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大将軍商店街を後にして、次に目指したのは一条戻り橋近くにある晴明神社でした。
祭神である安倍晴明は天文暦学に明るく、神道を操る霊術を身につけておられたとか。
貴族から民衆まで、あまねく悪霊におびえていた都では特別な役職だった陰陽師として、
朱雀天皇から6代の天皇の側近として仕え、天体の星や空の雲の動きから、
宮殿での異変の予知や吉凶を言い当て、多くの人々の信望を寄せられたと伝えられています。
晴明神社はその安倍晴明の屋敷跡でした。最近は若い女性の人気を集めているのだとか。
晴明神社からは京都御所を経て、鴨川河川敷に降り、川床を見ながら南に下っていきます。
松原通り(旧五条通り)にかかる松原橋をわたって、東山区に入り、「六道の辻」を目指しました。
六道の辻は小さな商店街に、六波羅蜜寺、西福寺、六道珍皇寺などが点在する地域です。
この辺り一帯はかつて、鳥辺(とりべ)などと云われ、都の人たちの葬送の地でした。
亡骸を送りにきた人たちが、亡者の霊魂に引導を渡すところで、冥界への入り口とされました。
六道とは「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」の世界をさし、その分かれ道だと。
訪れた9日は、お盆恒例の「六道おくり」の行事があり、多くの善男善女がお参りしていました。
この門前から少し下った所に、「みなとや」という飴屋があり、昔ながらの雨を売っています。
名前は「幽霊子育飴」。黄金塘に似た素朴な味で、飴には由来が書かれた紙が入っています。
「1599(慶長4)年のこと、ある方の妻が亡くなって、土葬を済ませました。その数日後、
土の中から赤ん坊の泣き声がして、墓を掘り起こすと、この妻が赤ん坊を産み落としていました。
そういえば、夜な夜な飴屋に飴を買いにくる婦人がいて、赤ん坊が見つかった後は、
飴を買いにこなくなったそうです。この妻は幽霊になって飴を買い、赤ん坊を育てていたのです」
この飴屋さんの飴は、その後誰がいうとなく、「幽霊子育飴」の名前がついたのだとか。
その飴をなめながら、豊国神社を経て、午後3時過ぎにJR京都駅まで帰りつきました。
3時間25分、たっぷり走って、25.0キロ。朝の駅までのランを含めて25.6キロでした。
駅から歩いて10分ほどの銭湯「白川湯」につかった後、西本願寺近くの「餃子の王将」で、
仲間たちと楽しい宴でした。このマラニックで霊界をさまよったのかどうかは別にして、
ビールを1杯、2杯と飲み進めるうち、みんなすっかり俗世間の酔っぱらいにすぎないのでした。
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京都も知らないところが多いです。
ランニングならではの、楽しみ方ですね。
打ち上げも、王将で最高ですね。
2009/8/11(火) 午前 10:13
KAZUさん、ありがとうです。
どこも空いてなかったので王将でしたが、これで正解でした。
かなり飲みましたが、一人2000円でしたよ。
2009/8/12(水) 午前 1:08
こんにちは
「京都 松原橋」検索から来ました
同じものじゃないかもしれませんが
これも何かのご縁と思いコメさせていただきました
トラックバックさせていただきます
ぽち
2009/11/4(水) 午後 10:41
おぎりんさん、はじめまして。松原橋、いい感じの橋で好きです。
こんごともよろしくお願いしますね。
2009/11/7(土) 午後 4:48