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南西フランス・北スペイン

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フランス旅行・天空の町コルド・シュル・シエルとカルカッソンヌ

南西フランス・北スペイン9日間の旅行7日目(2015年6月7日日曜日)、
この日は、9日間の旅行の最後の観光の日で、
翌日は、午前中自由行動で、午後から飛行機に乗って帰国日です。


下の写真は、宿泊地トゥールーズのホリディインエアポートホテルでの朝食の様子です。
朝食のバイキングで、沢山の種類があり、大概のホテルで、朝食で生ハムが沢山出ていました。

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下の写真が、この日の私たちの朝食です。

朝食の下の写真は、ロビーの椅子で、この椅子は、前後にゆらゆら揺れて、ゆりかごの様な感じで、
座っていて、とても心地が良かったです。

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朝食後、8:00にバスにて、コルド・シュル・シエルへ出発です。

コルド・シュル・シエルとは、村の名前が「空の上のコルド」と言う意味で、
小さな丘に建物がぎっしり並ぶ、天空の町の様な雰囲気のあるところです。

ホテルから約1時間20分程して到着。バスを降りてトイレによってから丘を登りました。

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6月上旬、この季節まだバラの花がとても綺麗に咲いていました。
高台へ続く坂道を上って行くのですが、この坂道が結構急なので、上がるのが大変でした。

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フランス旅行で、私が旅行した所では、殆どが歩くのが楽な所が多くて、バスから降りてすぐ観光地など、
観光しやすいのですが、このコルド・シュル・シエルは、かなり疲れました。

時折道端で出会う猫ちゃんが、とても可愛くほっとします。
昔、城壁の門があり、木の扉がありました。

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↑アジサイの横の華やかな衣装の人が、現地ガイドさん。
慣れているのか、急な上り坂を、楽々上がって行きます。


ある程度上がって、自分の来た道を振り返ると、坂道が凄い。
前を向いても、まだまだ急な上り坂が見えています。

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所々で休憩して、民家を見てみると、周りにかわいいお花を植えています。
やっとの思いで上りついた頂上。ここから中世の城塞都市を散策です。

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頂上に、建物と建物の間に広場があり、その広場を奥へ行くと丘の下の風景が広がります。
こちらは、後ほどゆっくり見て、先にガイドさんからの説明です。(日本語が出来ないので、添乗員さんが通訳)

広場の通りや前の道渕には、古い建物が並び、郵便局もありますが、日曜日でお休みです。
広場の壁に郵便ポストがあり、色がステンレスそのままの色でした。


城塞都市は、約8k㎡に、人口は約1,000人程

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郵便局はお休みでしたが、ドアのガラスから中が見える様になっています。
ガラス戸に、色は違いますが、20ユーロ紙幣の様なのが貼ってありました。

この街は、ゴシック建築で、20ユーロ紙幣の建物とよく似ていて、こちらの窓をイメージしたものの様でした。

その古い建物の壁には、色々な動物などの彫刻が引っ付いていて、それぞれに意味があります。
この建物の隣は、チョコレート博物館になっていて、その隣の建物、こちらが、皮屋さんでした。

犬の皮を売っていたので、犬の彫刻が壁にあります。

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さらに、その通りをまっすぐ進むと、屋根付きの市場広場に出てきます。
この近くに、フォアグラの店もあります。

市場広場では、年に6回大きな取引が行われています。
こちらに、井戸があり、深さが113m。ヨーロッパで一番古いそうです。

上の写真になりますが、その井戸に50セントを入れると、ライトがついて、明るくなり井戸の下が見えます。




市場広場からほんの少し通りを歩くと、サンミッシェル教会があり、
その教会の真向かいに協会より高い建物を建てたそうです。

高い建物を建てるのは、裕福だったそうです。
その後、教会の鐘楼をつけたして、教会がこの街で一番高い建物となりました。

教会の広場の前の通りの建物の壁にも、動物などの彫刻が引っ付けています。
当時の狩りの様子で、犬が豚を追いかけている様子もあります。

女性や男性が子供を抱えて守っている様子もあり、当時のカタリー派の人達は、子供を盗られていたのを、
伝えたくて、壁に残したそうです。

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13〜14世紀にかけて、一般的な家の通り。
今、歩いて来た道を戻って、郵便局の前の広場の奥の景色を眺めに行きます。

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丘の上からの眺めは、まさに絶景です。

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チョコレート博物館では、お菓子を作っている所が見れたり、試食をさせてくれます。

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帰りも坂道を通ります。下り坂も、坂道が急なので、足に力が入り、大変です。
その後バスで、昼食場所カルカッソンヌへと進みました。所々で葡萄畑が見えます。

途中で一回トイレ休憩です。
今回の旅行で、トイレチップは、一度も必要なかったです。

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コルド・シュル・シエルからカルカッソンヌまで、約171kmあり、昼食の時間も、13:50頃となりました。
昼食は、こちらのホテルのレストランで頂きました。

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冷たいお水も水道水ですが、とても美味しいです。
今回の旅行のお水、一体どうなっているのだろうか。

水道水を蛇口から入れてるのが見え、そのお水が冷たいです。
しかも、高度もそんなに高い様には思えない。飲んでも全然大丈夫でした。

色々な国によって、場所によって、水道水がそのまま出て来る国も、いくつかありますが、
そのまま、本当に硬水が出て来る国もあり、様子を見ながら飲んでいます。

食事は、トマトサラダ、新鮮なサラダでドレッシングも美味しいです。
パスタ、グリーンピース、ポークに、デザートは、チョコムース。

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昼食の後、カルカッソンヌ観光です。15:10分頃より観光です。

フランスの観光地で、良く見かけるのが、周りをぐるりと回ってくれるトレインです。
あちこちの街で、良く見かけました。

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世界遺産カルカッソンヌ
カルカッソンヌは、65k㎡で、人口は、約45,000人。
カール大帝がこの街に攻めて来た時、カルカスと言う女性がこの街を守った。

カルカスソレネ(カルカスが鐘を鳴らしている)から、カルカッソンヌ。
昔、太った豚を塔から投げたそうです。

下の写真は、シテへの入り口、ナルボンヌ門。門の横には、伝説の女領主カルカスさん。
シテとは、中世の城塞です。

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門の所に橋があり、そこには、昔水があった。橋は、たためる様になっています。
シテは、1997年ユネスコの世界遺産に指定。

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橋を渡ると左右に城壁が見え、左右に行かず真っ直ぐ、城壁の奥へと歩いて行きました。
人気の観光地で、かなりの人で賑わっています。

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歩いて行くと、小さな広場に出て来て、真ん中に目印になる銅像の塔があります。
この下の部分には、シテの様子の彫刻があり、今入って来た門の彫刻もあります。

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コムタル城に入場しました。
コムタル城の入り口は、新しく、この入口は先週の水曜日に出来た所だそうです。

入り口の中に入ると、日本語の案内が置いていて、説明書きを貰いました。

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橋を渡ると、前庭の広場があります。前庭の広場の反対側に建物に上がる階段があり、
そこから観光して行きました。

