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終戦70年ということで、川越市に関する戦争資料(図面の一部)をご紹介。
「川越野戦予備病院第一班第一半部開設要図」
孔版刷りの要図解説によれば、独立第一師団が上陸した横浜付近にチフスが発
生し防疫を尽くしたが、川越市まで前進した軽重部隊(約三千名)の約百名にチフ
スの症状が現れ、その後も増加する恐れが発生。師団軍医部長は急遽川越市の川
越中学校(現県立川越高等学校)に野戦予備病院第一班第一半部を開設することを
決定したとある。
この要図は数年前に存在を確認し、以来裏付けとなる資料が無いものかと探し
てみたが残念ながらこれまでになにも見つからなかった。川越高校の「百周年記
念誌くすの木」の年表などを見たが該当する記述はなかった。
要図解説には日付はあるものの年度の記載は無い。有事を想定して作成された
ものではないかと推定したりしてみるが、いずれにしろ詳細は不明である。
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川越の資料



文化祭の準備がはじまってますね。
今年もウォーターボーイズ盛り上がることでしょう。
2015/8/10(月) 午前 10:11
川越野戦予病院…初めて聞くことばです。これが実際のものにしろ、そうでないにしろ、今のんびりと毎日を過ごす私にとって、想像のつかない日々だったんでしょうね。
[ akiaki ]
2015/8/13(木) 午後 6:27
あけみさん●こんな早くから準備を始めているとは驚きでした。
2015/8/15(土) 午後 10:37
akiakiさん●恐らくは計画だけで終わったと思われますが、正直なところピンと来ないですよね。
母親は戦時中は小学生でしたが、学校が遠く通学路が田園地帯だったため空襲警報になると神社などに隠れたりしたそうです。
2015/8/15(土) 午後 10:41