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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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川越城が日本100名城に

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 財団法人日本城郭協会が、法人化40周年記念事業として企画した「日本100名城選定」が2月13日に発表され、埼玉県からは「川越城」「鉢形城(寄居町)」が選ばれた。

 日本の100名城を選んで書かれた本や企画は多いし、100選ぶとなれば川越城が入るのはほぼ当たり前なのだが、選定過程を見るとなかなか簡単ではなかったようだ。各都道府県から1城以上5城以内とし、「優れた文化財・史跡」「著名な歴史の舞台」「時代地域の代表」を選定規定とした。史料的に問題のある模擬天守などは除外されたという。
 
 川越城は元来石垣も天守閣もない城で、廃城後はまたたくまに市街地に変貌し、城全体の遺構はほとんど残っていない。唯一ありし日の栄華を伝えるのが「本丸御殿」である。これとて玄関部分のみだが、御殿建築の遺構は実ははたいへん少ないのである。たしか川越城の他は二条城・高知城・掛川城くらいのはず。城郭遺構としても貴重なのである。
 本丸御殿には子供の頃によく遊びに行った。現在は正面玄関から入れるが、以前は建物右側から入場させていた。すぐ脇の部屋にある川越女子校製作による川越城の模型を、飽きずにいつまでも見たことを覚えている。

 100名城選定により、来年から探訪スタンプラリーがスタートするそうである。東京あたりからのスタンプラリーのポイント稼ぎに川越城は近場であるし、川越駅に下りて城跡目指す人が多少増えるかもしれない。

 選定されたリストを見たが、自分が訪れたことのある城は27城あった。

 ●画像は昭和初年の川越城本丸御殿

玄海揚げ

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 9日(木)
 野暮用で高田馬場へ。迂回して神田川沿いを歩く。愛想のない建物ばかりで息詰まるようなところだが、遊歩道整備が進捗して少しはアメニティが感じられるようになった。戦前は神田川の水質がよかったことから、染色業が多かった界隈である。紡績業も多くて、以前知合いだった人の父上はこの近辺でその方面の仕事をしておられた。川越の某百貨店の創業者と軍隊が一緒で、戦後の混乱期も助け合ったと聞いたことがある。

 もう15年くらい前、勤務先の上司の馴染みの居酒屋がこの高田馬場にあって、よく連れてきてもらった。雑居ビルの地下で、四角い赤ら顔の愛想のよいおじさんが、人手も使わずにひとりで切り盛りしていた。居酒屋なのにワイシャツに蝶ネクタイ姿でお燗をつけていた。座敷の隅に大きめのラジカセがあって、なんとこれがカラオケ。場所柄を反映して早稲田の校歌がカラオケテープのリストにあった。早大生が呑みにくると、にこにこしていた。

 この店の一押しメニューが「玄海揚げ」 いわゆる薩摩揚げの一種で、蝶ネクタイ店主の手作りの肴だった。「足が早いからさ、造り置きできないんだよね」とよく言っていた。つまり数量限定。擂りたて揚げたてだから、言葉にならないくらい美味。鹿児島の薩摩揚専門店で、揚げたて薩摩揚を食べたときに匹敵するおいしさだった。そのせいか玄海揚げ以外のメニューを覚えていない。

 上司ぬきで、バイトの人たちと暖簾をくぐったこともあった。お得意常連客ではなかったが顔を覚えてくれて、そこらを歩いてるとよく声をかけてくれた。後に近所に移転したのだが、今日その場所を通ったら違う店の看板になっていた。
 玄海揚げの味は思い出になってしまったらしい。

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