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「ガウェインの選択」



 英国で生まれたアーサー王と円卓騎士物語は、中世から今日まで沢山の人達に語り継がれた英雄達の物語。アーサー王が活躍する場面も楽しいのですが、その中でも最も有名な騎士の逸話をここで紹介したいと思います。アーサー王の一番のお気に入りの騎士ガウェインはアーサー王の姉の子(甥)だった。


 アーサー王がいつもの様に宮廷で国民の訴訟を裁いていると、一人の乙女がこんな訴えをしてきました。自分の領地が邪悪な騎士に奪われ、また恋人も捕虜にされてしまったと。・・・アーサー王は自分の国内でそんな不法な事が行われている事に立腹して、愛剣をひっさげてただ一人で、その邪悪な騎士の城に乗りこんで行った。


 ところが、その城に入った途端に、魔法にかけられその一切の力を奪われてしまう。魔法をかけた邪悪な騎士は、アーサー王に余命一年を宣告した。しかし一年以内に一つの問題の答えを持ってきて、それが正しかったら魔法を解いてやると宣言して、その城から王を追い出した。


 その問題こそ伝説の中で最も有名なもので、『すべての女性がもっとも望む事はなにか・・・』と言う質問だった。アーサー王はその問題に困惑し、行き会う全ての女性にたずねます。ところが、少女から老婆までその答えが全て違って王は困惑します。ある未婚の女性は「立派な騎士の夫」とか「恋人」「愛情」、既婚の女性は「健康」、「美貌」、「お金」「若さ」・・・


 答えを見つける旅に出たアーサー王は、全ての女性の答えが違っていて、ほとほと困窮してしまった。しかし、1年は直ぐに過ぎてしまって明日にはその答えをもって、あの邪悪な騎士の所を訪ねて、答えを出さなければ命が無くなってしまう。訪ねあげくに暗い森の中で、目をそむけたくなる醜い老婆に出会う。


 そしてその老婆が驚くべき事を告げた。「あなたの探しているものを、私は与える事が出来る。」その代わりに、王の騎士で最も立派な騎士を夫に貰いたい。・・・アーサー王は、すがる様にその老婆と約束して、邪悪な騎士の出した問題の答えを授かった。はたして翌日、アーサー王は邪悪な騎士の城に出かけて行った。


 そして、邪悪な騎士とアーサー王の問答が始まった。邪悪な騎士は、王に対して「どうせ愛だとか言うのだろう」と言ったが、アーサー王は昨日の老婆に教えられたとおりの答えをきっぱり言いはなった。すべての女性が最も望む事は『自分の意思を持つこと』・・・


狼狽した邪悪な騎士は、とっさに「さてはあの女に教わったな。あいつは俺の妹のくせに・・・」悔しいが、答えは正解で、アーサー王にかけられた魔法はたちどころに消えてしまった。そして、自分の城に帰った王はあの醜い老婆との約束を思いだして、とても気が重かった。どの騎士をえらんだものだろうか!・・・暗く沈んだ王を見て一人の騎士が歩み寄って来た。


 「王よ、あなたの悩みを私にも分けて下さい」そう名乗り出たものこそ、王が最もお気に入りのガウェインだった。王は事のいきさつを話すと、すかさずガウェインが「わたしがその醜女の婿となりましょう。・・・」と言い放った。王は自分の甥で、若くたくましく優秀な騎士を婿に出すのをこばんだが、ガウェインは騎士としての約束は約束だと、答えを翻さなかった。


 そして、運命の日に王の宮廷で、見るも醜い老婆とガウェインの結婚式が始まりました。老婆の余りの醜さに誰もその顔を直視出来なかったのを、ガウェインだけがしっかり直視していた。そして無事結婚式が終わり、2人だけになった時に、驚く事にガウェインはその老婆にキスをしたのです。


 すると、その老婆はたちまち大変な美貌の淑女に変わったのです。彼女もまた魔法で醜い老婆に変えられていたのです。彼女はガウェインに「あなたのキスで、呪いの半分がとけました。しかし、1日の半分しか元の姿に戻れません。」あなたは、昼の間だけ美しいのがいいのか、夜の間だけ美しいのがいいのか選ばなければなりません。


