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《2018/05/13 放送  NHK BSプレミアム 西郷どん 第18回》


◆薩摩藩に搾取される奄美大島島民

描かれていた奄美大島島民の暮らしぶりが、私にハワイ日本人移民を想起させました。
日本人が移民として初めてハワイに渡ったのは1867年。
物語は1858〜1859年当時の奄美大島ですから、「元年者」と通称された初回ハワイ日本人移民の時期とは、わずか8〜9年しか違わないのです。

明治期のハワイ日本人移民の暮らしは悲惨なもので、サトウキビ畑(プランテーション)で重労働を強いられて懸命に働いても、労働対価として通貨(ドル)は支払われませんでした。
プランテーション内だけで使える商品券(のようなもの)だけ。
そこも奄美と似てました。



◆格差社会

現代日本も格差社会が叫ばれていますが、幕末の日本は現代とは比較にならない超格差社会だったと言えると思います。
幕臣や藩士らの正規武士階級は、永久公務員として生活が保証されています。
その永久公務員の生活を支えていたのは、主に人口の90%以上を占めた農民。
さらには、被差別部落民(穢多・非人)が社会の最下層民として存在しました。

ハワイへ渡ったのは、耕作する田畑さえない農家の次男坊以下の男たちです。
明治期には、沖縄からもハワイへ多くの人が移民として渡っています。
おそらく奄美大島からもハワイへ行ったことでしょう。

沖縄や奄美からハワイへ移住した人たちは、故郷とハワイの暮らしを比較してどう思ったことでしょうか?
「故郷忘じ難し・・・されど、故郷にては食う術なし。」

一見華々しい「明治維新」「文明開化」でありますが、日本の超格差社会は、西郷隆盛をもってしても、大久保利通、伊藤博文をもってしても、一朝にして是正することはできなかった。
そのことは頭の片隅に絶えず記憶し続けなければならないことだと私は思います。

彼ら、維新の元勲たちにしてみれば、日本を帝国主義世界からいかに守るか、それだけで精一杯だったことも事実ではありますが。



◆幽閉か潜伏か

NHKは「西郷は奄美に幽閉された」としておりますが、ちょっと違うと思います。
安政の大獄、幕府の追求から西郷を守るために、薩摩藩は西郷を奄美に逃したのであって、むしろ厚遇です。
現地、奄美大島においては当初は流人(犯罪者)として扱われたかもしれませんが、
それはあくまで一時的なものに過ぎません。
幽閉ではなく潜伏であり、奄美に居る限り西郷が命の危険を感じることはなかったと思います。

西郷には奄美の亜熱帯の美しい海がどのように見えたことでしょうかね・・・



奄美大島
イメージ 1



以上です。






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