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中庭の真ん中どころに飛び出た石があり、そこにハトがいますが、
その辺りから昔は、2階になっていたそうです。

階段を上がっていくと、人の写真があり、その人は、ピオレルデュクト氏で、
コンタル城を修復する最初に当たった建築家で、パリのノートルダム寺院と同じ人です。

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コンタル城の周りを、ずっと一回りしていきます。
所々で、絶景が見渡せ感動します。見えているのは、サン・ナゼール・バジリカ聖堂。

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先ほど入って来た、新しく出来た入り口の風景もこちらから良く見えます。

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屋根の瓦が鱗の様です。

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お城巡りは、細い道や階段がありますが、途中、何か所からも素晴らしい景色が見れて、絶景の連続です。

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絶景を眺めながら、歩いていると、お城の周りを一周して来ます。

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その後、ピエールエブリーの間、アーチの間にはある騎士の墓があり、
ゴシックの間、主塔のヴォールト式の間、ロマネスクの間にはみそぎの為の水溜があり、古代の間を通ります。

ブルーのフレスコ画は、お金持ちの証
人間とライオンの顔を模した仮面飾りから水が注がれるようになっています。

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コムタル城を見た後は、サン・ナゼール・バジリカ聖堂に行きました。

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ステンドグラスが綺麗で、左は北で、聖母マリアを描いたステンドグラス。
南のバラ窓は、エルサレムにおけるキリスト。左前は、キリストの家系図。

正面は、13世紀のステンドグラスで、絵が大きいのは、15世紀のステンドグラス。

祭壇は、キリストの生涯で、左は聖ナザール、
4人の中の下の右、赤い服でブルーのガウンはヤシの葉を持っている。子供は、聖セルス。

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地元の大理石は、赤い大理石。

教会を出た所で、ランチョンマットの様なのを売っている人が来て、
私から買うと5ユーロ、この辺りのお店で買うと、もっと高いと言っていかがですかと。

軽いエコバックなら買いたい。
この後、お店で同じものが売っていて、本当に高かったです。

目印の銅像の所で、自由行動。

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とても暑いので、冷たいパイナップルジュースを購入。5ユーロ。
好きな果物を自分で選べるようになっています。

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17:00にカルカッソンヌの観光を終えると、18:25分、みんな揃って食べるのが最後となる夕食。
カルカッソンヌからトゥールーズのレストランまで、約94km

瓶に用意されたお水に、注文したジュースは、トマトジュースにファンタと言ったら、オランジーナが来ました。
まずは、山盛りの季節のサラダにパン。

お皿に1969と書いてあるので、その頃にこのお店がオープンしたのかな。

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トゥールーズの名物料理のカスレと言う料理。
トゥールーズ産のソーセージと白インゲン豆を煮込んだ料理。

デザートは、アイスクリーム。

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旅行8日目(2015年6月8日月曜日)、この日の午前中は、自由行動で、
希望者は、添乗員さんと一緒に地元のスーパーへ。

連泊のホリディインエアポートホテルの部屋から、6:30分頃、朝日が昇って来るのが見えました。
この後、ゆっくりと昨日と同じレストランで、朝食を摂り、9:00には、スーパーへ行く人は、ロビー集合。

その横を朝食後横切り、部屋へ戻って、帰りの支度を整えて、出発の11:30分まで、ゆっくりしました。

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朝食後、部屋に戻って窓を見ると、プールに人がいて、清掃をしていました。
この記事、残すは、飛行機編のみとなりました。

ルルドからピック・デュ・ミディ、そしてトゥールーズへ

南西フランス・北スペイン9日間の旅行6日目(2015年6月6日土曜日)、
ルルドのホテルで朝食を食べて、8:00にバスで出発しました。


ルルドのホテルの朝食は、テーブルに着くと、ホテルの人が、パンを持って来てくれて、
ベーコンとオムレツを焼いて持って来てくれました。

自分でレストランの横の所から用意したのは、飲み物やオレンジ、ラスクなどでした。

この旅行のコースで、レストランで割と水道の水がそのまま瓶に入って、用意されている所が多く、
水道水は、どうなのだろうと思いながら飲んでいましたが、北スペインから南西フランスのどちらも、
出された水道水を飲んでも、体調も良く、もしかして、軟水?かも?と思うほど、日本と変わりなかったです。

また、ルルドのホテルですが、やはりルルドの泉の近くで、水道の水も同じようなルルド市内のお水なので、
いい水なのかなぁと思ったりもしました。

(硬度の強いお水は、トイレから出て、手を洗っただけでも、カサカサになる国がありました。
今回のフランスやスペインではないです。)


8:00にバスを出発して、昨日のろうそくのセレモニーで、ホテルに戻るのが遅くなったので、
バスの中でも眠ってしまい、折角、添乗員さんが、次の観光地の説明をしてくださっているのに、
聞いていなかったです。

ルルドを出発するとき、小雨が降って来ていましたが、
ピック・ドゥ・ミディ展望台のある、ラ・モンジの街に到着する頃には、雲一つない快晴に。

自転車の人の姿も見かけました。この付近でツールドフランスも行われます。

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ルルドからラ・モンジまでは、約46kmで、旅のしおりには約40分と書いてありましたが、
1時間10分程かかっていて、到着したのは、9:10でした。

景色は、太陽の光が強く当たり、ここでも山や緑が浮き出たように見え、大変素晴らしいです。

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添乗員さんが、チケットを購入している間に、チケット売り場の後ろ側を散策。
小川が流れていて、透明でとても綺麗です。

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チケットの手配が終わると、ロープウェイ乗り場へと行きました。
ふもとの乗り場では、フランス語の案内と、英語とスペイン語と日本語で案内が書いてありました。


その内容は、

国際ダークスカイ保護地域
ダークスカイ保護地域は、世界にほぼ8つあります。
ピック・デュ・ミディは、フランス初のダークスカイ保護地域になっております。
3112k㎡の地域。ヨーロッパで第2位の保護地域。


太陽
ピック・デュ・ミディ上の太陽放射線は、海面の太陽放射線より3倍強い。
ピック・デュ・ミディ上の日照時間は、谷間の町(バニエール、タルブ、ルルド)の日照時間よりも、
300時間多く恵まれています。
サングラスや日焼け止めクリームなどを必持参。


ケーブルカー
頂上までケーブルカーで15分。標高差は、1,077m。
出発点(ラ・モンジ)の標高は、1,800m。
中点(ル・タウレ)の標高は、2,341m。
頂上(ピック・デュ・ミディ)の標高は、2,877m。

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ケーブルカーのチケットは、表は景色で裏側に日付が入った物です。
ケーブルカーと言うか、ロープウェイが動き出すと、先ほど見た小川の風景が見えてきました。

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すれ違うロープウェイや、背番号の付いた羊もいました。
ロープウェイは、途中で一度降りて、また別の物に乗り換えて、頂上へ行きます。

2つ目のロープウェイ乗り場から、頂上のピック・デュ・ミディ展望台が見えました。

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2つ目のロープウェイは、景色ががらりと変わり、牧草の緑から綺麗な雪山に変わりました。
こちらでも、すれ違うロープウェイは、かなりのスピードを感じ、すれ違う瞬間は揺れて、ヒヤッとしました。