 もし私が昼だけ美しくいられれば、『あなたの妻は美しい』と、周りから称賛されますが、夜2人の時は醜くて意地悪な私が、あなたに辛くあたるでしょう。昼だけ醜ければ、周りから『醜い妻をめとった』と噂され、あなたは外で辛い思いをするでしょう。でも、2人の時は美しい私が貴方に献身的に尽くすでしょう。「さあ、あなたどちらの方が耐えられますか・・・」


 ガウェインはそれを聞いて、少し考えた後、こう彼女に優しく言った。「もしあなたが夜の間だけ醜ければ、私との冷ややかな夫婦生活に、あなた自身も辛い思いをするでしょう。」「逆に、昼間の間だけ醜くても、周囲の人に悪く言われてあなたが苦しむ事になります。」だから私が選ぶのではなく、あなたにとってどちらが耐えられるのか、あなたが選んで下さいと・・・


 その言葉を聞いた瞬間、妻の2つ目の呪いがとけ、一日中美しいままの姿でいられる様になったと言われています。おわかりですよね・・・2つ目の呪いを解いたのは、彼女が『自分の意思をもつこと』だったのです。そして、その後も夫ガウェインによって、常に自分の意思を持つ事が許された。・・・



(PS・この伝説は700年前の中世で書かれたもので、女性の意思を尊重すると言う貴重な物語です。このストーリーから、ヨーロッパを始め、先進国でレディーファーストと言う風習が生まれたそうです。・・・)

「見知らぬおじさん」



 私の親しい友人には、しっかりした妻がいたが、1人娘が1歳と2ヶ月の時に離婚する事になった。離婚の原因は、彼の酒癖の悪さに原因があり、時には妻に暴力を振るう事もあったらしい。幼い娘に危害が及ぶ事を恐れた妻が子どもを守るために選んだ道だった。・・・


 彼は自分のしたことを心の底から悔やみ、今では付き合いと言えども、お酒を一滴も飲まなくなった。もちろんだからと言って、彼の妻へ「よりをもどしてくれ」なんて言うつもりもないし、言える立場でもないことは分かっていた。


 ただ元妻と娘には、心から幸せになってほしく、その気持ちに全くの嘘はなかった。しかし、離婚する時に彼は妻と2つの約束をした。1つは年に一度、娘の誕生日だけは会いに来てもいいと言うことと、もう1つはその時に娘に、自分が娘の父親だと言う事を隠しておくと言う事だった。


 自分が父親だと言う事を言えない・・・多分それは彼にとって辛い決まり事だと思ったが、娘にとっては最良の選択である事はも分かっている。年に一度だけでも、娘の誕生日を一緒に祝えるだけでも感謝しないといけない事なのだ。・・・


 それ以来、娘の誕生日にはプレゼントを買い、ふだんは着ないスーツを着て母子に会いにいった。元妻は、彼の事を「遠い親戚のおじさん」と紹介した。彼の娘も冗談なのかなんなのか、彼の事を「見知らぬおじさん」と呼んだらしい。


 娘は人見知りだったが、少しずつ打ち解けていって、元妻と3人で近所の公園へ遊びに行く事も出来た。まわりから見れば、きっと仲睦まじい家族に見えていたかも知れない。そして、それは彼にとって何にもかえ難いほど幸せな時間だった。・・・


 これが平凡な日常ならば、どれほど素晴らしいことだろうか。年に一度のこの日の事を思うだけで、酒を一切飲む事もしなくなった。勿論、職場でも見違えるほど成績を伸ばしていった。だが、幸せは長くは続かなかった。娘が小学校にあがる年のことだった。


 例年通り彼がスーツを着てプレゼントを持って母子のもとを訪れると、元妻から「もう会いに来るのは最後にしてほしい・・・」と言われた。娘もそろそろいろんな事を理解してしまう年頃だからと言う理由で・・・


 彼にもわかっていた。新しい事が始まろうとしているのだ。娘にもやがて誕生日を祝う同級生が出来るだろう。元妻は、再婚を考えているのかも知れない。そんなところに「見知らぬおじさん」がいてはいけないのだ。彼だけが、過去の世界の中にいた。


