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■6月20日のブログで、八幡宮の芽の輪くぐりのことを書いたのですが、その後すっかり忘却の彼方になっていました。 今日、曇り空のもとドンキホーテに向う途中に八幡宮の前を通りかかり、あっそうだったと思い出した次第。 境内をのぞいて見ました。 雨がポツポツ降り出してきましたが、訪れる人がちらほら境内に入ってきました。観光客ではなく地元の方のようです。 輪の傍らに、正しいくぐり方が大きく表示されているので、それに従えば簡単にできます。
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2007年06月30日
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川越市連雀町に進出したのは昭和37年。場所は現在スーパーマルエツのある筋向いのマンションのところ。上のモノクロ写真が当時の店舗である。地上3階建てで衣料全般を扱った。店舗は広小路側へも入口を持っていた。当時の川越は一番街や銀座通り(現大正浪漫夢通り)の繁栄が峠を越し、広小路以南の新富町が栄えはじめた頃。まだ丸広デパートも仲町にあったが、尾張屋は丸広よりも大きい店舗だったようだ。 尾張屋は浦和・川越の他に蕨・春日部・志木・本庄・所沢・東京清瀬に支店を持ち、県下でもよく知られた店だった。ニチイ系列となっていたが、昭和51年秋に完全にニチイとなって尾張屋の名称は消滅した。 ニチイになっても店の雰囲気はたいして変化なかったから、私の記憶は尾張屋とニチイが混在している。今思えば田舎くさい店だった。床は昔のデパートによく見られた寄木細工のような木のフローリングだったと思う。4階は早い時期に売場では無くなり、催事やのちにはゲーセンや古本屋があった。 ニチイが閉店したのは80年代末期だろうか。建物は取り壊されて、スパ銭湯とホテルに建てかえられた。 |
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