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ロープウェイが到着して、最初に向かったのは、エレベーターで、このエレベーターの天井に、
宇宙の星の映像が出てきます。

天文の博物館があり、そちらを見てから、展望台へ行きました。

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頂上には、130年の歴史ある天文台があります。
博物館の中には、日本の地名も記載されていました。

博物館を一回りすると、展望台へ。
お天気に恵まれて、大絶景が目の前に広がります。

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フランスとスペインの国境にあるピレネー山脈にある、ピック・デュ・ミディ展望台
頂上は、標高が高く、寒いだろうと上着を用意していましたが、太陽が照っていて、暖かく、風もなかったです。

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頂上を一回りして、売店で切手があったので、切手と絵葉書を購入。
切手は、1,3ユーロで、絵葉書は、60セント。
窓際のテーブルで、絵葉書を書きました。

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ちょうどロープウェイが動き出したので、写真撮影してみると、絵葉書のアングルとほぼ同じでした。

この山の絶景もフランスで、他にも歴史ある建物、街並みや宮殿、美術館、ワイン、料理、ブランド品の買物と、
素晴らしい物が揃っていて、比較的観光地も石畳はあるけど歩きやすくて条件が良くて、素晴らしいです。

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頂上の売店で、下の写真の黒いエコバックも購入。5ユーロ。
エコバックは、他にも何色も色違いの物がありました。

帰りもロープウェイから撮影。自分の乗っているロープウェイの影も綺麗に見えます。

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ロープウェイをまた乗り換えると、雪山の景色から、緑豊かな景色に変わります。

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11:08分ふもとに降りて来て、昼食場所へとバスで向かいました。
途中、牛にも会い、写真撮影している人もいました。

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昼食場所は、次なる都市トゥールーズ。
ラ・モンジからトゥールーズは、約170kmあり、時間はおよそ2時間30分かかります。

トゥールーズの街へ入ると、川には船が見えてきました。世界遺産のミディ運河。
この町にも、小さな凱旋門がありました。

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バスを降りて、レストランへ少しだけ歩いて行きました。

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13:45分頃、昼食で、最初レストランの人は、お店の外で食べるように用意してくれていましたが、
皆さん、お店の中のテーブルに着きました。

こちらのレストランでも、水道水が瓶に入れて用意されていて、勿論、こちらのお水も美味しくいただきました。

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パイとサラダ、イカの細切り、デザートは、洋ナシとチョコで、完食。

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食事を終えて、少しバスに乗って、14:56分頃より、トゥールーズの散策です。

トゥールーズは、ミディーピレネー県で、人口は約45万人。
フランスで第4番目の街。(パリ、マルセーユ、リヨン、トゥールーズの順)

この街に、日本人が約450人住んでいるそうです。
別名バラの街と言われ、バラの花ではなく、建物の煉瓦の色がバラの色だそうです。レンガの建物が多い。

レンガを最初に用いたのは、ローマ人。
オレンジ、赤が中心。装飾にレンガが使われていた。

またスミレの群生地があり、スミレの街とも言われています。スミレのお菓子もあります。

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キャピトルの中に入る予定だったのですが、土日曜日は、何かしら催し物の開催や、挙式に市庁舎が
利用される事が多いそうで、この日は、土曜日で、やはり入場できなかったです。

キャピトルの中には、とても綺麗なフレスコ画が沢山あるようで、
ここに来るなら、土日を避けた方がいい様です。

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キャピトル広場の周りを散策。
小さな公園があり、足元は柔らかくなっていて、子供が怪我しないように、考えて作られています。

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市庁舎広場の向かって右側に地下へ入る所があり、トイレがあり、しばらく自由時間。

クラウンプラザホテルの下には、C&Aのお店がここにもあり、素早く服を見て、ズボンを購入。
19ユーロです。(レシートを見たら、内税が20%入っていました。)
後から思うに、このズボンゆったりして、とても良かったので、もう一つ購入すれば良かったと思いました。


市庁舎の真ん中に大きな大理石の柱が8本ありますが、昔の役人の数が8人だった事より、8本だそうです。
市庁舎の地下は、駐車場になっています。

レンガの建物、周りの建物は、お店の名前を金色にするように決められているので、
C&Aも、クラウンプラザホテルも、金色にしています。

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キャピトル広場から、次へ向かったのは、ジャコバン教会

ゴシック様式の素朴な教会。
足元から天井へ向けて、22本のオジーブがあり、ヤシの木と呼ばれています。

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祭壇の所には、トマスアキナスの遺骸が入っています。

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次に向かったのは、サン・セルナンバジリカ聖堂

トゥールーズの街を散策しながら進みました。途中、自由行動の時間があり、スーパーへ行ったりしました。
やはり土日は、挙式をされる方が多く、街を歩いておられました。

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レンガの壁には、住所の標識が2つあります。それは、フランス語とオクシタン語(地方言語)。
トゥールーズは、南フランスの方言のオック語を使います。オクシタニアの中で2番目の街。

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サン・セルナンバジリカ聖堂の中に入って、これからガイドさんの話が始まると言う時に、
先ほど歩いていた人が入って来て、なんと、式が始まり、静かに足早に見るだけで、終わってしまいました。

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教会は、ロマネスク様式、塔の窓の下は、アーチで、上は3面になっていて、建築の仕様が変わっていると。
途中で工事が止まって、次に工事を再開して、塔を作り続けた時、時代が変わって、ゴシック様式になった。

式のおかげで、祭壇の前に行く事が出来ず、説明書きの看板を写真撮影。
金色の彫刻が、ここでの見所だそうです。

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横の壁のフレスコ画は、キリストの事が描かれています。
銅像が、沢山あり、他にも沢山あって、全部撮影しきれなかったです。

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サン・セルナンバジリカ聖堂は、レンガ以外に石を使っていて、ピレネー山脈から持ってきた石だそうです。

この建物は、お金がかかっていて、お金がかかっているという事は、お金があったと言う事で、
それは、1,060年位から建てられ始め、
それは、スペインのサンチァゴ・デ・コンポステーラの聖ヤコブの遺骸が、見つかった頃で、
巡礼者が増えて、その人達を受け入れるための教会だった為だそうです。


下の写真は、サン・セルナンバジリカ聖堂の正面より撮影した物です。

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16:50分頃、トゥールーズの街を出発して、この日の宿泊地のホリディインエアポートホテルへ向かいました。
途中、バスの窓から、エアバス社の本社が見えました。ここには、本社と組立工場があります。

ホテルには、17:15分頃に到着。
とても綺麗なホテルに2連泊です。

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部屋を確認して、18:00頃に夕食のレストランへバスで行きました。
夕食場所は、トゥールーズ市内のレストランです。

バスを降りてレストランへ向かう途中、マクドナルドがあり、やはりお店の名前は、金色になっていました。

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フランスの街にメリーゴーランドが良く見られ、こちらの広場は、ウィルソン広場。
旅行中、あちこちでキティちゃんを発見。世界の観光地の至る所で、キティちゃんを発見します♪