 年に一度、家族の様な時間を繰り返せば、いつか二人が彼を「お父さん」と呼んでくれる日が来るかも知れないと、本気で信じていた彼がとても惨めだった。どれほど切実に願っても、一度壊れてしまったものは、元には戻らないのだ。・・・


 娘に会った最後の日は、いろんな意味で最後の至福の時間だった。最後の別れる時に、「ごめんね、元気でね・・・」彼は目を見開いて、手を振る幼い娘の姿を、まぶたの裏に焼き付けた。「ばいばい!」それが、母子とあった最後の時間だった。


 しかし、娘の誕生日だけはどうしても忘れられず、毎年プレゼントだけを贈り続けた。筆箱や本と言ったささやかな物を、差し出し人の欄にはなにも書かずに贈った。それを元妻が娘に渡してくれているかどうか分からない。ただ、このささやかな行為が、彼の小さな楽しみになっていた。


 それも、娘が中学生になる年には辞めようと決めていた。娘からすれば、送手先不明のプレゼントがずっと続いても迷惑だろうし、娘には新しい未来がある。彼も別の新しい道を進まなければならないのだ。ただ娘の幸せだけを願い、英語の辞書を贈って最後にすることにした。


 それから、1ヶ月ほど経ったある日、彼の住む家に郵便物が届いた。差出人の欄には何も書かれていなかったが、その日に付くように期日指定郵便だった。小さな箱を開けて見ると、中から出てきたのは、水色のネクタイピンとメッセージカード。・・・


 メッセージカードを開くと、そこには初めて見る可愛らしい文字が並んでいた。「いつも素敵な誕生日プレゼントをありがとう。私もお返しをしようと思ったのだけど誕生日が分からないので、今日送ることにしました。気にいるかなあ・・・見知らぬ子どもより。」


 彼の頭はぐるぐる空回りし、思考が一時停止の状態が続いたが、やがて止めどない涙が溢れて来て、最後は大声を出して泣きだした。壁にかかったカレンダーをみてからだった。その日は6月の第3日曜日「父の日」だったのだ。・・・



「祈りの手」



 今から丁度500年ほど前に、ドイツのニュールンベルグの街に、デューラーとハンスという2人の若者がいた。2人とも貧しい家に生まれ、小さい頃から同じく有名な画家に成りたいと言う夢を持っていた。そして、2人はとても仲が良かった。


 2人は版画を彫る彫刻家の元で、見習いとして働いていた。しかし、版画とはかけ離れた絵画を目指していた2人には、毎日が忙しすぎて絵画の勉強が殆ど出来なかった。思いきってそこを辞め、絵の勉強に専念したかったが、絵具やキャンパスを買うお金も工面出来ないほど貧しかった。


 とても働かずに絵の勉強が出来る余裕など、2人には何処にも無かったのだ。ある時、ハンスが思い付いた様に、1つのことを提案した。「このままでは、2人とも画家になる夢を捨てなくてはならない。でも1つの思い付きがある。経済的に2人が一緒に勉強する事は出来ないので、1人ずつ交代で絵の勉強をしよう。・・・」


 「つまり、1人が働いて、モウ1人のためにお金を稼いで助けるんだ。そして、1人の勉強が終わったら、今度は別の1人が勉強出来るから、もう1人は働いてそれを助けるんだ。!」そして、どちらが先に勉強をするのか、2人はいつまでも譲りあっていた。


 ハンスは、意を決して言い放った。「デューラー、君が先に勉強してほしい。君の方が僕よりも絵がうまいから、きっと早く勉強がすむと思うのさ。・・・」デューラーはハンスの言葉に感謝して、イタリアのベネチアへ、絵の勉強に旅立って行った。そしてハンスは、よりお金の稼げる鉄工所に努める事にした。


 一方、デューラーは「1日でも早く絵の勉強を終えてハンスと代わりたい」と、ハンスの事を思い寝食を忘れる様に絵の勉強に没頭した。そのかたわら、ハンスはデューラーのために早朝から深夜まで重いハンマーを振り上げ、今にも倒れそうになる位に働き通し、そしてお金を送り続けた。


