ここから本文です
★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
忙しすぎて更新ままならず・・すいません

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

イメージ 1

 笠間稲荷で知られる、茨城県笠間市は町おこしの一環として「いなりずしの町」を目指すのだそうである。笠間稲荷へは幼少の頃、家族での海水浴の帰りに立ち寄ったことがある。「坂本九が結婚式したところよ」そんな親の言葉が耳に残っているから、興味で御参りしたのかもしれない。子供には神社なんてつまらなかった。

 さて、画像はうちの「おいなりさん」
 おいなりさんといえども、その味は各家庭千差万別に違いない。うちのおいなりさんの特長は、詰める御飯に酢をうたないこと。炊きあげた御飯を、うちわで煽って荒熱をとって詰めるだけである。そして、詰める御飯の量が多い。市販のものより一回り大きい。これがちょいと不満。1度でいいから御飯少な目で、よく味のしみた油揚げの風味がたっぷり味わえるおいなりさんが食べたい。母親は大家族の農家から嫁にきた人だから、少ない油揚げで満腹を得られるような、農家の工夫が身についているのかもしれない。

 このおいなりさんを食べるとき、いつも三島由紀夫「潮騒」の中に出てくる「枕ほどの大きさのあるおはぎ」という表現を思い出してしまう。
 さすがにそこまで大きいいなりずしではないけれども。

逢魔が時・中国勝山

イメージ 1

イメージ 2

 岡山県の山間の城下町「勝山」へ行きたいと思ったのは20歳頃。実現したのはそれから数年後で、晩夏に山陰を旅したときに新見から姫新線で周遊した。

 出雲街道の要地にあたり、高瀬舟による舟運で栄えた小さな城下町。駅の改札を出ると、ひなびた雰囲気がワッと自分を包んで、あとはがむしゃらにあたりを徘徊?した。
 写真に自転車の小学生たちが写っているが、カメラで撮影している自分の横を通り過ぎるとき
 「勝山も有名になったもんじゃのう!写真撮ってるもんなー」
 と、大きな声で言っていたのを覚えている。

 旅行ガイドには紹介されていたが、まだ観光地化の波が押し寄せてなかった。その後に「男はつらいよ」のロケ地になったりしたそうだが、今はどんなふうなんだろう。

 勝山から少し離れた町で、バイト時代の友達が教員をしていて、その晩は泊めてもらうことになっていた。中国勝山駅のホームでひとり列車を待つとき静かにゆっくりと黄昏たが、少しずつあたりに靄がかかってくる情景は、旅の心を充分揺さぶるものがあった。逢魔が時ってのは、まさにこんな感じのことなんだろう。

 その晩、友達の車で20キロほども離れたカレー屋に食事に行ったが、店に着くまでノンストップだった。信号がひとつもなかったのである。
 瀬戸の丼に盛られて運ばれたカレーの美味いこと!こんなカレー初めて食べた。店の名前は覚えていない。とにかく美味かった。
 友人とは賀状のやりとりをずっとしていたが、昨年ひさしぶりに声を聞いた。あしたのジョーみたいな風貌だったこのにいちゃんも、すっかり方言まるだしになっている。

 なお、勝山町は近年の合併で「真庭市」になった。

全1ページ

[1]

mak**756*000
mak**756*000
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索
1 2 3 4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
友だち(8)
  • 元気
  • まさる
  • マコリン〜♪
  • tako
  • しのゆう
  • 伊達ろん宗
友だち一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事