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■江戸時代には大久保町と呼ばれた武家屋敷の町
川越市新富町二丁目、丸広デパート北側の景観です。
たまに通るこの道は、この景観に背を向けて来ることがほとんど。改めて振り向くといつのまにこんな景色になってしまった!?という感じです。
子供の時分に、このあたりの病院に通院していたことがあるので、マンションが無いころの景色はよく覚えています。この道の突き当たりには、ノッポの門柱をもつ洒落た洋風の家がありました。
江戸時代には武家屋敷があった区域で、古くは大久保町の呼び名でした。
松平伊豆守信輝が城主の頃、このあたりに有名な化物屋敷があって、殿様の許可を得て屋敷に移り住んだ家来が退治した話しが伝わっています。雪隠に出る女の首や大きな釣鐘の正体は、この屋敷に住みついていた古猫の仕業だったそうです。
また江戸時代の川越の地誌として有名な、「川越素麺」の著者「板倉良矩」の住いも、この道を突き当たって左折したあたりにありました。
本川越駅に近いこの付近から広小路へかけての地域は、これからも景観が大きく変化しそうな気がします。
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