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■「田子山富士塚(たごやまふじづか)展」を見に行く
「川越案内」の紹介記事が200ヒットもしたので驚きました。おそらくタイトルを見て、いったいなにかな?とのぞいてくれたのだと思うのですが・・
さて、今日は突然の代休となったので色々たまっていた用事を片付けましたが、2時間ほど暇をつくって、川越から東上線急行で10分の志木へ出かけました。浦和行きバスに10分も乗らぬうちに「宗岡小学校前」バス停に到着。降りた目の前が志木市郷土資料館。
先日、新聞で紹介された志木市立郷土資料館の特別展『田子山富士塚展』を見るためです。江戸時代に始まった富士山を崇める「富士講」は、講員たちが富士山のお参りするわけですが、それとともに富士山を模った富士塚も作られました。実際に富士山に行かなくとも普段手軽に登れるわけです。現在も都内をはじめ各地残されています。志木市敷島神社境内にある田子山富士塚は、富士山に入行した修業僧の石碑が、この地で偶然に発見されたことがきっかけで明治初年に造られました。当時の歌舞伎役者岩井半四郎・尾上菊五郎が造営の寄進者に名を連ねています。今年3月には県指定文化財となりました。
展示資料は豊富でした。「まねき」と呼ばれる講社の旗を初めて現物で見ました。川越を含む周辺地域の富士塚の位置も判明。気にしていた「丸吉講」の資料もありました。りっぱな厚冊の調査報告書があったのですが、あまりに高価なので今回はとりあえず見送り。
帰りは志木駅まで2キロほどの道程を歩くことにしました。野火止用水の「いろは樋」があった新河岸川にかかる「いろは橋」からの眺めは、昔日の情景を思わせるくらい鄙びていました。
橋のたもとの公園には古い商家「村山快哉堂」の建物が移築されています。明治10年建築で、川越の蔵造りとはかなり異なるそうですが、内部公開は週末のみなので残念ながら外観を眺めるだけでした。
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