日々な記録

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1日であったこと。独り言です。。って公開だから一人じゃないか
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新歓公演

新歓が決定しました。
オスカー・ワイルドの「サロメ」やります。
因みに役者やります。
「サロメ」のサロメです。

大学の“自主”ゼミである以上
新歓をせねばならぬところが何ともいえませんが…
でもとにかく舞台です!!
台詞入れねば、踊らねば、歌わねば。。

一年生、入るといいな、むしろ二年でも入るといいな…

帰還

東京に戻って参りました。
これからまた一人暮らしかぁ……やだな。
一緒にご飯食べる人が欲しい。
はぁ。。
まぁ慣れたけど。
私こんな性格だったかしら?
一人平気だと思ってたんだけど。

それはそうとまた気合い入れないと
将来どころか明日から野垂れ死に決定です。
精神が。

取りあえず明日明後日はバイトに励みます。

反省

ゼミのエバリュエーションレジュメを書きました。
頭もじゃもじゃ。。

もっと役者の存在、仕事を疑う必要があった。劇作りにあたって戯曲や演出に従って台本通りに劇を作るだけではなく、人がそこに存在するということを行いたい。
稽古中に“そう書かれているからそうしているようだ”という言葉を聞いたが、ある意味その通りだと思う。
どんなにその役のことを考え、心情のコンテクストを踏まえた上で台詞を言っても、それはそう書かれているからそのコンテクストを引っ張り出し、喋っているのだ。
台詞が書かれていれば喋るのか。書かれた台詞以外は喋らないのか。
例えば一つの戯曲の読解として登場人物が喋ること、発した言葉を疑うなら、劇場内で役者の喋るという行為自体を疑うことが出来ると思う。
演劇をもっとライブのものにするにはそこから考える必要がある…気がする。
ただ、演劇ではなくなる可能性もあるが、しかし観るものと観られるものが存在したらそれが演劇だというならそれもありだと思う。
また、現在ほとんどの戯曲は台詞とト書きでかかれており、それが当然となっているが、そこに必然性はないのではないか。
話すという行為は人間の動作の一つでしかないが、今の演劇は話すことが中心に置かれている。
台詞ではないもので書かれる演劇の台本の可能性を考えてみたい。


そもそもこんなこと考える意味あるのかな。
演劇ってわけわかんない。
分かんないから楽しい。

バイト

ただいまブライダルの会場でバイトしております。
まぁなんたって祝い事。おめでたい。。
しかしバイトはおめでたくない。
何しろパンプスで立ちっぱ。
長いときは13時間ちょい……
しかしお金を稼いで夏には世界一周するのだ!!

ふぅん…このバイトだけじゃたりないなぁ…
ぬふ!!

久しく‥

何年ぶりだろう、自分のブログを覗いてみる私。
他人のものの気分がしている無事大学生になれました舞弥です。
東京行ってます。演劇勉強中です。
ゼミなので実践はあんまりで頭もの凄く使って…るような気がしてます。
久々に帰省中。
やっぱり実家はいいです。
地元はいいです。
帰りたくなくなるんじゃないだろうか。。。
イヤすでにもうなってたり。。


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