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◆宮崎県日南市飫肥(おび)へ旅したのは1991年の夏のこと。前年に友人が鹿児島へ転勤したため、90年代の一時期はしばしば九州へ飛んでは友人宅を根城にして、近場の霧島温泉郷や水俣・阿蘇、さらには雲仙・長崎あたりを周遊していました。 「宮崎の飫肥へひとりで行ってきたがいい町だったよ」と友人から聞かされて、それまで通過ばかりだった宮崎にようやく目が向き、友人の案内で鹿児島から出かけたのです。青島観光とからめての日程にしましたが、飫肥へは初日に訪れたと思います。 宮崎市から日南線で1時間ばかりの小盆地の町。目抜き通りは広々としていて高い建物が少ないせいか、開放感にあふれた印象が強くありました。駅からレンタサイクルで、この広い通りを行くとほどなく旧城下町の中心部。 戦後まもなくの合併で中心機能が他地区に移ったため、早くから古い街並みを活した活性化への取り組みがされたそうで、1977年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 街を歩き、城跡や小村寿太郎銅像などを見ましたが、8月も終りに近い日でしたので観光客も少なめでした。しかし閑散とした雰囲気は、寂れているようにはまったく感じませんでしたね。人の少なさがとても心地よかったです。 飫肥で忘れられないのは「服部亭」という古い建物を利用した食事処。武家屋敷だと思っていたのですが、今回ネットで調べたら飫肥藩御用商人の邸宅でした。なぜ武家屋敷だと思っていたのか・・
ここで食べた昼の松花堂がこよなくうまかったです。御飯といい刺身といい忘れられない味でした。空腹だったからでしょうか。昼日中からのジョッキも五臓六腑に快感でした(笑) 服部亭の松花堂を食べたいために、もう1度飫肥へ行きたいくらいですが・・・・やはりちょっと遠いです。 |
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あー、ここも城下町&重伝建なんですね。
南九州の中世城郭には群郭式という独特の形態のものがあり、これは大名の領主権があまり強くなかったからなのだと聞いています。
でも飫肥は、江戸時代でも使われたので近世大名の城っぽく手が入ったものになっているそうです。九州には行ったことがないので一度見てみたいですね。
[ 西口住民 ]
2008/4/9(水) 午前 7:18
はじめまして。川越在住日南出身なので思わず反応してしまいました。最近では飫肥の町も東国原効果で少しは賑やかになってます。
服部亭のお料理は確かお寿司屋さんが作ってらっしゃるので美味しい
のだと聞いてます。
ここは飫肥天や厚焼きたまごが有名?ですが結構甘いので関東の人に
は好みが判れると思います。
ああ〜。ここを見て帰りたくなりました(笑)
[ 川越市民 ]
2008/4/9(水) 午後 1:32
西口住民さん●江戸初期から伊東家が代々藩主をつとめたそうです。城跡は石垣と大手門(復興)がありました。ひなびていい町ですよ。
2008/4/10(木) 午前 1:07
川越市民さん●どうもはじめまして。お寿司屋さんが作っているんですか。おいしさの秘密がわかりました、ありがとうございます。
服部亭の献立の中に飫肥天があったような気がするのですが、食べたか記憶にないんです。鹿児島の薩摩揚げもかなり甘味がありますよね。
日南あたりへは機会があればもう1度でかけて見たいです〜
2008/4/10(木) 午前 1:13