで、非常に楽しみです!!
    こちらのシリーズも、長く続いていますね。英国には、偉大なる人物が、何と多いことか。
 今回はイギリスゆかりの女性の人物を二人紹介します。一人は実在の人物、もう一人は、フィクション上の人物ですが、とても、リアリティを感じられる女性です。
 まずは、一人目。恒例のこの人物に関するクイズから、どうぞ。
 
 Who was The Lady with Lamp?
 
 そして、こちらの写真が、このレディに関する、ビック・ベンも見渡せるロンドン某所。
 
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 さらに、このレディに関する建物を、クローズアップ。
 だんだんわかってきましたか?
 
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 答えは…
 Florence Nightingale (フローレンス・ナイチンゲール)
でした!!
 
 フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)。享年90。
「白衣の天使」または、「ランプを抱いた貴婦人」として、日本の伝記でも、よく取り上げられる女性です。
 先に紹介した、ビクトリア女王と同じ時代を生きた人で、ナショナルポートレイトミュージアムの音声ガイドでは、彼女の肉声を聞くことができます。
 上記の建物は、彼女が創設したという、Saint Thomas
という病院です。この病院の前に、フローレンス・ナイチンゲールミュージアムがあります。
 今回、彼女の事をもっと知りたくて、こちらのミュージアムに、足を運びました。
 
 フローレンス・ナイチンゲール。現在のイタリア、フィレンツェ生まれ。フローレンスという名前は、出生地フィレンツェの英語読みだという事です。
 幼いころから、イタリア語、ラテン語等の各種語学教育、数学、地理等の教育も受けました。
 看護師を志し、ロンドンの病院に就職。また現在、彼女のシンボルを作り上げたできごとは、1854年に勃発した、クリミア戦争に、従軍看護婦として赴いた時のことです。この時の彼女は、修道女24名を引き連れていました。
 赴任先のトルコにあるスクタリ病院に到着した時、現地の状況は、彼女が想像していたものより、ひどいものでした。病院には、悪性の感染症が蔓延しており、実は負傷兵は、戦地での傷より、こちらの感染症で亡くなることが多かったのです。
 ナイチンゲールは、病院内の衛生を保つことから始め、この活動によって、病院衛生管理が専門となりました。有名な「ランプの貴婦人」のシンボルを作り上げたのは、赴任の間、負傷兵を欠かさず見舞っていたことに由来します。
 有名なこちらの写真は、1856年、つまり、彼女が36歳の時に撮影されました。
 ナイチンゲールというと、こちらのクリミア戦争での活躍が際立っていますが、実はこの間の出来事は、彼女の長い人生(90年)の間の、たった二年間にすぎなくて、彼女の人生の一握りに過ぎません。
 クリミア戦争終結後、イギリスに帰国した彼女は、ひどくやせていて、それでも、イギリスの国民的英雄になっていました。
 帰国後は、ベッドの上で過ごすことが多く、自宅で、執筆活動をしながら、90歳まで、看護教育に従事したという事です。
   オックスフォードのDon,三人目は、C.Sルイスです。彼は、前回紹介したトールキンの親友であり、大学では、先輩と後輩の関係に当たります。
 トールキンが「指輪物語」を書くとき、ルイスはよく協力したそうです。
 そんな彼の代表作は、「指輪物語」と同じように、ファンタジーの大作として名高い、「ナルニア国物語」です。
 こちらの作品も全7巻の長編で、主人公は、ロンドンに住む、四人の兄弟姉妹。第一次世界大戦下のロンドン、自宅にある洋服ダンスから、架空の国、ナルニアへ召喚され、その国を救うという物語。
 第一作「ライオンと魔女」が出版されたのは、1950年のこと。
 
 そこで、次に作者、ルイスにスポットを当ててみましょう。
 CSルイス。1893年北アイルランド、ベルファスト出身。
オックスフォード大学では、古典語、英文学を専攻、優秀な成績を収めました。
 トールキンと出会ったのは、こちらのMagdalen College。
 
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こちらで、英文学特別研究員を務め、カレッジ散策によって、「ナルニア」のアイディアが生まれました。
 
 また、トールキンとルイスは、こちらのPABで、よく会合をしたという事です。
 
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 ルイスはのちに、ケンブリッジ大学に移り、英文学の教授を勤めています。
 
 そんな、ルイスのナルニアですが、こちらも映画化され、人気は不動のものとなりました。
 
 
 
 
 
   さて、オックスフォード大学の偉大なる二人目のDonは、トールキンです。
 トールキンと言えば、古典ファンタジーの傑作、「指輪物語」を書いた人物として、あまりにも有名です。
 また、この「指輪物語」の誕生によって、古今東西、作られているファンタジーというジャンルが生まれました。
 「指輪物語」と言えば、ファンタジー作品には欠かせない、主な想像上の人物、または生き物が全て登場します、魔法使い、エルフ(妖精)、ドワーフ、ホビット(小人)そして人間が、一つのチームとなり、悪の根源である指輪を破壊するため旅に出る物語。
 物語は、三部作に渡る一大叙事詩です。10年前に映画化され、私も足しげく映画館に通ったものです。
 そんな指輪物語の作者、トールキンですが、どんな人生を送ったのでしょうか。
 
 1892年に南アフリカに生まれたトールキンは、父親の死によって、イングランドのバーミンガムに移住してきました。
 幼いころより、語学の才能があり、4歳の時には、ラテン語の読み書きが出来たということです。
 そんな彼が、オックスフォード大学にて英語の学位を取り、さらには、英語講師の資格をとり、オックスフォードにあるこちらPembroke College に籍を置き、教授として就任したのは、1926年のこと。
 
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こちらのカレッジにて、古典英語の教授として、1945年まで就任しました。
 現在もありますが、一般には公開されていませんでした。
 こちらのカレッジにいる間、処女作「ホビットの冒険」が1935年に出版されました。
 その後、「指輪物語」が書かれ、完結したのは、1948年のこと。この間、約10年かかっています。
 そんな「指輪物語」の評価ですが、1960年代のアメリカの若者たちの間で、一大ムーブメントが起こったそうです。
 現在も高い人気を誇り、(かくいう私も、「指輪物語」第一部を購入しましたよ。)20世紀における最も人気のある小説に選ばれています。
 また、本国イギリスでも、BBCや書店の大手チェーン店が行った世論調査によると、「指輪物語」は、20世紀最も偉大な本として認められているそうです。
 また作者トールキンは、BBCの行った人気投票、「最も偉大な英国人」の92位、出生国南アフリカでは、「最も偉大な南アフリカ人」の35位に選ばれています。
 そして、昨年2012年から今年、来年2014年にかけて、今度は処女作である「ホビットの冒険」の映画が公開されます。
 こちらは、第一部のDVD化記念のポスター。
 
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 10年前と同じように、また新たなトールキンブームが訪れて、非常にわくわくしています!!
 
 
 

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