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「人日(じんじつ)の節句」「七草の節句」とも言われる1月7日。邪気を払い無病息災を祈るため七草粥を食するようになったのは平安時代だという。 いまやコンビニでも七草粥を並べているが、我が家で7日の朝につくるのは粥ではなく「おじや」である。七草と呼ばれるものはほとんど入らない。大根・にんじん・ごぽう・サトイモ・小松菜に唯一「せり」が刻みこまれ、味付けは醤油である。近くに田んぼは無いのでどこか田園地帯からせりを採ってくるらしい。いつも前夜に刻んだ野菜と汁を入れた鍋が用意され、当日朝すぐ作れるようにしている。 「テレビ見ているとみんなお粥だね」と母親は言う。川越郊外の母親の里も「おじや」だそうだから、川越周辺農村地帯は「おじや」なのかもしれない。 そこで手元にある「聞書埼玉の食事」を見ると、入間台地農村(取材地は入間市)は「七草おじや」となっていた。 同書には川越商家の四季の食事内容も採集されていて、取材商家の七草粥は味噌仕立てとある。 地域・各戸によって七草粥もさまざまなバリエーションがあるようだ。ただし同書は昭和初年の食事を紹介したものなので、現在「七草おじや」を作る家はどのくらいあるのかはわからない。 ちなみに子供の頃は、この七草おじやはあまり好きではなかった。おじやだと他におかずがいらないから、つまらなかったのかも知れない。
【聞書埼玉の食事】 農山漁村文化協会 1992年 *埼玉をいくつかの地域に分け、昭和初年頃の食事を季節毎に聞き書きと豊富な料理写真とともに構成した本。都道府県別にシリーズ編纂された。 |
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