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  あなたを待てば 雨が降る・・・で始まるフランク永井さんの「有楽町で逢いましょう」は、百貨店「有楽町そごう」のイメージソングだった。1957(昭和32)年の開店日には雨の中を、30万人もの客が押し寄せたといわれる

いまの有楽町にそごうはないが、デパートの看板が街のイメージと結びついた時代が確かにあった。神戸・三宮のそごうもそうだろう。「三宮といえばそごう」だった

◆その名もいよいよ、あと1年らしい。そごう神戸店の名称が来年10月1日をもって、「神戸阪急」に変わると発表された。現在地に店を構えて満86年での再出発となる

◆長らく親しんだ名が消えゆくことに寂しさを隠せない。ただ、看板ひとつで店はもちろん街の印象までがらりとかわることがある。プラスと見込んでの決断なのだろう
店の歩みを紙面で読む。大水害があり、空襲があり、そして大震災・・・とずいぶん苦労した。それでもやはり駅前の顔である。「三宮で逢いましょう」といつも夢を語り、街を元気づける存在だったと思う

◆「まだ少年だった頃、デパートという言葉にはこの上もなく甘美な響きがあった」と、作家の原田宗典さんは書いている。「そごう」の看板を、胸をときめかせて見上げた遠い昔を思い出す。

※私も、山陽電車降りて直ぐに地下のにある「そごう百貨店」前で待ち合わせしていた。此処だと間違いがない!ゆっくり買い物を楽しみ屋上に上がる途中で食事していた。楽しかった若かりし頃の想い出だ。そごう、高島屋、三越と三宮は賑わっていた。『ゆく河の流れは絶えずして、もとの水にあらず』・・・
来年10月1日から、「神戸阪急」となる。それまで「そごう」に行って見よう〜
寂しさ一入だ。



正平調から。

    サザンオールスターズに沖縄の心を歌った曲がある。
《この国が平和だと誰が決めたの? 人も涙も渇かぬうちに/アメリカの傘の下 夢も見ました/ 民を見捨てた戦争(いくさ)の果てに・・・

◆題名を「平和の琉科」という。桑田佳祐さんによる詞と曲、沖縄では地元の女性ボーカルグループ「ネーネーズ」が方言の歌詞を加えて歌っている。
《情け知らさな くぬ島ぬ(島の心を知ってもらおう)・・・

◆歌にあるように、いまは多くの日本人が平和を感じている。しかしその陰で重い基地負担を背負わされ、沖縄が泣いていることを忘れてはいまいか。そう問い続けた人だろう。沖縄県の翁長雄志知事(おながたけし)が急逝した

◆まだ67歳。「辺野古移設反対」の旗を掲げ、安倍政権に一歩たりとも
ひこうとしなかった気骨の人なのに病魔は残酷だ。心労もいかばかりだったか。われ亡き後の沖縄を、誰よりも気にかけての旅立ちに違いない

◆「国民の皆さま」と翁長さんは呼びかけている。「沖縄の基地の現状や日米安全保障の体制のあり方について、真摯に考えていただきたいと願っています」。ことし6月、「慰霊の日」の式典に述べた言葉である

◆無関心でいてほしくない、と命の限り声を振りしぼり、発せられた最後のメッセージ。忘れないでいただきたい。

※ 翁長知事のご活躍を常に新聞テレビ等で拝見ていました、心からお悔やみを申し上げています。沖縄での事は絶対に忘れません。

神戸市東灘区の地名、住吉から始まるその一首には、深い絶望感が漂っている。<住よしといふも名のみか荒れはて>家もあとなき河原とそなる>

◆1938(昭和13)年の阪神大水害から1年後に編まれた歌集「水禍一周年」に収められている。7月3日から5日迄、神戸・阪神間に降り注いだ末曽有の大雨は川をあふれさせ、街は濁流と土砂にのまれた

死者、行方不明者は約700人に及ぶ。<掘り出すなきから見れは母と子か手をとりあへるに泣かぬ人なし>。または<あはれさの限りにもあるか父母の行方たつねて泣き叫ふ子の>。まさに、地獄であったろう