またキャピトル広場へ来て、レストランは、この近くです。

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18:30分頃、夕食。

こちらのレストランも、水道水が瓶に入ってあり、美味しく飲みました。
最初にサラダがたっぷり。

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大きなビーフに、ジャガイモ。デザートは、フルーツ。
フランス人が一番好む食事が、ビーフステーキに、フライドポテトだそうです。

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夕食後、バスが来る場所まで歩き、キャピトル広場を通りました。
もう一度C&Aとクラウンプラザホテル。こちらも、お店の名前を金色を使っています。

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バスが来る場所で、少しバスを待っている間、ちょうどスーパーがあったので、中に入りました。
その道の前の車の駐車の仕方が、引っ付いて凄いと思いました。

この後ホテルに到着したのは、20:10分頃でした。

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フランスの街ポーからルルドの泉へ

南西フランス・北スペイン9日間の旅行の続きで、旅行5日目(2015年6月5日金曜日)
この日は、この旅のメインの一つ、キリストの聖地ルルドへ行きました。


ビアリッツでの宿泊地のアマリーズホテルでの朝食の後、8:15分にバスに乗ってホテルを出発。
午前10時頃、ポーの街に到着です。(ビアリッツからポーは、約122km)

いつもの場所とは違う所から高台に上がるようで、駐車場でバスを下りましたが、
もう少し移動しました。(こちらの場所に、とてもいい香りの白いバラが沢山咲いていました。)


高台へは、こちらのケーブルカーで上がりました。
1909年ケーブルカー開通し、料金は、必要ないです。ケーブルカーには、この地方のマークがついています。

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下の写真は、ケーブルカーを上がった所で、各国国旗が並んでいる通りは、ピレネー大通りです。

ポーの街は、アンリ4世が生まれた街で、フランスの王様であり、ブルボン朝の王様で、
また、アンリ4世は、ルイ14世のおじさんに当たる人物です。(1553年ー1610年)

そして、スペイン名では、エンリケ3世とも言われ、ナバラ王国の王様でもあった。

ポーの街は、良くツールドフランスのスタートやゴール地点に選ばれているそうです。
日本の山梨県甲府市と、姉妹都市。

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こちらの高台からは、ピレネー山脈が良く見渡せます。

この辺りは、1856年ヨーロッパ初のゴルフコースが6か所作られて、周りはホテルでした。
第一次大戦後、ホテルは、個人所有の家になった。

また、1909年にライト兄弟がここからフライトして、それ以後、飛行訓練所があった。

ゴルフは、最初イギリス人によってゴルフコースやテニスコートも作られ、
フランス人が初めてゴルフをしたのは、1909年の事。
それまでは、イギリス人、アイルランド人が、ゴルフをしていた。


サンマルタン教会があり、イザベル女王からの贈呈品がある。

下を眺めると、日本の造園家が手掛けた庭園があり、カヤックなどが見えているのは、
アテネ、アトランタオリンピックに、この町の出身者が出た名残より。

下の写真の右下から2番目の庭園の横の写真は、この町で一番古い通り。

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ポーの街は、人口約8万人、近隣都市国を含むと人口約18万人。
南フランスの方言のオック語のくい(パル)からポーの名前が由来。

高台より見渡した後は、ポー城へ入ります。

ポー城は、アンリ4世とスウェーデン王が生まれた城。
19世紀には、ナポレオンによって、追加された。塔は12世紀の物、2階は14世紀の物とか。
真ん中の橋の所は、新しいそうです。

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アンリ4世は、こちらでは、ヘンリ4世と言われているそうです。文字の読み方による。
彫刻は、アンリ4世。

ポー城の中は、フラッシュなしの撮影可能で、大きな机のある部屋は、100人が一度に食事ができる広間。
布張りの椅子は、当時の物なので、座ってはならないが、木の椅子は、座れるようになっています。

19世紀、1841年樫の木で100人食事が出来る机をジャンセルク家具職人に作らせた。
テーブルは、切り離せるようになっています。

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さらに上に階段を上がって行きました。ナバール王国の玉座
ところどころに、HやMのアルファベットがあり、それは、アンリ4世のおじいさんとおばあさんのイニシャル。


シャンデリアは、ブロンズ製で、19世紀の王室御用達で、ベルサイユ宮殿の十字軍の間のシャンデリアだそうです。

この部屋には、象牙で作られたソーイングセットがあります。

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唐草模様のビロードの壁と椅子。
絵は、アンリ4世が、取り押さえられたカトリック信者(馬車の横の人)に胸を2突きされた時の様子。

四角い家具は、昔の旅行鞄で、中には宝石を奥に隠す場所があるそうです。

下の絵は、馬に乗っているのはアンリ四世で、ベランダの女性が好きだった。
女性は、それなら、まず教会へ行って欲しい、そして式を挙げたら会えますと言っている所だそうです。

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下の写真のベッドの前に、上の写真にある、旅行鞄が置かれています。

らせん階段を上って、次の部屋へ。

アンリ4世は、自ら兵士として戦った王。銅像は、2番目の奥様。絵は、アンリ4世の大勢の女性の一人エバ。
アンリ4世には、約72人の女性がいたそうです。

アンリ4世の最初の結婚は、パリで行われ、その時3,000人が殺されたそうです。5人の子供がいる。
次に好きになった人は、身分の低い人。
次は、政略結婚をして、6人の子供がいる。などを、ガイドさんから聞きました。
(写真を撮りながら、メモをして、次々移動するので、聞き間違えの場合はすみません。)

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次の部屋へ移動するときの廊下に絵があり、この絵は、ウミガメの甲羅をゆりかごみたいに使っていた。
民衆に甲羅を見せていた絵。

そのウミガメの甲羅が、次の部屋にありました。
ウミガメの甲羅の写真にいる人は、こちらのお城の係の人です。

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下の写真の左上のベッドの高さが高いのは、寒さをしのぐ為、高さとカーテンがあり、
さらに、本当にアンリ4世が生まれて来ているか確認する公開出産の為、高くしているそうです。

右側の絵は、立っている人は、スペインの対し、座って馬になっている人は、アンリ4世。
背中は、息子のルイ13世8歳。奥様は、摂政としてついたそうです。

アンリ4世が使っていたゲーム板もありました。

いたるところに、HとMのイニシャルがあります。アンリ4世のおじいさんとおばあさんのイニシャル。

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ポー城を見た後、橋を渡って向かいの建物の中を見ると、床が石で、花のマークになっていた。
その後、この町の古い通りを散策しました。

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ガイドさんが案内のお店、「フランシス・ミオ」は、ポンポンやジャムのお店で、チョコレートも売っています。
有名な賞を取った人のお店だそうです。

こちらのお店で色々なチョコレートを試食させてくれて、気に入ったものがあれば、購入できます。
外側がサクサクっとした食感のチョコレート、美味しくて、3袋購入。12.5ユーロ×3袋。
その写真は、下にあります。

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1820年ポーで一番古い銀行や、17世紀修道士によって作られた教会で、当時は学校として使われていた、
建物などを見ながら、昼食場所へ歩いて行きました。

