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(直前のブログから続きます)
安部幸子は、帰宅後に思い余って、先ほど別れた彼に電話をした。電車の中で気づいたことを、素直に話してみた。彼は、笑いながら次のように語りかけた。「感謝、感謝、すべてのものに感謝かな・・・」。「えっ?」彼女は思わず聞き返した。「神や仏の愛はもちろんだとうけれど・・・」かれは、ゆっくり話始めた。
「例えば、植物は、みんなのために無償で空気を提供してくれているんだし、太陽は、何の見返りも無く君を暖めてくれている。人はみんな、気づいていないかもしれないけど、もの凄い『やさしさ』を与えながら生きているわけだと思う。・・・」「そう考えると、君は誰かに何かをしてあげた時、きっと自己満足しないと思うよ。・・・」
彼女は、目の前のもやもやが晴れて、体の中が暖められたような気分だった。・・・その後、彼女は偶然、大学の臨床心理学の授業で、ある心理学者の体験談を聞かされた。その心理学者は、高名で権威のある先生だったが、ある時に、仕事や研究が全く出来なくなった時の体験談だった。
その先生は、2歳になるお子さんが、小児ガンになって入院し、子どもが生きるか死ぬかの瀬戸際だった。子どもの相談に来る母親に、「子どもが勝手に学校を辞めて困っているんです・・・」と、相談されても「学校なんて行かなくてもいいじゃないですか、近くにいてくれれば・・・」と諭した。
また、「子どもとすぐにケンカになってしまい、困っています。」と、相談に来た父親には、「羨ましいな・・・息子が大きくなって、ケンカが出来たらどんなに幸せだろう・・・」と話し、涙があふれてしまって、仕事にならなくなってしまったという体験談だった。「どうして、みんな、今の幸せに気付かないのだろう・・・」
彼女は、その教授が言った最後の言葉が、強く印象に残った。それは、まさに、先日、彼から教わった、当たり前の事に感謝するという言葉、そのものだったからである。あまりにも当たり前に、自分の周りにあるので、それがどんなに幸せなことか、気付いていないのである。
生まれつき目の見えなかった人が、20歳になって、奇跡的に視力が回復して、初めて水道の水を見た時に、「水は、こんなに綺麗だったのか・・・」と、涙をながして感動したそうだ。世の中に当たり前のことは、何一つ無いのかも知れない。何事も突き詰めて考えてみると、奇跡の連続なのである。彼女は、本当の感謝の意味が少しずつ理解出来たような気がした。
その後、大学は夏休みに入り、長い休みの後に新学期に入り、彼女は彼との再会を心待ちにしていた。しかし、新学期の初日に聞かされた、訃報に彼女は呆然として、思考が停止してしまった。再会を心待ちにしていた彼が、急逝していたのだ。周囲の殆どの人は知らなかったが、彼は以前から重い病を抱えていたと知った。・・・
勿論、彼女もそんなことは全く知らなかった。・・・と言うよりも、彼の意思で知らされていなかった。彼の郷里にとんで行き、両親に対面したが、かける言葉も口から出てこなかった。彼は友人達を気遣って、危篤になっても、誰にも連絡をいれないで欲しいと頼んでいたそうである。あまりに突然の事に、涙さえも出てこなかった。
彼女が、彼の郷里を訪ねている間、彼の高齢のご両親にかわって、友人達が彼のアパートを整理した。そのうちの1人が、彼女に電話をしてきた。彼の部屋は、貼り紙だらけだったそうだ。テレビには「笑いに感謝」、流しの水道には「水に感謝」、トイレには「排泄に感謝」、ベッドには「眠りに感謝」。
そして友人が言った。・・・薬の入った箱にまで、紙が貼ってあったの。何て書いてあったと思う。?・・・『病気に感謝』って書いてあったのよ。友人はそう言うと、電話口で泣きだしてしまった。彼女は、放心状態の中で、かすかに彼と口論になった、「人に何かをしてあげること」について脳離を横切った。・・・
それはもしかしたら、自分が目に見えぬ多くのものに守られ、愛され支えられていることを、素直に感謝する瞬間なのかもしれない。彼女は、かれの仏壇に手を合わせ、あなたに出会えた事の喜びと、すべてものへの感謝の心を素直に報告した。そして、いつまでも、涙がとめどななく流れ落ちていた。・・・
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心に重い物を感じました。
