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私は、まだ治ってはいません。
手先は痺れ、左足も痺れています。手先も自由には動かず歩行も室内は杖を使いませんが、外出時は杖を使用しています。特に筋肉低下が著しいです。
10月25日に身体障害者手帳の申請がおり、上肢3級・下肢2級全体で1級の身体障害者認定を受けています。
それは昨年2015年8月22日に両手の第一関節から先が痺れ、冷たいものを持つと痛いと感じるようになったのが最初でした。ネットで調べると大体が脳梗塞など脳の病気で心配ではありましたが、仕事を休むわけにもいかず23日は、痛さを隠しながら仕事をしていました。
24日朝おきると立ち上がりがあまりうまく出来なく「おかしいな?」と思いながらも自転車で小川駅まで向かいました。しかし自転車を降りた時に左足の膝が折れそうな感じがありうまく歩けません。仕方がないので会社に電話し休む事にしました。かみさんにも連絡し自転車で家に戻る途中に心配したかみさんと合流し家にかえり救急車を呼ぼうか悩んだ末、大きな病院は紹介状がないと行けないのでネットで調べた脳神経外科へ(この時は自分は脳神経内科の病院だと勘違いしていましたが)
脳神経外科には、自分の車で行き検査を受けましたが脳には異常がないとの診断 医師に「では何の病気ですか?」と聞くと「わからない」との答え とりあえず抹消神経の薬が出され受け取り帰宅。
調剤薬局に行くまでに、左足はうまく動かずビッコを引きながら歩いていましたが、今思うと車を自分で運転してきているので右足の症状が出ていたら事故を起こすような危ない状態(車の運転が)だったなと感じています。
そのときはこんな病気だとは思っていないし尚且つ一番心配だった脳には異常がないとの事だっだので「今日1日薬を飲んでおけば治るかな〜」なんて安易に考えていました。
25日の朝5時に起きようと身体を起こそうとしたら全然足や身体が動きません。手だけは動きましたが力は入りません。かみさんを起こし救急車を呼ぶ事にし私は寝室から転がりながらリビングへ
救急車が着くと、隊員に手を上げてみてと言われ手を寝ながら上に上げました。そして血圧や病院の手配を
私の希望で昭和病院に聞いてほしいとお願いしました。それは2014年7月28日に単身赴任していた奈良県で心筋梗塞を起こし、単身赴任が解除されたときに奈良県の西ノ京病院から昭和病院あてに循環器で紹介状を書いていただいていたので昭和病院指定でお願いしました。
昭和病院についてから朝が早かったので緊急では当直の医師達が3名いましたが、その時も「両手を上に上げてみて」と言われましたが手を上げる事が出来ませんでした。いろんな検査をし結果、ギランバレー症候群と言う病名を告げられたそうですが私には記憶がありません。
その日の夜か翌日の朝だったと思います。(かみさんい連絡がいったのは翌日の13時頃だったといっていました)突然息が出来なくなり、「息が出来ない!」「息が出来ない!」と叫んだと自分では記憶しています。
その時に失禁もし(首吊りをし窒息状態の時、身体じゅうの水分が出ると聞いた事がありますがまさにその時だったんだと思います)結果気を失ってしまいます。
遠くの方で「村野さん!息できてるよ」と口にマスクを付けられ胸を押される感じがしました。ここから2週間〜3週間はあまり記憶がありませんが、その時に思ったいたことや見た夢起こった事を次回投稿していきます。
末梢神経がやられまったく動からない状態で一番の安心感を持った事はかみさんがいつも手を持ってさすっていてくれた事です。もし今まさにそんな状態の人がいたら口を利けなくても、目が開いていなくても、聞いているのかな?感じているのかな?と思っていても手を握ってあげてください。手をさすってあげてください。一方的でもかまいません話しかけてあげてください。これ以上安心できる事はありません
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お久しぶりですね。
その再会がこう言う記事だったので、驚きました。
聞いたことのない難病です。
よくぞここまで回復されました。
酷かったようですね〜お察し申し上げます。
後遺症が私とよく似ています。きっとリハビリをしておられると思いますが、お医者様と相談をされて、し過ぎないようにしてくださいね。
書くことで、気持ちの整理が出来て、自分を見つめなおすことにもなります。気持ちも落ち着いてくることと思います。
私はもう10年近くになるので、慣れましたが、家族のありがたみが身に染みています。
おバカな記事ばかり書いていますので、見ない方が良いと思います。
神経に触るかもしれません。
これからもお体を大切になさってくださいね。
2016/10/29(土) 午後 11:05
tazuuさん
お久しぶりです。
まだまだがんばります
2016/10/30(日) 午前 9:23