煙突が何個も見えますが、この煙突の数だけ暖炉があります。

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12:10分、こちらのレストランで昼食です。
マスの前菜も美味しく、上に乗っている野菜も美味しかったです。

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メインは、チキン、ポテト。デザートは、レモンロールケーキ

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食後は、バスに乗って、ルルドの街へ行き、先にホテルへ行きました。バスで約1時間40分位。
ルルドでの宿泊のホテルの名前は、アメリカホテル。

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部屋の確認を終えると、ルルドの街の散策です。

ホテルは、坂の上にあるので、坂道を歩いて行けますが、この辺りのホテルに宿泊している人には、
シールをくれて、そのシールがあるとエレベーターを自由に利用できます。

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ルルドの街を散策すると、沢山のお店や、観光客でにぎわっていて、想像以上の賑やかさに驚きました。
もっとひっそりとした田舎村かと思っていましたが、とても人だらけで活気がありました。

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ルルドの泉は、キリスト教のカトリックの人には、聖なる地。
1858年マリア様が出現し、毎年500万人以上もの人がこちらへ来ます。

元々は、小さな村でしたが、今は、人口が約15,000人以上。

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カショ(牢獄部屋)
ベルナデッタと言う少女が、1858年2月11日、14歳の時、マリア様が現れたのを目撃し、
合計18回マリア様が姿を現されたそうです。
2月28日、17日目、目が悪かったが、目を泉で洗うと治ったそうです。

そのベルナデッタは、最初は、幸せに暮らしていましたが、不運に遭い、こちらのカショと言う所で、
暮らすことになった場所を見てきました。

こちらは、刑務所の跡地で、刑務所にもできない位の環境になり、その後、こちらに暮らしたそうです。
展示されているのは、ベルナデッタが、実際に来ていたベールや靴、ロザリオなど。

マリア様に出会い、その後、文字を習って、修道院へ通えるようになりました。

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カショを見た後は、ベルナデッタの生家へ行きました。
途中、歓迎の文字が見えて、これらの文字の国々の方々が、良く観光に来られるのだと思いました。

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古い街並みが続き、どこを歩いても見ごたえがあります。

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ベルナデッタの生家
入り口を入ると、日本語で書かれた解説のメモをくれました。(募金箱があり、少しの小銭を入れました。)

1844年から1854年まで、こちらの水車の小屋でベルナデッタは、幸せな生活をしていました。
その後、状況が変わり、製粉業をしていたが、不衛生だと言われて、職を失い、一家は先ほどのカショで暮らすことになりました。

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ルルドの街には、沢山の記念の品々が売っていて、
ラムネの中に、ルルドの泉の水を入れて作ったものも売っています。

こちらのガット川は、ピレネーの山より水が流れて来ています。

今から2年前の冬、大雪だったため、その雪解け水がこちらのガット川に大量に流れ込み、
木の所まで水があふれて、町は水浸しになったそうです。

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いよいよルルドの泉へ向かいます。

ルルドの街では、沢山のボランティアの方々がいらして、身体の不自由な方をお世話されています。
そのボランティアになるのは、凄く人気があり、今予約しても、3年待ちの状態だそうです。

下の写真の右上は、ホスピスでこちらはイタリア人のボランティアの人が働いているそうです。

その下の銅像は、聖ミハエル像
聖ミハエルは、死者の魂を天国か地獄かを決める。

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ロザリオ大聖堂
こちらの大聖堂の中へも入って来ましたが、写真撮影はしていないです。
ただ、大聖堂の中では、色々な国の方が見に来られていて、写真撮影をバシバシしておられました。

それと、ネットで検索すると、中の写真があちこちで出てきますので、フラッシュなしなら、
多分、写真撮影可能だと思いました。
(海外でカメラに斜線を引いているマークの看板がありますが、よく見ると、ノーフラッシュと言う所が多いです。
フラッシュなしなら、可能な所が多いです。)

中は、とても綺麗で素晴らしく、色々な絵も描かれていました。

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下の写真でも、見れるように、車いすで来られている方がとても多いです。
それを引っ張ている人は、ボランティアの方々です。

皆さん、ペットボトルを持って来て、水を汲んで飲んだりします。

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マサビエルの洞窟
聖母マリアが出現された洞窟で、こちらの下に奇跡の水が湧き出ています。
上の写真で水を汲んでいるのは、この泉から引っ張って来た、聖なる水です。

私も汲んで、飲んで、持ち帰りましたが、この水を飲んでも大丈夫でした。


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一通り見た後は、散策して、その後夕食へ向かいました。

帰りの目印が、サンジョセフ像。キリストの父。
この真っ直ぐの通りを歩くと、エレベーターがあり、ホテルにつ着きます。

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ルルドの街を散策、スーパーもあります。
こちらの街にも、沢山郵便ポストがあります。

マサビエルの洞窟のカードは、裏側にホテルの部屋番号を書いている紙。
お店の前を歩いていると、割引チケットを配っているお店が何件かあり、そちらで買い物。

ルルドの泉の刺繍があるTシャツを購入。

水を入れるボトルは、空のペットボトルで構わないです。
ボトルは色々なサイズがあり、ホテルの売店で購入。

丸いシールは、エレベーター利用のシールで、乗る時は、係の人はいなかったですが、
上に上がってエレベーターを出た所で、シールを見せて下さいと言われました。

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しばらくルルドの街を自由散策後、18:45分ホテルのロビー集合で、
そこから歩いて夕食のレストランへ行きました。

夕食は、ホテルのレストランで、この様な感じの食事でした。
ポテトサラダ、美味しかった。マスにデザートは、アイスクリーム。

アイスクリームを食べない人には、果物を持って来て下さりました。バナナ丸ごと1本。

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夕食を終えて、ホテルに戻ったのは、20:10分頃。
この後、自由参加で、ルルドの泉のろうそくセレモニーへ向かいます。

キャンドルを添乗員さんからもらいました。

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夕方と言うか、もう20時を過ぎて来ると、マサビエルの洞窟の行列も若干少なくなって来て、
ルルドの泉の湧き出る所を見に行きました。

それでも、まだまだ行列が出来ていますので、立ち止まらずに、泉の前を歩いて見て行きました。

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車いすや、寝台車のストレッチャーで運ばれて、こちらに来る人が沢山いらっしゃいました。

1903年リヨン大学医学部が、重度の結核患者が、こちらの泉に浸かると治癒したのを目撃。
2,500件の説明不可能な治癒が報告されていて、そのうち、70件を奇跡と公式に認定された。

この認定基準は、厳しく、離婚歴があるだけで、奇跡から外された。


4月のイースターの日から、10月までの毎日夜21:00より、ろうそくのセレモニーが開催されています。

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6月のフランス、夜の9時と言っても、まだ周りは昼間のように明るい中、
先頭にマリア像を持って、行列が始まりました。

大勢の車いすの方々も参加されていらっしゃいます。

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火をともしたろうそくをずっと持って、敷地内を一周します。
その時、ずっと何かを唱えながら、最後にマリア〜。と言いながら、それを何回も繰り返して歩きました。

