majyoakiのおさんぽ日記

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京都・奈良へおでかけ

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手作りの「祇園祭」 ケータイ投稿記事

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京都の「祇園祭」と言う名前は知っていても実際にどんなお祭りかご存知ない方もたくさんいらっしゃることでしょう。

日本一の祭。
動く美術館。
観光パンフレットには華やかな言葉が並びます。

山鉾で購入する厄除けの粽が町会の方の手作りだと言うことをご存知でしょうか?
更には巡行に使われる山鉾が毎年町会の方たちによって組み立てられてることは祇園祭を見たことがある方もご存知ないかも知れません。

釘を使わず縄を縛って組み立てていきます。

是非ともこの様子を見に来て下さい。
太い柱を大勢で声を掛け合いながら作り上げていく姿は感動的です。

ひとしきり見学したら
お買い物スタート。

祭を支えている鉾町に敬意を表して
たくさんお買い物して
美味しい物食べて
気に入ったらまた訪れて下さい。

それが
よそもんに出来る「伝統を守る人」への貢献です。

来年も再来年も
子や孫の代まで祭を続けて行く為には
まずはその街が元気でなくちゃ。

薬師寺 ケータイ投稿記事

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次は朱塗りの伽藍が美しい薬師寺へ。

唐招提寺とは違った魅力の伽藍と壮麗な白鳳仏の美しさ。
こちらは平山郁夫さんの壁画期間限定公開中。

入館料以外に特別公開追加料金かかったんで半日でかなりの出費だけど
それだけ価値のあるものが見れました。

朝9:00から12:00まで約三時間いて西ノ京駅前でお昼たべて帰って来てしまいました。
もう一ヶ所行ける時間はあったけど体力が無い。

広いお寺の境内回る時はやはり軽装で。
疲れたけど充実した週末でした。

唐招提寺へ ケータイ投稿記事

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奈良の唐招提寺で一週間だけ御影堂の襖絵が公開されるとのことで早起きして行って来ました。
阪急と近鉄の快速を使って片道一時間ちょっと。
東京から三浦海岸まで位だから小旅行ですね。

まずは国宝の金堂。
「天平の甍」で有名な瓦屋根。
遠くギリシャからシルクロードを伝ってもたらされたと学校で習ったエンタシス列柱。
真偽の程はともかく。
美しいです。

唐招提寺は境内こそそんなに混雑していないものの当日のみだった国宝の鑑真和上のご焼香には長蛇の列。
諦めてちょこっと後ろの方で拝ませて戴き東山魁夷画伯の襖絵だけ見て来ました。
やっぱり凄い。
こちらも開山忌前後3日しか公開しないので拝めて良かったです。
御影堂の苔むした庭も新緑に映えてとても美しかった。

すっかりご満悦。

京料理太巻き ケータイ投稿記事

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きもののクリーニングが上がったので京都四条高倉のきもの教室へ。

道路拡張工事中の四条通り。
歩道が広くなったのは良いのですが
路面が凸凹で歩きにくい。
祇園祭までは綺麗になって欲しいものです。


せっかくなので
地下道を移動して河原町へ。
目的は観光案内所で夏の観光パンフレットが欲しかったんですが
17:00まで営業でもう終わってました。
観光地の案内所なのに営業時間終了早いですよね。

仕方ないので
高島屋で太巻きを買って帰りました。

京都木屋町の「あと村」さんにて。
高島屋のデパ地下、決して広くはありませんが
京都の老舗料理屋さんがお惣菜を出されています。

京都観光に来られた方で
料亭に行くのは時間的予算的に厳しい方は
デパ地下で老舗料理屋さんのテイクアウトを楽しまれては如何でしょうか?

鴨川の歴史 ケータイ投稿記事

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京都市内の東を流れる川。
平安時代に京都に都が置かれた時代から東を護る守護神「青龍」として崇められて来ました。

今は川岸保全管理がしっかりされて
京都市民の憩いの場となっています。
広々とした川原には昔のことなんて何にも知らない若い子達が思い思い楽しんでいます。


ある京都の老舗さんから興味深いお話を伺いました。

江戸時代末期に徳川幕府により治水工事が始まる前の鴨川は
毎年氾濫を繰り返し、夏にはその水が淀んで疫病が発生した。
川原は葦が生い茂り見通しも悪く一回逃げ込むと容易には探せない。

今でも年に数回増水して上流からサンショウウオが流されて来ることがあるんだそうです。
見つけたら直ぐ役所に電話して捕獲してもといた上流に返すんだとか。

なんといっても天然記念物ですからお役所も大変ですね。
微笑ましいお話です。

さて、鴨川の歴史のお話に戻ります。

江戸時代に徳川幕府は再三朝廷に「鴨川治水」を進言したのですが朝廷はのらりくらりと回答を伸ばし最後には脚下。
その理由は
「鴨川は神の住まう土地、よそ者が立ち入りその姿を変えるなど言語道断」
当時の朝廷のお公家さん達は鴨川を越えて都に入るは全て都を狙う魔物と信じていたと言います。
いわば鴨川は「京都の結界」

一方の徳川幕府は新田開発等で培った治水工事のノウハウも技術もありましたから洪水や疫病でたくさんの庶民が救われると知っていました。
(徳川幕府には元武田軍の武将が多く彼らの子孫は治水のプロでした)
歴代の京都の守護職は繰り返し陳情を行いましたが
一向に朝廷は許可してくれません。

神の川は都が京都に置かれてからずっとたくさんの人の命を奪い
その犠牲の上に都は成り立っていたのです。


鴨川の治水工事が始まると洪水も疫病も無くなり
鴨川は神が住まう川から人が集う川になりました。
今はのどかなこの風景も継続して人の手を入れ続けないとまたいつ昔のように荒れた川になるかわからない。

老舗の方はそうおっしゃっいました。


今までたくさんの京都のお話を伺いましたが
一番「府に落ちる」と言うか
リアル感たっぷりの納得出来るお話でした。

祇園祭は鴨川の氾濫の後に疫病が流行るは怨霊のせいだと思った人々が年に一度だけ八坂神社から結界を破り最強の怨霊神の力で市中の小さな魔物を払うお祭りですし。
ここ数年でも鴨川の増水騒ぎはありましたね。


京都は昔も今もそこに住む多くの方のたゆまぬ努力で支えられている町なんですよね。


「京都の結界」なんて、21世紀の平成の時代、馬鹿げた話よねと思う一方で
鴨川を越えて東に行くと決まって具合が悪くなる私。
このお話に妙にシンクロしてしまいます。
はてさて平成の今は魔物がいるのは川の向こうか手前か。

今年は鴨川増水の被害が無いと良いですね。

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