 数年後に、努力の甲斐が有ってデューラーは、ベネチアでも高い評価を受ける画家へ成長した。そして、胸を張って彼の故郷に戻って来た。「よし、今度はハンスの番だ・・・」と急いでデューラーは、ニュールンベルグの街へ帰り、2人は再会を手を取り合って喜んだ。・・・


 ところが、デューラーはハンスの手を握りしめたまま、その場に呆然と立ち尽くし、そして、その場に泣き崩れてしまった。なんと、ハンスの手は、長い間の力仕事で変形し、ゴツゴツとして、とても絵筆が持てない手に変形してしまっていたのである。


 皮肉にも、自分の成功が、親友の人生の犠牲の上に成り立っていた。「彼の夢を奪い、自分だけ夢が叶った。・・・」デューラーは、その罪悪感に襲われる日々を過ごし「何か、自分に出来る事がないか、そして償えないか・・・」押さえられない気持で、ハンスの家を訪ねる事にした。


 ドアを小さくノックしたが、何も応答が無かった。しかし、確かに人のいる気配を感じ、小さな声も聞こえてきた。デューラーは恐る恐るドアをあけ、部屋へ入る事にした。すると、ハンスが静かに祈りを捧げている姿が目に入って来た。ハンスは歪んでしまった手をどうにかすり合わせ、一心に祈っていたのであった。


 「デューラーは私のことで傷つき、苦しみ自分を責めています。神さま、どうかデューラーがこれ以上苦しむ事が無い様に・・・そして、私が果たせなかった夢を、彼が叶えてくれます様に・・・あなたのお守りと祝福が、いつもデューラーと共に有りますように。・・・」


 その姿を目にしたデューラーは、しばし放心状態だった。かれはてっきり自分の成功を妬み恨んでいるに違いないと思っていたハンスが、妬みや恨むどころか、自分のことよりデューラーのことを一生懸命祈ってくれていたのである。


 ハンスの祈りを静かに聞いていたデューラーは、祈りが終わったとたん、彼を抱きしめて、そして懇願した。「お願いだ・・・君の手を描かせてくれ。君の手で僕は生かされたんだ。君のこの手の祈りで僕は生かされているんだ!・・・」ルネサンス史上もっとも有名な、友情と感謝の心がこもった「祈りの手」(1508年)がここに生まれた。・・・







 (注・アルグレヒト・デューラー「1471〜1528年」は、ルネサンス期ドイツの著名な画家で、文中の「祈りの手」は、現在に至るまで手を描いたデッサンでは最高傑作と称されている。・・・)

 ※ぜひ絵画をご覧ください⇒http://blogs.yahoo.co.jp/bakudanmusume2006/39194863.html












 前世を記憶する子供たちの例が2,000件以上、ヴァージニア大学の40年にもわたる研究により報告されている。また、ハーバード大学の医学部の場合、本当に医学部の中に特別ミッションチームが存在し、現在でもその研究が真剣におこなわれている。この研究は、徹底的な状況証拠をもとに、過去の事例を検証するのである。


 特に同大学のイアン スティーヴンソン博士がその研究の指揮をとり、その検証の結果には疑いの余地のない、数知れない事例が報告されている。例えば、被験者が過去の何年から何年まで、どこに住んでどの様な生活をして一生を終えた・・・との過去生の記憶をもとに、その土地や国に出向き、出来る限り客観的に検証するのである。


 少なくとも、ヨーロッパなどの文明圏では、過去200年近く国立公文図書館の記録がしっかりしていて、その検証が比較的に可能である。取り分け、不可思議なのは、3歳から5歳児が、自分の母国語以外の言葉を流暢に話たり、時には、特定のインディオの部族やアフリカの部族の言葉から、聖書時代の古代のヘブライ語を話す子ども達も存在する。


 ヴァージニア大学医学校知覚研究室は、人間の生まれ変わり(輪廻転生)の実質的な研究、そして検証機関の第一人者であると言っても良い。特にゼノグロッシーと呼ばれる前世の言葉(母国語以外)を話す子ども達を、特別に調査し研究している。つまり、状況証拠から言えば、輪廻転生の事実は疑いの余地のない事になる。


