ここも昔は川越城の敷地
■宮下町氷川神社近くの新河岸川に架かる宮下橋のそばに、古びた水門を見つけた。重そうに葉を繁らせた桜の木と、土手の雑草に埋もれるように水門は荒れたコンクリート肌を見せている。
この水門から新河岸川にそそぐべき流れは既に存在しない。道路を隔てたところは埋めたてられて、細い流れがあったことをかすかに偲ばせているだけ。道路下に水路はあるようだが、どうやら雨水を排水するためだけのようだ。
この付近の新河岸川は昭和初年の開削で出来た新しい流路。水門もその頃に造られたものである。昭和16年の都市計画図を見ると、新河岸川に落ちる一筋の流れが記載されていた。それは現在の川越市立博物館北側あたりを発端としている。もしやと思って川越城図を確認すると、まさしくここは川越城の堀があった場所。
廃城になったあと堀の大部分は水田となった。川越城の堀の水源のほとんどは、豊富な涌き水と思われるが、水田の間にその涌き水の流れが残ったのだろう。歳月の経過は堀跡を宅地に変え、水田すら消滅してしまった。
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今はすっかり住宅地になっていますが、歴史があるのですね〜^^
2007/6/20(水) 午後 2:06
こっこさん>調べてみると意外なことがわかるもんですね〜
2007/6/21(木) 午前 1:28
川越というとかなり広範囲ですが自分が小さい頃は結構湧き水ありましたね(^-^)でっかい水溜りがあってザリガニ取りしたり。浮島神社の先のマンション郡も元は湿地帯…技術進歩に驚きです(^^;
2007/6/22(金) 午前 9:54
私も湧き水の湧いてた場所ひとつだけ知ってます。写真も撮影したまままだ画像アップしてないんですけど・・浮島神社先の湿地帯だったところは先日写真撮りました。すっかり変貌してますね。
2007/6/22(金) 午後 10:06