☆市民会館脇の坂道
■日頃何気で上り下りしているこの坂も、過去をたどれば川越城の名残のひとつ。坂上の川越小学校あたりは城内で屋敷のあった場所。坂の傾斜は土塁で、画像すぐ手前あたりが水をたたえた堀であった。大正9年に川越図書館が作製した「川越城址現状図」を見ると、堀は田んぼに転用されていて、市民会館隣の第一小あたりの堀はまだ水があったようだ。
大正時代の地図にこの坂道は記載されいていない。昭和5年当時の地図にも無く、昭和11年の地図には登場する。現やまぶき会館の位置に、川越市立図書館が新築落成したのが昭和7年であるから、おそらくはそれに合わせて造られた新道なのだと思う。
小学生時代の担任が「私の娘時代は市民会館横の坂は石がごろごろの砂利道でね、自転車で派手に転んで足を挫いたことがあるのよ」と話してくれたことを覚えている。
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おはようございます。子供の学童保育の関係で、川越小には何度か行ったことがあります。うーん、何度も通っている道・見慣れた風景ですが・・坂?どんなだったっけ?なんて記憶をたどっております。
(一小と川越小が隣り合っているのって子供の頃から不思議でした。)
2007/7/9(月) 午前 7:49
わぁ。なつかしいっ!
はつかり幼稚園→川越小学校出身なんです。
この坂を下って、昔の古い図書館によく通いました。
[ kay*ch*72*124 ]
2007/7/9(月) 午後 10:13
yoshiさん>一小と川越小が至近なのは私も子供の頃から不思議でしたよ。第一小は最初からここにあったようですが、川越小は寺院等を利用したいくつかの小学校が統合されて明治30年代にこの場所に出来たようです。断定はできませんが、おそらく市街に接して城跡の広大な土地があったため近接して学校が設置されたのかも知れません。川越小は当時「尋常小学校(四年制義務教育)」で、第一小は「高等小学校(尋常卒業後に行く小学校)」でした。そもそも第一小は旧士族の子弟のみが通う特殊な小学校として創立したらしいです。
2007/7/10(火) 午前 1:34
kayochiさん>子供の頃に市民会館へ来ると、川越小の校舎がまだ木造だったのを覚えています。古い図書館へは私もよく行きました。ブログネタ用に図書館跡の写真も撮ってきましたので、そのうちに・・
2007/7/10(火) 午前 1:37