─ はじめに ─
 憲法9条はアメリカが占領下に押し付けたものであり、10日間でこさえた出来損ないであるとする言説があります。
そういう面もあるかと私も思っていたましたが、安倍政治のおかげで9条に関心を持つようになり、勉強してみました。
その結果、

1) 憲法9条は、世界的な戦争と外交の悲劇と絶望の歴史が昇華されて生まれたものであることを知りました。

2) また、国民主権を謳う現日本国憲法が明治以来の日本の歴史に根差すものであることを知りました。

3) さらに、現在では国家の主権および安全保障の問題がグローバル経済の、国境を越えてしまった資本の、道具にされてしまっている可能性を感じるに至りました。
 
専門家の方々には常識的なことかもしれませんが、
「理解を深めよう」としている他の方々の参考になるかと思い、
一市民の私がこのように感じるにいたった勉強の過程を、
皆さんと共有したいと思います。

抜粋
彼らは、9条が理想主義的であることを誰よりもよく知っていた。
しかし、戦争こそ狂気の沙汰であることを誰よりも深く経験していた。

夢想家、理想主義、現実を知らないなどと嘲笑されることを十分にわかっていた。
彼らほど沢山の世界レベルの戦争の中で、軍事と外交に奔走した者はいなかったのではないか。
彼らほど戦争の「現実」を知ったものはいなかったのではないか。
7000万人が死んだ戦争の直後、原子爆弾が使われた戦争の直後のこの瞬間でなければ、一国の憲法に戦争放棄・交戦権否定を盛り込む機会は、
もう二度とないと感じたのではないでしょうか。
 
私自身、これまでは、9条をいつまでも堅持することには無理があるように感じていました。
しかし今はちがいます。

9条は、7000万人の人々が死んだ現実の中から生まれた奇跡であって、
とてつもないモニュメントなのだと今は感じます。
戦争の狂気を乗り越えるための狂気の沙汰の条項なのだと思います。

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