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川越市連雀町に進出したのは昭和37年。場所は現在スーパーマルエツのある筋向いのマンションのところ。上のモノクロ写真が当時の店舗である。地上3階建てで衣料全般を扱った。店舗は広小路側へも入口を持っていた。当時の川越は一番街や銀座通り(現大正浪漫夢通り)の繁栄が峠を越し、広小路以南の新富町が栄えはじめた頃。まだ丸広デパートも仲町にあったが、尾張屋は丸広よりも大きい店舗だったようだ。 尾張屋は浦和・川越の他に蕨・春日部・志木・本庄・所沢・東京清瀬に支店を持ち、県下でもよく知られた店だった。ニチイ系列となっていたが、昭和51年秋に完全にニチイとなって尾張屋の名称は消滅した。 ニチイになっても店の雰囲気はたいして変化なかったから、私の記憶は尾張屋とニチイが混在している。今思えば田舎くさい店だった。床は昔のデパートによく見られた寄木細工のような木のフローリングだったと思う。4階は早い時期に売場では無くなり、催事やのちにはゲーセンや古本屋があった。 ニチイが閉店したのは80年代末期だろうか。建物は取り壊されて、スパ銭湯とホテルに建てかえられた。 |
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子供のころ母ときたお店が尾張屋さんだったことを今知りました。
丸広どおりをずっと歩かされて・・昭和の末期あたりは(55年あたりかな?)この辺、寂れてしまったように感じたものでした。この辺西友なんかもありませんでしたっけ?(記憶があいまいになっています)
2007/6/30(土) 午後 4:35
yoshiさん>新富町通りも丸広以北は昔から寂れた感じがありましたね。西友は尾張屋よりももう少し駅寄りで、建物は現在パチンコ屋になってます。
2007/6/30(土) 午後 10:49
ブックオフの向かいの美容院にでっかい犬居ましたかぁ〜?
[ しゅん ]
2007/7/1(日) 午前 10:58
しゅんさん>セントバーナド犬みたいな黒い犬ですよね。いつも、どっかりとうつぶせで寝てますね。1度撮影したんですけど消去してしまって・・
2007/7/2(月) 午後 1:55
僕もそうだった。川越に「ニチイ」として初めてやって来られたのは、1982年に小学校5年生だったばかりなんだと言う春にでした。しかし、地下1階は「マルエツ」と言う食品館並びにスナックコーナーで、建物は地上4階建だったと言い、トイレなんか女性用が1・2・4階で、僕たち男性用は3階だけだった。男性用見てでは、小便器はToyotoki(今のTOTO)のU53と言う小形ストールの2連で、洗浄はハイタンクでした。最上階の4階には、昭和ランドと言うゲームコーナーや、古書店やおもちゃ等によるリサイクル店がありました。そりゃボロクソなデパートでしたが、中学校3年生まで5年程度楽しかったです。1990年3月になって、川越の「ニチイ」が完全に閉店となりその場で解体され、僕は本当にとても残念でした。それでも、僕の青春時代の施設でもありました。そして今では、ブックオフと言う古書店や、温浴施設によるビルに生まれ変わり現在に至ってます。
[ hir***** ]
2018/6/21(木) 午後 10:11