そうですね。。
人間は自分は幸せだと何もかも当たり前になってしまっている気がします。違うんですよね・・・いろいろな力によって生かされている。
このことを忘れてはいけませんね。。
再認識する事が出来ました。ありがとうございます。
ぽち凸
2011/8/28(日) 午後 1:00
生まれてきたことに感謝。たくさんの方に出会えたことに
感謝です。つい忘れてしまうんですけど・・・・
ポチ★
2011/8/28(日) 午後 1:37
こんにちは、ろうせん さん、コメント有難うございます。
目の前にある出来事を、いつも感謝をすることは、何かの切っ掛けがないと、中々忘れてしまいそうです。・・・
感謝の心が自分だけでなく、他人を幸せにするのかも知れません。(^^♪
2011/8/28(日) 午後 3:52
こんにちは、白雪姫 さん、コメント有難うございます。
何気ない事で、心が和むのは、多分・・・普段の何気ない事が、自分を苦しめているからかも知れません。
人間は、色々な人の思いと、偶然と、万物の自然によって、奇跡的に生かされています。でも、中々これをいつも認識していることは出来ません。・・・
飲み水まで、感謝することを悟るには、中々できるものではありません。失くして初めて気付く事がたくさん存在いたします。
ポチ☆有難う
2011/8/28(日) 午後 3:59
こんにちは、ユウナ さん、コメント有難うございます。
世界中に、存在したり、一見して不幸に見える事にも感謝の気持ちを持つことが、本当の意味での悟りなのかも知れません。・・・
その中でも、一番の奇跡は、出会いの不思議と感謝なのかも知れません。(*^^)v
ポチ☆有難う
2011/8/28(日) 午後 4:03
こんばんは。
いつも素晴らしいお話をありがとうございます。
普段当たり前に感じているものが如何に有り難いかという事、この方のように何かを失わないと気がつきにくいのかもしれません。
でもそれじゃあ、悲しいし勿体無いですね。
私も、今見せられている姿を喜ばせて頂きたいと思います。
2011/8/28(日) 午後 8:48 [ nori ]
感謝するべきことがたくさんあるのにそれに気がつかず、愚痴や不満を言ってしまうことが多いです。ちがった角度でもう一度、自分の周りを見つめていきたいと思います。
2011/8/28(日) 午後 9:28
自分が生きているだけで、様々なものを与えられている。
せめて目の前の困っている人には私のできる事はしてあげよう。
そう思いましたよ。
2011/8/28(日) 午後 11:44
こんにちは、nori さん、コメントありがとうございます。
普段、何処にでもあることの幸せを、普段から実感する事は、至難な事だと思います。・・・
でも、何かの切っ掛けで、それを再発見した時には、心が感謝の気持ちで一杯になってきます。(^^♪
幸せは、探したり求めたりするものではなく、自分の中に発見するものなのかも知れません。(*^^)v
2011/8/29(月) 午後 3:53
こんにちは、holy さん、コメント有難うございます。
忙しい毎日に追われると、ついつい自分の生活に流されてしまい、チョットした事が見過ごされがちになってしまいます。・・・
少し、環境が変わると、見方ががらりと変わる事があるようです。(^^♪
体調に、ご注意ください。(*^^)v
2011/8/29(月) 午後 4:35
こんにちは、魚七 さん、コメント有難うございます。
人が生きていく事は、色々な面で、人に迷惑をかけたりお世話になったり・・・たくさんの事に出会います。
全てに、感謝とは、中々いかないものですが、達観するにはメイクもまだまだ修行が足りないのが実情です。・・・
2011/8/29(月) 午後 4:43
メイクさん、こんばんは。本当にそのまま通りです。
去年娘が病気でベッドから起き上がることも、まともにまっすぐ歩く事も出来なくなり、いつ治るのかすら全く見えなくなってはじめて、子供がきちんと朝起きて元気に学校に行く事がどんなに素晴らしいことなのか分かりました。
心臓を悪くして次の瞬間には死ぬかもしれなくなってはじめて、今生きていること、普通に過ごせる日常がありがたいと思いました。
何気ない日常がどんなに沢山の奇跡の積み重ねの上にあるのか改めて感じました。
本当に感謝感謝です。この彼氏のように病や自分を苦しめた人、物にも感謝できるようにいつかはなりたいものです
