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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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★旧同心町さんぽ

☆旧同心町さんぽ☆

 蔵造り建築の連なる一番街通りと川越街道の間に平行し、仲町の通りから北へ向かってかねつき通りにぶつかる町筋が、かつては同心町と呼ばれたところ。城下町時代に町同心が屋敷を構えていたところから名づけられた。当初は通り両側は竹薮で屋敷は引っ込んでいたが、元禄の頃には通りに面してすべて貸家が建てられ、連続する家並みが形成されたことが川越の地誌「多濃武の雁」に記述されている。

 現在は古い建物もそれほどなく家並みの連続性も失われているが、裏通りの静かな雰囲気は味わえる。

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【仲町側入口】左角の「かぶや」さんは古くからの飲食店。「蕪小川屋」と呼ばれた昔は、志義町(現仲町)通りで開かれる米市の日に大繁盛したという。市日にはこの同心町の通りも身動きできないありさまだった。

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【土蔵】屋敷の背後にある土蔵がいくつか見える。

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【通りの景観】左はパン屋さん。週末数日間しか営業しないので、いまだ買うチャンスなし。新しい建物だが土蔵の意匠を取り入れたデザインで、控えめなセンスのよさに好感が持てる。
 その奥に見えるマンションは昭和50年代の建築当時、周囲の歴史的景観に配慮して低層にし、半地下駐車場を設けるなど話題になった。

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【古い町家】静かな通りに似合うしもた屋風情。テレビドラマにも登場した。その向こうの竹垣は不定期で公開される「旧山崎家別邸」入口。

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【中成堂歯科医院】大正2年建築の洋館。以前「中野歯科」の表札を掲げていた頃に、映画「鬼畜」に登場したのはよく知られている。石坂洋次郎の小説「青い山脈」の沼田先生の家はこんな感じだったのだろうか・・ここを通りかかるたびにそんなことを思ったりする。
 繁華な通りからひとつはずれた通りだけに、昔から商店は少なく病院や料亭など地味な店構えが多かったようである。昔は料理芸妓組合事務所や美術倶楽部もこの通りにあった。

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【北から望む通り】右の乳母車店の向こうは埼玉りそな銀行の裏口。昭和50年代まではこの通りに面して銀行の大きな土蔵が数棟あった。昭和37年の東映映画「無法松の一生」は、川越を明治の九州小倉に見立てて撮影されたが、主人公が祭礼で太鼓を打ち鳴らすシーンはこの道筋で撮影された。

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【かねつき通り出口】生ビールが立ち飲みできる酒屋さんのところに出て、旧同心町の通りはおしまい。左へ曲がると「時の鐘」、右へ曲がると川越街道・市民会館方面。

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