majyoakiのおさんぽ日記

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鴨川の歴史 ケータイ投稿記事

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京都市内の東を流れる川。
平安時代に京都に都が置かれた時代から東を護る守護神「青龍」として崇められて来ました。

今は川岸保全管理がしっかりされて
京都市民の憩いの場となっています。
広々とした川原には昔のことなんて何にも知らない若い子達が思い思い楽しんでいます。


ある京都の老舗さんから興味深いお話を伺いました。

江戸時代末期に徳川幕府により治水工事が始まる前の鴨川は
毎年氾濫を繰り返し、夏にはその水が淀んで疫病が発生した。
川原は葦が生い茂り見通しも悪く一回逃げ込むと容易には探せない。

今でも年に数回増水して上流からサンショウウオが流されて来ることがあるんだそうです。
見つけたら直ぐ役所に電話して捕獲してもといた上流に返すんだとか。

なんといっても天然記念物ですからお役所も大変ですね。
微笑ましいお話です。

さて、鴨川の歴史のお話に戻ります。

江戸時代に徳川幕府は再三朝廷に「鴨川治水」を進言したのですが朝廷はのらりくらりと回答を伸ばし最後には脚下。
その理由は
「鴨川は神の住まう土地、よそ者が立ち入りその姿を変えるなど言語道断」
当時の朝廷のお公家さん達は鴨川を越えて都に入るは全て都を狙う魔物と信じていたと言います。
いわば鴨川は「京都の結界」

一方の徳川幕府は新田開発等で培った治水工事のノウハウも技術もありましたから洪水や疫病でたくさんの庶民が救われると知っていました。
(徳川幕府には元武田軍の武将が多く彼らの子孫は治水のプロでした)
歴代の京都の守護職は繰り返し陳情を行いましたが
一向に朝廷は許可してくれません。

神の川は都が京都に置かれてからずっとたくさんの人の命を奪い
その犠牲の上に都は成り立っていたのです。


鴨川の治水工事が始まると洪水も疫病も無くなり
鴨川は神が住まう川から人が集う川になりました。
今はのどかなこの風景も継続して人の手を入れ続けないとまたいつ昔のように荒れた川になるかわからない。

老舗の方はそうおっしゃっいました。


今までたくさんの京都のお話を伺いましたが
一番「府に落ちる」と言うか
リアル感たっぷりの納得出来るお話でした。

祇園祭は鴨川の氾濫の後に疫病が流行るは怨霊のせいだと思った人々が年に一度だけ八坂神社から結界を破り最強の怨霊神の力で市中の小さな魔物を払うお祭りですし。
ここ数年でも鴨川の増水騒ぎはありましたね。


京都は昔も今もそこに住む多くの方のたゆまぬ努力で支えられている町なんですよね。


「京都の結界」なんて、21世紀の平成の時代、馬鹿げた話よねと思う一方で
鴨川を越えて東に行くと決まって具合が悪くなる私。
このお話に妙にシンクロしてしまいます。
はてさて平成の今は魔物がいるのは川の向こうか手前か。

今年は鴨川増水の被害が無いと良いですね。

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