 子どもの話すままに内容を記録して、一切の対話や催眠誘導をしないスティーヴンソン博士に対し、取り分け対照的なのが、米トロント大学のJ・L・ホイットン博士やマイアミ大学のブライアン・L. ワイス博士の研究。大人の被験者を対象に、退行催眠により過去生を導き出している。しかも、こちらのサンプルは、数万件に及んでいる。


 どちらも一切の宗教の形而上の概念を切り離し、過去幾度も論議された輪廻転生を肯定も否定もしていない点が顕著である。過去生の研究には何種類かのジャンルに分かれ、特に前世と言われる「過去生の体験」から、バルド・ソドムと言われる「中間生」、そして生まれる直前の母親の「胎内記憶」の3つに大別される。


 もし、これらの内容が真実ならば、人間は何故生まれ変わるのか・・・いや、なぜそれが必要なのか・・・誰も、明確な答えを導き出し証明することは困難である。しかし、ここに一変のヒントが存在する。ホイットンとワイス博士の研究する「中間生」である。人間がもし、輪廻転生を繰り返すなら、その転生する間に何らかの出来事が存在するのではないかと考えた。


 つまり、転生する人生と人生の間に、なんらかの中間生が存在するものだと考えた。この考えは、ホイットン博士の行った退行催眠中に偶然発見された。それは、いつもの通りに博士が前世に戻すべく退行催眠中に、「生まれる前に戻って下さい・・・」と言った時から始まった。被験者は、生まれる前の前世ではなく、本当の生まれる直前に戻ってしまったのだ。


 博士も最初は何が起こったのか殆ど理解出来なかった。「とても健やかな、光の中に自分が存在します。」「マスターと呼ばれるソウルフルな光から・・・生まれて、その後の人生のプランを一緒に考えた。」「それでは生まれて来なさい・・・と言われた。」「光の中で、その光と一緒に・・・どの女性を母親にしようか、良く考えながら生まれて来た。」・・・


 次々と被験者が話す内容に、博士は驚愕したが、複数の被験者を同様の催眠にかけると、同様の内容が得られる事に気が付き、その後にサンプリング調査を開始した。ホイットン博士の研究のよると、人間は何らかの目的を持って生まれて来た事になる。しかも、自分の意思で、それを決定していた事になる。・・・


 ホイットン博士は、魂がひとつの生から次の生へ転じる中間生<バルド>の意味をはじめて紹介し、学術的に発表して以来、医学界は勿論、神学界も巻き込んだ大論争に発展していった。人間は何処から来て、何処へいくのか!・・・この論理が正しいとすると、全ての人は、それぞれに何かの目的のために生まれ、そして生きている事になる。・・・


 過去生きて来た人生を振り返って、最悪の事態を思いだして悲観したり、もしも将来を嘆いたりするはまったく意味の無い事かも知れない。バルド・ソドル(中間生)で、自らの人生を企図して生まれて来たならば、幸も不幸も全ては必然的に訪れた運命になってくる。そして、将来を予見したいならば、まさに自分の過去の人生を括目すれば、その答えが出て来るのかも知れない。・・・





 (参照・「前世を記憶する子どもたち」イアン・スティーヴンソン著、「驚くべき現代の神話」輪廻転生〜J・L・ホイットン著、ヴァージニア大学医学校知覚研究室⇒http://www.healthsystem.virginia.edu/internet/personalitystudies/)








 クリスマスの贈り物には、沢山の物がある。取り分け、小さい子どもが夢を見るのはサンタクロースからの、華やかなプレゼント。12月になると、街はクリスマスの飾りつけとイルミネーションで、一年中で一番、華やかな時期を迎える。取り分けニューヨークの中心が華やかで、喧騒とした中に全ての物が光って見える様である。


 しかし、その中心地から数マイルしか離れていない所に、その華やかさとは全く無縁の場所がある。ニューヨークの下町にあたるブロンクス地区である。ここは、高い犯罪率と低所得者、そしてホームレスが溢れ、この一角だけが先進文明から取り残された貧困層の集まりで、アメリカでも最悪のスラム街になっていた。


 ジョージ・ブルックは、ここブロンクスで生まれ孤児院で育った。孤児院はプエルトリコから黒人の子どもなど、ほとんど街に捨てられた子ども達が集まっていた。贅沢な生活や両親の愛情とは無縁な彼らにも、ただ一つの楽しみがある。慈善団体のアンバサダーズが持って来るクリスマスのプレゼントである。


