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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
忙しすぎて更新ままならず・・すいません

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★野分のまたの日

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■野分のまたの日こそ いみじうあわれにおかしけれ・・・中学校で習った古文の一部を、今でもバカの一つ覚えのように記憶しています。さすがに出典は忘れました。

 何度か紹介したひまわり畑は、9月に入るとだいぶ生彩を失いつつあったようです。台風9号が夜半に関東を駆けぬけたあと、ひまわり畑は無残な姿となっていました。

 夏がどんどん消えていきます。

★夢の跡

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 ■脇田本町の東上線・川越線と西武線の交わるところ。よく通りますが、運良く西武線の特急「小江戸号」がやってきたので撮影してみました。通過直後に東上線と川越線の電車が同時にガード上を通過したのですが、ここで偶然に三線の電車を1枚に収めることはなかなかむつかしいようです。

 川越は市街地に川越駅・川越市駅・本川越駅がありますが、昭和10年代にこの3駅を統合して中央駅を設置する構想がありました。
 その設置予定地がこの付近でした。

 当時は国鉄川越線が敷設工事中で、川越市長が鉄道省へ陳情に出向くと、予算に余裕があることから前向きに検討してくれ、秋葉原駅を参考にした設計図もつくられたといいます。
 ところがすでに繁華になり始めていた川越駅周辺の住民から死活問題と反対陳情が出されて、この計画は白紙に戻されてしまいました。地元の反対がある以上鉄道省も計画を進めることは出来ないと、川越市長に鉄道大臣は告げ「私の妻も残念がるでしょう」と言ったそうです。川越市長はどういう意味がわからなかったそうですが、のちに鉄道大臣の妻は、川越にゆかりのある画家橋本雅邦の娘であることがわかったそうです。

 「三線合同問題」といわれた川越中央駅の構想は、その後も何度か検討されたようですが実現には至りませんでした。平成になって川越駅と本川越駅は近代的駅舎に建てかえられ完全に独自の道を歩むこととなりました。

*参考資料
 証言記録川越文化史 昭和63年

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