|
(承前)
和魂洋才の「士民」という語は、幕末維新期の文章によく見える。
三百諸藩が分立する現状の日本を、西洋諸国と対抗できるような
国家につくりかえて行くにはどうしたらいいか。危機感が志士を生み、
日本人の精神が異常に高揚した時代。
世襲治者階級の「士(武士)」と、世襲被治者階級の「民」を、
同じ日本人 ということで 「士民」 という一つのカテゴリーでとらえ、
まもなく誕生する 「国民」 という新しい近代概念の母体となった語
だ。
ここにあなたは、先人のすばらしい危機対応力(創造力、自治
能力)を感じないか。ことに、「失われた二十年」が、このままずる
ずる三十年でも四十年でも五十年でもいっちゃいそうな雰囲気
ありあり、民族としてのポテンシャルの枯渇を感じさせる
平成日本人に比して。
例えば、大政奉還を受けて新政府発足直後の明治元年一月十五日、
政府が出した 対外和親の布告。
外国のことについては(当面攘夷はやめ) 上下一致、疑惑を
生ぜず、おおいに兵備を充実し、国威を海外万国に輝かせ、
祖宗先帝の神霊に対してお答えあそばされようとの天皇の
お考えであるので、天下列藩士民に至るまでこの旨をよく承知
し、心力を尽くしてはげむように。
とのおふれ。
皇室尊崇という日本民族のかけがえのない財産(この団結ネタが
あったおかげで、他のアジア諸国のように危機に際して国内が四分
五裂せずにすみ、植民地化を免れた) を軸に (というのが国体
感覚) 中央集権国家に変身(復古)して、富国強兵・万国対峙して
いこうという 日本民族サバイバル戦略 が、いよいよ形になって
動き出した。
由利公正による五箇条の御誓文草案第二条にも、
一、 士民心を一つにして盛んに経綸を行ふを要す
とある。こういうリーダーシップが、平成日本には致命的に欠けて
いる。
そのような国家の形をまだ日本中の有志が模索中だった一つ前の
時代に、水戸学の巨星藤田東湖が著した『弘道館記述義』に見える
のは、「嗚呼我国中士民」の段。
農工商三民がなお職分に勤めているのに対して、政治が乱れ社会が
危機的状態に陥っているのは
「あに独り人を治むる者の、その職を廃するの致すところにあらずや」
エリートがエリートの職分(要求水準)にふさわしく機能していない
からではないか、という治者階級武士自身による自己批判のくだりだ。
このエリート階級自身による社会荒廃への痛恨・自責の激しさが、
「近代天皇制」国体論の源流藤田東湖の一大特徴である。
地痩せ賦多くして耕者少なからむとす
比隣消耗 幾家か全うす
唯知る これ他人の責に非ず
腸断 荒天日暮の天
(郡奉行時代の詩)
この東湖の精神を現代にたとえるなら、
「野球選手ですらあれだけのサムライぶりを発揮して
国民を鼓舞しているというのに
(北島注:このエッセイを書いたのは、去年のWBC
二連覇直後でありました)
本来のサムライ(公僕。選良。国家社会の指導的地位に
ついている人間)たる我々の職務怠慢は不忠である!」
と、官僚が自己批判して自ら霞ヶ関解体の大変革を
推進してしまったようなもの。同様に、政治家が自己批判
して大政奉還するようなもの。
そんなありえないような治者階級自身の自己批判によって、
士(治者身分)と民(被治者身分)の世襲を廃し、四民平等
の「士民」にして、以前の身分に関係なく、やる気と能力の
ある者にチャンスをどしどし与える国家体制(近代国民国家
日本)を起業したのが明治維新なのだ。
我々平成日本人が立ち返るべき原点は、ここ、維新創業の
精神ではないか。
占領後教育で、「われら日本国民が常に立ち返るべきは、
昭和二十年八月十五日、みんながあの悲惨な戦争から
解放された日の、二度と戦争をしないという、平和の誓い」
と、耳の上にタコ、の上にもまたタコができるほど、
徹底的に叩き込まれて育った国民同胞に、
この新しい歴史認識を問いたい。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


