川越市蔵造り資料館
◆蔵造り資料館2階座敷の格子窓越しに見やった時の鐘。2階に上がろうとした時、丁度鐘が鳴りだし、受付の女性たちに「早く2階へ行って!鐘がよく見えるから!」と言われた。とても親切。
◆蔵造り資料館全景。右の小さい蔵は袖蔵ではなく、貸し店舗等に利用したらしい添屋だという。
■蔵造り資料館は煙草問屋「旧万文」を建物を利用したもの。昭和50年前後空家だったこの建物は、所有者が転々として取り壊しの危機に晒され、その行方がどうなるのか当時よく新聞報道されていた。紆余曲折を経て「蔵造り資料館」としてオープンしたのが昭和52年。地域活性化の魁ともなった建物である。
川越の蔵造りは大半が明治26年の川越大火のあとに建築されたものである。焼失をまぬがれたいくつかの店蔵を見て、防火建築に相応しいと目抜きの商家が競うように造った。川越の中心部に現れた蔵造りの街並みは、まさに当時の川越の経済力を示すもの。明治期の東京も蔵造り建築が盛んだったが、関東大震災でその景観は姿を消し西洋建築の街への変貌を遂げる。そのため昭和初期には「蔵の並ぶ川越の繁華街はいささか古風」と言われてしまう。つい先日のニュースで「江戸時代の街並みが残る川越」と紹介されていたが、これは大間違い。「東京の文化を継承する街並みが残る川越」と言ったほうがいいのかもしれない。
蔵造り資料館は店蔵・添屋・住居部分(一部)・一番蔵・二番蔵・三番蔵からなり、川越大火後直ちに着工された。壁が薄いことと意匠が控えめであることなどが、ずっと後に竣工する蔵造りと違う点である。どの建物も内部まで見学することができ、万文時代の商家資料や民具等が展示されいてる。
当初入館料は200円だったが、現在は100円。休館日は月曜日(例外あり)・年末年始他。開館時間は午前9時〜午後5時。
◆店蔵背後の住居部分2階から見た中庭の様子。
◆住居部分2階の座敷。とても明るい部屋。以前職場のバイトカップルを川越案内したとき、二人は「こんな部屋いいねー」と誰もいないことをいいことにしばらく寝転んでいた
◆店蔵背後から中庭を望む。庭園も整備されて落ち着いた雰囲気がある。
◆店蔵脇の通路。煙草問屋だった頃は表通りから奥の蔵前までトロッコのレールがあった。
『川越って、よく燃えたのね〜〜』
↑資料館の説明版を読んでいた女性の一言。江戸時代はもちろんのこと、明治になっても川越は大きな火事が多かった町。明治26年の川越大火以前にも高沢町や石原町・相生町などで焼失戸数の多い火災が発生している。
【参考資料】
●川越市蔵造り資料館リーフレット
●都市の明治−路上からの建築史− 初田亨 筑摩書房 1881年
|