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ワインを嗜んだオホーツク人
あいらぶ ほっかいどう
[ 北海道にまた行きたいな ]
2016/10/1(土) 午前 9:17
オホーツク人の土器はおおまかに円形刺突文、刻文、沈線文とソーメン状貼付文の3期にわたって変遷する。
その中で最も特徴的なのが北海道東部から南千島に分布するソーメン状貼付文土器である。
この土器はソーメン状の細い粘土紐を直線、波状にほどこしたものである。中には海獣、水鳥など動物を表現した貼付文もあるが多くはない。ソーメン状の粘土紐は一定の幅をもっているので動物・海獣の腸を乾燥させチューブとして粘土をひねり出した「チューブデコレーション」技法によるものと考えられている。
高圷、皿、異形土器などの土器はなく、あるのは底部が小さい割りに胴部は丸みをもった広口壼である。土器の大きさは小型・中形・大形・特大型にわけられる。用途に応じて使い分けしていていたのであろう。焼成はあまり良くなく、記面の色調は灰黒褐色である。
[ 北海道にまた行きたいな ]
2016/8/27(土) 午前 9:37
厚岸では約90カ所の遺跡が確認されている。発掘された住居跡としては最も古いもので縄文時代前期ないし中期、およそ6千年前である。
縄文時代から続縄文時代、擦文時代、そしてアイヌ時代から現在に至るまで、時代時代に増減はあるものの、この6千年の間、絶え間なく人々の暮らしが続いていたことを遺跡は物語る。
そしてこのことは、数千年わたって人々の暮らしを支え得た豊かな自然の恵みが、この地にあったことを示している。
寛永20年(1643年)、オランダ東インド会社所属のM・G・フリース艦長率いるカストリクム号が厚岸に寄港し、当時の厚岸に様子を航海記録に残したものがそれである。
記録にはノイアサックという長の元で暮らしているアイヌの生活とカキに代表される豊かな山海の幸に恵まれた厚岸の自然が記されている。記録に描かれたアイヌたちは、慎み深く、長ノイアサックを中心に秩序だった生活を送っていた。
厚岸の名前が初めて文献に登場するのは今から380年ほど昔、寛永年間(1624年〜1643年)のことである。
慶長9年(1604年)に成立した松前藩の文献に、アッケシ場所を開設したという記
秋田内陸100キロマラソン…あす角館に旅立ちます
サロマウルトラ
[ ゆうこ ]
2015/10/15(木) 午前 3:54
秋田内陸100キロマラソン…あす角館に旅立ちます
サロマウルトラ
[ ゆうこ ]
2015/4/25(土) 午前 5:47
秋田内陸100キロマラソン…あす角館に旅立ちます
サロマウルトラ
[ es9*q*1kj*0r ]
2015/1/14(水) 午後 3:16
はじめましてー(・∀・)
mainichi_muさんのブログのファンになったものです!
むしろブログだけじゃなくて、mainichi_muさんのファンになりつつあります(◎>U<◎)
落ち込んで塞ぎこんでる時にふとヤフブロを検索しました。
そして色んなブログを読ませて貰う中で、mainichi_muさんのブログに偶然出会いました。
派手さはないけど(失礼)でも、読む側をぐいぐいと引き付ける文章。
観察眼が鋭い方なんだというのはすぐに気づきました。
夢中に読んでいくうちに、気持ちのモヤモヤがいつのまに晴れてることに気づきました(o^∇^o)
mainichi_muさんに実は聞いて欲しいことがあります。
何ていうか、このブログの管理人である、mainichi_muさんだからこそ話せることっていうか私の悩みというか。。。
勝手ながら。。。私の連絡先です。
koikaren@i.softbank.jp
もし聞くだけなら聞いてもいいと思って貰えたなら連絡欲しいです。
ご迷惑は絶対におかけしないので(;≧∇≦)
ムクゲのおはなし
植物ノート
[ 屁糞葛やムクゲは防除すべき ]
2013/7/30(火) 午後 9:59
霧雨に煙る牧場をゆく…2012サロマ完走記(上)
サロマウルトラ
[ バスト98cm!? ]
2012/7/23(月) 午後 5:37
サロマ湖100キロ…11時間33分でした
サロマウルトラ
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サロマウルトラ