 御世辞にも奇麗なパッケージとは言えない包に、子ども達はみな心を躍らせた。何と言っても、一年に一度のプレゼントだし、数少ない鶏肉のご馳走もついていた。プレゼントは取り合いをせずに、皆が仲良く並んでもらった。そのほとんどが、使い古されたおもちゃや人形の寄付を、再利用したものだったが、子ども達にとっては宝物であった。


 ジョージはある時、貰ったおもちゃで、公園で遊んでいたら、身なりのきたない小さな子ども連れの母親にすれ違った。その子どもは、ジョージのおもちゃをいつまでも見つめていたが、ジョージは思い切って、何も言わずにそのおもちゃを子どもに手渡した。おどろいた子どもは、大騒ぎして喜んで、おもちゃに夢中になっていた。


 ジョージは、来た道を孤児院に帰ろうと振り返った時、後ろから呼び止められて、子どもの母親に抱き締められた。涙を浮かべたその顔に、ジョージは心を揺さぶられた。今まで自分が一番不幸だと思っていたのに、その考えが一度に変わってしまった「瞬間」だった。ジョージは孤児院を出て、働きながら苦学の末、高校も夜間ながら卒業した。


 それでもここ、ブロンクス地区では、まともな仕事に有り付けず、清掃業の仕事をコツコツと続けて、漸く、配送会社を自らたちあげた。ジョージ・デリバリーサービスと言う名の会社は、お世辞にも立派とは言えなかった、彼の真面目な性格から、ブロンクスでは、数少ない成功者の一人にいつしかなっていた。・・・


 彼には、年に一度の誰にも知られていない秘密があった。それは、クリスマスの晩に、宅配会社の人間になりすませて、貧しい人達にクリスマスのプレゼントをすることだった。勿論、自分の身分を伏せて、他人名義での贈り物を届けるだけの事だった。彼が、その年に選んだ家は、ブロンクスでも取り分け、貧しい所である。


 デリバリーサービスの作業服に着替え、目的の家の一つに来たら、中では小さい子どもの泣き叫ぶ声と、母親の神経質な金切り声が響いていた。母親と4人の小さな子どもには、クリスマスのプレゼントを買う余裕はおろか、まともな食事も出来ない有り様だった。この地区ではめずらしくも無い、片親の家庭である。


 車をその家に横付けして、ジョージは配送車から七面鳥の料理から、クリスマス・ケーキ、そしてプレゼントを次々に運び入れた。何度も人違いだろうと言う母親に、ジョージは無表情なしぐさで、単なる仕事です・・・とだけ言って、受け取りのサインを求めた。家の中では、子ども達の歓声が上がるのが外にまで聞こえていた。


 私は単なる配達人です・・・と言うジョージに、黒人の母親は、何度も抱きしめて来て涙ながらにお礼を言った。贈り主の欄には、サンタクロースから・・・とだけ、書いてあった。ジョージは迷惑そうに、今日は忙しいので・・・と言って、また次の家へ急いだ。プレゼントは、けっして高価なものでは無かったが、だれしもが満足していた。


 ジョージは今年のクリスマスも自分を名乗る事も、サンタクロースの格好もせずに、ニューヨークのブロンクス地区を、宅配車とその作業服を着て走りまわっている。クリスマスの贈り物が高価であるかどうかは、もらう子どもには問題ではなかった。それは、慈善という言葉を超越した、クリスマスのプレゼントに秘密があるのかも知れない。


 ジョージ・デリバリーサービスは、いつしか世界を変えるかも知れない。拝金主義とはかけ離れた、少しの思いやりと心づかいが、恵まれない人達に満面の笑顔をつくりだすのである。まさに、贈ったほうも贈られた方も、どちらの心も豊かになる、魔法のプレゼントである。言い古された言葉であるが、プレゼントは心を伝える手法であって、高価である必要は全く無いのかも知れない。・・・



                   (参考) 賢者の贈り物 http://blogs.yahoo.co.jp/makeup32jp/34942073.html

                      サンタさんの辞表⇒http://blogs.yahoo.co.jp/butsee8857/30339954.html




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