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今日FC2のほうに過去ブログがすべて移動できたので、もうこれからはあちらでブログを続けることになる。
下がFC2ブログの私のURL
ブログのタイトルはここと同じく「舞茸な日々」にしたので、興味がある方は覗いてみてください。
「FC2ブログ 舞茸な日々」と検索しても私のブログが出てくるが、実は先にFC2ブログを書いている方が「舞茸な日々」という記事をいくつか書いていらっしゃるので、それも同時に出てくる。
この記事は題名通り天然舞茸の写真ばかりだから私のブログと勘違いするかも知れないが、この方のブログのタイトルは「山と友に」だからお間違いなきように。
13年前まではブログなどやろうとは露ほども考えてなかった。
そもそもパソコンだって、一生触らずに過ごすんだろうなと思っていたのだ。
その考えが変わったのは、せっかく採った山菜やキノコをインターネットで売れば儲かるんじゃないかと思いついたからで、インターネットを利用するためにはイヤでもパソコンを覚えなければならず、頭が割れる思いをしてやっとパソコンをいじれるようになったら、インターネット空間にはブログというモノがあると気づいて、山菜の宣伝にでもなればいいと思って始めたらハマってしまった。
私は小学校2年生の国語の時間にヤマモト先生に「マイタケ君上手に書けました」と作文を褒められてからは、他の勉強は全然ダメでも作文だけはうまい子としてずっと生きてきたのだ。
ブログはそういう私に、自分の思いや考えを発表させてくれる場として、まさにうってつけだった。
その後ツイッターやインスタグラムなどが流行ってきたようだが、私のような浅はかで軽はずみな人間は、思ったことをすぐ発表してしまったら絶対失敗するから、ブログのようによく考えてからそれを文章にして皆に読んでもらうというスタイルが一番いいと思っている。
とは言え、ただブログに自分のことを書いただけでまったく反応がないと、古井戸に石を投げ込んでも何の音もしないのと一緒でまるで面白くない。
果たして俺の文章を読んでくれている人はいるのかしらん?と心細くなる。
最初の頃は全然反応がなかったから単に日記を書いているのと同じだったが、ある日コメントが寄せられているのを見たときはそれは嬉しかった。
それからは私のファンになってくれる人も出てきて、多いときは何人もの方が暖かいコメントを寄せてくださって、そのおかげで今日までブログを続けてこれたのだ。
13年前から始めて、このブログに来てくださる方もだいぶ顔ぶれが変わったが、リアルでは知り合うこともなかったたくさんの方と、こうして交流できたのはヤフーブログのおかげだ。
皆さん最後までお付き合いいただきありがとうございました。
この頃ではオールドハードロッカーさんと酔渓さんが必ずコメントをくださって、大変お世話になりました。
酔渓さんはほぼ毎日質の高いブログを更新し続けていて、毎日30件以上のコメントが寄せられるのにすべて返事を書いて、なおかつ私のようなブログにもコメントを書いてくださって、私にはとても真似ができないです。
私も酔渓さんのブログにコメントを書こうとは思っていたのですが、先に30件以上もコメントがあると酔渓さんのリコメントの手間を考えてしまって、かえって迷惑になると思って書けませんでした。
たまに私が一番とか2番目のときにやっとコメントを書き込むことができたぐらいですが、酔渓さんのブログはこれからも見させてもらいますね。
よろしくお願いします。
あと二日あると言っても、今日も障害があってだいぶバタバタしたみたいだから、また書き込めるかどうかはわからない。
そんなわけで先にご挨拶しておきます。
皆さんまたどこかのブログで会いましょう\(^o^)/
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冬の間はインターネットがない環境にいるので、ブログを覗くのは週に一度インターネットカフェに行った時ぐらいだが、今年の3月はよく行くインターネットカフェが改装工事をして3週間も間が開き、久しぶりに見たらヤフーブログが今年で終了するというお知らせがあったのでガッカリした。
ヤフーがいつまでも金にならないことをしてくれるわけはないと思っていたから、何年か前に広告が大きくなったときは仕方ないと思ったし、これからもっとそういう傾向が続くんだろうなとは思っていたが、まさかブログ自体をやめてしまうとは想像していなかった。