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時折、そのローソクを上にみんなが上げて、マリア〜♪と言いました。
世界中色々な国の方々が、こちらへ来られていました。

ロザリオ大聖堂の正面へ来る前に、列を離れて、大聖堂の階段を上がって、上からセレモニーの様子を見ても、
綺麗だそうですが、この日をともしたろうそくは、いつ消すのか気になり、ずっと列について歩きました。

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ロザリオ大聖堂の正面まで来て、一列になって並んだので、もうすぐ終わると思いましたが、
なかなか終了しなくて、何かをずっとマイクで語っていました。

それで、サンジョセフの像の所で、22:00に添乗員さんと一緒にホテルへ帰りたい人は、集合だったので、
そろそろ、切り上げて帰りました。

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まだ、22:00前で、真っ暗になりきる前に、添乗員さんよりも先にホテルへ戻りました。

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フランス旅行・ラ・ニューヌ山からフランスの美しい村アイノア村、エスプレット村

南西フランス・北スペイン9日間の旅行の続きで、旅行4日目をご紹介いたします。
(2015年6月4日木曜日)


ビアリッツで1泊して、朝食は、左下の写真で、オレンジジュースは、自分でオレンジを半分にカットして、
絞る機械があるので、それで絞ってコップに注ぎましたので、果汁100%のオレンジジュースです。


この日の午前中は、ビアリッツからバスでサールと言う町まで行き、そこから
木製の列車に乗って、ラ・リューヌ山へ上がります。

8:45分にホテルをバスで出発して、9:30分頃には列車の駅に到着。
列車の出発は、10:00で、まだ時間がありますので、トイレに行ったり、駅舎を散策して撮影したり、
近くのお店で買い物したりしました。

フランス旅行で、この様なポーチがあちこちで売っていて、2つ購入しました。
写真に載せているのがそのポーチで、4,5ユーロと6ユーロです。


9:50分頃には、駅へ集合して、列車に乗るのに並びました。
その時のチケットは、何種類かあり、どの写真のチケットがもらえるかは、
添乗員さんが裏返して、手渡ししてくれました。

下の写真のは、列車のと景色のチケットですが、他には、野生の馬や、鷲の写真のチケットがあります。

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プチトラン・ド・ラ・リューヌ
バスク地方を一望する、木製の列車で、標高905mのラ・リューヌ山へ、片道約35分かけて上ります。
太陽の光が当たり、緑がとても浮き上がるように見え、絶景の連続です。

緑には、小さな花が沢山咲いていて、可愛いです。
途中、列車がすれ違う所があります。

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登山列車は、1924年6月26日に開通、全長4.2mで、下の駅の標高は、169mで、
山頂の標高は、905m、時速8kmで、片道約35分で走ります。

列車は、開通時そのままの列車です。

途中の山道で、半野生の馬が見れたり、鷲が飛んでいるのも見れる事があります。

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山頂について、列車を下りると、下りの次の列車の発車時刻が書いてあり、11:25分です。
それまで、山頂を散策して、次の集合は、11:15分との事でした。

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列車から見える景色が素晴らしくて、何枚も列車から写真撮影。
列車が上に上がるごとに、景色がどんどん上からの風景で、視界がどんどん広がって素晴らしいです。

列車で、昇り進行方向の右側の景色は、スペインで、左側の景色は、フランスの景色です。

そして、ここからの景色が一番頂上で、全てを見渡せて、大絶景です。

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バスク地方の美しい緑のパノラマや、サン・ジャン・ド・リュズの海岸線を一望できます。

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ラ・リューヌ山は、バスク地方を一望するピレネー山脈の一部

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列車の窓は、ガラスがなくそのまま吹き抜けなので、綺麗に景色が眺められます。
下りの列車からも、絶景の連続で、撮影しました。

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帰りにも、半野生の馬に出会えました。

このラ・リューヌ山は、ナポレオン三世の奥さんのウジェニー・ド・モンティジョが、
馬で山頂へ駆け上った事があるそうです。

列車からの景色は、左右どちらも素晴らしいですが、どちらかと言うと、
昇りは進行方向の右側で、進行方向に背を向けた方向、下りは、進行方向の左、進行方向に向かった景色の方が、視界が広がり、素晴らしい景色が多かったです。

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列車を下りると、その後バスで約10分程で、
フランスの美しい村に登録されているアイノア村へ行きました。

バスクのこの辺りで、フランスの美しい村は、3つあり、その中の一つのアイノア村
人口は、約700人程で、家並みが統一されています。(条例で決まっているそうです。)

6月のフランス、まだバラの花があちらこちらで、沢山綺麗に咲いていました。
下の写真で、少し高い塔が見えていますが、そちらの教会へ入場しました。

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ノートルダムラソンジュ教会
教会の入り口へつながる通路には、とてもいい香りの白い小さな花が沢山木に咲いていました。
かんきつ類の様な香りです。

教会は、14世紀の教会です。

教会の中は、フラッシュ撮影なしなら、撮影できます。
教会の塔を抜けた所には、丸い石に十字架を掘っているお墓がありました。

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フランスの田舎のとても美しい村を、散策して、昼食場所の次の村へと移動しました。

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エスプレット村
こちらの村は、特にフランスの美しい村には、登録されていないですが、こちらもとても素晴らしかったです。
フランスの街並みは、どの街もとても古い素晴らしい建物があり、どこを見ても大変感動します。

アイノア村からバスで約15分程で、13:30頃に到着して、お昼をこちらのレストランで頂きました。
エスプレット村は、唐辛子の栽培が盛んで、10月の終わりに唐辛子祭りがあるそうです。

お店の中にも、唐辛子を沢山干していました。


水は、ビッテル1リットルで、値段をメモってなかったです。

唐辛子の中にジャガイモとタラのすり身を入れたものですが、
全然唐辛子の辛い味はしなくて、美味しかったです。

フライドポテトとミンチ肉も美味しかったです。
左下は、イカなのですが、前に座られた方が、お肉は食べない方で、特別にシーフード料理を作ってもらっていて、それを一つくれました。こちらも美味しかったです。

デザートは、ベリーのタルト

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昼食を終えると、エスプレット村を散策。
エスプレット村は、人口200人の小さな村。

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エスプレット村には、17世紀のバスク様式の教会があり、バスクメゾンの村の風景

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小さな村ですが、あちこちに小さなスーパーがあり、こちらのスーパーで、500mlのミネラルウオーターを
4本購入。1本は、0.35ユーロでした。

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上の写真の右下の建物は、郵便局です。小さいですが、黄色いポストが見えます。
こちらへ立ち寄り、フランスの定番の切手ではない、記念切手を買いに行きました。

郵便局では、素晴らしい宮殿の切手があり、それぞれ全部違う宮殿の切手で、1枚欲しいと申しましたら、
この切手は、12枚くらいあったか、それが全部で1セットで購入しないとならないと言われました。

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昼食前に立ち寄ったアイノア村は、とても静かで小さな美しい田舎の村。
フランスの美しい村に登録されていますが、こちらのエスプレット村は、登録されていないです。

