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2007年04月20日
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■時の鐘のある通り東寄りに、北へ入って元町の通りへぬける道筋があります。城下町時代にはなかった道で、明治14年の地図にも記載が無く、明治26年川越大火時に作製された「川越町焼失之図」にはありますから、この通りができた年代が推定できます。 元町の旧名が本町だったことから「本町新道」と呼ばれたようですが、この界隈では今でもこの呼び名が残っているのでしょうか。 ■わずか200メートルほどの短い区間のこの通り、老舗料亭初音屋さんの板塀が続いたりして趣きがあります。明治の終わりから大正にかけては、今日の川越スカラ座の前身で、手招きの呼び込みで知られた寄席「おいで館」もありました。 通り北寄りには山車庫があります。その脇の鳥居をくぐった奥は稲荷神社。小さな神社です。大屋敷稲荷もしくは榎本稲荷ともいわれ、江戸時代の川越の様子を記した「榎本弥左衛門覚書」で知られる旧家榎本家の屋敷内に奉られた神社でした。境内に川越大火のことを記した碑があるのですが、そういうところを見てこないところが自分のチェックの甘いところ。 店へ行くと、先客が何人か商品を選んでいました。伊佐沼で売ってたせんべいをと言うと、愛想いい店のおばさんは「どこから来たの?」 それで会話が始まってソースせんべいは濃口もあるのよと、小さく割ったせんべいを試食させてくれました。で、濃くちを即買い。「この場所には昭和8年にお店だしたの」と言いながら、店HP案内ビラと取材記事が掲載された観光協会発行の小冊子をくれました。フライせんべいソース濃口は、カリッと齧るとヤキソバパン最初の一口目のような味です。 もっともこのお店の主力商品は別にあります。昔1度購入しているのですが、どんな風味だったか忘れているので、それはまた別の機会にということで。 川越は菓子屋横丁の駄菓子だけではなく、米菓の世界も相当奥深いものがあるのです。 *文中の店名個所をクリックすると大玉やHPに行けます。
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