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本町(元町一丁目)にあった教会が狭隘と老朽による理由で、松江町ニ丁目の現在地に土地を求めたのは早い時期だったが長く空地のままになっていた。 ウィリアム・ウィルソン技師の設計と東京清水組の施工によって、フランス積みと呼ばれる工法の美しい礼拝堂が完成したのは大正10年(1921)である。 関東大震災や昭和6年の西埼玉地震で大きい被害を被ったが、修復されて仲町の通りの突き当たりに美観を誇り、現在は国の登録文化財に指定されている。 なお熊谷市にある熊谷聖パウロ教会(3枚目画像)は、川越教会よりも早い大正8年(1919)の竣工だが、設計は川越と同じ人物であり間取りもほぼ同じである。 【参考資料】
●蔦の教会−川越基督教会百年史− 昭和55年 毎日新聞社 ●埼玉県大正建造物緊急調査報告書 昭和60年 埼玉県教育委員会 |
川越の洋館



レンガつくりでカッコいいですね〜こういう立派な教会は自分の身近では確認してません^^;
2008/2/10(日) 午後 5:08
蔦の教会いいですね、こういう建造物を登録文化財として保存して欲しいですね!
2008/2/10(日) 午後 5:35
休日の散歩でよく前を通ります。雰囲気のあるいい建物ですね。
2008/2/10(日) 午後 7:00
こんばんは。パウロ教会と同時にアップされるなんて、なかなかやりますな〜ポチ!確かに並べてみると似ていますね。聖パウロ教会の静かな佇まいが好きです。川越の教会は織物工場で働く人の心の支えのために作られたと聞いてますが(ちょっと自信ないです)熊谷の教会はどんな経緯があったのかな?
2008/2/10(日) 午後 10:10
このような立派な建物もあって川越はいいですね。
2008/2/11(月) 午後 0:45
父親が子供の頃お菓子をもらいに良くいったと言っていました。
数年前のお祭りの時従姉妹の友達のマレーシアから来ている娘がこの近くを歩いたらチャーチと嬉しそうに指さしていました。
2008/2/11(月) 午後 4:47
そうなんですよね。
私も写真で見たのですが、熊谷の教会の祭壇が、川越のとソックリで驚いたことがありました。
同じ方の設計だったんですね。
2008/2/11(月) 午後 11:06
gi0s1948さん●レンガの教会って少ないのかもしれませんね。
2008/2/12(火) 午前 0:54
よっしゃん●レンガに蔦はほんとよく似合います。
2008/2/12(火) 午前 0:55
しらさん●教会の付近の建物も古風なものが多くていい通りですよね。
2008/2/12(火) 午前 0:56
yoshiさん●百年史には女工さんのためにという記述は無いのですが、布教の対称にはもちろんそういう人たちも含まれていたと思います。明治の川越の織物工場主には信徒だった人もいたようです。明治期の川越での布教活動はたいへん困難を極めたようですよ。
熊谷の教会の詳細はわかりませんが、HPには「東京で信者となった熊谷人たちによって教会が置かれた」とありますから、川越とは事情が違うようです。
2008/2/12(火) 午前 1:01
shouttanさん●蔵造りの街並みにはちょっと異色でとてもいいなと思います〜
2008/2/12(火) 午前 1:02
v740gle1990jpさん●今もある初雁幼稚園や私立女学校なども経営してたようです。お父上は日曜学校のときにでもお菓子をいただいたんでしょうか。戦前の日曜学校の写真も残されています。
2008/2/12(火) 午前 1:07
nekoさん●写真を見て気づくとは鋭いですね。私は以前に報告書を読んで知り熊谷の教会も見てみたいとずっと思っていたのです。先月、熊谷へ出かけた際にようやく見ることができて写真に収めてきました。
2008/2/12(火) 午前 1:10
近くにも煉瓦の塀が
ありますね
[ まさる ]
2013/1/9(水) 午後 5:16
まさるさん●煉瓦の塀は意外なところに残っていますね。色がとても落ち着きがあっていいですね。
2013/1/10(木) 午前 1:19