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■川越 昔の映画チラシ
昭和初年の川越には、映画館「鶴川座」「演芸館」と劇場「舞鶴館」がありました。しばらく前に戦前の演芸館と舞鶴館のチラシを10数枚見る機会があったのですが、よくぞ今まで残っていたものと驚嘆しました。
上画像はその一枚で「演芸館」のものです。市役所そばの路地にある「川越スカラ座」の前身が「演芸館」です。大正10年に株式組織で発足した映画館でした。
チラシに掲載されている映画はいずれも大正15年に東京で公開されていて、川越での公開は翌昭和2年だったようです。阪東妻三郎主演「乱闘の巷」はバンツマ二役の時代劇で、この作品現在も15分ほどフィルムが残っていて、時折上映されてるようです。もちろん無声映画。画像では読みにくいですが「神山華翠独演」とあります。神山華翠は当時の川越映画界で鳴らした弁士。「乱闘の巷」は上映番組の目玉だっため、彼が受け持ったのでしょう。のちに演芸館の経営にも携わり、戦後は市議会議員になって多くの役職を勤めた人でした。
当時の演芸館は洋風2階建て建築で、2階席もあったそうです。
「乱闘の巷」の阪東妻三郎(ブロマイド)
田村正和の父上ですね。
「悩ましき頃」とは別の作品のブロマイドから松井千枝子(左)
右は八雲恵美子
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川越の資料





「鶴川座」は、回り舞台の見学で知っていましたが
「演芸館」はスカラ座の前身だったのですね。
「舞鶴館」???
ホームランの前身ですか?
[ きんや ]
2012/7/21(土) 午後 11:19
きんやさん●「舞鶴館」は、大正浪漫夢通り中程の十字路を川越街道「小川藤」さんのところへぬける道筋にありました。「鉄砲町」と呼ばれたところで、劇場位置は旧川越織物市場の東側です。現在は住宅地になっています。戦後は川越文化劇場という名で、新東宝や松竹の作品を上映していたようです。
うちの父親などはよく覚えていて「鉄砲町の舞鶴館」「元の文化劇場のところ」とかよく言います。
2012/7/23(月) 午前 1:03
かみさんの実家からそこに映画館があったと聞いていましたが
それでしたか。
樋口久子の実家・寿司屋もその辺に会った聞いています。
[ きんや ]
2012/7/24(火) 午前 1:00
きんやさん●舞鶴館の建物は昭和40年代まで残っていたらしいです。閉館後はパチンコ屋だったという話を聞いたこともあるのですが、ほんとうかどうかはわかりません。
樋口久子の実家がこのあたりだったんですか、知りませんでした。まだ覚えている方けっこういるんじゃないでしょうか。
2012/7/25(水) 午前 1:13
阪東妻三さん、田村正和に似てないですね。やっぱ化粧でしょうか。
[ しゅん ]
2012/8/11(土) 午前 0:30
しゅんさん●長男(たしか)の田村高広がいちばん親父似だったと思います。下に正和と亮がいて、もうひとり俳優にはならなかった人がいたはず。田村亮は最近見ませんが、もしかすると父親に似てきているかも。
2012/8/11(土) 午後 11:03
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[ 村石太キッド&ケン戟オウ ]
2012/11/1(木) 午後 2:24
村石太キッド&ケン戟王さん●「破れ太鼓」のバンツマはよいですね。背広が似合います。
2012/11/3(土) 午後 4:45