むうさんのランニング天国

別府大分マラソン出場を目指す「なまはげ伝導士」のひとりごと

トレイルラン

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11月に入りました。11月に初戦を持ってきているなら、もう臨戦態勢というわけですが、今年はまだちょっと余裕があります。23日にダブルブッキングでエントリーしていた大田原マラソン(栃木)と福知山マラソン(京都)はいずれも、仕事のために参加できなくなりました。

初戦は12月12日の青島太平洋マラソン(宮崎)で、その後1月23日に高槻シティハーフ(大阪)を走って、2月6日の別府大分毎日マラソン(大分)、2月20日の泉州国際マラソン(大阪)と続きます。

1日の日曜日は雨でした。大阪城公園で関西明走会の練習会がありましたが、ライバルでもある小谷君に頼んで、4分半の24キロペース走に付き合ってもらいました。噴水前から片道1.5キロの外周道路を8往復します。実はやり遂げる自信がなく、18キロまでいければ御の字と思っていました。

最初の1往復はキロ5分から4分半まで上げて、2往復目からの3キロごとのタイムは13分27秒、13分39秒(給水)、13分12秒、13分18秒、13分32秒(給水)、13分27秒、13分23秒。24キロでしめて1分48分31秒でした。最後はかなりきつかったけど、なんとか走り切れました。

ライバルの小谷君は僕が離脱した後、2往復して30キロ走。いまの実力差です。

11月中に4分半の30キロ走、4分15秒の25キロ走をして、青島太平洋では4分半のイーブンペースで走りたいと思っています。つまり目標タイムは3時間8分ということになります。

目標が達成できたなら、高槻シティは1時間23分台を狙いに行って、これで走れたら別大はサブスリー狙い、達成できなければキロ4分半で3時間10分以内でのゴールほ目指すことになりそうです。

3日の文化の日は自宅から万福寺、明治天皇陵、桓武天皇陵、宇治川河川敷、天ケ瀬ダム、白川、太陽が丘公園を巡る25キロ走。明治天皇陵は右翼の人たちが多く、そういえば明治天皇誕生日だったな、と思い出しました。

体重は72.8キロあり、青島太平洋では70キロを切るところまで持っていきたいと思っています。

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今回のプランでは小辺路全行程71キロのうち、1日目55キロ、2日目16キロ。つまり1日目を乗り越えると、2日目は楽勝ということになるわけですが。ところが熊野本宮から大阪方面に帰るには、熊野本宮発午後0時50分の白浜行き特急バスに乗るのがもっともアクセスがいいようです。

というわけで、前夜に泊まった湯泉地温泉から8時前のバスに乗り、十津川温泉から8時40分に走り始めました。正午、熊野本宮着が目標です。まずは小辺路に戻り、国道425号からかなりおっかないつり橋を渡って、果無集落に向かう急坂に入ります。

標高1114メートルの果無峠までの標高差は800メートルほど。言うまでもなく、小辺路では最後の難関ということになります。

数軒の所帯がある果無集落までは20分ほど。ほんわかした暖かい日差しを浴びながら、そのまま果無峠に向かう長い登山道に入りました。何といっても「はてなし」というわけですから。

ここから峠を下りる八木尾集落までは西国三十三ヵ所巡りに見立てた石仏があって、退屈しません。標高800メートルの観音堂までは3.9キロ。ここには水場があり、のどを潤した後、急登に挑みます。果無峠は10時半に通過。ここからは長い下りに入って、順調に距離を稼ぎました。

ところが七色分岐で道を間違って、奈良県十津川村の七色集落に下りてしまいました。獣よけの柵で気がつきましたが、集落の人によるとここで道を間違える人が多いようです。国道168号に下って、県境の国道トンネルを抜け、八木尾集落に入りました。

