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■福袋
川越市立博物館「むかしの勉強・むかしの遊び展」を、たまたま見る機会がありました。小学生の授業に合わせて毎年開催されている展示ですが。数年ぶりに見たらずいぶんと内容が充実していました。
昭和30年代の住宅内を復元した隣に、駄菓子屋コーナーあるのですが、これは市内南通町にあった駄菓子店が廃業のおりに、陳列什器や商品を博物館に寄贈したものだそうです。どうりでリアル感があると思いました。見ていてとても懐かしかったです。
小学生の頃は近隣の駄菓子屋へよく行きました。三坪くらいの土間にたくさんの商品が並べられ、方隅ではもんじゃ焼き(自分たちは「おもんじ」と言っていた)もやっていました。
凧とか飛行機とか、火薬を仕込んで高いところから垂直に落として、パーン!と鳴らすロケット型の玩具とか買ったのを覚えています。
でもこの店でいちばんの楽しみは「福袋」 売れ残った子供向け雑誌の附録などを、新聞紙で作った袋に詰めて売っているのです。50円くらいだったでしょうか。袋の外側からさわった感触で、これはいいものが入っているかもしれないと狙って買うのですが・・・開けてみると女の子向けの品だったり、つまらない品だったり・・ それでもそれを利用してあれこれ遊んだものです。隣の文房具店で一枚一円の画用紙もよく買いました。今のコピー紙みたいなペラペラな紙でしたけど、友達と100枚買って陽の当たる縁側でクレヨンを走らせましたね。
駄菓子屋コーナー見ていてそんなことを思い出しましたが、他のコーナーにはこれまたさんざ馴染んだラジカセ・ステレオ、ついひと昔前まで使っていたワープロとかあって、ある意味ショックでした(笑)
▲店はもうやっていないようですが、いつも店前にガチャガチャが置かれています。 小仙波町二丁目で。
昨年訪れた市内小堤の食堂にあったもの。
昔はデパートの食堂や、ドライブインにありました。
*川越市立博物館「むかしの勉強・むかしの遊び展」は、3月4日まで開催中です。 |
博物館・資料館など




チョークで道に落書きして遊んだのを思い出しました
たまにデパートでガムのガチャガチャ見かけますよね
2012/2/10(金) 午後 0:33
南通町の駄菓子屋と言ったら「あらい屋」ではないですか?
山口病院の並びで、丸広裏通りと交差する十字路にあった。
小学生の頃、新宿二丁目から南通町に有る珠算学校へ行っていたので、ここはよく知っていましたし、ネオイや竹内文具店だけじゃなく、ここもよく行っていました。
駒や、駄菓子を買い、近くの空き地で友達と暗くなるまで遊んだ記憶がよみがえってきましたよ。
[ no-mean ]
2012/2/10(金) 午後 0:46
駄菓子屋さん、子どもの頃のたまり場といえばコレでしたね!

そして「おもんじ」…もんじゃという言い方は大人になってからききました
私は旭町の駄菓子屋さん、脇田新町の「おもんじ」屋さん(タバコ屋さんでしたが。)が、1番のプレイスポットでした
懐かしい、今の子どもたちが逆にかわいそうにも思えてしまいます、余計なお世話なんでしょうが。
[ - ]
2012/2/10(金) 午後 2:21
gi0s1048さん●ガチャガチャは今もちゃんとありますよね。ケーセンとかにもあったような。
2012/2/12(日) 午後 9:39
no-menさん●展示室に店の写真もあって、背後に山口病院が写っていましたよ。「あらい屋」という名前だったのですね。ネオイは学校で使う文房具を買うことくらいでした。セロファン紙とかモールとか。
2012/2/12(日) 午後 9:45
yssuhiro3さん●脇田新町にも「おもんじ」の店あったんですか、知りませんでした。中央小そばにあったのは覚えているんですが。旭町の駄菓子屋は商業通りを横にちょっと入ったところじゃないですか?そばにあった「あさい」という八百屋はのちに川越最初のセブンイレブンになりましたけど、一年くらいで閉店してしまいました。懐かしいです。
2012/2/12(日) 午後 9:50
R254さんとはわずか数年の違いしかないはずですが、我々の頃には既に”もんじゃ禁止令”が出ていました。
何でも衛生上の問題だとか・・・
当時駄菓子屋での遊びにこだわっていたメンバーは大塚小周辺にまで脚を伸ばしていたようです。
(隣の学区(大塚小)でわ未だ禁止令は出ていなかった)
今にしてみれば、子供向けもんじゃは情操教育という観点からも、残しておいた方が良かったんじゃ・・・と思います。
(我々は冬場、もんじゃの代わりにドラエモンカップ麺(当時50園)で寒さをしのいでおりました。)
[ no-mean ]
2012/2/13(月) 午前 0:13