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■最近、川越の銘酒鏡山が復活したり、毛呂山町の酒造会社が川越の地下水を利用して川越にちなんだ酒を発売したりと酒の話題が続いていますが、かつての川越には酒造会社がずいぶんありました。 ■画像の寺は川越市野田町一丁目にある本種寺です。新しい建物から窺えるように、この地に出来てからそれほど年月が経っていません。この場所には以前酒造会社がありました。昭和50年撮影の航空写真を見ると大きな酒蔵がいくつもあるのが確認できます。 ■江戸時代に小林善七という人が、川越笠幡地区の地主発智家の協力を受けて酒造を始めました。笠幡あたりは地下水に恵まれていて酒造に適していたようです。昭和50年代に撮影された酒蔵の写真がありますが、現在も残っているか定かではありません。 大正8年に2代目が「久星(きゅうぼし)酒造株式会社」を創立し、坂戸・狭山・川越野田に工場を設置して発展をみました。しかし戦争中に狭山以外は閉鎖、昭和28年に東京新川へ本社を移し、工場は兵庫の灘に造りました。一時は埼玉と兵庫で生産していようです。そして昭和59年に「国冠酒造」と名称を変えました。国冠(こっかん)といえばけっこう知られた酒だと思います。ただ検索で調べてみたところ灘工場は現在マンションになっているので、現在この酒が製造されているかは不明です。また灘への進出は大正5年だともあり、資料によって記述が違うので久星酒造についての詳細はじっくり調べないとわからない点が多いです。 野田町の工場は昭和14年の工場名簿を見ると、市内南町(現幸町)近常の所有となっており久星との関係が不明です。戦後ここは「日本酒造」となり、その跡地が本種寺となったのです。 久星の由来は名は初代が近江から笠幡に着いたとき、夜空に満天の星が輝いていたことからきているのだそうです。 ●参考資料
□川越の歴史散歩 霞ヶ関・名細編 新井博著 昭和57年 □埼玉県工場通覧 埼玉県総務部統計課 昭和14年 □埼玉県電話番号簿 昭和17年版 □埼玉県紳士録 西部版 週刊埼玉社 昭和31年*久星広告掲載 |
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2007年04月10日
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伊佐沼(いさぬま)は、川越市東部に位置する埼玉県下最大の自然沼です。 |

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