ここからは国道168号の歩道を進みます。途中の平岩口から古道に入り、三軒茶屋跡までは登り。ここからは田辺からの中辺路に合流します。ここは観光客も多く、声をかけて追い越しながら、本宮大社まで最後の行程を行きます。住宅街に入ると、本宮大社はすぐそこ。

たっぷり疲れているのに、このまま終わるのが惜しいような、さびしい気持ちを味わいました。

皇族や貴族など高貴な人たちの参詣道だった中辺路には「王子」という休憩場所があります。本宮の手前に祓所王子があり、ここを過ぎると境内に入っていきます。

本宮大社には午後0時10分着。この日は18キロを3時間半でした。しめて71キロをちょうど13時間で行ったことになります。

熊野本宮の本殿は「上四社」という撮影禁止ポイントで、主祭神は家都美御子(けつみみこ)。熊野三山の祭神を総称した熊野権現の名のほうが一般的かもしれません。勝ち運の神様でもあるので、11月からのシーズンで満足した結果を残せるようお祈りしてきました。

神の使いである八咫烏(やたがらす)のお守りも買いました。

予定通り白浜行きの特急バスに乗り、白浜で有名な「崎の湯」に浸かって、大阪行きの特急「くろしお」に乗って帰ってきました。3連休最終日で指定までいっぱいで、かろうじてグリーン車だけ数席空いていましたが、疲れ果てた二人にはちょうどよかったかもしれません。ぐっすり眠りました。

ここ3年来の夢だった小辺路行きですが、わがままなプランに同行してくれたエスパー君に感謝しています。集落から集落の距離が長いうえ、クマなどに遭遇する可能性も高く、しかも携帯の通じない地域が多くあって、単独行はなかなか難しいのかもしれません。

ここ2、3年のうちに再訪することもあるかもしれません。でも、次はもうちょっと風景や石仏を愛でながら走る余裕があればいいな。でも「中辺路」の完踏もしてみたくなりました。

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三浦口集落の出口には吊り橋があり、これを渡ると山道に入りました。午後2時45分。すでに日は傾きかけていて、やや不安を抱えながら、標高1040メートルの三浦峠に向かいました。三浦口集落との標高差は700メートルほど。

20分ほど登ると旅篭があった吉村家跡。樹齢500年前後と言われる杉の大木が数本あります。屋敷の防風林だったそうですが、最大のものは胴回り8メートルだとか。

さらに急坂をひと登りすると、「三十丁の水」と呼ばれる水場がありました。喉をうるおして、さらに登るとようやく三浦峠。古道が林道を横切るところが峠で、ここで持っていた水を全部飲み干しました。

午後4時10分。スタートから7時間30分。午後6時までに西中集落まで降りたいので先を急ぎました。ここからの下りは走るのにいいシングルトラックで、快調に進みました。

西中集落には午後5時40分。スタートから9時間でした。ここからは国道425号を熊野川の支流西川に沿って下っていきます。とっぷりと日が暮れて、街灯のない道を行くのはちょっと心細い。

予約していた宿の方が十津川温泉の分岐あたりまで迎えに来てくれたので、車に乗りました。

高野山を午前8時40分にスタートし、56キロを9時間45分の長旅でした。同行するエスパー君によると、「六甲全縦よりちょっときつい」とか。最後の最後に標高差700メートルの三浦峠越えがあるのが、全縦との違いなんでしょうね。ともかく、課題の初日をなんとか乗り切りました。

宿泊したのは十津川温泉郷の湯泉地温泉の温泉民宿「かたやま」。硫黄臭がする透明の湯は源泉かけ流しだそうで、朝まで4回も湯に通いました。夕食の大きなアマゴの塩焼きが旨かった。

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大股橋を渡ると、再び急な上りとなり、民宿を右手に見ながら舗装路の急坂を進みます。コースでも一番の勾配で、一息つく頃にかつて旅籠があった萱小屋に着きました。ここからはなだらかになり、やや明るい巻き路を檜峠に向かいます。

