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【川越駅】→【商店街】→【服部民俗資料館】→【うなぎ屋】 「時刻表2万キロ」「最長片道切符の旅」などで知られる宮脇俊三(1926-2003)に『ふるさと川越』という短文がある。雑誌「潮」1987年2月号に掲載されたもので、エッセイ集「旅は自由席(新潮社/1991年)」に収録されている。 宮脇俊三は川越市の生まれ。生後まもなく東京渋谷に転居したため、氏に川越の記憶はなく故郷であるとかの認識は皆無だと書いている。子供の頃、放屁をすると「お前は川越生まれだから(川越芋の産地)」とからかわれおもしろくなかったそうである。 『ふるさと川越』はそんな氏が、1986年暮れに、出生以来60年ぶりに川越を探訪した紀行文。宮脇俊三が歩いた川越をたどって見た。 東口駅前は再開発が遅れていて空き地や仮設店舗のある雑然とした景観。氏は商店街(現クレアモール、当時サンロード)を北上するが、芋菓子の看板が目につくくらいでまったくおもしろみの無い商店街との感想である。この頃は電柱の地中化もされておらず、アスファルトはグリーンにベッタリ塗られて、美観には程遠いありさまだった。 あらかじめ用意していた川越市街図を手に蔵造りの町並みに足を踏み入れると、「服部民俗資料館」で出生地の地番を照会している。資料館の主人が見せてくれた明治45年発行の地図によって、それが現在の小仙波町二丁目地内であることが判明する。明治45年の地図とは「最新調査川越市街全図」のこと。りっぱな表紙のついた大判の地図で、その精密さは戦前の川越市の地図では最高峰のものである。 眼鏡を忘れたと思いウナギ屋へ戻ると、今かけていらっしゃるのとは別の眼鏡ですかと言われてやや気落ちしながら、氏は出生地である小仙波町へ向う。(続) |
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そうそう・・・川越市寄りに狭い地下通路ありましたね!懐かしい〜、言われて思い出しました。
2007/3/11(日) 午後 5:34
hfsq33さん>あの地下道は朝のラッシュ時には歩くのが困難なくらい混雑してひどいものでした。下りホームの坂戸寄りにトイレがあったのをおぼろげに覚えています。多分あれはトイレ・・
2007/3/12(月) 午前 0:11
はじめまして。
『東武東上線出身・ゆかりのある芸能人&有名人』というブログを
やっておりますpokochi444と申します。
トラックバックおよびリンクに加えさせてもらいましたので
ご報告いたします。
宮脇さんおよび川越および東上線について大変興味深いブログを
やっていらっしゃいますね。
読み応えがあり、ちょくちょく読まさせてもらっています。
これからどうぞ宜しくお願い致します。
m(_ _)m
[ pokochi444 ]
2007/10/26(金) 午後 6:14
pokochi444さん●どうもはじめまして。こんなしがないサイトをリンクしていただいて恐縮です。
東上線沿線も探すといろいろ有名人いるもんですね。川越では名前失念しましたが、20年くらい前にリバイバルされた「魔法使いサリー」の主題歌歌った歌手が川越出身だったと思います。地元でよく話題になってました。
これからもどうぞよろしくです。楽しみにしています。
2007/10/27(土) 午後 1:24
「魔法使いサリー(新)」の主題歌を歌われていた歌手の方についての情報を戴き、有難うございます。
調べましたところ、この方は
『朝川ひろこさん』ではないでしょうか?
早速当ブログ川越の記事に追加させていただきました。
情報を戴き、有難うございました。
m(_ _)m
[ pokochi444 ]
2007/10/27(土) 午後 6:27
pokochi444さん●そうです、名前が思いだせませんでした。
まだまだいろんな人がいるんでしょうね。
2007/10/28(日) 午後 2:26