しかし、こちらのエスプレット村も大変素晴らしい村で、村の風景を見て、感動しました。

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15:30分にエスプレット村を出て、16:20頃に、宿泊しているビアリッツのホテルに到着。
この日も、ビアリッツのアマリーズホテルに連泊です。

バスの窓からの風景は、少し窓ガラスに色がついていますが、ホテルの近くの空港の横を通った時、
飛行機の姿が良く見えました。


連日、とてもいいお天気に恵まれ、雲一つない快晴で、気温がかなり上昇して暑いです。
添乗員さんが、各部屋に扇風機を持って来てくれるように頼んでくれました。

私の部屋は、西日が当たらない東向の部屋で、特に扇風機を使わなくても、涼しかったです。
テーブルの上の扇風機の横に、朝、枕チップにと置いた2ユーロ硬貨が、そのまま取らずに残っていました。

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その後しばらくホテルで休憩した後、18:15にフロント集合して、バスに乗り、夕食へ出かけました。
夕食は、ビアリッツの市内で、海沿いをドライブしながら、昨日の夕食場所の近くのレストランです。

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こちらのレストランで夕食を頂きました。
今回は、お店の外でしたが、建物の影になっていて、日が当たらなかったので、そのまま外で食べました。

ミネラルウオーターは、ビッテル1ℓで、6ユーロ。円換算してみると、1ユーロが140円位だとして、840円。

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新鮮なサラダは、生ハムが乗っていて、とても美味しいです。
メインは、シーフード料理で、イカとマッシュポテトで、こちらも美味しかったです。
デザートは、ベリーのソースがかかった、ケーキも美味しかったです。

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食後、レストランのすぐ側の教会や、海を眺め、少し写真撮影しました。
捕鯨が盛んだったので、教会には、クジラや船の付いたものがありました。

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どこを見ても大変素晴らしく、さすが観光大国のフランスだと思いました。

昨年、フランスの南からパリへと観光して、大変素晴らしかったので、もう一度フランスに行きたいと思い、
今回またフランスへ旅行に来ました。

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その後20:20分頃にはバスに乗り、昨日のレストランの前を通り、20:30分には、ホテルに到着。
まだ、この季節のフランスの20時過ぎは、明るいです。

一番下の写真の左下は、ホテルの部屋からの眺めで、窓は廊下側についています。
右下は、廊下に出て、空港を眺め、飛行機の様子です。

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北スペイン・サンセバスティアンから南西フランスの街へ

北スペイン・南西フランス9日間の旅行の続きで、旅行3日目をご紹介いたします。
ビルバオでの宿泊地、ノボテルホテルにて、朝食を済ませた後、サンセバスティアンの街へ向けて出発です。

ビルバオについて、標高8.8m西海洋性気候で、年間、雨の日が45%、くもりが、40%と、雨が多く、
冬には雪も降ります。

また、大西洋より22kmさかのぼった所にあり、人口35万人で、スペイン10番目の人口です。
ビルバオは、1995年に地下鉄が出来、2002年に、トラムが完成。

スペインとして、午後13:00〜16:00は、シエスタと言って昼休みでお店はお休み。

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9:00にホテルを出発して、約100km約1時間25分位で、サンセバスティアンに到着です。
下の写真の左上の、モンテイゲルドの丘へバスは上り、景色を眺めに行きます。

この辺り、昔ネアンデルタール人が住んでいて、バスク地方と呼ばれています。
ヨーロッパにおける捕鯨は、バスク人が一番最初に行った。

サンセバスティアンは、スペインのバスク州、ギプスコア県で、人口約18万人程
19世紀マリアクリスティーナ(オーストリア ハプスブルク家)が、保養地とした。

2016と書いてあるのは、来年度、欧州文化地区登録記念。
また、サンセバスティアンは、香川県丸亀市と姉妹都市。

チャコリワインは、バスク地方の特産で、サンセバスティアンやビルバオにあります。
12世紀1174年、中世繁栄は、サンチャゴデコンポステーラへの巡礼道として、栄えた。

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上の写真は、モンテウルグルの丘で、頂上には、10mのキリスト像があります。
この山全体が公園です。


上からの景色は、コンチャ海岸(コンチャとは、ホタテ貝と言う意味)、
コンチャ湾の素晴らしい絶景が広がります。

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トイレは、改修工事中のため、ホテルで借りました。
30〜50セント位かと言われていましたが、必要なかったです。

びわがなっていたり、ちょっとした遊園地のようになっていましたが、ここがオープンするのは、
夏の間だそうです。

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その後バスで約15分程で、サンセバスティアンの街へ行きました。

ヤシの木の横の写真の建物は、ホテルで、マリアクリスティーナホテルで、5つ星ホテル。
2年前にリノベーションして、新しくなったそうです。

そのホテルの前にクラッシックカーがあり、何やら特別な日らしいです。

ちょうど、この辺りで、クラッシックカーの祭典があるそうで、
道路へとクラッシックカーが、どんどん出て来ていました。


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下の写真の建物は、劇場で、毎年9月に国際映画祭があるそうです。
その建物の前の赤いテントのレストランで、後ほど昼食を食べました。

このレストランには、映画俳優女優が沢山食べに来られるそうです。

この街をぐるりと歩いて巡ると、マーケットの通りに出て来て、新鮮な野菜果物、お花などが並んでいます。

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またもう少し歩くと、建物があり、その地下へとエスカレーターがあり、降りていくと、
市場やスーパーなど沢山のお店があり、見て回り、買物したりしました。

まだ開いてなかったですが、お寿司のお店もありました。

LIDLと言うスーパーで、ハリボーと飴を購入、5ユーロで少しお釣りが来ました。
ハリボーは、ドイツのお菓子で、グミです。

このグミ、甘過ぎなくて、2012年にドイツへ旅行した時に購入してから、気に入って、
あちこちのヨーロッパの旅先で購入しています。

ドイツでは、熊の形になっていて、ドングリを10kg集めると、このグミを1㎏プレゼントしてもらえて、
ドングリは、冬の間、動物たちのエサとしてあげるそうです。
と、ドイツへ旅行した時に教えてもらいました。

このスーパーは、ここはスペインですが、ドイツ系のスーパーで、グミが手ごろな価格でした。
1粒大体口に含むと、噛まなければ、約10分前後持ちます。

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ヨーロッパのスーパーのかご↑、この様な感じで、かごの下に車が付いていて、引っ張れるようになっています。

生ハムを試食させてくれて、とても美味しくて、購入しました。
ツアーの皆さんは、ワインと一緒にホテルで食べたそうです。

生ハムなどのハム類は、日本へ持ち帰りが出来ない品物になっているので、
私たちは、ホテルで生ハムを食べました。

生ハムは、とても美味しかったですが、塩味が強くて、塩辛かったです。
試食は、少しだったので、ちょうどいい感じに思いました。沢山食べると辛いです。

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市場をぐるりと散策して、魚売り場なども見てきました。

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下の写真の2段目の建物は、ペスカデリアと言って、昔こちらが、魚市場だった所です。
民族衣装の裾の所に、扇風機のようなマークがありますが、このマークは、バスク地方のマークです。