ヤフーブログには400万人近くのブロガーがいるらしいが、これを全部捨ててしまって今まで築いた信用もなくしても、まだやめる方がメリットがあるということなのだろう。
それなら我々としては何も言うことはない。
「今まで無料でこういう場を提供してくれてどうもありがとう」と感謝して去るしかない。
ヤフーブログに自分の思いや近況を綴ったり、ブログ友のブログを覗いたりするのが楽しみだったのに、もうできなくなるのかと思うと淋しい。
これからも他の場所でブログを続けることはできるだろうが、今まで13年間に出会ったブログ友の皆さんとバラバラになるのはもっと淋しい。
ヤフーブログに書きこみできるのは8月いっぱいというのでゆっくり構えていたが、いよいよ期日が迫ってきて私も行先を決めた。
ヤフーの方ではアメーバブログなど四ヶ所を用意してくれたが、それ以外にもFC2ブログも簡単に引っ越しできることがわかり、FC2ではここで皆さんにいただいたコメントも残るというので、FC2ブログに引っ越すことにして新しくブログを開設し、今過去ブログを引っ越している最中だ。
順調にいけば明日には全部移せるらしい。
まだあと三日あるからこれが最後ではないが、皆さん今までどうもありがとうございました。
私はたぶんFC2ブログでこれからもブログを続けます。
今までコメントをいただいた方々のところにも寄らせてもらいます。
それぞれのブログにログインしないと思うので私が行ったかどうかはわからないでしょうが、皆さんのことは忘れません。
それでは、また。
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つがる市の馬市祭りが金曜日から始まって、最終日の今日は午後から馬ねぶたのパレードがあったので見に行った。
今日の津軽は午前中は雲が多くて23℃ぐらいで涼しかったが、パレードが始まった午後1時になると陽がさして25℃でも暑く感じた。
しかし風はもう秋のようで、この前までの暑さとは違う。
パレードが始まる前に今年も旧車が何台かパレードしたが、私はあまり興味がないのでこれは写真を撮らなかった。
パレードの先頭は今年も木造高校のブラスバンド部で、今日の曲は「残酷な天使のテーゼ」だった。
私はエヴァンゲリオンをまったく見たことがないが、この曲はノリがいいので知っている。
その後ろは在日米軍の軍楽隊で、曲は「聖者の行進」
去年はピシッとした制服だったが、今年は戦闘服姿でイマイチ締まりがなかった。
その次につがる市の市長や議員や県議会議員といったお偉いさんが続いて、彼らの後にはつがる市から出土したことで有名な遮光土偶の「シャコちゃん」のねぶたが引かれていた。
北東北と北海道の縄文遺跡群が、いよいよ世界遺産の国内の候補に推薦されることが決まったからだろう。
その後ろに航空自衛隊の北部方面音楽隊が整然とやってきて、よく聴く(私は残念ながら曲名を知らない)行進曲を奏でて行った。
航空自衛隊の北部方面音楽隊がこの馬市祭りに参加してくれるのは初めてのような気がする。
車力に航空自衛隊の分屯基地があるから来てくれたのだろう。
半分は女性自衛官で、キリッとした制服姿にちょっと萌えた。
その次からは各団体の馬ねぶたと趣向を凝らした出し物が続いた。
今年はパレードのコースが少し変わって、市役所がスタートになったのでスタート近くで見たが、ちょっと逆光になるので見づらい写真になってしまった。
下はどうやら携帯電話のCMの三太郎をパロッたようだ。
毎年おなじみの稲垣藁の会
小さい馬には子供たちを乗せてくれるので大人気だ。
上は木造高校の生徒諸君で下は馬ねぶた。
去年まで木造高校の馬ねぶたは、もっとしっかりしたもので生徒会長が乗馬していたのだが、今年から変わったようだ。
つがる市の農産物のマスコットキャラクター「つがーるちゃん」も大人気だった。
ご存知スコップ三味線。
それぞれ面白い出し物を演じてくれたが、私的には蓮沼の団体が一番受けた。
上の写真が馬ねぶたで下がその連中。
次は航空自衛隊車力分屯基地の皆さん。
最後はつがる市役所の有志による流し踊りでフィナーレ
つがる市は今年も元気でした。
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昨日と今日、七里長浜港に海上自衛隊の掃海艇と、海上保安庁の巡視船が来ていると聞いたので見に行った。
下がその写真。
外から見ただけで乗船はしなかったが、乗ろうと思えば海上自衛隊の人と海上保安庁の人が案内してくれたようだ。
港の倉庫では、海上自衛隊大湊基地で有名な「海軍カレー」が振る舞われたらしい。