◆地元の自冶体や国などでつくる「阪神大水害80年行事実行委員会」が体験談のほか、写真など史料を募っていると、本紙に載っていた。あの時小学生だった人たちはいま、80代の後半から90代になっている

<あはれ我袖さへいまたかわかぬにはや一年はめくり来にけり>。1年どころか、80年をへても乾かぬ涙がある。めぐりくる水災忌のたびに、いとしい面影をまぶたに浮かべ、袖をぬらしていり方もおられよう

大水害には限らない。恐らくはこの国土のどこにだって、大雨によるつらく悲しい記憶は残る。伝えていきたい。未来に同じ涙が流れぬように。

※ 私は、1936(昭和11)年生まれ。大水害が遭った時は、2歳でお婆ちゃんに抱かれていたのを想いだす。我が家は高台にあったと思う。石段を上った我が家で濁流のように茶色に変色した川の流れを見つめていたのだろうか?
大木が流れていた。色々な物が流されていたのを2歳の目で眺めていた。姉は嘘!1と決めつけて信じてはくれなかったが新聞を読んでやはり、夢ではなかったと。頭から離れず、未だに思い出すのは何故なのか?抱いていた方は、お婆チゃン???ですか・・・
冷戦下のウィーンで闇商人の男が言う。「ボルジア家の30年の圧政はミケランジェロ、レオナルド・ダビンチ、そしてルネサンスを生んだ。だが・・・・」

◆「スイス500年の民主主義と平和は何を生んだ? はと時計さ」。映画「第三の男」  から主演オーソン・ウェルズの有名なせりふをひいた。芸術は時に抑圧され社会
  で生まれる。悪政にも一長はあろう、と

◆本当にそうだろうか。3代にわたる北朝鮮の金体制が生んだのは、忌まわし「核」
  と、冷酷で非常な「拉致」と、民衆の「飢え」であり、ほめるべきところなど見つか
  らない。この国はなお暗い冷戦下にある

◆完全非核化についてトランプ米大統領は「時間がかかる」と認めた。拉致問題は
  「提起した」という。はと時計を生む平和は一日にしてならずとも、解決へ前進と
  信じたい。史上初の米朝首脳会談がおわった

◆「誤った偏見と慣行がわれわれの目と耳をふさいできた」。きのうの金正恩氏(き
  ムジョンウン)のせりふである。ならばその目を見開き、拉致被害者家族の涙を
  見てもらおう。「返して」という魂の叫びをしかと聞いてもらおう

◆圧政が生んだ非道に巻き込まれ、何十年と苦しんできた人たちがいまほしいのは
 家族そろって過ごす穏やかな時間、それだけである。返して。

※ 拉致された家族、娘、息子、母、姉、早く日本に帰して!!お願い!

 懐かしいアクション映画に「キー・ラーゴ」がある。主演はハンフリー・ボガートだ。作品の中に気の利いたこんなせりふがあると、「お楽しみはこれからだ」(和田誠著)で知った

◆唇の上にへこみがある。そのわけを父が幼い子へ話して聞かせる。知ってしまったことを誰にも教えてはいけないと、口の上に天使が置いた「指のあとなんだよ」と

このところの紙面を読みながら、ハリウッドらしいこのせりふを重ねる。天使かどうかは別にして、関心を集める事案にかかわった人たちはまだ唇に指を当て続けるのか

◆一つは加計問題で愛媛県が提出した新文書のこと。もう一つはアメリカンフットボールで関学大選手での日大選手の反則行為である。安倍首相は焦点である加計理事長との面会を、日大側は選手へ危険なプレーを指示したことを、それぞれ否定した

愛媛県知事が言うように、県が公文書を改ざんする理由はどこにもない。退路を断ったかのように記者会見した日大選手もうそをつく必要もない。公文書は正直に事実を書き残し、20歳の若者は勇気を振り絞って非を認め、正直に語っていたように思えた

他の人達も本当のことを話してもらいたい。唇に押し当てた事なかれや保身の指は、もう外したらどうか。

※ 報道や、新聞等読んでいる内に、これが普通のように慣れてしまう恐ろしさを感じる。高齢者の私が感じるのだから、若い人たちの事が気になる。正義とは何か!上に立つ人は将来、有望な若人に示して頂きたい。
勇気とは、何を意味するかを。

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