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川越市役所から市立博物館に向う途中の住宅密集地内に、川越城の堀の一部が往時のままに残されていると報道されていたのはつい先頃のこと。 子供の頃からこの堀のことは聞いていましたが、はっきりとした位置までは知りませんでした。 先日、郭町を通ったとき道路に面した民家が取り払われて空地になったところがあり、その向こうにこの堀が見えたのです。ああここだったのかと、そばまで行って撮影しました。しかし、竹などの樹木や夏草が鬱蒼と繁って、掲載画像ではまったく堀とはわかりませんね(笑) 冬になって機会があったらまた撮影したいと思っています。 廃城になって建物が取り払われたあとの川越城は、公共施設や宅地として徐々にその姿を変えていきます。堀跡は大半が田んぼになり、大正年間の地図でもここは田んぼに利用されていました。川越城の堀跡は富士見櫓址脇など、まだかろうじて痕跡を確認することができますが、ほぼ完全に残っているところはここだけのようです。 地元に城があったことでかつて城郭に興味を持った時期もありましたが、やはり天守閣も石垣も存在しなかった川越城はかなり魅力に乏しく、松本城・松山城・弘前城・犬山城などに強く惹かれました。松前城・高梁城・丸岡城が行って見たいと思いつつ果たしていない城です。
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2008年06月18日
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