限定300食とのことだったが、私は急いでいたので外から倉庫の中で食べてる人たちをチラっと見ただけにした。
七里長浜港には行く用事がないので行ったのはずいぶん久しぶりで、今日見たら港には風力発電の柱や羽が所狭しと置かれていた。
今まであの巨大な柱や羽をどこから運んでくるか考えもしてなかったが、この港を使うのが一番効率的だ。
まだこれだけあるということは、風車はもっともっと立つのだろう。
下は港から出来島方面。
小さくて見にくいが風車が林立している。
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津軽平野の西側、鯵ヶ沢町から十三湖まで続く海岸沿いに「屏風山」と呼ばれる砂丘地帯がある。
標高20〜30mの高さの山が延々30㎞、幅3〜5kmほど続いていて、藩政時代の200年間営々と松の木を植林して育て続けたので広大な松林だったが、昭和30年代に国から民間に払い下げられて今では松林は半分も残っておらず、開拓されたところはほとんどは畑として利用されていて、メロンやスイカ、ゴボウ、長芋の一大産地になった。
去年からここに風力発電の風車がたくさん建てられ始めて、今年津軽に帰ってきたら風景が一変するほど風車だらけになっていた。
風力発電の風車はその前にも「ベンセ湿原」の前に大きいのが一基、南広森に小さいのが三基あったが、今回のはベンセ湿原前にあったような大型の風車が、まだ工事中のもあるから全体で何十基になるのか見当もつかない。
今稼働しているのはベンセ湿原の前の一基だけだが、夜つがる市の実家から西を見ると、たくさんの風車についた航空標識が点滅して夜の風景が変わってしまった。
下の写真は屏風山の南側の駒田のあたりと、中間地点の出来島のあたりで撮ったもの。
この出来島から先にも建設中の風車がたくんさんあるし、これとは別の会社が建てた風車でこの前からすでに稼働し始めた風力発電もある。
下がそれで、中里の牛潟地区にある。
ここは今年の春蟹田の山に筍採りに行く途中で見えていて、場所的に十三湖の岸近くにあるのかと思っていたが、今回近くまで寄ってみたら十三湖のすぐ側の田んぼの中に立っていた。
ここの風車は全部で15基あり、発電出力は34500キロワットだそうだ。
もっと北にもいくつか風力発電の風車があるし、鯵ヶ沢町から南の西海岸にも去年あたりから大小さまざまな風車が林立している。
青森県の海岸沿いは風力発電に適しているのだろう。
まだこんなに風車が増える前の去年の段階で、すでに青森県は風力発電が日本一だったそうだ。
私は大きさから言っても風の強さから言っても、北海道が断トツの一位だと思っていたから意外だった。
これほど大きな装置を造って、出力が34500kwというのが果たして効率的なのかどうか私には見当がつかないが、この先十万年も管理し続けなければいけない核のゴミを子孫に残す原子力よりははるかにマシだとは思う。
だが、風力発電にも問題がないわけじゃない。
青森県でこんなに風力発電が盛んなのは、冬場の季節風が強いというほかに、風車の近くに人が住んでない土地が多いからでもある。
風車の側で暮らしたら健康被害が出るから、人口が多い地域ではそんなに建てられないのだ。
それにいくら丈夫な素材で作ったと言ってもモノには必ず終わりがあり、こんな大きくて頑丈なモノをどう処分するかもまだこれから考えなければいけない問題だ。
さらに人間以外にも、渡り鳥が風車にぶつかって死ぬという大問題がある。
風車の羽はものすごいスピードで回転しているから、うっかり風車の回転範囲に入ってしまった鳥たちは気がつく間もなく切断されるだろう。
今まで何百年も安全なコースと信じて飛んできた鳥たちは、屏風山一帯に死の罠が待ち構えているとは知らずに、この先何年も叩き落とされ続けてようやく風車を避けて飛ぶ術を学ぶのだろう。
さっきも書いたように私は風力発電は原子力よりははるかにマシだと思っているが、だからこれからもどんどん増やせとは思っていない。
再生可能エネルギーということでは、日本は火山国なのにまだ地熱をほとんど利用していないし、周りを海で囲まれているのに波力や潮力の利用も全然進んでいないから、資金と人をそれらに集中すればいくらでも電力を作り出せるんじゃないかと思っている。
一番いいのは我々人類が欲望を抑えて、電力の消費量を減らすことだ。
テレビの深夜放送だのコンビニの深夜営業だの必要ないじゃないか。
我々人類が刹那的に使う電気のせいで、子々孫々の代まで迷惑をかけることをもっと切実に思わなきゃいかん。
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