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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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柳瀬川の秋色

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 東上線柳瀬川駅脇を流れる柳瀬川畔も、少しずつ秋の色合いになってきています。

 11月半ばには、いい雰囲気かもしれません。

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 駅に「小江戸川越 鉄道開設111周年記念フェア」のちらしが置かれている。11月1日から様々な記念催事が行われるらしい。市役所での写真展は都合がつけば見にいきたい。

 川越に初めて鉄道ができたのは明治28年(1895)のこと。現在の西武新宿線の前身の川越鉄道である。2番目が明治39年(1906)開業の川越電気鉄道。丁度100年前。川越久保町と大宮を結んだチンチン電車で、川越電車とも呼ばれた。昭和15年(1940)に廃止されたが、この電車を覚えている方はまだ存在する。「遠足に行くとき乗ったよ」昭和元年生まれの私の叔母もよく言っている。

 ここに紹介した写真は、川越関連の書籍等によく掲載される有名な写真である。原版から紙焼きしたものがこれで、実際はもう少し写りがいい。
 川越久保町駅を発車して、成田山前停留所を過ぎたあたりで撮影された大宮行き電車である。後部に無蓋貨車を連結している。右端に見える大屋根と煙突は発電所で、その隣に久保町駅があった。現在の東京電力と中央公民館の位置である。その手前の黒い低い木は浮島稲荷の境内。軌道は緩やかなカーブで、当時の鉄道写真によく見られるのだが、わざわざ電車を停車させて撮影している。

 この場所が現在どうなっているのか、昔から気になっていたのだが、ようやく確認してみた。下の画像がその位置。住宅が建てこんで浮島稲荷は見えない。軌道跡は道路になっているが、カーブはそのままである。背後で松江町方面からの広い道路と合流してしまうが、久保町駅跡からはここまでは比較的軌道跡が偲ばれる場所である。

 国書刊行会「ふるさとの思い出 写真集 明治大正昭和 川越」にはこの写真が昭和5年の撮影と記されているが、実際は大正中期まで撮影年代が遡れる写真であることが最近判明した。

*地図の黒印位置が撮影場所。

 

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