2011/8/31(水) 午前 0:52 [ りにゃん ]
こんにちは、かめねこ さん、コメント有難うございます。
人間は死に瀕した時に、初めて生の喜びを得て、困難に直面した時に、平凡を謳歌するのかも知れません。・・・
普段、当たり前の出来事が、どの位貴重な事で、奇跡の連続である事が、残念ながらそれが失われそうになった時に、初めて実感いたします。
昔から、有り難い感謝の心は、「本来、有る事が、非常に難しかった・・・」事から出来た、造語だそうです。・・・
感謝の気持ちは、本当に困難に直面して、初めて気がつくのかも知れません。そして、いつまでもその心を、忘れないでいたいものです。
2011/9/1(木) 午後 4:59
こんにちは、2011/9/4(日) 午前 5:01の秘密さん、コメント有難うございます。
もしかしたら自分の生きる事の出来る長さを、はるか以前に達観していたのかも知れません。
そして、彼にとっては、十分な時間の一生だったかも知れません。以前にチャネリングした女性から、聞いた事がありますが、この様なケースの場合、ほとんど前世で徳を積んでいて、カルマの必要が無いということを言われた事があります。・・・
以前、人間の輪廻転生には疑問を持っていた時期があり、戦争で一瞬に何十万人もの人間が亡くなったり、アフリカでは1年間で百万人の子どもが餓死をしていて、何のための輪廻転生の修行なのか・・・
その女性から、ウパニシャッド哲学を引用されて、驚くほど論理的に説明され、目の前の疑問が晴々したことがありました。
ポチ☆有難う
2011/9/5(月) 午後 2:54
心に深く感じるものがありました。
本当の優しさってなんだろう。。。
自分では意識していなくても、知らず知らずのうちに
相手に対して何かしら見返りをもとめてしまうのでしょうね。
彼は生かされているということを、心からわかっていたのですね。
当たり前のことが当たり前じゃない。。。
本当に何度目にしても耳にしても、ついつい忘れ去ってしまう。
生きていくうえでとても大事なことなのに。
また思い出させていただきました。有難うございます☆ ポチ!
2011/9/7(水) 午後 11:45
こんにちは、さくら さん、コメント有難うございます。
亡くなった彼は、初めから自分の寿命を知っており、どこか達観するものがあったのでしょう。今生きている事に、精いっぱい感謝して・・・そして、生かされている事に、さらに感謝そて・・・
病気の事は誰にも話をせずに・・・でも、彼の人生には十分な時間があったのでしょう。この世には、当たり前に存在する事は何一つなく、全ては奇跡の連続なのかも知れません。
ポチ☆有難う
2011/9/8(木) 午後 6:36
よく、[人に感謝される仕事がしたい]という言葉を聞きます。
これは素直な気持ちとも言えるでしょうが、「ありがとう」という言葉の見返りを求めていることでもあります。
人が見えない部分での行為が本当のいたわり、優しさのように思います。
なかなか、見返りを求めないやさしさ、行為は難しそうです。
また、些細なことにも常に[感謝]するのはなかなか難しいですね。
人生、最後を迎えるときに[生まれてきたことに感謝]できるような人間になりたいものです。
2011/9/17(土) 午後 3:20
こんにちは、たんぽぽ さん、コメント有難うございます。
「親切」と「無償の愛」とは、全く本質が違うのでしょう。多分、親切とは、人間社会の潤滑油で、それ自体は、いい事なのでしょうけど、結局は自分が生きる為の方便の1つかも知れません。
これに対して、「感謝」の心は、自分の心を豊かにしてくれます。(^^♪
テグジュペリの「本当に大切なものは、目に見えないもの・・・」との、フレーズを思い出します。(*^^)v
最後は、本当に感謝して逝きたいですネ・・・
2011/9/17(土) 午後 4:25
すべてのものに感謝。。。
難しい課題ですね・・
少しずつ。がんばっていきたいです。
2011/11/6(日) 午後 4:29
こんにちは、rinta さん、コメント有難うございます。
有難うございます。
この世の中に存在する、全てのものに感謝をするには、高僧が悟りを啓く位難しいかも知れません。・・・
ただ、目の前にある普段あたりまえだった事を、もう一度見つめ直す機会かも知れません。(^^♪
2011/11/6(日) 午後 4:40