しばらく進むと前方に伯母子岳(標高1344メートル)が見えました。小辺路は山頂を回避して、東側の伯母子峠(1246メートル)に向かって巻いて進みます。峠通過は午後0時41分。スタートからは23.4キロで、4時間ちょうどでした。まだきょうの行程の半分もきていません。

峠を過ぎてからはなだらかな下り坂で、ところどころに水場があり、手ですくって頂いた後、頭から水をかけて進みました。しばらく行くと昭和の初め頃まで旅籠があったという上西家跡。広い敷地に残っている石垣が見事で、かつてのにぎわいを思い浮かべました。

水ケ元茶屋を過ぎ、侍平屋敷跡までは古道の崩壊が進んでいる個所で、ところどころ迂回路になります。ここからは急坂になり、やがて舗装路に出て、三田谷橋を渡りました。トンネルを抜け、三浦口の集落に出ましたが、「宿泊場所はない」と思っていたのに民宿が少なくとも2軒ありました。

スタートから32.8キロで、ちょうど6時間。時間は午後2時40分でした。ここからまた1000メートルの峠を越えるわけだから、できればここで宿泊したいところでしたが、リサーチ不足でした。

よろづ屋でビールを頂いた後、少なくとも日暮れる前に山道を抜けようと先を急ぎました。(つづく)

                            ♪

どうも更新が滞ってしまいます。この10日間、いろんなことがありましたが、それはまたおいおい。いずれにしても、仕事に余裕がない証しです。きょうは仕事のアポを入れず、夕刊明けの時間から伏見桃山城までを往復し、さらに天ヶ瀬ダムまで走りました。

2時間かけて、20.5キロ。久しぶりの2時間走でした。気持ちよかった。

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火曜日は仕事が午後8時前に終わったので、久しぶりにナイトランに出かけました。といっても宇治で夜間走れる場所(つまり明るい道路)は宇治市役所から宇治橋を渡って、京滋バイパスの宇治東ICにかけてぐらいです。

片道3キロの区間を2往復して12キロ。55分かけて走りました。平均キロ4分50秒ぐらい。こんな練習、久しぶりでしたが、平日は少なくとも週に2回、ナイトランをしようと誓いました。

さて、先週末(10月10、11日)にチームアジアの友人、エスパー君と走った熊野古道「小辺路」の走り旅を計4回で振り返ります。

                    ♪

前夜は南海電車の始発に乗るために西九条のホテルに泊まりました。橋本行きの急行でエスパー君と落ち合って、極楽橋に着いたのは午前8時9分。ケーブルカーとバスを乗り継いで、スタートの千手院前バス停を午前8時40分にスタートしました。ほぼ予定通り。

金剛三昧院の脇をすぎると、急こう配の舗装路になりました。昨夜の豪雨が上がったばかりで、シューズがつるつると滑ります。すぐに林道に入り、ぬかるみが気がかりでしたが、さすがに数百年の時を経て、旅人たちが作ってきた道です。踏み固められて走りやすい状態でした。

石の上にときどき、どっしりとヒキガエルが座っていて、踏まないように気をつけます。

スタート地点から3.1キロの薄峠までは約200メートルの登り。峠を過ぎると山道を大滝集落まで300メートル下って、ここから400メートル登ります。途中からは高野龍神スカイラインに出てここが、7.5キロ地点。スタートから1時間30分。

このあたりは小辺路のなかでも著しく破壊が進んでいるところです。

スカイラインから離れて、山道を登り切って「林道タイノ原線」に入りますが、ここも古道の面影はありません。ただ、うれしかったのは雲が切れて、晴れてきたこと。

行く手はまだまだ遠いですから、こんなことでも気が楽になります。

13.9キロ地点の平辻を過ぎると、急坂になって大股バス停着は午前11時12分(2時間32分)でした。民宿もある集落ですが、頼みの自販機がたまたま前夜に壊されていて、お預けでした。

ここまでが登山の場合は一日の行程ですが、このまま先を急ぎます。

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