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昨日は十和田湖を通って 秋田県鹿角市 まで行き、尾去沢鉱山を見てきた。
ここは伝説によると「和銅元年(西暦708年)」に発見されたというから、ずいぶん古くからある鉱山だ。
ちゃんとした記録に残っているところでは1598年に発見されたらしい。
それからずっと江戸時代、明治時代、大正、昭和と来て、昭和53年に採算が取れなくなって閉山するまで、400年間も大量の金や銅を産出し続けたというすごい鉱山だ。
今はその坑道を歩いて見学できるようになっている。
全長1.7kmの観光坑道には、昔の手掘りの坑道や近代になってからの坑道もあり、マネキン人形に服を着せて掘っている様子をリアルに再現している。
坑道の長さは全部で800kmにも達し、鉱脈の数は560本以上もあったらしい。
観光坑道を歩いているとそういった鉱脈に沿って掘った跡がよく見えて、中には地中の大峡谷のようになっているところもあり、思わず息を呑む光景だった。
これらが自然にできたものではなく、すべて人が掘ったものなのだから、人の欲望というのは凄まじいものである。
ただ坑道を歩くだけで大人一人1000円の入場料はちょっと高い感じもしたが、充分その価値はあったと思う。
歴史的に見ても、ここの金を使って奈良の大仏や中尊寺の金堂を作ったという伝説が残されているし、江戸時代初期には迫害を逃れたキリシタンたちがここで働いたこともあるとかで、彼らが彫った十字架の印もあってなかなかに興味深かった。
明治になってからは汚職で知られる井上馨がここでも顔を出し、元の所有者から奪って私物化しようとしたりと多彩な経歴がある鉱山である。
坑内は一年を通して13℃ぐらいらしい。
夏場は寒いということだが、昨日は外も寒かったのでそれほど気温差は感じなかった。
それよりリアルなマネキン人形が、仕事をしている様子や休憩している場面を忠実に再現してあるのが、気味悪くて背筋が寒い感じがした。
昨日は祝日とはいえ数人しかお客さんが来ていなかったが、あれで他に観光客が誰もいなくて自分ひとりだけだったら、さっさと走って出て行きたくなるだろう。
マネキンなので皆スマートな美男子揃いなのが不自然だが、どれも同じ顔というのも不気味だ。
とくに気持ち悪かったのが途中から行き止まりになっている坑道の、ずっと奥の方から人の足音が聞こえるように放送していることだった。
今までの鉱脈が560本以上もあったというから、あちこちに行き止まりや塞いでしまった坑道があり、中には塞ぎもせず暗い穴がポッカリとそのまま残されているところもあって、暗くて狭い坑道を歩いていると、イヤでもその奥を覗き込みたくなるからちょっとしたお化け屋敷気分である。
ようやく外に出て、係員に「あの足音の演出は怖かったですよ」と言ったら、係員が怪訝な顔をして「うちではそういう演出はしていませんが」と言われたときはお化け屋敷どころではない怖さだった。
画像は尾去沢鉱山のパンフレット。
ところで、昨日坑内で足音が聞こえたのは本当だが、係員にそれを話したというのは嘘である。
だからあの足音が演出なのか空耳なのか、それとも本当なのかはわからない。 |
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こんばんは また随分とロングドライブしましたね!
日帰りでしたか?
何回か子供を連れていったことがあります。以前は近かったので?
足音は、聞いた事ありませんが 一人だと坑道の中は怖いかも
真っ暗な坑道の中でヘッドランプに照らされた黄銅鉱とかの輝きはきれいですね
2010/11/25(木) 午前 0:42
こんにちは
400年間も採掘をしたというのは驚きですね、
何百本もの坑道全て手堀!ほんと昔の人の執念を感じました。
暗闇の中から足音が!人夫の怨念が歩いていたのかも?おおコワ!
2010/11/25(木) 午後 4:30
vacaさん、一昨日は日帰りで行ってきました。
掘り残した鉱脈が少しだけありましたが、ランプでキラキラ光ってとてもきれいでしたね。
2010/11/25(木) 午後 7:10 [ マイタケオヤジ ]
酔渓さん、私の説明不足ですが、明治以前に掘られたのは全長800kmのうちの100kmだけですので、手掘りの部分はそれほどはないと思います。
あの足音はリアルさを出すためにたぶん放送していたんだと思いますが、もしそうでなかったら怖いですね。
2010/11/25(木) 午後 7:13 [ マイタケオヤジ ]
マイタケオヤジさん、蝋人形は、冷たいようで気持ち悪いですね。碇ヶ関の関所、佐渡の世阿弥…本当にヒヤッとしますね。私も大分前に行ったことがありますが、エアホーンをつけて順路を行くと説明が聞こえてきました。掘った鉱物は牛の背に積んで野辺地港まで運んで船で運んだといわれているのを思い出しました。
2010/11/25(木) 午後 9:46
タケさん、一昨日行ったときはマネキン人形で、放送は人が近づいたのを自動で感知して始まりましたからイヤホーンは必要なかったです。
有名な「南部牛追い唄」もここの銅を運んでいるときに生まれた歌らしいですね。
2010/11/25(木) 午後 10:00 [ マイタケオヤジ ]