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医師・桑山紀彦さんは歌と映像と語りのライブ「地球のステージ」で紛争地や被災地で出会った人々とのふれあいの感動を語り続けています。東ティモール、フィリピン、カンボジア、クロアチア、パレスチナ・・・。紛争に苦しんでいる国や貧困にあえいでいる国々です。そこには、懸命に命を輝かせている子どもたちがいました。心に深い傷を負いながらも、前を向いて歩いている人が大勢いました。 カンボジアで出会ったリエム(14歳)には。地雷で吹き飛ばされてしまったのです。フィリピンの少女・メリージェーン(16歳)。両親は彼女が5歳の時に家を出て行ったまま行方がわかりません。2歳違いの兄と力をあわせ、たった二人で働きながら生きています。激しい暴動が続く東ティモールでは、バルタザール(19歳)とレオ(10歳)に出会いました。二人とも家を焼かれ狭いテントで暮しています。クロアチアでは一人の女性を訪ねました。アリッサ(22歳)は6歳のとき、戦争の恐怖から言葉を失ってしまいました。何とか言葉を取り戻そうと、長い年月をかけて「心のケア」に取り組みました。 酷暑の中沢山の方が来てくださる。桑山紀彦さんの有難う物語は心を打つ素晴らしいものがある。今の日本の平和を永遠にと願いながら映画に見入っていた。 有難う・・・沢山の方が入らして頂いた。Unicef商品も、お買い下さった様だ。半分はUnicefに送られる。私も、可愛い封筒セットや葉書を買い求めた。平和である事に感謝して思いやりの心を持ち続けていたい。 終わりに「アリッサ」は少しずつでは有りますが、言葉を発する事が出来るようになったと先生のお話で心からホッとさせて頂きました。先生は心療内科の先生でもあるようです。 |
平和と輝きを!
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1945年の11時2分の今日、ピカドン!!と長崎でも核爆弾で、多くの犠牲者が出ました。私は永井博士の「長崎の鐘」の映画を若かりし頃何度も観に行き原爆の恐ろしさを知るに至りました。
11時2分広島で黙祷を捧げるvolunteerの方々 |
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午前8時15分黙祷!平和祈念公園から「原爆死没者慰霊式と平和記念式典」が行われた。 今も原爆ドームが、核の惨さを人々に訴い続けている。忘れてはならない。 ルース駐日大使が大統領の支持を得て広島の平和祈念典にアメリカの代表として出席。 潘基分・国連事務総長始めての出席・・・核保有国の英仏も参加、過去最多の74ヵ国が参列した。 平和の象徴の鳩が大空へ飛び立つ!核廃絶は私達の願いだ。 小学6年生(11歳)お二人の澄んだ声が会場に響く。平和になれ過ぎた場所!忘れてはならない・・・と。 |
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2010年平和の集い 秋葉忠利広島市長講演会をANAクラウンプラザホテル神戸10階で行われた
開会の挨拶の後、虹の会のメンバーの方との反戦歌!『1本の鉛筆』を700人の会場の皆さんで合唱した。何っては美空ひばりさんも歌ったそうだが・・・素晴らしい歌・・・素敵な詩.8月6日は、何が起こったかと! 見渡せば沢山の方がぎっしると会場をうめていた。一人、一人に冷たい水がテーブルに置かれていた。素晴らしい秋葉市長の話に耳を傾ける。専門家任せでは無く、市民が主体でなければと力説された。 ビデオを鑑賞していたら、私たちの手作りの垂れ幕にアメリカの少年が核反対のメッセージのサインを認めていた。感激!嬉しくなってパチリと撮ってみたが。又被爆され、今も苦しんでいる男性の短い語り口には、被爆者として認めて貰えない状態を訴えていて、胸をうたれた。どうにかして、あげらてたらと。 |
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『核なき世界』をまざし、5月3日から米ニューヨークで開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせ、私達神戸コープ平和委員で作成した横断幕がNYから帰って来た。手書きで書き込まれたサインが嬉しい〜。英語で書き込まれていたサインは核廃絶を共感した市民の心が見受けられた。
千葉孝子さんは、芦屋原水協、芦屋原爆被害者の会の会長、常任理事と言う肩書きだが、ご本人自信も被爆され、子々孫々まで受け継がれる忌まわしい原爆症に脅えていられる。このたびNYであらゆる所に足を運び「核廃絶を訴えてこられた。爆心地から2,5キロ離れた広島市内の自宅で被爆されたという。発熱、貧血に悩み結婚9年目に子供を授かったが流産され、その後3人のお子さんに恵まれた。子供が病気に為るたびに「被爆のせいでは」と思い何十年も残る、後遺症には恐ろしいと語る。
戦争から平和への願いをTシャツに込めて着用されたグループもいました。 |


