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毎度おなじみの喜多院画像。 昼下がりの境内は人の姿もまれで深閑としていました。
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喜多院北参道東側にある駐車場は、明治から戦前にかけて大師様に供える花を栽培する「百花園」のあった場所。 大正初年の喜多院の銅板画にその全貌が描かれている。人々の懐古のとおり園内には「奥のかわづ」という茶店なども確認でき、町の憩いの場であったようだ。自転車が珍しかった頃には、園内で町内有志による自転車競走も開催され大勢の観客を集めたという。 その頃の北参道は両側が桜並木で、久保町からの一筋の流れが参道を横切り、流れに張出した粋な建物の料亭や茶店が、喜多院参詣客を楽しませていた。 瓢箪池と呼ばれた池の写真。東北隅あたりにあったらしい。 【参考資料】
●城下町川越の今昔 松本茂雄 ●縁日 深井照代 ●武州川越星野山無量寿寺喜多院全図(復刻版) 新文社印刷 |
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