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三久保町に残る旧武家屋敷(永島家住宅)が公開(無料)されたので見学にでかけました。
建築当時に近い状態で残っている武家屋敷は、埼玉県内では唯一だそうです。
宮下町の裁判所近くにあった武家屋敷(たしか御典医屋敷と呼ばれていた)が取り壊されたのは、もう30数年前のこと(新聞記事にもなって、切り抜いて保存しておいたのに見つからない)
永島家住宅、貴重です。
土間に通じる入口から内部へ。
▲土間 勝手や風呂場があったようです。
私が小さい頃に住んでいた家も、母屋に付随して小さい物置がありましたが、そこは以前の勝手でへっついが残っていました。
▲土間から見た室内。部屋にあがることはできません。
永島家住宅は明治期に二度の増築をしています。奥左側の畳敷の部屋は江戸期のもの、当時は手前の室部分(仏間)が土間でした。
右側の板の間は「切腹の間」だそうです。
▲南側の庭から見た主屋。 屋根は昔は茅葺でした。この界隈は上中級武士が住んだところで、永島家住宅には4家の武士が住んだことがわかっています。そのうち二人は御典医でした。
▲幕末から明治にかけて増築された西側の部屋。伝えでは「下男部屋」と呼ばれているそうですが、実際の用途は不明だそうです。
▲下男部屋内部。
数年前までは実際に人が゛住んでいましたが、大事に使ってきたことがよくわかります。
敷地内にある井戸。今もポンプを押すと水が出ます。 ▲永島家住宅(左)と三久保町の通り。町立時代の図書館はこの通りにありました。突き当たりは川越街道にぶつかります。背後は東京電力と中央公民館に突き当たります。公民館のところに大宮行きチンチン電車の駅があったころは、町うちに通じる通りとして人通りも多かったようです。
公開は今日31日のみでしたが、4月28日(土)にも公開される予定です。五月からは毎月第三土曜日公開が予定されているそうです。
ところで、今日は嵐の1日でした。
▲午前中の川越上空。強風で巻きあがった砂で黄色い空。
午後になってポツポツと降りだした中、武家屋敷見学へ行ったのですが、そのあと南古谷ウニクスで買物を終えると土砂降りでした。
夕刻に雨はなんとか止んだものの、風は弱まらず気温の低いこと。
春はいずこ?
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川越の史跡名勝




公開されていたんですね〜外から眺めたことはなんどかあったのですが、なかなか生垣でわからないですよね。ぽちです。
2012/4/1(日) 午前 0:03
ピンポイントで入れたのですね。それにしても、土砂降りの時間帯でなくて幸いでした。
私も、次回の公開日にぜひ訪問してみようと思います。
2012/4/1(日) 午前 6:15
あのあたり、通ることがあり昔の建物があるとは知っていたんですが、こんな見事に建物が残っていたとは…
それだけ、大切にされていたんですね。
しかし、午後の大雨、大風にはたまげましたね。大丈夫でしたか?
[ akiaki ]
2012/4/1(日) 午後 4:09
埼玉花だよりさん●ぜひ着物姿でここに現れてください!きっと雰囲気あると思います!
2012/4/2(月) 午前 0:59
ヨッシーさん●風はありましたけど小雨でよかったです。土砂降りの中、南古谷から帰宅するのはたいへんでした。
市の係りの方が詰めているので、説明もしてくれますよ。
2012/4/2(月) 午前 1:00
akiakiさん●ここに住んでいた方は、離れるときにもあちこちを修理したりしてくれたそうです。古い建物ですからいろいろ不便もあったと思うのですが、愛着を持っておられたからこそこうして残ったのでしょうね。
台風みたいな雨と風でしたよね。翌日の朝刊に川越市内の砂煙の写真が出ていましたよ。夕方雨が止んでから外出したのですが、寒くてびっくりしました。
2012/4/2(月) 午前 1:05