マーケットを出ると、また素晴らしい街並み散策です。

飲食店街があり、そこから見えた食事は、ピンチョスと言って、お皿にあらかじめ用意されている食事で、
好きなお皿を食べれるようになっています。おつまみ料理です。

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下の写真は、コントゥティトゥシオン広場(憲法広場)で、昔の市庁舎です。
19世紀の大火の後、建てた物です。

バルコニーより、闘牛を見ていたそうです。

突き当りに、ちょうどタバコ屋さんがあり、
こちらで切手を購入できました。切手は、1ユーロ、はがきは、50セントでした。

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大聖堂があり、マヨール広場があります。(マヨールとは、太陽)こちらで、しばらく自由時間です。

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上の写真の右側は、人気のパン屋さんだそうです。↑

この辺りの通りには、日本語の看板があり、色々と日本の飲食店がありました。
街角でポストを見つけて、自宅宛てに書いた絵葉書を投函。

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街角散策しながら、色々なマンホールを見たりして、先ほどの劇場前のレストランに戻って来ました。

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こちらのレストランは、有名な俳優・女優さんが食べに来られるそうで、写真が沢山貼っていました。

昼食は、ピンチョス料理(おつまみ料理)で、
最初に出てきたのは、パンに生ハムが挟まれた物で、とても美味しかったです。
やはり、有名な方々が食べに来られるお店だと思いました。

ピンチョスが、次から次へと色々と出て来て、クリームコロッケみたいなのが、2種類と、サーモンアボカドに、
えびとハム串。牛肉は、ほほ肉だそうです。

水は、瓶に入った水がテーブルに置かれていて、水道水なのですが、飲んでも別に大丈夫でした。
デザートは、チョコレートブラウニー。

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食事が終わると、バスに乗って、フランスへ移動します。
この旅行は、これにてスペインは、終わりです。

スペインからフランスへのバスからの眺めで、海が見えて、帰って拡大して見ると、一人の男性に気づきました。
ここは、そのようなビーチとは、聞いていないですが。

ビーチを過ぎると、フランス・サンジャンドリュズの街
フランス領バスク州で、人口13,300人で、14〜17世紀には、捕鯨が盛んでした。
泥地が多かったのですが、オランダ人によってドライ化された。

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↑の写真は、確かマリアテレジアが、ルイ14世との挙式の前に2週間過ごした場所で、
右の白い建物は、ルイ14世が挙式前後の2週間を挟んで過ごした場所。船主が建てた建物。


ロイヤルシティ王宮の街で、1660年太陽王ルイ14世が、こちらで挙式をされました。
この後行く、ビアリッツは、皇帝の街で、ナポレオンが奥さんの為に建てた街。

海水が身体にいいので、保養に来られます。


下の写真右側は、市庁舎で、その前の銅像は、ルイ14世の像で、この広場は、ルイ14世広場

人の形の黒い看板の横の建物は、500年前の建物で、石で作った建物。
当時、お金を持っている人だけが、石の建物を作れた。他は、木の家。

一般の家なのに、塔があるのは、クジラを見つけるためのもの。

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メゾンアダム〜マカロン発祥の地で、本店です。
マカロンは、16世紀イタリアよりもたらされて、現在のマカロンの原型がこの町で作られた。
中にクリームは、挟んでいないマカロン。

クリームがサンドされたのは、パリで出来ました。
マカロンのお店の上のテントの部分は、唐辛子で、サンジャンドリュズ市の旗になっています。

こちらのお店で、マカロンの試食をさせてくれました。甘かったです。
黒いお菓子は、馬の糞と言う名のお菓子だそうです。犬の糞だったかな。

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下の右の家は、イヴサンローランの家だそうで、別荘見たいです。
時々、この辺りの道を、イヴサンローランが歩いている事もあるとか。

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散策していると、海へ出ました。ここからの海の眺めも絶景です。

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サンジャンドリュズ発祥の物は、エスパドリーユ(履物)で、昔は、漁師や踊り子が履いていたそうです。
他には、ボーダー、マカロンがあります。

靴の下の建物は、教会で、サンジャンイヴティスト教会で、1643年に建てられた。
紀元前300年前よりあったそうです。

こちらの教会で、ルイ14世とマリアテレジアの挙式が行われました。
式は、今は壁になって石をはめ込んでいる所が入り口だったのですが、式の7年後に今の入り口になった。

この前の道は、バイヨンヌとサンセバスティアンを結ぶメインの通り。

こちらの教会の中は、写真撮影不可だそうですが、結構中では、外国の方々は、写真撮影されていました。
ので、もしかしたら、フラッシュなしなら、撮影可能だったのかもしれないです。

中に綺麗な絵がありました。

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こちらの街でも、しばらく自由時間があり、ポストがあったので、折角なので、絵葉書を購入して、
切手を購入して、ポストへ投函。1.2€の切手代でした。

切手は、下の右の緑のテントのお店にありました。

イメージ 22



サンジャンドリュズから、この日の宿泊地、ビアリッツのホテルへ到着したのは、18:00頃
アマリーズAMARYSホテル
空港の近くのホテルで、このホテルは、エレベーターがなかったです。
ホテルの人が、階段をスーツケースを持って運びますが、両手にスーツケースを持って階段を上がって行き、
凄い力だと思いました。

19:10分には、ロビーへ集合して、バスに乗って、夕食のレストランへと出かけました。

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右の下の真ん中の宮殿みたいな建物は、ナポレオンが奥様の為に建てた建物だそうです。

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夕食は、こちらのレストランで、最初は、屋上の部分で食べる予定だったのですが、
ツアーの皆様の意見で、建物の中の方がいいとの事で、1階の建物の中で食べました。

飲み物は、水が、250mlが2.5ユーロ、500mlが3.5ユーロで、
最初は、500mlを2本注文していましたが、1本しかなくて、もう一つは、250mlが2本になりました。
ファンタは、3.5ユーロ。

季節のスープにパン。温かくて美味しいスープ。

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ツアーのメンバーの方々が、あまりお腹がすいていない。スペインのお昼のピンチョス料理が、
美味しくて、沢山召し上がられて、まだお腹がすいていないと言われると、
添乗員さんが、わざわざお店の方に聞いて下さって、メインの魚料理を、サラダと交換できるように、
してくれました。

それで、出てきたサラダは、大きなお皿に、沢山入って、ドレッシングもさっぱりとしていて、
とても美味しかったとの事です。

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私もサラダにしたら良かったかなと思いながら、メインの来るのを待ちました。

メインは、魚料理で、白身魚のたらとポテトでした。
このタラの味付けが、薄塩味で、ぱさぱさしていなくて、ジューシーでとても美味しかったです。

サラダも良さそうでしたが、サラダが美味しいという事は、こちらのお店は、全体的に美味しくて、
メインの魚も厚みがあり、とても美味しくて、良かったです。新鮮さが解ります。

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デザートは、チョコレートのムースで、コーヒーか紅茶を選べます。
美味しい食事を終えて、お店の外へ出ると、夕陽がとても素晴らしかったです。21:20頃です。

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