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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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 ★長崎屋川越店

 新富町クレアモールにあった量販店長崎屋が閉店したのは平成13年のこと。市内の大型店では丸広に次ぐ歴史を持っていた。

 戦後まもなく神奈川県平塚で寝具店として創業した長崎屋は、東京に基盤を移して経営拡大を図り、各地に支店を設けて総合衣料品店へ発展した。川越市に進出したのは昭和35年で、蔵造り店舗の建ち並ぶ一番街の亀屋栄泉隣に小さな平屋店舗を出した。一番街は戦前からの中心街だったが、戦後は次第に西町通り(現クレアモール)方面へ中心軸が移動しており、長崎屋も翌年には新富町へ新店舗を建築して移転してしまう。三階建てで、一階は洋品・肌着・化粧品・鞄、二階は婦人服・紳士福・子供福、三階は呉服・寝具・玩具の売場構成であった。この当時の店のことはまったく記憶にない。隣の丸井信用販売や、4階建てだった丸広はしっかり覚えているのだが・・・このころの長崎屋のキャッチフレーズは「チェーンで結ぶ楽しいお買い物」 イメージキャラクターは松竹の女優倍賞千恵子がつとめていた。

 現存する5階建て店舗を新築したのは昭和46年。川越市の人口が年間1万人前後増加し、新富町界隈には大型店や金融機関の進出が相次いだ頃である。
 地下にはサンパルコという大型雑貨店があり、5階には食堂、屋上には当初遊戯施設があってモノレールがあったことを覚えている。いとこが婦人服売場に勤めていたこともあって、この頃の長崎屋には母親に連れられてよく買物に行った。しかし子供にとっては玩具売場のある丸広や、キディランドが入店していたイトーヨーカドーのほうが楽しみだった。

 県内には大宮や越谷にも店舗があり、昭和50年代には市内新宿町に小型店舗をひらいたこともある。長崎屋自体の経営不振によって川越店は閉店したが、40代以上の方には思い出深い店のひとつだと思う。

 店舗は半年ほどの期間をおいて改修ののち、丸広アネックスAとなった。核テナントはロフトだったが、短期間で川越ルミネ内に移転したため、現在は紀伊国屋書店・山野楽器などがテナントとして入居している。

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【長崎屋だった頃・昭和51年撮影】

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